第101話 命の宝庫 (2)
インベントリから取り出したロープを腰に巻いて、ニルと俺をロープで繋げる。ニルは日々の訓練でかなりステータスも上がってきた。俺が落ちても幹にしがみつけば、二人共落ちるという事は無いはずだ。
と言っても、二十メートルくらいならば、風魔法もあるし、この体ならば大丈夫だと思うが、あくまでも、念のためだ。
「俺が先に登るから、後から付いて来てくれ。」
「はい!」
気合いを入れているニル。筋肉痛で木登りとか、可哀想だが…無理そうなら背負って登るか。
木の幹の凹凸に手を掛け、足を掛けて上を目指す。
木登りなんて人生で数回しかやった事は無いが、ステータスが高いからか、思っていたよりもスルスルと登っていける。これなら直ぐに上まで行けそうだ。
「どうだ?行けそうか?」
少し下を登ってきているニルを見ながら声を掛ける。
「はい!大丈夫です!」
ニルは結構無理をする。俺が大丈夫か、と聞いて、ダメですと答える事はほぼない。どう頑張っても無理な時以外は大丈夫ですと答える。
表情を見ながら登るところを見ると、やはり少し辛そうだ。
クワガタとの一戦もあったし、随分無理をしているのだろう。
俺の位置で半分くらいしか登っていないし…大丈夫か。
「ニル。」
「はい?」
ニルが俺の方を見上げる。
「しっかり捕まってろよ?」
「……はい…?」
俺の言葉と、ロープを握り笑った顔を見て、何をしようとしているのか気付いたらしい。顔が
「ご…ご主人様…?」
「準備は良いな?」
「わ、私は自分でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ほいさぁ!!」
グッとロープを強く引っ張る。この体の腕力で引っ張ったのだ。ニル程度の体重ならば、ロケットのように飛び上がり、絶叫する。ニルの絶叫なんてなかなか聞けるものじゃない。
下から飛んできたニルをガシッと受け止める。
「…………」
ニルは無言で半泣きになって、俺の目を見てくる。
「このくらいの高さならそんなに怖くないだろう?それにコンビネーションの訓練で似たようなこともしているじゃないか。」
「そういう事ではありません!!それに怖かったです!ご主人様の事は何よりも信じておりますし!受け止めて下さるとは思っておりましたが!そういう事ではありません!怖かったです!!」
ニルが俺にこんな風に言うのは初めてじゃないか?俺に対する不満なんて言った事がないのに…それだけ怖かったらしい。
「ご…ごめんなさい。」
「もう!ご主人様は…もう!」
頭の中がパニックなのか、もう!しか言えなくなっている。
「さ、さあ!上に登るぞー!」
棒読みで言いながら目を逸らすと、ニルは、もう!と言いながらも首に手を回し背中に掴まってくれた。
自分でやっておきながらだが…ニルが背中に張り付いているから、色々と良くない。そう。色々と。
俺は無心の
一番下にある太い枝までは一分も掛からずに到達し、ニルを枝の上に降ろした。
「おお…」
「凄く見晴らしが良いですね!」
ニルの機嫌が直ったらしい。良かったぜ…
ニルの言葉に周りを見ると、ジャングルを上から見る事が出来た。
向かう先にはずっと
逆に俺達が歩いてきた方角を見ると、ジャングルの端がギリギリ見える。
「半日歩いたのにこれだけしか進んでないのかよ…」
「危険な場所ですし、焦って怪我をするよりずっとマシですよ。ご主人様が大怪我なんてされたら、私どうしたら良いのか…」
俺が愛聖騎士と戦った時の事を思い出したのか、暗い顔をする。
「そうだな。急ぎつつ、なるべく安全に…だな。」
「はい!」
笑顔に戻ってくれたニル。それを見届けて、自分の足場を見る。
「思っていたより枝が太いな。」
直径で一メートル半はある枝で、俺とニルが乗ってもびくともしない。
加えて、直ぐ隣に同じくらいの枝が出ていて、幹に近い場所ならば、板のような物を渡して固定すれば、簡単に寝床が作れそうだ。
「ここに寝床を作るのですか?」
「隣の枝とも距離が近いしここにしよう。下からは十五メートルくらいあるから、地上に居るようなモンスターが登って来ることもないだろう。」
「分かりました。」
「インベントリから適当に丸太を出すから、風魔法で加工して、固定しよう。」
木材というのは、金属などと違い簡単に加工出来るし
俺とニルが乗っても平気な厚みを残して板状にして、何枚か橋掛けし、固定する。これだけで寝床は完成だ。
板の上で跳ねたりする勇気は無いが、大人しくしていれば問題は無いだろう。
「さてと…少し遅くなったが、昼飯にするか。」
「はい!」
ニルが笑顔で大きく頷く。
本日の昼食は、サラマンダーバーガー。サラマンダーの肉を軽く炙り、葉物の野菜と共にパンに挟み、醤油ダレと共に、ツツメの実を細かく砕いた物を一緒に乗せてある。
こんな木の上で火なんか使えない為、黒雲山から出た後に作っておいたものだ。
ツツメの実というのは、黒いミニトマトの様な実で、固い実を細かく砕いて使うのが一般的。
初めて見た時、ミニトマトだと勝手に勘違いしていたが、実際に食べてみると、全くの別物。
一言で言えばこの世界の
適当に買い
「「いただきます。」」
サラマンダーバーガーにかぶりつくと、ジュワッと溢れる肉汁と、醤油、それとツツメの実の辛さがアクセントになって、次の一口が止められなくなる。
高級な肉をハンバーガーにするという試みは成功と言えるだろう。俺が食べ始めたのを見て、ニルが同じようにかぶりつく。
「……んーー!んんんー!」
「はは、美味いか。」
もきゅもきゅ
「……ゴクン…はい!美味しいです!このピリッとした味が最高です!」
「そうか。俺のレパートリーに追加しておくか。」
「はい!」
ニルは輝く笑顔で同意した。
バーガーを食べ終え、もう一度周囲をよく見渡してみる。
先程俺達が見たヤバい植物のあった開けた場所が、上からだと良く見える。進む先にもポツポツと同じような開けた場所が見えるため、間違って踏み込まないように気を付けなければならないだろう。
問題の背の高い木は、ずっと続くジャングルの至る所に見え、今後寝床に困るという事は無さそうだ。
時折、何か大きな影が動くのが見えるが、恐らくはモンスターだろう。
このジャングルを通る以上、明日からもモンスターとの戦闘は間違いなく発生する。気が抜けない毎日になるだろうが、ニルと俺なら何とか通り抜けられるだろう。いや、ここを抜けた先に待っているダンジョンの事を考えれば、こんなところで
「ご主人様?」
考え事をしていた俺はいつの間にかぼーっとしていたらしい。ニルの声で目の
「……ははは!ニル!口の端に醤油が付いてるぞ!」
「え?!あっ!!」
自分の口を急いで拭き、真っ赤になるニル。
ニルが一緒なら、こんな状況でも明るくいられる。それが何より有難い。そんなニルを守るためにも、神聖騎士団の連中に好き勝手させるわけにはいかない。
必ずここを抜け、海底トンネルも抜け…鬼人族の者達との同盟も結んでみせる。
木の上で明日から使いそうなアイテムの準備や、武器の手入れを行っていると、あっという間に太陽が傾き、ジャングルの木々の中に沈んでいく。
「わぁ……」
暗くなってから最初に目に付いたのは、満天の星空だった。
その他の光が全く無く、大きなプラネタリウムに入っている気分になる。
それに、高い木の上にいるからなのか、やけに星が近く見える。
「凄いな…」
ジャングルの木々の上から続く星空に暫し見入ってしまう。
「これだけ光が無いと、星ってここまで綺麗に見えるんだな…」
「……はい…」
バキバキッ!
二人で星空を見上げていると、真っ暗なジャングルの中から大きな物音がする。木が薙ぎ倒されたような乾いた音だ。音の発生源までは距離があるみたいだが、この暗闇の中で何かが動いているのは確かだろう。
「夜行性のモンスターでしょうか?」
「恐らくはそうだろうな。」
「これだけ暗いとなると、やはり夜の移動は危険ですね。」
「そうだな。必ず日が暮れる前に高い木に登って、寝床を確保しなければならないだろうな。」
その後も何度か乾いた音が鳴り、たまに聞こえてくる低く太い獣の鳴き声。そんな状況で安心して眠れるはずもなく、俺達は警戒を
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
翌日、モンスターの多い場所という事もあり、例のデビルツリーの樹液から作った臭爆弾を使ってみたが、効果はイマイチ。獣型は寄ってこないが、昆虫型や植物型モンスターにはあまり関係が無さそうだ。
臭いの辛さと比較して有用な時のみ、適宜使っていく事にしよう…出来る限り使わない方向で……
日が落ちる少し前までジャングルを歩き、昆虫型、植物型、獣型のモンスターと戦闘をこなしながら前に前にと進んでいき、日が暮れる頃に木に登り、眠る。そして起きたら、またジャングルを歩く。こうしてこの命の宝庫を進むこと四日目、そろそろ日が落ち始めようかという頃だった。
ザーッとどこかで水の流れ落ちる音がしている事に気が付く。
「川があるようですね。」
すっかり筋肉痛から回復したニルが先頭に立って周囲を警戒している。
「川か……川辺に行くのは難しくはないだろうが…」
この辺りで他の水場は見つけていない。そうなると、モンスターや小動物も、この川を使っているはずだ。タイミングが悪ければ、モンスターと鉢合わせる可能性も高い。
「迂回しますか?」
「出来ればそうしたいところだが…迂回出来るかも分からないからな…」
俺達の進む進路に対して、直角に川が流れていた場合、かなり遠くまで移動しなければならない可能性もある。
「無闇に迂回せずに、一度川を見てみよう。渡れそうならさっさと渡っておきたい、」
「分かりました。」
モンスターとの唐突な遭遇に気を付け、水音のする方へと近付いていく。
ガザガサ…
幅の大きな草を押し退けた所で、問題の水場へと到着する。
「ご主人様。」
ニルが声を抑えて俺を呼ぶ。
彼女の見ている先に目を移すと、水面に黄色の背ビレが突き出しており、それがスーッと動いている。しかも一つでは無く、見えるだけでも三つ。
「これだけ大きな川なら、水棲モンスターが居てもおかしくは無いよな。」
「大きいですね。」
見えている背ビレのような部位だけでも三メートルはある。水中に隠れている部分がどれだけの大きさなのかは分からない。
「滝の上はどうなっているでしょうか?」
「滝の幅から見ても、こっちと大して変わらない幅だろうな。モンスターも居るだろうし…」
空を見上げると、そろそろ赤く色付く気配がする。
向こう岸に渡れれば、少し行った所に背の高い木が見える。
逆に後ろに戻るとなると、結構戻らないといけなくなる。日が暮れるまでに背の高い木に辿り着けるかかなり微妙だ。
「進もう。ちょっと派手だが、向こう岸に向けて、木魔法を使う。その上を渡って、向こう岸まで渡ろう。」
「分かりました。」
魔法陣を描き出すと、川のこちら側の地面から大きな木の根が生えてくる。
上級木魔法、世界樹の根。アマゾネス達と逃走した時に用いた魔法だ。
ズガァァァン!
地面から生えた世界樹の根が川の方へと倒れると、大量の水が飛散し、雨の様に降り注いでくる。
川の中に居たのか、鮮やかな緑色の魚も共に降ってきて、地面の上でビチビチと跳ねている。
このジャングルを数日歩いて分かったが、こうして大きな音を立てると寄って来る
この派手な魔法で、間違いなくそいつらに感付かれた。それらのモンスターがワラワラと寄って来る前にここから離れなければ、この付近が大変な事になってしまう。
「行くぞ!」
「はい!!」
ニルと共に走り出し、世界樹の根へと走り寄る。
地面から生えている木の根は、太く、ニルが一足で飛び乗るのは難しい。
ガサガサ…バキバキ…
後方のジャングルからは、何かが寄って来ている音。対岸からも恐らくは来ているはず。
もたもたしている暇はない!
「ニル!来い!」
「はい!」
俺が両手を組んで下に構えると、ニルが走ってきて手の上に右足を乗せる。
「行けぇぇぇぇ!!」
足と腕の力を使い、組んだ手に体重を乗せたニルを上へと飛ばす。自分から行く場合は怖くないのかな…?
そのまま上を見上げると、高く飛んだニルは根の上に上手く着地出来そうだ。
次は俺が…
バキバキバキバキ!
木々が
「嘘だろ?!」
後方から現れたのは数十匹は居るであろう獣型と昆虫型のモンスター。中には巨大なカマキリや
聖魂魔法を使おうかと思った時、上からニルが声を掛けてくる。
「ご主人様!手を!!」
上から伸びてきていたシャドウテンタクルを右腕に絡ませる。
「良いぞ!」
俺の声が届くと同時に、腕がガンッと上に引き寄せられる。ニルが引っ張りながら、同時にシャドウテンタクルを縮めたのだ。俺は一気にニルの更に上まで引き上げられる。
「おっほぉぉぉぉ?!」
「ひ、引っ張り過ぎました!」
お
初日に俺がニルにしたことを、そのまま返されてしまった。俺は絶叫系は嫌いじゃないから怖さはあまり無いが。内臓が動いてヒュッというのか、ヒヤッというのか…そんな感じがする。
ドドドドドドッ!
俺が居た場所を収束点としてモンスターの達がぶつかり、水中にも何体か吹き飛んでバシャバシャと水飛沫を上げている。
勢いのまま世界樹の根を登ってきているモンスターもいる。急がなければ俺もニルも仲良くモンスター達の腹の中に納まってしまう。
空中から見ると、対岸のジャングルの木や草が揺れていて、モンスターが集まってきている気配がする。
俺がニルのほぼ真上に到達したタイミングで叫ぶ。
「走れ!ニル!」
空中で魔法陣を描いている俺の動きに気が付いたニルは、シャドウテンタクルを俺と繋げたまま、全力で世界樹の根の先端に向けて走り出す。
その後ろからは、ほぼ団子状になったモンスターの塊が登ってきている。対岸からもほぼ同量のモンスターが飛び出してきた。
「跳べぇぇぇ!!」
魔法陣が完成するとほぼ同時にニルに向けてもう一度叫ぶ。
ニルは俺がやりたい事を既に認識していたのか、叫んだのと同じタイミングで根の上から、対岸のモンスター達の真上に跳び出す。
俺の描き上げた魔法陣が手元で緑色に光り出す。
使ったのは中級風魔法、ウィンドエクスプロージョン。
名前の通り、圧縮された風が爆発し、一方向へと吐き出す魔法だ。本来は相手を吹き飛ばしたりするのに使うのだが、空中でそれを使うと、爆発の威力を体が受けて、魔法陣と反対の方向へと吹き飛ばされる。
俺は斜め後ろに向けて魔法を放った為、体は対岸側上空へ向けて飛ぶことになる。
その勢いをシャドウテンタクルを繋いだニルも受け取り、一気に俺の元へと飛び上がって来る。
「またこれですかぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら半泣きで飛んでくるニルを受け止めると、対岸側のジャングルの上へと飛んで行く。
「こうでもしないと食われてただろ?」
「そうですけどぉ!!」
空中、俺の腕の中で、文句を言うニル。今回はそれを聞いている時間は無さそうだ。
今度は初級風魔法のガストを描き、着地に備える。
バキバキバキ!
ガストを発動させると、ジャングルの木々を薙ぎ倒しながら無事…といえるか分からないが、一応擦り傷程度で
衝撃を
「………いやー…危機一髪だったな。」
俺の上でドロドロに汚れたニルに笑い掛ける。
実際、あのまま根の上でもたもたしていたら、取り返しのつかない状況に陥っていただろう。
「もう!ご主人様は…もう!」
また怒らせてしまったらしい。
「後で怒られるから、今はここを離れるぞ。」
世界樹の根を使った時ほどではないにしろ、大きな音を出してしまっている。
ここにも程なくしてモンスター達が集まって来るだろう。先程、モンスター達が集まって来るまでの時間が想像よりずっと早かった為、一刻も早くこの場を離れるべきだ。
「分かりました…」
怒らせてしまったが、ニルは何か言いたい気持ちを飲み込んで立ち上がる。
「行きましょう。」
ニルが差し出してくれた手を握り、立ち上がる。
「ああ。」
俺達がその場を急いで立ち去った数分後、その辺りから何かが争う音が聞こえてきた。
逃げる時に
その後、空が赤い間に高い木へと登り、泥を落とした後、寝床を作り終える頃には、辺りは暗くなってしまっていた。
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