第73話 遭難
ニル達と別れた後、シンヤの脚力で陸地を探索し始めてから約一時間。
「……ここは一体どこなんだ…?」
海岸沿いを走ってきて分かった事は四つ。
一つ。陸地側に広がっている森はとても大きく、一度たりとも切れ目が無かったこと。
二つ。海側には海水以外何一つ見えなかったこと。
三つ。少なくとも森の外には、脅威となるモンスターや生物に関する痕跡は見当たらなかったこと。
そして四つ…ここは間違いなく島だという事。
海岸沿いを一時間走ったところで、正面に必要そうな物を海岸から拾い集めるニル達の姿が現れた。
「えっ?!ご主人様!?」
「……一周してきたってことか…」
驚くニルの顔を見ながら冷静に分析する。
「島だな。ここ。」
「えっ?!」
三人は
それはそうだろう。ゲーム時の情報にも、航海を始める前にテーベンハーグで見た地図にも、島の存在は無かった。
アロリアさんの反応的にも、最近この海域で見付かった島は無い。つまり、俺達は
ここが内海の中なのか、それとも外なのかも分からない。という事は、どちらに向かえば目的の大陸に辿り着くのかさえ分からない。
小舟かイカダでも作って島を出ても、大海原を漂流し続ける可能性が高い。
つまり、かなり絶望的な状況という事になる。
結果俺の口からでた言葉が…
「いやー。参った。はは。」
となるわけだ。
ふざけているわけではなく、割と本気でどうする事も出来ない。一応水中を見たりもしたが、解決の糸口になりそうな物は皆無。八方塞がり状態だ。
「ど、どうしましょうか…?」
「…この浜辺で過ごしていても時間が過ぎるだけだからな…やっぱり入るしかないか…森に。」
見たことも無い木々が生える森だ。出来ることならば入りたくはない。今はアロリアさん達も居るし、危険は出来る限り避けたいが…そうも言っていられない。
「アロリアさん。これを。」
「これは…?」
アロリアさんにブルーモールドで作った煙玉をいくつか手渡す。単純に煙幕が発生するだけの物だ。
「ブルーモールドと言って…簡単に言えば
俺が森の中を偵察してくる。二人には危険だから、ここでニルと待っていて欲しい。
もし俺がいない間に何かあれば、これを地面に叩き付けて
「…分かりました。」
「バート。お前にはこれだ。」
バートの手には閃光玉を二つ乗せる。
「これはなに?」
「こっちは強い光を放つ物だ。何かに襲われそうになったら、これを地面に投げ付けて、お母さんと一緒に逃げろ。」
「…分かった!任せて!」
バートは渡した閃光玉を握り締めて、鼻息を荒くする。
「ニル。引き続き頼んだぞ。」
「こちらはお任せ下さい。」
現状では、脅威となる生物は確認出来ないが、それはイコール安全という事にはならない。ただ知らないだけという可能性だって十分にある。
ニルを置いていけば、大抵の事には対処出来るだろう。
一応三人にはホーリーシールドを施し安全マージンは確保しておく。
問題は、この森がどんな場所なのか…
まず気になるのは幹と枝葉で色の違う不思議な波打つ木。超絶毒々しいが…
鑑定魔法で怪しい木を鑑定してみるが……
「なんだこれ…?」
鑑定内容が全て文字化けしていて全く読む事が出来ない。
何が起きているんだ…?
「こんな事は今まで一度も無かったが…壊れた…?機械でもあるまいし……」
謎は解けそうに無いが、やることはやらなければならない。ゲーム時も、最初は無かった魔法だ。自分で調べるしかない。
断斬刀の鞘先で木を突っついてみるが、コンコンと乾いた音と木の感触が伝わってくるだけで、特に変化は無い。
「近付いても大丈夫そうだな…あまり触ったりしないように行くか…」
地面には大量の落ち葉が敷き詰められており、落ち葉は全て普通の
一応断斬刀の鞘先で地面を軽く叩きながら森の中へ入っていく。足を踏み出す度に、カサカサと蹴った枯葉が互いを擦り合う音がする。
森の中だというのに暗過ぎず、
木々の色や形以外は他と変わらない森だ。それが見える限り続いている。
「動物の気配が全然無いな…」
普通は、これだけ大きな森となると、少し歩いただけで昆虫や小動物くらいはいくらでも見つかるものだが、それすらも見つかっていない。
「んー……どこを見ても同じ景色にしか見えないな…」
右を見ても左を見ても全く同じ景色が広がっている為、入って五分程度だが、既に迷ってしまいそうだ。
島の中心に向かって歩いていくと、森の終わりが見えてくる。
それと同時に誰かの話し声が聞こえてくる。
「母ちゃん。これは使える?」
「それは使うの難しそうね。」
「これならご主人様が使えるかな…」
「……ん?」
木々の間を抜けると、自分が入って来た場所から森の外に出てきてしまう。
「…あれ…?」
「ご主人様?随分とお早いお帰りですね?」
驚く俺の姿を見て普通に出迎えてくれるニル。
「どうなってんだ…?」
気付かぬうちに真後ろに向かって歩き、入った場所と同じ場所から出てきてしまった…と?俺別に
同じ景色ばかりで多少方向がズレたとしても、真後ろはあり得ない。
「もう一度行ってくる。」
ニルに見送られてもう一度森の中へ入る。
五分後、全く同じ場所に戻ってきた。
「あ、お帰りなさいませ。」
「お、おぅ…」
これはあれだな。RPGによくある迷いの森的なやつだ。何度行っても同じ所に戻ってきてしまうというあれだ。
こういう時に考えられる対処法は決まっている。
まず森に入る。少し進んで……戻る。
「お帰りなさいませ。」
何度戻ってきても同じ様に出迎えてくれるニル。
「よし。違った。」
次に考えられるのは、何かしら森の中にヒントが隠されていて、それを辿って行くパターン。
「………………何も無いな。」
いくら目を凝らして見ても、特に何かが隠されているようには見えない。全て同じ風景だ。結局探しているうちに元の場所に戻ってきてしまった。
「お帰りなさいませ。」
「だんだん出迎えが悲しくなってきたな。」
「次はヘンゼルとグレーテル作戦だ。」
腰袋から目印になるような物を地面の上に落としていく。自分がどの辺りでどうなっているのかが分かる。そこから何か掴めれば……
目印を落としながら森の中へと進んでいくが、やはりニル達の待つ場所へと戻ってきてしまう。
「お帰りなさいませ。」
ニルには一切の嫌味が無い。それがむしろ辛い。
外側から森の中を見ると、行きは真っ直ぐに目印が続いている。しかし、戻ってきてしまった時に落とした目印は、木々の間を右に左にとフラフラして別の方向へと続いている。
「どこかで方向が分からなくなって戻ってきてしまうって感じか。魔法か?」
「どうかされましたか?」
森の手前で一人考え込む俺の元へニルがやってくる。
その疑問はもう少し早く投げかけてほしかった。ん……?俺の行動がいつもこれと変わらないくらい変だという事か……?考えるのはやめておこう。
「どうやらこの森、一定以上中に入れないみたいなんだ。」
「…………??」
何を言っているのですか?と聞こえてくるような顔だぜ。
「そういう反応になるよな。でも、間違いない。」
「そうなりますと…この森の中には入れないということですか?」
「んー…色々と試してはみたんだが、今のところ打開策は無いな。」
「どういうことでしょうか…?」
見たことも無い変わった木が原因…とは考えにくい。木が原因ならば進んでいく時もフラフラしているはずだ。そうなると、どこかに侵入してくる者の方向感覚を狂わせる何かがあると考えられる。
魔法の可能性が高いが、そうなると誰か…もしくは何かが魔法を掛けたことになる。
「普通に考えれば、誰かがこの島に居て、外からの侵入を防いでいる…とかかな。」
「しかし、こんな誰も来ない様な孤島に…ですか?」
「それが不思議なんだよな…そもそも誰かが居るとも思えないしな…」
「シンヤさん!」
ニルと話をしていると、浜辺で使えそうな物を探していたアロリアとバートが走ってくる。かなり焦った様子だ。
アロリアさんが指差している方向に三人の人影が、フラフラしながら海の中から出てきている。魔法でなんとか海の中を進んできたらしい。
そのうち一人が気を失っているのか二人に抱えられている。
「船に乗っていた奴か?」
アロリアさんとバートが俺とニルの元に走ってくると、後ろに隠れてしまう。同じ被害者に対する反応としては不自然過ぎる。
海から出てきた後、抱えられていた者が浜辺に下ろされて、やっと顔が見えた。怖がっていた理由が分かった。
海から出てきたのはナイサールとその従者二人だったのだ。
「あいつら生きてたのか……関わりたくないな…」
従者の一人が俺達に気が付いたのか、ナイサールから離れてこちらへ向かってくる。
無視するわけにもいかないか…
従者の二人は犬の男性獣人族だ。従者と分かるように家紋が入った真っ青なローブを羽織っているが、所々破れている。破れていたから分かったが従者の二人は奴隷で、枷が見えている。
「…………」
目の前まで来た男は、頭を何度も下げて、ナイサールの方を見る。
「助けてほしい…という事か?」
何度も頭を縦に振る男性。
「なぜ喋らないんだ?」
「…………」
男性が俺の言葉に自分の口を開き、それが俺の質問への答えとなった。
舌が切り取られていた。
喋ろうにも喋ることが出来ないのだ。この二人に出会ってから一度も声を聞かなかったが、こんな事になっているとは思っていなかった。
「…………あのクズがやったのか?」
従者は、
「そんな奴を助けても良いのか?」
男は自分の首輪に手をやって頷く。
恐らく、ナイサールが死ぬと、彼ら二人も死ぬ…と言いたいのだろう。奴隷に着けられている枷にどれだけのものを要求するのかはその主人が決められる。主人の死に対して反応するようにしておけば、奴隷にとって主人の命は自分の命と
当然俺はそんな条件はニルに対して付与していない。
「……アロリアさん。この二人の為に、あの男を助けても良いか?」
「シンヤさん……その聞き方はズルいです…」
「すまないな…」
ここで放置する選択肢も当然あるが、この状況でこの二人を見殺しには出来ない。
俺は暗い顔をするアロリアさんに謝ってからナイサールの元に向かう。
倒れているナイサールは、全身ずぶ濡れで、左腕に大きな傷。水中を来たのだから、血が止まるはずもなく、未だに血が流れ続けている。簡単な応急処置はされているものの、全身を寒そうにガタガタと震わせているし、早く血を止めなければ失血死するだろう。
他に外傷は無いし、医学の心得が無くともこれくらいは分かる。
「俺に出来る事はするが、応急処置程度だし助けられるか分からないぞ。」
二人の従者に言うと大きく頷く。必ず助かるとは最初から考えていなかったのだろう。
「ニル!火を起こしておいてくれ!」
「分かりました!」
インベントリから木材を出してニルに渡す。緊急事態だし、アロリアさん達なら見せても大丈夫だろう。従者の二人は喋ることが出来ないし。
先ずはナイサールの体を風魔法で乾かし、左腕の傷口を水魔法で生成した真水で洗う。その後傷薬を塗り、服を作る時に使う糸と針を取り出して傷口を
こんな事をするのは初めてだし、想像以上に気持ち悪い。針を刺した時のグググと伝わってくる感触に手がムズムズしてくる。それに
「ご主人様。私が変わりましょうか?」
「ニル出来るのか?」
「裁縫は何度か…人を縫うのは初めてですが、それ程変わらないかと。」
んー…さすがはハイスペックニルちゃん。
「頼む。」
「はい。」
針を渡すと、綺麗に傷口を閉じていく。この子本当に何でも出来ちゃうな…
ものの数分で閉じられた傷口の上からホワイトモールドの白布を巻きつけ、インベントリ内に入っていたアーマーベアの毛皮を被せてやる。
「俺達が出来るのはここまでだ。食料と
失血した量だとか、今どれ程危険な状態なのかは分からないが…飯と水と火があって、運が良ければ助かるだろう。
二人の従者は地面に何度も頭を
本来ならばこの二人では無くて、豚の方にこうしてもらいたいが…
「お前達はあの二人を覚えているか?」
少し離れた所でこちらを
「ならば、あの二人がこいつを怖がっていることも分かるな?」
コクコクと頷く二人。
「俺達はここから離れる。お前達が出来る範囲で良いから、俺達とこいつが関わらないようにしてくれ。もしこの島から出られるとなれば、その時は連れて行ってやる。その場合はこいつをデルスマークで待つプリトヒュに差し出すことになるがな。」
もう一度何度も頭を地面に擦り付ける二人。
きっとこの二人もナイサールの従者をやりたくてやっているわけではないのだろうが、これ以上アロリアさんとバートにナイサールを近付けたくない。
「ニル。行こう。」
「はい。」
アロリアさんとバートを連れて、足跡が残らないように波が来る砂浜の上を歩き、その場から離れる。
「すまないな…アロリアさん…バート…」
「いえ。あの二人が死ぬのは本意ではありませんから…」
「おいらは大丈夫だよ。怖くなんか無い。それに母ちゃんだっておいらが守る。」
「バート…」
十歳前後の息子が母親を守ろうと拳を握っているのだ。母親としては嬉しさ半分、心配が半分といったところだろうか。アロリアさんは言葉に出来ない絶妙な表情をしてバートの手を握った。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
俺達はナイサールと従者の居る位置から見て島の反対側に位置するであろう場所まで移動する。その頃には太陽は一日で一番高い位置まで上っており。昼飯を食べながら、アロリアさん達を含めて森に入るかどうかの話し合いをしていた。
「真っ直ぐ進んでいるのに戻ってきてしまうなんて、不思議な森ですね…?そんな森の話は聞いたこともありません。」
「俺も記憶に無い。」
こっちの世界に来てからも、ゲーム時のフレーバーテキストにもこんな森のある島についての情報は無かった…………と思う。全て覚えているわけではないし確実とは言えないが。
「夜に何かが起こるかもしれないし、一日は浜辺で島の様子を見ようと思っているが……とりあえず現状では危険な生き物は見当たらなかった。というかこの木以外の生物は見当たらなかった。」
「せめて大陸の方角さえ分かれば、どうにかなる可能性もあると思うのですが…どこを見ても海しか見えないですからね…」
全員で遠い目を海に向ける。
海はあるし魔法も使えるから、火、水、食料には困らないし、インベントリもある。当分は生きていけるが…こうしている間にも神聖騎士団は思うままに世界を
「飯を終えたらもう一度森の中を探ってみるか…」
「私達は日が暮れる前に野営の準備をしておきます。」
「そうだな。頼むよ。」
「シンヤさん!さっきはどうやって色々と物を出したの?!」
話が一区切りするのを待ていたバートがキラキラした目で聞いてくる。
「コラ!バート!」
「母ちゃんだって気になるでしょ?!」
「詮索はダメだといつも言っているでしょう?」
「えぇーー…」
「アロリアさん。大丈夫だ。見られてしまったのだし隠せば気になるものだ。絶対に他の人には話さないと約束してくれるなら話すよ。」
「おいら約束するよ!」
「もう…バートったら…」
インベントリのことを話すと、バートはこれでもかとテンションが上がり、アロリアさんは羨望の眼差しを送ってくる。
「凄いよシンヤさん!おいら全然気が付かなかった!」
「インベントリですか…私達行商人にとっては羨ましい限りの魔法ですね。シンヤさんにしか使えないという事が残念でなりません…」
「何故か他の人には使えないんだよな。」
「シンヤさん!」
「なんだ?バート。」
「シンヤさん達は剣を持っているけれど、冒険者なの?!」
「ああ。そうだぞ。」
「そっかぁ……」
船の中では船室にずっと居たし、邪魔になる剣はインベントリへ入れてあったが、この島に来てからは俺もニルもずっと帯刀しているため気になったのだろう。
「…シンヤさん!おいらにも戦い方を教えて!」
「戦い方…?」
「バート!」
「おいらは父ちゃんと約束したんだ!母ちゃんを守るって!」
バートの目は真剣そのもの。冗談で言っている様には見えない。
「ごめんなさい!バート!そんな無茶な事を言わないの!」
直ぐにアロリアさんが頭を下げて謝るが、亡くなった父との約束となると、簡単にダメとも言えない。
「どういう事なんだ?」
アロリアさんに目線を向けると、少し言い難そうにしていたが、ポツポツと話を始めた。
アロリアさん達が今仕事にしている行商は、元々旦那がしていた仕事で、三人で細々ではあるが上手くやっていたらしい。
しかし、小さな村に向かった時のこと。その辺の領主だと言う貴族が来て、許可も無く行商を行っていると旦那を捕らえたらしい。
当然許可は得ていたし、その領主という貴族に許可証を見せたのだが、取り合ってくれなかったらしい。
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