第65話 優希

「……ニルは、俺がずっとソロでやってきた事は話したよな?」


「はい。」


「分かっているとは思うが、この世界で生きていくには、それが冒険者であろうと…いや、冒険者は特に、パーティを組んで行動した方が安全だし、色々と都合が良い。」


「はい。」


「それは俺もよく分かっているからな。昔、一度だけパーティを組んだ事があるんだ。

それは、現実世界ではなくて、ゲームの中だったんだが…」


「ゲーム…ですか?」


「俺は、渡人ってことは知っているよな?」


「はい。」


「渡人っていうのは、この世界とは全く異なる別の世界で生きている人間なんだ。」


「転移とか…召喚という話ですか…?」


「信じられないか?」


「いえ。確かに現実味の無い話ではありますが、ご主人様が冗談で仰っているとは思えません。ですから、私はご主人様を信じます。」


「…そうか。ありがとう。」


それから、俺はニルにこの世界について俺が知っている事を話した。


「つまり、ご主人様は十年前のこの世界を、そのネットゲームという世界で遊んでいたのですね…そして、ある日突然この世界に転移してきた…という事ですね。」


「理解力が高くて助かるよ。順応性じゅんのうせいが高過ぎてビックリするが…」


「そうですか?ご主人様と共に行動していれば、これくらいは簡単だと思いますよ?」


「それは一体どういう意味を含んでいるのか気になるが……今はそれよりパーティの話をしよう。

俺は、その向こうの世界で、ある男達と一つのパーティを組んだ事があるんだ。」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


ピコン…


「ん?メッセージ?」


モニターの片隅に他のプレイヤーからメッセージが届いた事を示すアイコンが表示される。

ファンデルジュをプレイし始めて数ヶ月経った頃、やっと死ななくなって、それなりに冒険を楽しめる様になってきた時の事だった。


「えーっと……パーティの招待…?差出人は……ユーキ…?」


ブー…ブー…


デスクに置いてあったスマホが振動し、画面には優希ゆうきの文字。


「もしもし?」


「お!出た出た!久しぶりだな真也!」


「久しぶりだな。優希。」


電話の主は、佐々木ささき 優希。高校時代の親友で、よく一緒に遊んでいた。

高校を卒業してからは、それ程頻繁に会うことは無くなっていたが、年に一度か二度、酒を飲みに行くくらいの付き合いはあった。

仕事仕事で友達も無く、平坦な毎日を過ごしていた俺の、唯一と言っていい友達だった。


「どうしたんだ?」


「前に飲みに行った時、真也が話してたろ?ファンデルジュ!俺も始めたんだよ!」


「そうなのか?!」


「前に教えて貰っておいたIDにメッセ送ったんだけど、届いたか?」


「これ優希だったのか!」


「ファンデルジュ初めて一ヶ月もしてないし、めちゃくちゃ死ぬからさ…色々と教えて貰いたいなってさ!」


「おう!もちろん良いぞ!それくらい楽勝だ!

ファンデルジュの方で回線繋げるからそっちで話そうぜ!パーティの申請もしとくよ!」


「サンキュー!助かる!」


こうして俺と優希は、二人でファンデルジュをプレイし始めた。現実世界での友達とのプレイは優希が初めてだったし、なにより唯一の友達が同じファンデルジュをプレイしてくれた事が嬉しくて、俺は色々と教えた。

ファンデルジュの世界は現実と変わらない程にリアルな世界だったから、高校時代に二人で遊んでいた頃に戻れた気がして、本当に楽しかった。

嫌な事をその時だけは忘れられた。


そうして優希と共に二ヶ月の時間を過ごした。


その頃になると、優希も死ぬ事が無くなり、二人でクエストをこなして楽しくプレイ出来ていた。優希も、ファンデルジュの世界にハマって、プレイしていない時も連絡を取り合ったりしていた。


「やったぜ!倒したぞ真也!」


「ナイス!直剣の使い方も大分さまになってきたな!」


「まあな!魔法陣もかなり覚えたぜ!」


「やっぱり優希は凄いな。何をやらせても簡単にこなすんだからな。」


「何言ってんだ!真也がいなきゃ今もまだ街の段差につまずいて死んでたさ!それよりもう一つくらいクエストクリアしちまおうぜ!」


「んー…そうだな。まだ時間もあるし、もう一つくらいクリアしてみるか。」


「よっしゃ!それでこそ真也だぜ!」


クエストクリア報告を行った俺達は、次のクエストを選んでいた。


「えーっと…今受けられるクエストはー…」


「これ行こうぜこれ!」


優希の操作するキャラクターが持ってきたクエストを確認する。


「キメラ討伐…Aランクのクエスト?まだ俺達には早くないか?」


「Bランクの俺達なら受けられるんだろ?」


「受けられるが、装備とかアイテムとか考えると、もう少し慎重に…」


ピコン…


「ん?メッセージ?」


「どうしたんだ?」


「いや、誰かからメッセージが届いてな。」


「誰からなんだ?」


モニター端に表示されたアイコンをクリックすると、内容が開かれる。


「えっと……テーゼって人からだな。」


「知り合いか?」


「いや。知らないな。」


「どんな事が書いてあるんだ?」


「えっと…キメラ討伐に行くなら一緒にパーティ組みませんか?って話らしい。」


「もしかしてテーブルで手を振っている人達じゃないか?」


優希の声にギルド内を見てみると、テーブル席でこちらに手を振っているキャラクター。その頭の上に、テーゼという文字が浮かんでいる。

綺麗な青い瞳、青髪ショートボブの女性キャラクターだ。

隣には茶髪、黒い瞳の男性キャラクターも座っている。頭の上にはライルと書いてある。


「少し話してみるか?」


「話くらい聞いてみようぜ。」


「そうだな。」


テーゼとライルという二人と回線を繋げてみる。


「お。聞こえるかなー?」


ヘッドセットから流れてきた声は、女性のものだった。ファンデルジュの世界観的に、女性のプレイヤーは極端に少なく、絶滅危惧種とも言われていたのだが…


「聞こえますよ。」


「おー!良かった!私はテーゼ!よろしく!」


「俺はライル。よろしくな。」


「俺はユーキで、こっちはシンヤです。」


「あー。敬語なんて良いよ!堅苦しいのは無しにしよ!」


「ありがとう。それじゃ遠慮なく。」


「それで、ユーキ君達はあのキメラ討伐を受けようと思ってたの?」


「どうしようか迷ってたところ。俺達Bランクだし、受けられる事には受けられるんだけど…」


「実は私達も受けようと思ってたんだけど、二人じゃどうしてもねー…って事で!私達とパーティを組んで、一緒にキメラ討伐を受けてみない?

私はダガー使いで、ライルは大盾使い!そっちは二人共直剣だよね?」


「確かに盾とダガーだけじゃ攻撃力が足りないよな。」


「そうなんだよねー。チクチクしかダメージ与えられなくてさー。

その点直剣二人ならダメージは出せるでしょ?!」


「大剣とか戦鎚に比べると少ないけど、まあダガーよりはね。」


「私達とパーティ組めば、結構バランス良いパーティになると思うんだけど…どうかな?!」


「そろそろ直剣二人では厳しい所に来ているとは話してたし、ちょうど良い機会じゃないか?」


「それもそうだな…ユーキが良いならパーティ組んでみるか。」


「よっし!決まりだね!パーティ招待送るよ!」


こうして、俺と優希、そしてテーゼとライルは一つのパーティとなった。


パーティを結成していきなりキメラ討伐!なんて事にはならず、互いの能力を知る為の期間を数日設けた。その間にクエストを誰かが達成してしまった場合は違うクエストでも受ければ良いかと全員が納得しての事だった。


「そっち行ったよ!」


「任せろ!」


ザシュッ!


「ナイスー!」


ユーキがモンスターを軽々と討伐し、一区切り。


「やっぱりユーキは凄いなー。簡単にテーゼさんとライルさんに合わせられるんだから。」


「シンヤはこういうの苦手だからなー。」


「そうなの?」


「昔から人に合わせるのが苦手な奴なんだよ。」


「ユーキ君とシンヤ君はリア友(現実世界での友達)なの?」


「高校からの付き合いでね。」


「へー。羨ましー。ネトゲの世界って女の子少ないからさ。リア友いなくてねー。」


「ライルさんは違うの?」


「俺とテーゼは別のネトゲで知り合ったんだ。」


「そうなんだ。そういうのも悪くないと思うけど。」


「それはそれ!これはこれ!友達は多い方が良いからね!」


テーゼとライルはとても気さくで取っ付きやすい性格をしていた。

優希曰く、俺は人見知りする性格らしいが、それも時間と共に徐々に溶解ようかいしていった。


そして、俺達は互いの事を知り、ついにキメラを討伐しに向かう事になった。


「クエストクリアされてなくて良かったねー!」


「キメラはモンスターとして、結構厄介な相手だからな。場所も場所だし。」


「デルス大平原の端っこでしょ?心配するような場所なの?」


「遠いんだよ。単純に物資が沢山必要になるから、もっと近場で効率良くモンスターを狩る奴らが多いんだ。」


「それに、何かあった時に、助けを求める事も出来ないしな。」


「なるほどねー。気を付けなきゃね!」


「ま、ヤバくなったら逃げれば良いさ。キメラは巣から一定の範囲より外には出ない習性だからな!そんでまた体勢を整えてアタック掛ければそのうち討伐出来るさ!」


「そうね!よっし!行くわよー!」


デルス大平原へ向かった俺達パーティは、大平原に住むモンスター達を退けつつ、キメラが発見されたという場所へと向かった。

キメラは大きな崖の中腹に巣を作り、そこで子育てをする習性を持っている。数年間も続く子育て時には強い縄張り意識を持っていて、近づくものは誰であれ全力で排除する。


姿を見た事は無いが、上半身がライオン、下半身と翼がたか、尻尾が蛇という姿らしい。

本来キメラという言葉は、二種以上の異なった生物が一つの個体として融合しているものの事を言うが、この世界のキメラといえば、この三種の融合体らしい。


Aランクのモンスターという時点である程度わかると思うが、現実世界で見るライオンや鷹とはサイズが全く違う。全長で五メートルは軽く超えると聞いた事がある。

多くの魔法を駆使し、体躯の強靭さ、パワーもそこらのモンスターとは比較にならないとの事だ。


馬車を使った数日間に渡る移動で、デルス大平原を横切り、木々が散在する場所へと辿り着いた。


「はぁー!やっとここまで来たよー!」


「長かったなぁ…」


「移動が長いってのがこのゲームのネックの一つだよなー。」


「サッと移動出来るようにしてくれれば、それだけでも残る人が……増えないよな。」


「一番のネックは死ぬと全てがロストする所でしょ。ステータスもアイテムも。」


「だよな…RPGで死んだら全ロストってのはキツイよな。」


「でも、だからこそやり甲斐があるってもんでしょ?」


「ここに集まってる俺達は、全員ドMって事か?」


「これだから男子はー。私も居るんだからそういう話は止めてよねー。」


「す、すまん…」


「あはは。さて、そろそろだぞ。」


「だね。」


少し先に見える崖。ここはまだキメラの縄張りには入っていない。

馬車を止めて降り、アイテムや武器の確認を行う。


「緊張してきたー!」


「いつも通りやれば大丈夫さ。」


「うん。よっし!がんばるぞー!」


「そうだな。気合い入れて行くか。」


腰に下げた直剣の柄を一度握り、進もうとした時だった。


ザクッ…


「……え?」


モニター越しに見える、自分の胸部から突き出した、直剣の刃先を見て、俺の思考が止まる。


一体……何が起きた…?どういう事だ?

なんで……あれ?


「ふふっ…」


ヘッドセットから聞こえてくるテーゼの笑い声。いや、どちらかというと笑いを漏らしてしまったといった感じだっただろうか。


「あはははははは!馬鹿じゃないのこいつ!」


「おいおい。そんなに笑ってやるなって。」


「だってそうでしょ?!こんなに簡単になんてさぁ!」


「…え…?」


「優希!まだ分かってないみたいだよこの馬鹿!あはは!チョーウケる!爆笑だよ爆笑!あはははは!ひーっ!ひーっ!息出来ない!」


聞き覚えのある甲高かんだかい笑い声。


「くく……ぶははは!」


いつもの優希とは違う醜悪に満ちた笑い声。


「お前らほんと悪趣味な。」


あー。ライルの声も、今になって思えば、どこかで聞いた事がある。


「何言ってんだよ!竜也りゅうやだって乗り気だったろ!」


竜也……その名前を聞いた時、俺の心臓は冷たく凍り付いた。


「いや。あおいが一番楽しそうだったろ。」


あー…そうか。どこかで聞いた事があると思ったんだ。何故忘れていたんだろうか…

俺が高校時代、誰とも仲良くならなかった…なれなかった理由の一端を担った者達の声を。


「そういう…事か。」


「やっと分かったみたいだよ!くー!面白ーい!録音しとけば良かったー!」


「いや。それは気持ち悪いだろ。」


「言えてる!あはは!久しぶりだねー!し・ん・や・くーん!」


「……」


「あれ?なに?泣いちゃったぁ?」


「……優希は、高校時代からずっと二人と?」


「え?そうだよ。俺が色々とお前から聞いて、二人に流してたんだ。今の今まで気付かなかったのか?」


「…そうか。」


俺は高校時代。酷いイジメというやつを体験していた。

イジメ…と聞いて、思い浮かぶ事は大抵体験した。

全てこの竜也という男と、葵という女の手によって。


優希が二人と繋がっていたなんて、この時まで全く疑ったりしなかった。


良い奴だと思っていたし、俺達ももう二十代後半だ。そんな子供じみた事をされているとは思ってもいなかった。


いや……信じていた。優希の事を。心底。


モニターに映し出された、黒いバックに白いGAME OVERの文字。それがグニャリと歪んでいく。


「最近スゲーこのゲームにハマってるって聞いてさ。社会人になった俺達のストレス発散マシーンになって貰おうと思ってな。いやー。ほんとスッキリしたわ。ありがとな!ぶはははは!」


「……」


「なんだよつまんねぇなぁ。なんか言えよー。真也くーん。聞こえてんだろー?全ロストしてショックなんですかー?」


アイテムやステータスの全ロスト。


それは俺にとっては別にどうでもいい事だった。

むしろ、優希が望めば、全てのアイテムを譲っても良いとさえ思っていた。

それだけ俺にとって、あの辛い高校生活で、彼の存在は大きかった。

その後の人生においても、彼の存在はとても大きかったと思う。


あれから十数年。その間の全てが崩れ去った事がなにより悲しかった。


「なんだよー。何か言いなよー。つまんないじゃーん。」


「……楽しかったか?」


この時が、俺の人生で一番強がった瞬間だったと思う。目から溢れてくる涙と、震えそうになる声を抑えるのに必死だった。


「うん!チョー楽しかったよ!ありがとうシンヤ君!」


「そうか。」


「どうせこれで最後だし、ネタバレしとくけどさ。竜也と葵が付き合ってるとか思ってたみたいだけど、高校時代から、葵は俺の彼女だったんだぜ。今では嫁だけどな!隣の部屋だから声が聞こえないか心配だったわー。」


「全部嘘だったって事だろ。」


「当たり前だろ?誰がお前なんかと本気で仲良くするかよ。だってお前はこの世界で最底辺のクズだろ。」


「だよねー。私もそう思うー。」


「それには俺も同意見だわ。」


「………」


「これまでたまにでも飲みに行ってもらえただけ有難いと思えよな。」


「そうそう!それね!間違いない!」


「ああ。有難く思ってるよ。本当にな。」


「……んだよ。つまんねー奴。眠いしそろそろ寝るわ。」


「あ、優希。お風呂入りなよ。」


「分かってるっての。」


ブツッ!


ヘッドセットからの音はそこで強引に打ち切られた。


イジメの原因は俺にある。それは理解しているし、そんな俺がこの世界で誰かと仲良く出来るなんて甘えた考えは持つべきじゃなかった。


俺は暫くモニターの前から動く事が出来ず、声を押し殺して泣いた。


大の大人が恥ずかしい。そんな考えを吹き飛ばす程の出来事だった。


死のう。


そう思った。


生きていてはいけない人間がこの世界には居るんだ。そしてそれが俺なんだと強く思った。


でも出来なかった。


死のうとして、その度に母親の声が聞こえる。


「生きて…」


その言葉が俺をこの世に繋ぎ止めていた。


何度もそれを繰り返していると、俺は死ぬ事を諦めた。


そして、死ぬ事を諦めた時、何故かファンデルジュの世界が恋しくなった。


あれだけの事があったにも関わらず、二度と見たくないと思った世界が、何故か恋しくなっていた。


少しの間触れていなかったマウスに手を置き、ファンデルジュのオープニング画面と曲が聞こえてきた時、不思議と安心した気がした。


業務的なことしか言わないNPCが恋しくなったのか、この世界ではないどこか別の世界が恋しくなったのか……

別にファンデルジュでなくても良かったのかもしれない。それでも、俺は何故かファンデルジュをもう一度プレイしていた。


誰とも仲良く出来ないし、するべきではないという事を常に認識し続ける為だったのだろうか…?

あの三人の嘲笑ちょうしょうの声を忘れない為だったのだろうか…?

それとも、そんなものを全て跳ね除ける事のできる、強い別の体が欲しかったのだろうか…?


理由は自分でもよく分からない。


それから作り出したキャラクターを毎日毎日操作した。


単発的に共闘したりする事はあったものの、それ以外では、誰とも関わらず、パーティはもちろん組まず、シンヤというキャラクターを全てのプレイヤーから切り離した。


そして、没頭ぼっとうし、のめり込んでいった。


一人で最高難度のダンジョンをクリアしてしまう程に。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


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