第64話 パーティ
「こいつ馬鹿だっ!この状況で魔法かよ!」
目の前で時間の掛かる魔法陣を描き始めた俺を指差して笑う海賊達。
「諦めちまったらしいな!」
「さっさと殺して向こうの女と楽しもうぜ!」
どこまでも脳天気な奴らだ。
「っ?!馬鹿野郎!早くそいつを殺せ!!」
「え?船長?」
「こんな馬鹿に何を焦って…」
「チッ!」
パクルス船長とやらが、腰に差した曲剣を抜きながら海賊達の間を直線的に駆けてくる。
「オラァァァ!」
ガキィィン!
曲剣が断斬刀に遮られ、火花を散らす。
「オラァァ!!」
ガンガン!キンッ!
「嘘だろ…船長の攻撃を受けながら魔法陣を?!」
次々と繰り出される剣戟を全て防いでいく。船長と名乗っているだけはあって、他の海賊達と比べると圧倒的に強い。どこか剣戟に型の様なものを感じる。
「クソッ!」
俺の魔法陣が完成する直前に、パクルス船長は一気に距離を取る。逆にニルは俺の直ぐ横にまで接近する。
緑色の光がブワッと魔法陣から放たれる。
ザンザンザンザンザンッ!
「な、何が起きたんだ…?」
「こ……ぷ……」
「おい…?」
ボトボトボトッ!
「ひぃっ?!」
一人の海賊が仲間に触れようとすると、目の前で全身がバラバラになり、驚いて後ろへ下がる。
上級風魔法、
目の前に広がる血の海を見れば、誰でもそれを感じられるだろう。
「やってくれたな…」
両手に仲間の頭を握り、血塗れになったパクルスがイライラした声を絞り出す。
「自分の仲間を盾に使っておいて、俺にキレるのはどうかと思うぞ。」
首から上だけになっていた仲間を甲板に投げ捨てるパクルス。他にも数人は運良く生き残っているみたいだが、甲板上の勝負は既に着いたと言っても良いだろう。
「まだ向かって来るなら、最期まで相手になるが?」
「………………」
ドパーン!
「……っ?!」
突然水面から水飛沫が上がり、船体が大きく揺れる。
それを見たパルクスが嬉しそうに笑い始める。
「くくく…海賊船舐めんじゃねぇぞ。」
船体の下で起きているであろう戦闘の影響だろう。奇襲に近い戦闘であったが為に、海中の警戒はほぼゼロだったが、この海域で海賊をやっている以上魚人族との交戦は避けては通れない。パルクスの海賊船は魚人族との戦闘に特化した船の構造になっているはずだ。
ドパーン!
海面から水の柱が持ち上がり、水飛沫が掛かる。
「…これは…」
頬についた水滴を拭うと、ヘドロの様な嫌な臭いがして、赤くヌメヌメしている。
魚人族対策の一つ。海賊達が魚人殺しと呼ぶ物だ。この赤いヘドロの様なものを船体側面が開き、海にばら撒ける構造となっていて、水中にこの魚人殺しが散布されると、魚人族の者達は海中で呼吸が出来なくなる。
息が出来ずに水面に上がってきた所で、船体の横に設置された開閉出来る小窓から魔法や矢を打ち込む。これが海賊の
この海域の海賊船にはまず間違いなくこの魚人殺しが積まれているとサイからも聞いていた。聞いていたということは、サイ達にはこの魚人殺しへの対策があるということだ。
なんでも、この魚人殺しは海水に溶けたりしないらしく、ばら撒かれた後の処理はギルドに魚人殺し処理のクエストが並ぶらしい。そして、処理をしていると、一人の獣人族冒険者があることに気が付いたのだ。魚人殺しは、熱すると溶けて消えるということに。
海中ではそれなりの火魔法でないと全く使えない。ヘドロ処理のために魔力をごっそり使う様な者はおらず、今まで気が付かなかったらしい。
その事に気が付いたことを極秘にし、これを使ってパルクス海賊団を一網打尽に出来ないかと考えていた矢先、俺達が密猟者を捕まえたのだという。渡りに船というやつだ。
今、船内には共に付いてきた五人の魚人族が居て、海賊共の侵入を阻止しているはずだ。つまり、先の揺れや水面が持ち上がったのは、サイ達が海中でドデカい火魔法を行使し、気化した水によって水蒸気爆発が起きた…ということだと思う。要するに海賊共によるものではない。パルクス船長はそうは思っていないみたいだが。
「どうするよ?助けなくても良いのかい?」
「…俺はここにいることが仕事なんでね。」
「下では大変なことになっていると思うぜ?」
「それはどうかな。」
劣勢に追い込まれつつも、強気の態度を崩さないパルクス。嫌な笑みだ。
「…………」
「…………っ?!」
突然背筋に走った悪寒に、後ろへ飛ぶと、真上から尖った石の棒が数本落ちてくる。
ガガガガガッ!
甲板上の、俺が居た位置に突き刺さり、垂直に立っている。避けなければ確実に死んでいた。
パクルス船長の前に数人の黒いローブを着て、黒い布で口を覆った者達が現れる。俺達を街で襲った連中だ。
「……」
「………」
静かに、観察する様な目でこちらを見ている。黒いローブの者達。
「ご主人様…」
「例の連中だ。やはり見ていたらしいな。」
「……今の一撃を避けるとはな。海賊如きには荷の重い話だったか。」
「なんだと?!」
「おい!そいつらには手を出すな!」
船長の制止を無視して、黒い連中に近付いた海賊の一人。力量の差は火を見るより明らか…無謀な事をしてしまった男は、命で代価を支払うことになった。
ゴトッ…
黒いローブが一度ひらりと揺れると、近寄って行った男が甲板上に膝をつく。
「がが…ご……」
苦しそうに喉を引っ掻き、見開いた目から涙を流し、口を大きく開いた海賊は、数秒後に絶命する。頬に付けられた小さな傷口を見るに、異常な即効性で、かなり強力な毒らしい。
「なんだこいつら…」
「ったく…俺の言うことをちっとも聞きゃしねぇ。そいつらは取引相手、仲間だ。」
「取引相手…?」
「チッ…」
「これくらい構わねぇだろ。どうせこいつらはここで終わりなんだ。」
「黙って仕事をしろ。」
「相変わらずつまらねぇ連中だぜ。」
「………」
海賊共が繰り出す、振り回すだけの剣ではなく、完全に他人を殺す事に特化した剣技。それをこの黒いローブの者達は持っている。そんな連中が数人いるだけで、海賊数十人より余程空気が重く冷たくなる。
先頭の一人が甲板を蹴ると、それに合わせて左右に広がる黒いローブの者達。海賊の連中も合わせて俺達に刃を向けている。
シュッ!
近付いてきた者がローブの下に持っていたナイフを突き出してくる。掠っただけで死ぬ。
シュシュッ!
何度も突き出されるナイフの刃を避け、反撃に転じるが、相手もそれを上手く躱し続ける。
刃を合わせれば前回の様に短いナイフが押し負けると分かっているのだ。それだけでもかなり厄介だと言うのに、その後ろには直剣を持った者が待機していて、上手く連携を取って攻撃を仕掛けてくる。
更に、側面からは海賊達の刃と魔法が次々と繰り出され、その対処までをも強いられる。海賊の連中を先に倒そうとすればその隙を狙われてしまう。
慎重な戦い方で、俺も気を抜けないが…どこか違和感を感じる。
街中で戦闘を仕掛けてきた時は、もっと命を危険に晒す
「何が狙いだ…?」
「……」
ギンッ!
繰り出された直剣の切っ先を逸らした時、ふと目に入った、ナイフを持った者の目線を追う。
「………」
「………」
ほんの
それに気が付いて彼らの違和感がどこから来るのか分かった。
俺が体勢を入れ替えたとしても、絶対にニルの方に背を向ける様に誘導されている。視界をニルから外す様に。
「くっ!」
「ニル!っ!!」
ギンッ!
ニルの方を振り向こうとした俺にすかさず刃を突き立ててくる。ここまでされれば嫌でも分かる。こいつらの狙いは俺ではなく、ニルだ。
「ニル!」
「大丈夫です!」
「………何故ニルを狙う?」
「…………」
俺の問に答える気は無さそうだ。
俺のアキレス腱だと知って俺より弱いニルを襲い、盾として使うつもりなのか…?
シュッ!
「考えている暇は無さそうだな…」
この攻撃の嵐の中考え事をしていたら毒でサクッと殺られてしまう。
ガキィン!
「うっ!!」
「ニル!」
ニルの声に横を見ると、黒いローブの男の一人が土魔法を使ってニルの動きを封じている。
ニルへの攻撃は魔法で行い、反撃を受けないようにしているし…前回の戦いで学んだということか?
考えている間にも、土魔法がニルの両手を縛り上げていく。
「くぅっ!」
痛みにニルの口から声が漏れ出る。防護魔法が反応して土魔法を切り付けているが、反撃の威力より土魔法の耐久値の方が高く、破壊するには至らない。
「うぅ…」
ニルの声が嫌にハッキリと聞こえてくる。
ここまで船の損傷や、海賊達の何人かを生かして捕らえようと考えていた。それが出来れば最善であると理解していた。
ニルの首に伸びていく魔法を見るまでは…
バキッ!
気が付いたら俺は何も考えず、甲板を思いっきり蹴っていた。
ザクッ!
「か……かひゅっ……」
ニルにトドメを刺そうとしていた、細剣を持った奴の首を貫通した刃が、気道を塞いで声と言うより音が鳴る。
俺と相対していた二人は、俺の動きに全く付いてこれず、目の前から消えたかの様な反応を見せる。
断斬刀を、突き刺した喉から引き抜くと、開いた穴から血が吹き出し、血走った目がフードの下で俺を睨み付ける。
ブンブンと力無く細剣を振り回したが、俺の体に刃が触れる事は無く、そのまま前のめりに倒れていく。
ガシャンッ…
手から離れた細剣が甲板上に投げ出され、音を立てる。
バキッ!
ニルの体に巻き付いていた魔法を破壊すると、ニルが苦しみから解放される。
「うっ…ゴホッゴホッ!」
「キサマァ!!」
ニルと戦っていたもう一人が、直剣を抜き取り俺の方へと走ってくる。俺と戦っていた二人も我に返り走り出した。
ヒュン!
向かってきた奴らが剣を突き出し、素早い連撃へと転じる。
三人が練度の高い連携で、次々と攻撃を仕掛けてくる。先程とは違い、俺を足止めする攻撃ではなく、死をも恐れぬ動きだ。
カンッ!キンッ!
毒を塗られた刃を弾き、全力で断斬刀を振り下ろす。
バキバキッズガンッ!
甲板の一部が衝撃に耐えられず、二つに割れ、三人の足元が不安定になる。
隙を作り出したタイミングで断斬刀を横薙ぎに一閃する。
今までの攻撃とは違う事に気が付けなかった直剣使いが、まともに受けようとする。
ギャリギャリ!
直剣が折れたりはしなかったが、体が浮き上がり、横に回転しながら飛んでいく。
バキバキバキバキッ!
船室があったであろう部分に当たると、全てを破壊しながら進んでいき、止まった時には体がぐしゃぐしゃに折れ曲がっていた。
「チッ……」
残った二人は俺から離れ、海賊達の後ろに隠れてしまう。また逃げる気らしい。出来れば捕まえて
今は先に海賊共をどうにかすることを考えよう。
「あいつら逃げやがった!」
「くそっ!」
額の汗を拭って剣を構える海賊達。これだけ人数が減ったというのに、まだやる気らしい。俺とニルの二人だけならなんとかなるかもしれないと思っているのだろうか。
「ニル。大丈夫か?」
「はい。」
ニルは、俺の背中側に向かって盾と蒼花火を構えている。
「背中を守ってくれていたんだな。助かったよ。」
「いえ…私にはこれくらいしか出来ませんので…」
自分が足を引っ張ったと落ち込んでいるらしい。最近ニルの心境が少し分かる様になってきた。
「落ち込んでいる暇は無いぞ。」
「…はい!」
ジリジリと取り囲んでくる海賊達。帆船は既にボロボロの穴だらけになっているし、これ以上破壊したら本当に沈んでしまう。海賊達もこれ以上殺しては話を聞く相手がいなくなってしまう。
「大人しく
「あるわけ無ぇだろ!」
「そうか……」
ジリジリと緊張感が高まっていく…
「そうなると、腕の一本や二本は覚悟してもらうぜ。」
海賊達の後方から、知った声が聞こえてくる。
「遅くなって悪かったな。下の連中を片付けるのに手間取っちまった。」
「ノルハ!」
現れたノルハとその仲間達の体には所々に赤色のヘドロが付いている。やはり魚人殺しが散布され、それを上手く回避したらしい。
「くそっ!」
ノルハと数人が上がって来た事で、海賊達は数の有利を失ってしまう。
「逃げろ!」
海賊の一人が叫ぶと、帆船から海賊達の何人かが飛び出し、海へと飛び込んでいく。
残念な事に飛び込み遅れた数人は、ノルハ達の手によって捕まえられ、縄で縛り上げられていく。
飛び込んだ連中を追わなくて良いのかと思うかもしれないが、彼らが水中に飛び込んだ時点で勝敗は決している。
水中において魚人族より速く動ける者などいない。
海の方を見ると、バシャバシャと水面に立っていた水飛沫が一つ、また一つと消えていき、下で待機していたサイ達に捕らえられていく。
それでも、仲間を囮になんとか小さな帆船に辿り着いた連中もいるが、その船は残念ながら既に細工が施されている。帆船だと言うのに、帆が穴だらけになっていて、進む事は出来ない上に、周りに集まってきた魚人族達のせいで、海に逃げ込む事も出来ない。逃げる為の小さな希望の帆船が、今は
そのまま帆船を数人の魚人族達が引いて街へと向かっていく。移動式の牢獄と言う事だ。
「パクルスとかいう船長はどうした?」
「そう言えば…黒いローブの奴らと戦っていた時から見なかったな…」
「もしかして…まだ他に船があったのか?!」
船の縁に行って海上を見ていると、島の中から、物凄いスピードで一台の一人乗り用ボートが現れる。
「なんだあれは?!」
「風魔法で水上を走るボートだ!あんな魔具まで持ってやがったのか?!」
船首が浮き上がるスピードで走る小舟の上には、パクルス船長。どこかに隠し持っていた小舟で一人脱走しようとしている。
「あの野郎!」
「待て待て!追い付けるのか?!」
「い、いや…流石にあのスピードには……」
「それなら俺に任せろ。」
「??」
「………」
甲板の上で、指先を踊らせると、徐々に複雑な魔法陣が形作られていく。
「それは…上級の魔法陣か?」
「まあ見てろ。」
完成した魔法陣が水色に光ると、逃げていくボートの奥に見える水面がモコモコとせり上がる。
ズザザザザザザザッ!
パクルス船長の目の前に突如現れたのは、高さ数十メートル、幅数百メートルのどデカい水の壁。
ただ、見て分かるように、威力だけは絶大で、壁が落ちてくると、凶悪な水面状況となる。
逃げ切れると思っていたパクルス船長は、目の前の巨大な壁を見て、笑顔から絶望の表情へと変わる。落ちてきた大量の海水によってボートはバラバラに分解し、パクルス船長は海水に飲まれた所をサイに確保された。
「す…水崖かよ?!」
「他の魔法でも良かったが…確実性を考えると範囲魔法が一番良いだろ?」
「いや、まあそりゃそうだが…水魔法が得意な俺達魚人族でも使える奴は少ないぞ…?」
「昔この街に居たことがあってな。その時に色々な水魔法を覚えたんだ。それより、これで全て終わりだよな?」
「あ、ああ。この大きな帆船はボロボロだが…まあ
「そうさせてもらうよ。」
結局、海賊達は
魚人族王が自分の兵士達を動かさず、冒険者に頼んだ理由はよく分かった。今回のような騙し合う、騎士達から言わせれば姑息な戦い方は兵士達には難しい。真っ直ぐ正面からぶつかってばかりの兵士達が苦手とする相手だ。
「なんとかなったな…ニル。すまなかった。」
「いえ…私が弱いせいで…」
「いや、黒いローブの連中が自分達だけでは無理だと逃げた時点で、海賊と繋がっている可能性をもっと深く考慮するべきだった……くそっ!」
ダンッ!
近くの板壁に打ち付けた拳がジンジンと痛む。
「ご主人様…?」
心配そうに声を掛けてくれたニルの顔を見て怒りがゆっくりと下っていく。
「……すまない。感情的になり過ぎた。
いつの間にか殺した二人の死体も消えているし、せっかくのチャンスが無駄になってイライラしてしまった。」
「あの四人は海賊の一味では無さそうですが…」
「船長のパクルスとかいう奴とは何か取引しているみたいだったな…意識が戻ったら色々と聞いてみるべきだな。」
「はい。」
ニルが頷き、もう一度俺の目を見た時、作戦前に話そうとしていた事を思い出す。
「……ニル。向こうに着く前に、少し話を聞いてくれないか?この作戦が始まる前に、ニルに話そうとしていた事を話したい。」
「はい。」
ニルと共に、街へと向かう帆船の船首へと向かい、腰を下ろす。
「………」
「…………」
少しの沈黙があった後に、話を切り出す。
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