第63話 パクルス海賊団
「相手も対策は取っているだろう?」
「当然対策は取っているとは思うけれど、仲間の魚人族達と共に必ず破壊…いえ、制御不能にはするよ。」
「となると、俺とニルの役目は上か?」
「二人だけに任せるわけにはいかないから、数人は共に乗船する予定だ。そいつらと一緒に、こちらの作業が終わるまでの間、気を引いて欲しいんだ。」
「やり方については、現地に潜んでいる仲間達と相談して決めて欲しい。基本的にはシンヤに従うように言っておくつもりだけれど、問題あるかな?」
「俺の考えで動いても良いのか?そちらに合わせた方が良くないか?」
「いや、地上戦は人族のシンヤに任せるよ。族王様の
「…分かった。こちらは全部で何人になる?」
「十五人。シンヤに付いて行くのは五人…で足りるか?」
「……そうだな。注意を引き付けるだけならそれで足りると思う。」
「それじゃあもう少し具体的な動きを説明しておくよ。」
それから小一時間、四人で話し合って、具体的な動きについての
「よーし!これで後は連中をとっちめるだけだな!」
「予想外の事が起きると考えて用心しなきゃ駄目だよ。ノルハ。」
「分かってるよ!上手くやるさ!で、上手く行ったら俺はニルちゃんとデートしてもらぶぅぅぅ!」
ドゴッ!
またしても容赦無くニルの拳が鳩尾を捉える。
「止めてください。吐き気がします。」
「気持ち悪いとか通り越して吐き気がするって事かな?良かったねノルハ。これで振られた数、百人を突破したよ。」
「まだだ……まだ俺とニルちゃんは終わってねぇ!」
「その諦めない心に、若干の敬意を覚えてきたよ。同じ魚人族として恥ずかしいけれどね。」
「男なんて皆心の中では同じ事を思っているのさ!種族なんて関係ねぇ!」
清々しいノルハの態度にニルがもう一度拳をめり込ませた後、早速パクルス海賊団の
俺とニルは木の小舟に乗り、ノルハとサイが船を引いてくれる。泳いで行くより倍以上速い。
「ご主人様。」
「どうした?」
「あの……今回の作戦ですが…」
「なんだ?」
「…い、いえ……」
何かを言おうとしていたニルは下を向いて口を閉じてしまう。
「……いや。今のは俺が悪かったな。すまない。」
「え?!何故謝られるのですか?!ご主人様は何も悪い事などしておりませんよ!」
「今回の作戦について俺とニルの負担が大きい…それを言いたかったんだよな…?」
「っ……」
「……すまない。」
「いえ!私の考えが至らないというだけの話です!」
焦ったニルが両手と首をブンブンと横に振る。
「…今回の作戦。当然だがやれると思っての立案だ。それだけニルの事を信頼しているし、不安が大きければ別の作戦に切り替えていた。」
「…はい。」
「だが……俺は今回の作戦を取り入れた。その理由は…」
「そろそろ着くぞー。」
話を切るようにノルハの声が割って入る。
「…分かった。」
「ご主人様…」
「この話は後にしよう。まずは今回の作戦を成功させる。そこに集中しよう。」
「…分かりました。」
ピコンッ!
【イベント発生!…海賊を制圧しろ。
制限時間…一日
達成条件…海賊の制圧
報酬…???
受諾しますか?
はい。 いいえ。】
ピコンッ!
【イベントを受諾しました。】
パクルス海賊団が潜伏している場所は、街からずっと沖合へと出た場所にある小島。月光によって暗い海の上に照らし出されているのは、大きな帆船が一隻と、小さな帆船が二隻。
「海賊のド定番だな。」
「あれが…海賊…」
遠くから見ても分かる。浜辺に作られた大きな焚き火。その周りで酒瓶を片手に騒いでいる
「海の盗賊だ。最近はこの街に集まる連中が多いから身入りも良いらしいな。」
「
汚い物を見る目でノルハが遠くに見える海賊達にガンを飛ばす。
「それでこそ海賊だ。手加減してやる必要が皆無だと分かって良いじゃないか。」
「…ははっ。それもそうだな。」
怒りの感情を抑えたノルハが不格好な笑顔を見せてくれる。
「それじゃあシンヤ達に付いていく人達に会わせるよ。付いてきて。」
サイの案内で今回の作戦で俺と共に動く五人と合流する。全員近接武器を装備した魚人族の男性だ。サイ達の話ではほとんどが別々のパーティから集まった者達らしい。
海賊達の現状を聞くと、殆どは浜辺に降りているらしい。船の中に居るのはせいぜいでも十人。これは都合が良いと作戦内容を伝えると、五人は二つ返事で頷いてくれた。
詳しい打ち合わせの内容を全員に伝え終えた所で、作戦を開始する。
「よし。それじゃあ早速始めよう。船の横まで頼む。」
俺とニルは海中に入り、魚人族に縄で引っ張ってもらい一番大きな海賊船の足元まで接近する。魚人族の居る海域で海中を警戒していないとは、随分と余裕なようだ。
「よし。予定通り進めるぞ。」
「上は頼んだよ。」
海底に降りている
直ぐ後からニルも同じ様に鎖を掴んで登ってくる。
鎖は、海上に出ている船体の中央辺りに空いた穴の中に繋がっている。そこからならば俺もニルも難なく入れるだろう。
残念ながら、魚人族の尾ビレではここを登るのは難しいため、残りの五人は下で待機中だ。
船体まで辿り着くと、穴の中を見てみるが、暗くてよく見えない。隙間は通れるはずだ。
鎖と船体に空いた穴の間に体を滑り込ませ、音を立てないように慎重に中へと入る。
付近に明かりは無く、人の気配も無い。
「よし。ニル。」
「はい。」
外で待っていたニルが俺と同じ様に体を滑り込ませ入ってくる。
「この柱が丁度よさそうだな。」
「分かりました。」
ニルが柱に太めの縄を回して結び、俺は反対の先端を穴から出して落とす。数秒待つと、縄が二回引かれて、合図が届く。
「よし。」
力を込めて握った縄を引き寄せると、グググッと縄が張る。船体外に出た縄に五人の魚人族がぶら下がっているのだ。海岸側からは見えないはずだから大きな音さえ立てなければ大丈夫…なはずだ。
それにしても、五人の男性を縄で引き上げているのに、それ程重く感じないというのは、本当に便利な体だ。
縄を巻き上げると、一人、二人と船体の中へ魚人族の男達が入ってくる。
「よし。後は頼むぞ。」
「任せとけ。二人は気を付けろよ。終わったら直ぐに助けに行くから。」
「分かっている。行くぞ、ニル。」
「はい。」
魚人族の男達とはそこで別れ、付いてきていた五人は船の底へ、俺達は船の
外にいる十人が、船の底に細工を仕掛ける際に、どうしても音が出る。それを気付かせない様に俺達が上で暴れ、下に向かった五人が中を見張り、敵が来た場合は対処する。という事だ。
俺とニルだけで甲板に向かう理由は、出来る限り魚人族の関与を相手の思考から除外させたいからだ。
人族が二人で現れたと勘違いしてくれれば、その分他の魚人族達が作業をしやすくなる。
「甲板には何人か居るが…船内には誰も居ないな。」
「こちらに居ないとなると、下に向かった方々が相手をしているかもしれませんね。」
「外の連中に気付かれたら困るからな…派手に暴れるか。」
「はい。」
俺とニルは甲板に出る一歩手前で魔法陣を描いていく。
この船の中には略奪された荷も数多くあるはずだから、あまり大きな魔法は使えないが、こちらに注意を向けるくらいには派手にやらなければならない。
「調節が難しいが…この魔法なら。」
「ご主人様。こちらもそろそろ描き上がります。」
「よし!いくぞ!」
俺が放ったのはランブルカッター。十数個の風の刃が甲板上を走り抜ける。その気流の乗って飛んで行くのは、ニルの使ったストーンショット。初級魔法だが、ランブルカッターの風に乗ると異様なスピードと威力で飛んで行く凶器へと変化を遂げる。
ズガガガガバキッ!
「ぎぁぁぁぁ!!」
「ぐあぁぁっ!」
甲板上を破壊しながら飛んで行く魔法は、甲板上に寝ていた男達を簡単に殺害していく。海賊の構成員の種族は様々らしいが、魚人族の者は見当たら無い。
サイとノルハに聞いた情報では、魚人族は決して海賊にはならならしい。単純な話で、海賊は海を汚すため、海賊の居る近くでは生きていけないらしい。
「誰だぁぁ?!」
「ぶっ殺せ!!」
甲板に出ると、海賊の連中が獲物を抜きとり、
「下の連中が上がってくる前に甲板上の連中を片付けるぞ!」
「はい!」
断斬刀を抜き取り、騒ぎ立てている連中の中に突撃する。
ニルもほぼ同時に突撃したが、ニルは既に黒盾に初級闇魔法のシャドウボムを展開させている。物理的な衝撃に反応して黒い霧が爆散するという魔法だ。
ガンッ!
「がぁぁ!」
早速海賊の一人がニルの盾に攻撃を行うと、その周囲に視界を奪う黒い霧が現れる。
攻撃を繰り出した奴はニルの体に掛けられた防護魔法により致命傷を受け、近場に居た者達は、霧の中を移動するニルに対処できずに次々とやられていく。
「俺も負けてられないな。」
「死ねぇぇぇ!!」
ザンッ!
直剣を片手に走ってきた海賊の頭を縦に両断する。
甲板上に居るのは全部で十人程度。その程度の人数で、全員がこのレベルの強さならば、殲滅は難しく無い。
ガンガンガンッ!
海賊船の縁に板が掛けられ、海岸側から板の上を走ってくる海賊達。本来ならば魔法を使って板を落とす所だが、そんな事をして海の中に落ちた奴が下で作業している魚人族を見付けてしまっては元も子もない。
俺とニルにはマジックシールドを既に掛けてある。出来ればそれが全て剥がされる前に魚人族の皆が作業を終えてくれるとありがたい。
「行け行けぇ!」
板を登り切った者達が次々と甲板に乗り込んでくる。
「なんだぁ?たった二人かよ?」
「ぎゃはは!あいつ死んでるぞ!馬鹿な奴だ!」
「お!女の方は上玉だ!」
「俺が先に目を付けたんだ!俺が先に頂く!」
「あ゛?!」
「んだコラァ!」
甲板上に居た連中が全員死んでいるのを見ても、警戒心を強めるどころか、獲物の話をしているらしい。略奪者なんかをやっていると、ネジが何本か吹き飛ぶのだろうか?
ザシュッ!
一向に動こうとしない連中に、ニルの小太刀が突き立てられる。
「がぁっ!」
「あははは!殺されてやんの!」
「おい!あの女は俺が今晩可愛がってやるから手出すなよ?」
「あ゛?俺のものだ。おめぇこそ手出すんじゃねぇ。」
「そんならいつも通り速い者勝ちだ!」
どうやら俺を狙うより、ニルを狙っている奴らの方が多いらしい。
「それで良いのか?」
「は?」
甲板を蹴り、海賊たちのど真ん中に入り込んで疑問を投げかけたが、返答を待つつもりは当然無い。
断斬刀を横に一回転させると、刃の範囲内にいた連中の胴体が綺麗に両断される。
「なんだこいつ?!速えぞ?!」
「殺せ!火魔法は使うなよ!」
周囲の海賊達が一斉に飛び掛かってくる。
ガギッ!
そのうちの一人に断斬刀を振り抜くと、持っていた直剣を切り裂き、そのまま男の体躯をも縦に
「強ぇ!おい!同時に掛か…」
ザシュッ!
ボトッ…
喋っている途中だったみたいだが、頭部が無くなって言葉が切れた。
「なんだこいつ…」
「ぐあっ!!」
俺に対して警戒心を強めていた海賊達の後ろから、大きな体の男が現れる。二メートルはあろう身長に、俺の胴回り程もある腕。スキンヘッドには血管が浮き出ている。
海賊の一人の頭を鷲掴みにして持ち上げ、それを甲板の上に投げ捨てる。
「ガイジュ!」
「…………」
「殺っちまえガイジュ!」
「ぐがぁぁぁ!」
獣の様に叫び散らしたガイジュと呼ばれた人族の男は、片手にバカみたいに大きな
ブンッ!グシャッ!
周りに居た海賊までをも巻き込んで戦鎚を振り回す。巻き込まれた奴らは、叫び声も上げられず、
「ぐがぁぁぁぁっ!」
「敵味方関係無しかよ。」
ブンブンと戦鎚を振り回す姿からは、理性を一切感じない。
「ぎゃはは!ぎゃはは!」
気色の悪い笑い声が聞こえてニルの方を見ると、ニルも他より強そうな獣人族の男と相対している様だ。まだまだ海賊は腐る程に居るし、ここは厄介そうな奴からさっさと片付けた方が良いだろう。
「うがぁぁ!!」
バキィィッ!
戦鎚が振り下ろされると、甲板の一部が割れ、船体が揺れる。
「殺れー!殺っちまえー!がはははは!」
他の連中は巻き込まれないように、少し離れて見ている。
「んがぁぁ!」
バキバキッ!
甲板内にめり込んでいた戦鎚が無理矢理引き抜かれ、甲板を形作っていた木材の破片が飛び散る。
ブンッ!ブンッ!ブンッ!
戦鎚が何度も目の前を通り過ぎ、その度に風を感じる。
「うがっ!がっ!がぁっ!」
ブンッ!ブンッ!バキッ!
「いけいけぇ!」
「その調子だぞガイジュ!」
このガイジュという男は、ただその
「がぁぁぁ!」
ザンッ!
バキッ!
両腕の
ブシュー!
「ぐがぁぁぁ!」
大量の血が甲板上に撒き散らされて、大男が暴れ回る。
ニルの方を見ると、先程相対していた獣人族の男の首に蒼花火が突き刺さっている。周囲には蒼色の小さな火が飛び散っているところを見るに、何度か刃を打ち合せたのだろう。
「そんなっ?!ガイジュが!」
「ヤバいぞ…こいつらはヤバい!」
「全員で掛かれ!」
流石に焦ったのか、残った連中が次々と間髪入れずに襲いかかってくる。魔法も、矢も、全てが俺とニルに向けられている。
「ニル!」
「はい!」
ズガガガッ!バキンッ!
大量に打ち込まれた魔法と矢で、俺とニルに掛けたマジックシールドが全て弾け飛ぶ。
それと同時に俺が描いた魔法が発動し、近付いてくる男達を次々と風の刃で切り裂いていく。
ゴブリンとの戦いで使ったカッターサイクロンだ。周囲に発生した風の刃が、魔法や矢を次々と弾き返していく。
「ぐぁぁぁ!」
「ぎぁぁ!」
「退けぇ!」
後ろに控えていた、顔にいくつかの傷跡を持ち、ボサボサ茶髪頭の男が魔法を放つ。
ニルの腰に手を回し、その場から離れると、カッターサイクロンを突破した土魔法が甲板を抉り取る。
「パクルス船長!」
「船長!」
「ったく。騒がしいと思って来てみれば、たった二人相手に何やってんだてめぇら。」
ボリボリと頭を掻きむしる男。
「こ、こいつら強くて…」
一人の海賊が冷や汗を垂らしながら言うと、その男をパクルス船長の目が捉える。
「……」
ザシュッ!
「ぎぃぁ!」
パクルス船長は、腰から抜き取った曲剣で男の顔面に深い切り傷を与える。
「他に腰抜けはいねぇよな?」
「………」
一言で辺りの海賊達は静まり返り、ピクリとも動かない。
「こっちは数で勝ってんだ。さっさと囲んで殺っちまえ。」
「分かりやした!」
ガキンッ!
「ぐおっ?!」
「なんだ?
「助けに来たぞ!」
船内から別れていた魚人族の五人が現れる。なんとか間に合ったみたいだ。これで随分と戦いやすくなる。
「チッ…魚人族か。おい!そこの奴ら!海の中にも仲間がいるはずだ!殺せ!」
「分かりやした!」
「おい!行くぞ!」
船長命令に素直に従う海賊達。荒くれ者達も船長は怖いらしい。
ガンッ!キンッ!
「数が多すぎる!壁を背にして戦うぞ!」
「死ねぇぇ!!」
ガキンッ!
「ぐっ!」
「あまり前に出過ぎるな!」
甲板上の空間に、海賊達がごった返し、乱戦も乱戦になっている。
「殺せ!」
「早くしないと船長がキレちまう!」
「行けオラァ!」
ガンッ!
ブシュッ!
「ぎゃぁぁ!!」
混戦状態の中、ニルと背中を合わせる。
「大丈夫か?」
「はい。まだまだ大丈夫です。」
「こんなに混戦になるとはな…はぁ!」
グシュッ!
「ぐぁぁぁ!」
こうして話していても次から次へと敵が襲ってくる。
「私よりも、魚人族の方々がギリギリですね。」
「そうか…下に降りて行った連中も気になるが…それより気になることがあるな。」
「そうですね…やぁっ!!」
ブシュッ!
「がぁぁっ!」
ニルの動きにはまだまだキレがある。暫くは大丈夫だろう。
「俺はあの五人の手助けをしてくる。気を抜くなよ。」
「分かりました。」
ニルから離れ、苦戦している魚人族を取り囲んでいる海賊に斬りかかる。
「ぐあぁぁ!」
「チッ!こっちに来やがった!」
「はぁ…はぁ…」
「おい!大丈夫か?!」
「なんとかな…」
五人と共に断斬刀を構えるが、五人の体力はほとんど残っていない。肩で息をして、剣を構えているだけでも辛そうだ。
このまま戦闘を続ければ、間違いなくこの五人の命は無いだろう。
「………お前達は下へ降りろ。」
「そんな事出来るわけ無いだろう。」
「そろそろ小さい方の帆船への細工も終わっただろ。気を引き付けるのはここまでにして、一気に制圧する。」
「邪魔だって事か…」
「正直に言えばそうなるな。」
「……分かった。すまない。」
「良いから早く行け。」
五人は帆船の縁にある
「へっへっへ。お前一人でこの人数を相手に出来ると、本当に思っているのか?」
「ここまで仲間を減らされたのは久しぶりだ。人数が少ない割に頑張った方だろ。ま、結局結末は変わらないわけだが。」
言葉を交わすのも面倒な相手だ。全てを聞き流して魔法陣を描き始める。
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