第62話 拝謁

扉の奥で頭を下げているのは、女性の魚人族。

青色の髪を後頭部でまとめていて、頭の上には青と白のカチューシャ。着ている服もそれに合わせた青と白の服。尾ビレが出ている部分には僅かなフリルがあしらわれ、上半身は肌が見えない様にゆったりとした長袖となっている。かなりシンプルなデザインで、恐らくはここのメイドの服装だろう。

頭を上げた女性は切れ長の目に茶色の瞳。街中で見た魚人族の女性も綺麗な人が多かったが、この人はまた別の美しさを持っている。


「シンヤ様のご案内をさせて頂きますミューナと申します。」


「よろしく頼むよ。こっちは俺の身の回りの世話をしてくれている、ニルだ。奴隷だからと無下には扱わないでくれ。」


「心得ております。それでは、どうぞこちらへ。」


「ああ。」


振り向いて進んでいくミューナの案内に従って扉を通ると、とんでもなく広い円柱状の空間へ出る。


天井は高く、シャンデリアの様に垂れ下がっているのは、特大サイズの光るサンゴ。湾曲した壁の左右には等間隔でいくつかの長方形の穴が空いており、その先はずっと続く廊下になっている。

廊下の壁には、等間隔で小さめの光るサンゴと窓が取り付けられていて、暗いという印象はまるで無い。


「凄いな……」


「ふふふ。驚きましたか?私も初めてこの光景を見た時は随分と驚きましたよ。」


「おっと…田舎者感が出てしまったな…」


「そんなことはありませんよ。とても親しみ易そうなお方で良かったです。冒険者の方だと聞いておりましたので、怖い方だったらどうしようかと思っていましたから。」


「確かに怖い人の案内は嫌だよな。ピリピリするから緊張する。」


「経験がお有りですか?」


「ま、まあ…クレーマーの対処とかね…」


「??」


「それより、族王様にはいつ頃拝謁出来るんだ?」


「今準備をしておりますので、暫くお待ちいただけたらと…申し訳ございません。」


「いやいや。ミューナさんが謝る事じゃないから。」


「ありがとうございます。それでは、こちらへどうぞ。」


円柱状の一番下にある廊下の一つへと入っていくと、廊下に面した部屋がいくつもある。その内の一つの扉の前で、ミューナさんが魔法陣を描くと、ズズズと門で開いた扉よりずっと薄い石の扉が開いていく。

部屋の中は客室になっていて、椅子やテーブル等、一通りの物が揃っている。


「こちらでお待ちいただけたらと思いますが…何かご入用いりようの物はありますか?」


「特に無いかな。」


「分かりました。もし何かございましたらこちらの呼び鈴を押してください。」


一歩分扉に近付いたミューナさんが掌を上にして金属製のベルを手で指し示す。


「その扉の横に付いているやつか?」


「はい。外と繋がっておりまして、中で押すと、外に聞こえるようになっております。」


「へぇ……ん?外に聞こえたところで分からないだろ?」


「いえ。私が扉の外でお待ちしておりますので。」


「え?ずっと?」


「はい。」


「呼ばれるかも分からないのに?」


「はい。」


「………」


「……??」


「それって待っていないと誰かに怒られるのか?」


「そうですね。これが私の仕事ですから。」


なんという可哀想な仕事だろうか…ミューナさんイジメられているのだろうか…?


「良かったら、一緒にお話でもどうですか?」


「わ、私がでしょうか?」


「あ、嫌なら別に無理しなくても良いけれど。」


「いえ!そんな事はありません!えっと…その様な注文をなされた方は初めてでして。」


「そうなのか?また変な事を言ってしまったか…なんか外で待ってるだけってのは可哀想だし、どうせ待っているなら話でもしてたら時間もすぐ過ぎるかなぁ…と。」


「ふふふ。ありがとうございます。メイドの私に気を使って下さる方は初めてです。是非御一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「こちらからお願いするよ。」


「はい!実は私、冒険者の方々のお話が大好きでして!

自由気ままに世界を旅して回るなんて憧れてしまいます!」


「はは。最初の印象とは随分と違うな。」


「そうですか?」


「もっとバリッとしたやり手のメイドさんかと思っていたけれど、少女みたいな事を言うんだな。」


「あら。これでも私はメイド歴も長くてメイド長の次に偉いんですよ?」


「えっ?!そうなのか?!」


「ちゃんとしたやり手のメイドですから。」


「イジメられていたんじゃなかったのか…」


「??」


「いや、待つだけなんて仕事をさせられているからイジメられているのかなぁって。」


ミューナさんの顔がキョトンとしたまま静止する。


「……ふふふ。そのように思われているなんて。

お客様のご案内は、上級のメイドにしか出来ない特別なお仕事なんですよ。失礼があっては王家の名前に傷が付きますからね。」


「言われてみれば当たり前か。ごめんごめん。」


「ふふふ。面白い方ですね。」


それから暫くの間、冒険者の話を聞かせたり、魚人族の話を聞いたりと、話に花を咲かせていると、廊下側からの呼び鈴が鳴る。


カンカンッ。


「あら。いつの間にか随分と話し込んでしまいましたね。」


「付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。」


「こちらこそ楽しい一時をありがとうございました。

それでは、準備が出来たようですので、ご案内致します。」


部屋から出ると、ロビーとは逆に歩いていく。

王城の客室から先は迷路のようになっていて、案内無しでは王城内を歩く事さえ難しいとの事だ。なんでも、門や塀が無い分こういった設計にして王室を護っているんだとか。


「私はここまでになります。ニルさんとお待ちしておりますので、どうぞ先へお進み下さい。」


それまでの廊下とは全く造りが違う、彫刻が施された壁に、大きな光るサンゴ。

幅も倍はある廊下で、数メートル続いた先には大きな石製の扉。


「お待ちしておりました。どうぞ中へ。」


扉の前に居た兵士が魔法を発動させると、ズズズッと扉が手前へと開いてくる。


円柱状の白い柱が左右に並び、その前にズラリと並んだ兵士達。

その奥に見えるのは光るサンゴで作られた王座と、そこに座る魚人族王。ジカローム-ドロイス。


この街に一時期滞在していた事があった為、名前は知っていたが、一度も見た事が無かった。


長い茶髪の上に、金色で細身の王冠が乗っている。

キリッとした顔立ちで、茶色の瞳に、目付きは力強い。眉間にはしわが寄っている。

青一色の服を着ており、服の上からでも体格が良い事が分かる。服の下に伸びている太く力強そうな尾ビレを包むのは、焦げ茶色の鱗。

これぞ王様と言った感じの魚人男性だ。歳は二十歳前後だろう。王としてはかなり若い。魚人族は人族とそれ程寿命が違わないとミューナさんから聞いているし、十年前から王の名前は変わっていないから、十歳程から王をしている事になる。何かあったのだろうか…?政治に関わるつもりは無いから、別に知らなくてもいいことだが。


一通りの作法をミューナさんから聞いていた俺は王座の間の中央辺りまで進み右手を胸に、左手を腰の後ろに回し頭を下げる。


「頭を上げてくれ。冒険者シンヤよ。礼儀作法は気にしなくて良い。」


ハッキリとした水中でも通る族王の声が耳に届く。


「…ありがとうございます。」


「ここはシンヤの功績を称えるための場だ。堅苦しいのは無しにしよう。歳も近しいようだしな。」


「はい。」


「さて。前置きは省くとして、褒賞を与える前に色々と確認しておきたい。良いか?」


「はい。」


「まず、今回捕縛した密猟者はどこでブルーシェルを?」


それからいくつか、密猟者を捕縛した時の事を聞かれた。本当の話なのかを確認する為だと思うが、実際にその場に居たのだから説明は簡単だ。


「これで確認は終わりだ。」


「はい。」


「我々が得た情報と相違は無かった。疑う様な真似を許してくれ。」


「いえ。当然の事かと。」


「ブルーシェルの採取禁止は、私が設けた制度で、この海を守るために必要なのだ。」


「海を守るために…ですか?」


「そうだ。あまり知られていないが…我々魚人族は、あまり汚い海の中では生きていけない体でな。我らだけでなく、そういった海の生き物は割と多い。」


「はい。」


「ブルーシェルは常に海の中を綺麗に保ってくれている生き物なのだ。海中に漂う汚れを吸い取り、浄化して排出してくれている。海の雫は、浄化出来なかった物がまとまった物なのだ。」


「そうだったのですね。知りませんでした。」


「別に隠しているわけではないが、あまり他の種族の者達には知られたくない内容ではあるからな。」


「他言は致しません。」


「賢い男だ。」


満足そうな顔で俺の事を見る族王から視線を外して床を見る。


「いえ。」


「そういうわけで、我々にとってブルーシェルの密猟者は許し難い存在なのだ。そしてそれを捕縛した貴殿にはそれなりの褒賞を与えたいと思うのだが……率直に聞こう。何が良い?」


「………」


「何でも良い。思う所があれば申してみよ。私に与えられるものであれば出来る限り要望に応えよう。」


「では…一つだけ。」


「申してみよ。」


「……私がこの街へ来たのには、目的がありまして……出来れば人払いをお願いしたいのですが。」


周囲の兵士達がピリッとする。何か企んでいるかもしれないと勘ぐったのだ。当然だろう。

直ぐにドロイス族王が兵士達を手で制する。


「この者はAランクの冒険者だ。最後まで話を聞く。

近衛兵長のみは残し、他の者達は下がれ。」


「族王様。流石に危険かと…」


「なんだ?近衛兵長は私を守る自信が無いのか?」


「…いえ。分かりました。命に代えましても必ずお守り致します。」


近衛兵長の言葉を聞き、兵士達が玉座の間から出ていく。


「人払いは済ませた。続きを。」


「ありがとうございます。

それでは簡潔に申し上げます。私は、魔族と魔界外の種族の間を取り持ち、神聖騎士団の侵攻を阻止する為に動いています。」


「…一冒険者にしては大それた使命だな。証拠はあるのか?」


「こちらに。」


書簡を取り出すと近衛兵長が俺の手から書簡を受け取りドロイス族王に渡す。因みに防水加工はしてある。

ドロイス族王が書簡を開き、一通り目を通した後、俺を見て口を開く。


「……なるほど。既に五種族の者達から書簡を受け取っているのか。内二枚はアマゾネスと人狼族。魔族の者達だな。」


「はい。」


「印も間違いなく本物。シンヤの言っている事は間違いなさそうだな。」


「はい。」


「手を取り合って共に戦うとして、何故我々の所へ来た?」


「海路を確保する為です。」


「魔界はここから目と鼻の先。神聖騎士団の連中に取られては形勢が悪くなるな。」


「水中、水上での戦闘は魚人族の右に出る種族はありません。」


「……海路があれば戦力の投入も海伝いに可能となる。それを見越しての事だろうな?」


「はい。」


「…確かに魔族であるアマゾネスと人狼族の書簡はあるが、何故魔王の書簡が無い?」


聞かれるとは思っていたが、やはりそこに話が行くか……話さないわけにはいかないだろう。


「実は、現在魔族の中で、不穏な動きがありまして、アマゾネスと人狼族長で調査を行っている最中なのです。」


「それについても書簡に記載がある。もしその話が本当であれば、魔族との共闘は危険だと思うのは私だけか?」


「…いえ。それについては……信用して頂きたい。としか言えません。」


「魔族の問題を解決し、安全を確保した上で同盟を結ぶ。という運びを厳守すると誓うから信用してくれ…と言いたいのか?」


「……はい。」


「そう簡単には信用出来ないな。シンヤ個人を信用出来るか否かという話になるからな。」


「………」


「ブルーシェルの密猟者は、信用を得るために捕縛したのか?」


「いえ。完全な偶然です。召喚状が届くとも思っていませんでしたので。」


「………」


「…………」


嫌な沈黙が王座の間に漂っていく。


「……近衛兵長はどう思う?」


「…現状では判断出来ません。」


「……では試させてもらうとしよう。」


「??」


「私からある冒険者達に、指名クエストを出そうと思っていたのだが、それをシンヤにもやってもらう。」


「指名クエストですか?」


族王からの指名クエストともなれば最低でもAランクのものになる。


「実は、先日シンヤが捕らえた密猟者なのだが、パクルス海賊団の一味だということが分かったのだ。」


「パクルス海賊団?」


「この海域では商船もよく出入りするからな。海賊も多いのだ。

その中でも数年前から猛威を振るっている海賊団の名前がパクルス海賊団。被害は決して少なくない。」


「そのパクルス海賊団を潰せと?」


「簡単に言えばそうなる。この海域を使って兵力を出入りさせるならば、着いて回る話だ。そちらとしても必要なクエストになると思うが?」


「……分かりました。受けましょう。」


「簡単に決めて大丈夫なのか?海賊とはいえ、我々が今まで取り逃してきた者達だ。手強いぞ?」


「ですが、信用して頂くには必要な事なのでしょう?」


「…そうだ。」


「であれば、私に選択肢はありません。神聖騎士団の連中は待ってはくれませんからね。もたもたしている時間はありません。」


「…分かった。それではシンヤの名も明記して冒険者ギルドへと指名クエストを発行する。信用に値するか、見せてもらうとしよう。」


「はい。」


なんとか無事に話し合いが終了し、王座の間を出る。


「ご主人様!」


「ニル。ミューナさん。」


「どうでしたか?」


「…指名クエストを受けることになった。」


「指名クエストですか?」


「詳しい事は冒険者ギルドに向かいながら説明するよ。ミューナさん。急いで戻りたいんだが…」


「承りました。」


「ありがとう。」


ミューナさんの案内で城を出て、ニルに今回の成り行きを説明しながら冒険者ギルドに向かう。

最短最速で冒険者ギルドに到着したが、直ぐにヘルミヤさんに呼ばれた。


「シンヤさん?!指名クエストが来てますよ?!」


「速っ!?さっき話が終わったばかりなのに…」


「ぞ、族王様からの指名クエストって……何かしでかしたのですか?」


「その言い方は悪意を感じるな。」


「だ、だって…あのパクルス海賊団ですよ…?」


「色々とあってな。必要な事だから仕方ない。」


「あんたがシンヤか?」


カウンターの横、水中側から声が聞こえてくる。


ザバッと腰を床に上げて水中から出てきたのは魚人族の男が二人。


一人はツンツンした緑色の短髪に、緑色の瞳。パッチリした目。そして手には先端が三つに別れた長い槍を持っている。声を掛けてきたのはこっちの男だ。


もう一人は黄色の長めの髪に黒く細長い目。黄色と赤茶色の鱗を持ち、腰に直剣を下げている。


「俺がシンヤだが…?」


「俺はノルハだ。よろしくな!」


「あ、ああ…?」


直剣を下げた方の男性があきれたように首を横に振る。


「相変わらずノルハは言葉が足りないって。僕達は同じクエストを受ける事になったAランクの冒険者なんだ。」


「そういう事か。」


「僕はサイキュール。サイって呼んで。」


「分かった。俺はシンヤと呼んでくれ。こっちはニルだ。俺の相棒だから仲良くしてくれ。」


「ほー!美人さんだねー!俺はノルハ。よ、ろ、し、くぼはぁぅ?!」

ズドンッ!


ニルの肩に手を回そうとしたノルハ。その手がニルに触れるより早く、ニルの力強く美しいストレートパンチがノルハの鳩尾みぞおちを捉える。


「私はご主人様のものです。なので、私に触れて良いのはご主人様だけです。」


撃沈したノルハに軽蔑の眼差しと容赦の無い言葉を叩きつけるニル。


「凄い回転の拳だったな…」


「ノルハはいつもあんな感じなので、気にしなくて良いよ。殴られ慣れているしね。」


「いや、それは大丈夫なのか?」


「大丈夫大丈夫。それより、クエストの事を話そう。部屋は借りてあるからさ。」


「分かった。ニル。行くぞ。」


「はい!」


「待ってよニルちゃーぐぼろほぁ!!」


ノルハの奇声を聞きながらギルドにある一部屋に入る。あまり陸上に上がっている魚人族は見ないが、器用にクネクネと移動している。


「早速だけど、今回のクエストについての詳細を僕達の方から話すね。」


「頼む。」


「まず今回のクエストが立ち上がった理由から。

シンヤが捕らえた密猟者が、減刑げんけいの為に口を割って、パクルス海賊団の事が発覚したんだ。」


「奴がパクルス海賊団とかいう連中の一味だったんだろ?」


「まあしたも下っ端だけどね。

それでも一味という事には変わらない。開示された情報の中には、パクルス海賊団の連中がどこにひそんでいるのかという事も含まれていたんだ。」


「こちらを騙そうとしている可能性や、既に移動した可能性は無いのか?」


「そこは大丈夫。情報が来てから直ぐに派遣した数人に見張ってもらっているからね。」


「サイ達の仲間か?」


「うん。相手の数も多いからね。僕達二人だけでは制圧は難しい。何人かの冒険者に声を掛けて手伝ってもらっているんだよ。」


「相手はどの程度の数なんだ?」


「ざっと見積もって七十人くらいかな。大型の帆船が一せきと、小型の帆船が二隻。」


「海賊の事はあまり知らないけれど、それって結構な大所帯だよな?」


「そうだね。この辺では一番大きな海賊団だよ。」


「そんなデカい海賊団をどうやって潰すんだ?」


「俺達は魚人族だからな。船の数隻くらい簡単に沈められるさ。」


「なかなか頼もしい事言ってくれるな。」


「まあな。どうだニルちゃん。俺カッコイいひぃーん!」


ニルの履いている靴がノルハの尾びれをゆっくりと潰していく。


「近付かないで下さい。」


「そんなに照れなくても良いじゃないかー。」


ノルハはめげない。


「まあノルハの言っている程簡単にはいかないけれど、船の事は任せてもらって構わないよ。船体下部を水中から破壊するつもりだからね。」

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