第61話 魚人族
「ニル。」
「はい。こちらがシャープネスシャークの尾ビレの一部です。」
ニルが腰袋に入れておいたシャープネスシャークの鋭利な尾びれをカウンターの上に置く。
「……はい。間違いありませんね。クエストは完了となります。
因みに…魔石と密猟されたブルーシェルは…?」
「魔石は納品せずに俺が貰うよ。
ブルーシェルの方は岩場にばら蒔いてきた。直ぐに岩場に定着すると思うぞ。」
「……やはり…シンヤさんは変わりませんね…」
「??」
「あ、いえ!なんでもありません!
それより、密猟者の捕縛によって、かなりの貢献度になりますので、ランクが上がると思いますよ!」
「それは有難いな。」
「密猟者をギルドから引き渡して、事の詳細をしっかりと調べ上げる為には少し時間が掛かりますので、報奨金やランクの上昇は数日後になってしまいますが…」
「構わない。他にAランクのクエストは無いのか?」
「今は無いですね。Bランクの依頼ならばいくつかありますが…」
「そうか…いや。密猟の調査が終わるまでの間は大人しくしているよ。」
「分かりました。二日程で調査は終わると思いますので、二日後にまた来てくださいね!」
手を振るヘルミヤに別れを告げてギルドを出た後、大通りを歩きながら何をしようか考える。
「いきなり
「どうされますか?」
「そうだな…ブラブラして過ごすのも悪くは無いんだが………??」
「………ご主人様。」
「ああ。後をつけられているな。」
歩き回る俺とニルの後を僅かに離れて付いてきている二つの気配に気が付く。
「先程の密猟者の仲間ですかね?」
「それは直接聞いてみるとしよう。」
俺とニルは人気の無い路地裏へと入っていき、角を曲がった所で待ってみる。
「…っ?!」
小走りで角から身を出してきた二人。フードを被り、口元を布で隠していて顔は見えない。
「何か用だったか?」
「………」
「ここまで来ておいて偶然なんて
ビュッ!
突然振り回された腕の先には刃渡りが長めのナイフが握られている。
後ろに居る奴も直剣を抜いて構え、俺達の背後からも更に二人の人影が現れる。
「ニル。後ろの奴らは頼むぞ。」
「はい。」
ビュッ!
風を切るナイフの音。目の前を通る刃の先には何かが塗られている。
連携して動くもう一人の持った直剣の刃にも何かの液体が塗られている。
「ニル!毒が塗られている!気を付けろ!」
「はい!」
何も話すこと無くいきなり殺しに来るとなると、そこらのチンピラとは違うらしい。
ビュッギンッ!
ナイフの刃先を断斬刀で打つと、手から離れたナイフが地面の上を転がっていく。
「チッ…」
ナイフを飛ばされた瞬間に後ろへと飛び、そのまま逃げ出す二人。
「っ!!」
逃げ出すと思っていなかった俺は反応出来ず、追い掛けるタイミングを逃してしまった。
同時に後ろに来ていた二人も即座に撤退する。どちらも完全に取り逃がしてしまった。
「………」
「ご主人様!ご無事ですか?!」
いつもの様に慌てた様子のニルが駆け寄ってくる。
「ああ。大丈夫だ。」
「やけにあっさり引き下がりましたね…?」
「そうだな……」
「やはり先程の密猟者の仲間…でしょうか?」
「いや。恐らくだが…違うな。
連携が取れていて、勝てないと見るや即座に撤退したからな。捕まえた密猟者との差があり過ぎる気がする。」
「そうですね…神聖騎士団でしょうか?」
「神聖騎士団かどうかは分からないが、俺達も随分と目立っているからな。そろそろ向こうから手を出してきてもおかしくは無いだろうな。」
「もし神聖騎士団の連中が絡んでいた場合、この街も安全とは言い難いですね…」
「神聖騎士団かは分からないが…どちらにしても、また厄介な状況になってきたな……時間のあるうちに少し調べてみようか。」
「分かりました。」
それからの二日間、襲ってきた連中を調べ回ってみたが、大した情報は手に入らなかった。というか、情報収集なんて
奴らに関する情報が無ければ、俺達からはどうする事も出来ず、進展も無いまま冒険者ギルドへと向かう日がやって来てしまった、
「何も掴めませんでしたね…」
「そうだな…向こうから手を出して来ることも無かったし、八方塞がりだな。」
「もうこの街には居ないのでしょうか?」
「そんな事は無いと思うけどな…何しに来たんだよってなるし…」
「………」
「シンヤさん!」
「ヘルミヤさん。例の件はどうですか?」
「はい!既に調査は終わりまして、色々と決まりましたよ!」
「それじゃあ確認させてもらおうかな。」
「はい!まずは冒険者ランクですが、こちらは今回の事でAランクに昇格となりました!」
「ヘルミヤさんの言っていた通りだな。」
「ブルーシェルの密猟は族王様が直々に禁止されていますので、それを阻止したとなると、貢献度が高いんですよ。密猟者を捕縛した人のランクをBランクで留めておくという選択肢は有り得ませんからね。ギルドとしてもそこはほぼ確定事項でしたよ。」
「これで色々と情報が集めやすくなるな。」
「どういう事でしょうか?」
「ニルはあまり詳しくなかったな。」
「私から説明しましょう。
冒険者ランクAというのは、一般の人々が到達出来る最高のランクだと言われています。ですから、Aランク以上の冒険者の方々には、クエストを含めて、あらゆる情報が集まって来ます。裏も表も関係無く。」
「冒険者がクエストを行う際に、色々と情報収集するだろ?Bランクのクエストまでは、基本的なモンスターや地形なんかの情報収集だけで十分なんだが、Aランク以上のクエストってのは護衛だとか、調査だとか…まあ簡単な情報だけでは足りない事が多いんだよ。」
「クエストがより複雑になるって事ですね。」
「嫌な話だが、地位とか権力とかのいざこざも増えてくるから、その辺りの事も知っておく必要があるんだ。」
「ご主人様が言っていた、ランクを上げなかった理由…という事ですね。」
「まあな。ただ、そういうクエストが多いから、ギルド側もいくらか情報を探って教えてくれたり、お抱えの情報屋なんてのも居るんだ。」
「それは全然知りませんでした…」
「だから色々と情報を集めるには、Aランク以上という肩書きは必須なんだ。当然Aランク以上でなくても、情報を集められる奴もいるが…それはちょっと特殊な奴だな。」
「それに加えて、Bランクの冒険者とAランクの冒険者の方では、
冒険者ギルドがAランクを与える相手は、実力はもちろんですが、人間性においても信頼出来る方に限られます。つまり、Aランクを持っているという事は、冒険者ギルドがその方の事を信頼しても良いですよ。と
「冒険者ギルドが信頼の証人となってくれるという事ですね。」
「はい!その分、掛かってくる責任も大きくなりますので、下手な事は、より出来なくなりますが……
シンヤさんの場合は一度Aランクの承認を受けていますし、私もシンヤさんの事は少なからず知っていますので、心配はいりません!と押し通しました!古参の受付嬢の言葉は重いんですよ!」
「ご主人様が信頼出来るということは、よく分かります。」
「二人で何を納得しているのか分からないが…Aランク昇格の処理を頼むよ。」
「はい!」
冒険者の登録証を渡すと、テキパキと処理を行ってくれる。
「ご主人様。Aランクは一般の人々が到達出来る最高のランクなのですよね?」
「そう言われているな。」
「では、SやSSランクの方々は一般の人々では無いのですか?」
「そうなるな。一言で言えば英雄クラスの連中だ。
SやSSランクのモンスターともなると、一体で街を軽く
「そこまで行ける人は世の中にもそうはいませんよ。SSランクなんて言ったら、
はい。これで処理は完了しました!Aランク昇格おめでとうございます!」
「ありがとう。」
「続いて報奨金のお話なんですが…」
暗い…というよりは困った様な顔をするヘルミヤさん。
「言い難い額なのか?」
「いえ…その……直接渡したいとの事で…」
「直接…?」
ヘルミヤさんが手渡してきたのは、一枚の書状。
「なんだこれ…?えーっと……
「声が大きいですよ!シンヤさん!」
「す、すまん…驚き過ぎて……」
「何が書いてあるのですか?」
「……簡単に言うと、功績を称えて報奨を与えるから城まで来い。って書いてある。」
「凄い事ですよ?!まさか族王様に
「ご主人様、物凄く嫌そうな顔をしていますね。」
「ソンナコトナイヨー。」
「元々族王様にお会いする事が目的ですので、むしろ良い機会ではありませんか?」
「ニルの言う通りなんだが…こういう
「これから何人かの族王様にお会いするですよね?であれば、この機会に慣れておく事も重要ではありませんか?」
「うっ……正論過ぎて言い返せない……くぅ…ニルが
「い、虐めてなどいませんよ?!」
「あはは。お二人は普通の主と奴隷の関係とは少し違うみたいですね?」
「あー…やっぱり変かな?」
「変…ではあるかもしれませんが、私はむしろ、好ましく思いますよ。」
ヘルミヤはこうして喋ってはくれているが、エルフ族。人族に
最初にニルの枷を見た時に、嫌そうな反応を僅かに示していたのは分かっていた。今回もニルを連れて来るか迷ったが、隠すものでも無いかと連れて来て良かった。
「普通、奴隷の人は暗い顔をしていますが、ニルさんはとても幸せそうに見えます。」
「私はご主人様に買って頂いた事が人生最大の幸運だと思っていますからね!」
「やはりシンヤさんはシンヤさんですね。」
「なんだそれ?」
「いえ。それより、召喚状が届いたとなると、直ぐにでも城へ向かった方が良いかと思いますよ?」
「はぁー……そうだよな……それなりの服に着替えて行ってくるよ…」
「はい!」
召喚状を貰って、冒険者ギルドを後にする。
「まずは服屋だな…正装を買わなければ…」
「ご主人様の正装………」
「おーい。ニル!行くぞー!」
「は、はい!」
服屋で買うのは、水色と青色の生地で作られたズボンと、
それが、全て水着と同じ素材で作られている、水着版正装。
「派手過ぎないか…?」
「凄く素敵です!ご主人様!」
「そうか…?」
「はい!とても!」
「うーん…まあこれが一番地味だし、これにしておくか。ニルもこれに合わせた地味めのドレスを買ってだな…」
「え?」
「なんだ?ドレスは嫌か?」
「いえいえ…そうではなくてですね……私は奴隷なので、恐らく式典には参加出来ないと思いますよ。」
「えっ?!そうなのか?!」
「身の回りのお世話係として、王城へ入る事は出来ると思いますが、拝謁までは許されないはずです。」
「ニルも頑張ったのにか?!」
「頑張ったかどうかではありませんからね。私はご主人様の荷物として扱われるので。」
「正当な評価を受けられず、報酬も無い……だと?!ブラック過ぎるだろ?!」
「ブラックが何を指しているのかは分かりませんが……お忘れですか?私は奴隷ですよ。これが普通です。
それに、私は全く気にしていませんよ。私はご主人様と共に居られるだけで報酬を頂いているようなものですから。」
二人で旅をしていると、忘れてしまいそうになるが、これが奴隷なのだ。
奴隷には人権というものが一切無い。主人の意向により死んだとしても、それに文句すら言えない。何故ならば、奴隷というのは、買った者の持ち物なのだから。
「………」
「お気になさらず。」
「ここで波風を立てる気は無いが、それでは俺の気が済まない。おい、店主。」
「はい?」
「この服に合うドレスを彼女に見繕ってくれ。金は払うからこの服と同等の物をよろしく頼む。」
「かしこまりました。」
「ご主人様?!」
「誰も褒美をくれないなら、俺がニルにプレゼントする。嫌か?」
「い、嫌という事はありませんが…そんな高価な物は…」
「働きに対する正当な報酬だ。それに、俺が単純にニルのドレス姿を見てみたいからな。」
「…分かりました。ありがとうございます!」
店主が用意してくれたのは、白と青の生地を用いたシンプルなデザインのドレス。
フリルも少なく、肌の露出も最低限。とても落ち着いた大人なドレスだ。側頭部に着けられている花を模した青色の髪飾りは、瞳の色と相まって美しい白銀の髪を引き締めてくれている。
「ど、どうでしょうか…?」
「…………」
「あの…?ご主人様……?」
「あ、ああ。想像以上の破壊力だな。」
「この服に破壊力…?魔具か何かなのですか?」
「いや、凄く似合ってるって事だ。」
「あ、ありがとうございます!」
「奴隷とはいえ、王城に向かうならそれなりの格好の方が良いだろうし、そのまま向かうか?」
「それは駄目ですよ。これはドレスですからね。従者は従者、奴隷は奴隷と分かる格好が望ましいです。」
「うーん……よく分からん。店主に任せる。何着か用意してくれ。」
「承りました。」
奴隷に合った服というのは、黒を基調とした長いスカートの服だった。地球で言う教会のシスター服と、メイド服の中間といったイメージの服だ。ニルが着るとこれはこれでありだな…なんて思ったりしてしまう。
服屋の店主に代金を支払い、そのまま王城へと向かう。こんな派手な格好で外を歩くなんて超絶恥ずかしいが…王城の前で着替えるわけにもいかない。
「この先が魚人族の街ですか?」
「そうだ。魚人族以外の種族はあまりいないから、珍しいからってはしゃがないようにな。」
「そ、そんなことしませんよ!」
「ははは。」
笑いながら海の中へと入っていくと、海上から見ていた街が目の前に広がる。白く四角い建物の壁や屋根に色鮮やかな貝やサンゴ。建物の間を
まるで童話の中から切り抜いて来たような風景だ。
「わぁー……」
「はしゃぐなよ?」
「は、はしゃいでいませんよ!」
「ははは。」
「うー……あれ?思った様に進めませんね…」
「装備が無いからな。服に重りは付いているが、装備よりは軽くて沈み難いから上手く歩けないんだ。」
「それでスカートの先だけが重かったのですね。」
「重りがないと水中でスカートなんて履けないからな。ゆっくりでいいから王城に向かうぞ。」
「はい!」
綺麗な水中都市の大通りを深い所へと向かって歩いていく。
地上の種族とは生活様式が全く違うため、街中に置かれている品物も全く違う。
例えば、木製の物はほとんど無いし、あったとしても網に入れてあり、風船のように店先に縛り付けてある。他にも、火に関する物は一つも無かったりと、地上とは完全に別の街だ。
ニルは、はしゃぎこそしないが街並みをキョロキョロと笑顔で見渡している。この街のことを相当気に入っているみたいだ。
長く真っ直ぐな大通りを進んでいくと、下り坂になっていて、徐々に周りが暗くなっていく。
「わぁー…また全然違う世界みたいです…」
街中をフワフワとライトジェリーフィッシュが泳ぎ回り、家々の壁に付いているサンゴの先端が多彩に光っている。
童話的な美しさから一転して、幻想的な街並みへと印象がガラリと変わる。
「ふふふ。綺麗ー。」
泳いでいるライトジェリーフィッシュを指先でちょんとニルがつつくと、フワフワと離れていく。
「そろそろだぞ。」
「あ、はい……あれが王城ですか?!」
「そうだ。凄いよな。」
街中で見ていた先端の光るサンゴ。海底から伸びているそれが、幾重にも重なって渦巻き、その上に白くて大きな王城が造られている。
色とりどりの電飾で飾られた様な王城は、大都市に相応しい程に大きく、誰が見ても一目で王城だと分かる。
「俺も中に入るのは初めてだから…ちょっとワクワクしてくるな。」
「はしゃがないで下さいね?」
「うっ…一本取られたな。」
「ふふふ。」
「そこの二人。王城に
門番…というか扉番の、鎧を着て槍を持った魚人族男性二人に止められる。
「族王様からの召喚状により、参上した。」
「……確かにこちらは族王様の書状ですね。お通り下さい。」
「ありがとう。」
デカい石製の門が開くのかと期待して待っていると、横にある小さな石製の扉が開く。
「そっちか?!いや、まあこのデカい扉を毎回開け閉めはしないか…ちょっと残念だったな。」
「この扉が門の役割も果たしているという事ですね。」
「水中でこんなデカい扉開かない気がするが…」
「水魔法で水流や水圧を操作する事で扉を開け閉めするのですよ。」
「なるほど。それなら開くか……ん?」
「よくぞおいで下さいました。シンヤ様。」
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