超リアルRPGに転移した

第58話 テーベンハーグ

「そこで、リリナが勝手に動かないようにしてもらおうと思ってな。」

「もう少し調べてみたいってことね？」

「そうだ。」

「……今のアマゾネス族長はこのヤナシリよ。判断はこの子に任せるわ。」

「なにっ？！代が変わったのか？！」

「残念ながら、我母である前ヤナシリは、神聖騎士団の連中によって殺された。」

「あの女が……そうか…惜しい女を亡くしたな…」

「母が聞いたら喜ぶよ。」

「ぐはは！んなわけあるか！あの女なら間違いなく、生意気言うなとか言って殴りかかってくるさ！」

「……ふふ。そうかもしれんな。」

「そうか…分かった。そんなら判断はお前に一任する。俺としては、この街の南にある村に全員を匿（かくま）ってもらえるように手配しておいたから、そこに暫く身を潜（ひそ）めてもらいたい。村民の事は安心してくれ。全ての者が俺の手の者で構成された村だからな。」

「ふむ……そうだな。ではそこで匿ってもらうとしよう。」

「良いのか？」

「我も話を聞いたばかりだが、なにやら裏があるように感じるのだ。それを暴けるのであれば、もう少し待つくらい容易い。いや、むしろ我々も出来る限り手伝わせてもらう。

なに、十年も荒野で過ごしてきたのだ。寝泊りできる家があるだけで我らには贅沢に感じるさ。」

「ありがてぇ。なるべく早く決着をつけなきゃな。」

「ふふふ。」

「なんだリリナ？」

「ヤナシリは母親の直感力を引き継いでいるのかもね。」

「？？」

「あー……確かに、あいつもよく、そんな気がする！とか言って突っ込んでたな。しかも、そのほぼほぼが当たってたな。」

「そうだったのか…なにやら嬉しいものだな。」

「ふふふ。さて、アマゾネスの今後については決まったわね。そうなると、次に決めなければならないのは…」

「俺とニルの今後だな。」

「お前は…人族なのか？」

「そうだ。俺はシンヤ。こっちはニルだ。

まあ色々とあってな。アマゾネスに手を貸してここまで来たんだ。魔王と色々と話をしたかったのだが…」

「どんな話をするつもりだったんだ？」

「簡単に言えば、魔族と魔界外の種族で手を結び、神聖騎士団をぶっ潰そうぜ。って話だ。詳しく話すと…」

書簡の事や、俺の立場についても詳しく説明をしておく。

「…確かにこの書簡は本物の様だな。そうなると、俺達魔族にも希望の光が見えてきたわけだが………まだ分からないが、もし本当に魔族の上層部に不穏な動きがあるのだとしたら、今その話を持ち込むのは得策では無いな。

変に利用される可能性もあるし、そうなると上手くいかない可能性も高い。」

「だよな……」

「……シンヤ。もし良かったら俺達魔族に手を貸してくれないか？」

「魔界で俺に出来ることなんてそう無いぞ？」

「いや、魔界じゃなくて、外でやって欲しい事があるんだ。」

「外で？」

ーーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー

「まさか魔界に入って滞在時間が一日とはなぁ…」

「そうですね。」

俺とニルは、現在、魔界から出て南へと壁沿いに馬車で移動している。

アマゾネスとは、ホーローからの依頼を受けた段階で一度別れる事に決めた。何人か付いて行くと言ってきたが、せっかく魔界に逃げ込めたのに連れ出すなんて馬鹿は出来ない。

依頼が終われば戻ると誓い、やっと魔界を出てこられた。

「本当ならニルの両親も探そうと思ってたのに…」

「そんな事を考えて下さっていたのですか？」

「時間があれば探して無事を知らせてあげたいだろ？」

「なんの手掛かりもありませんし、両親の顔も、記憶にぼんやりとしか浮かんできませんから…見付けるのはとても難しいと思いますよ。

私はご主人様が居てくださればそれだけで幸せですし、その様な事にご主人様の貴重な時間を割いて頂かなくても…」

「うーん…」

「……もし見付かったとしても、私はご主人様の傍を離れるつもりは微塵もありませんからね？」

「ま、まあ見付かってもいないのにこんな話をする必要は無いか。」

「ご主人様……はぐらかしていますよね？」

「……はっ！そうだ！そういえば、新しい小太刀が手に入っていたんだったぁ！」

「うー…」

「ほらほら。見てみろって。」

馬車を止め、苦し紛れに取り出した小太刀。インベントリに表示されていた名前は蒼花火。黒い鞘に、青色の柄糸。

刃の長さは今ニルが持っている無名の小太刀より少し長い。だが、大人の姿になったニルが持つにはちょうど良い長さだろう。

カチャッ…

鞘から小太刀を引き抜いて、その美しい刀身に目を奪われた。

僅かに青緑がかった色の刀身に描かれた波紋は、薄い水色。その模様は先端の尖った凹凸が繰り返し連なる、尖（とが）り互（ぐ）の目。

俺の持つ断斬刀が力強いイメージであるのに対し、この蒼花火は鋭く繊細なイメージ。

「………」

「言葉を失っているぞ。ニル。」

「あっ！その…凄く美しい小太刀ですね…」

「ニルの使っていた無名の小太刀。そろそろ耐久値が限界だっただろう。これからはこれを使え。」

刀身を鞘に戻し、ニルの手の上に置いてやる。

「宜しいのですか？！」

「俺には小太刀は扱えないからな。」

「これ程の宝を私なんかに…ありがとうございます！これからも精進致します！」

「程々にな。言っても聞かないだろうが……

こいつの名は蒼花火。効果も面白いぞ。」

【蒼花火…小太刀。特殊な金属で作られており、硬いものと擦（こす）り合わせると蒼い火花が飛び散る。】

「火花…ですか？」

「試しに盾に擦り付けてみたらどうだ？」

「はい…」

蒼花火を抜き取り、盾を構えたニルが、軽く刀身を振る。

カンッ！

バチバチバチッ！

「わぁっ？！」

「おぉ！！」

刀身から青緑色…つまり蒼色の火花が散る。

線香花火より少し大きめの火種が飛んで、地面に落ちた後、萎（しぼ）んで消えていく。

「実際に刀が削れているわけではないみたいですね。」

「魔具に近い物なのか？それとも、その特殊な金属とやらの効果なのか…？」

「こんな金属見た事もありませんので、分かりませんね…」

「俺も初めて見たな…だが、かなり使えるな。」

「はい！カビ玉やキノコ玉と相性が良さそうです！」

「それに、打ち合いになった時は目眩（めくらま）しとしても使える。ニル……なんだか面白人間になってきたな。」

「そ、その言い方は…」

「冗談だよ。これからもよろしくな。」

「はい！」

新しい小太刀を嬉しそうに腰に下げたニルと更に南を目指して進む。

ホーローが俺達に依頼した内容は単純でありながらも、困難なものだった。

その内容は、より多くの族王からの書簡を得てくるという事だった。

簡単に言ってしまえば、獣人族、小人族、エルフ族の書簡だけでは弱い。という事だ。

アマゾネスとホーローが協力して事に当たっているうちに、より多くの族王から信用を得て、魔王との交渉材料にするべきだと言われた。

今までずっと迫害されてきた魔族にとって、簡単に手を結ぶ決断は下せない。手を結んで確実に勝てるという確信が得られる程の威力が交渉のカードに必要だと言われたのだ。

今のカードだけでも無下にはされないだろうが、二つ返事で首を縦に振らせる為に、奔走（ほんそう）してくれと言われた。

その際に、いくつか必ず書簡を手に入れて来て欲しいと言われた種族が存在する。

強大な力を持っており、その力故に神聖騎士団にも、魔族にも属していない種族。

いくつか聞いた種族のうちの一つが魔界より南の地に居るため、その場所へと向かっている所だ。

「……シンヤ様。」

「プリトヒュからか？」

「はい。」

馬車で進んでいると、目の前に頭を下げて立っている者が現れ、プリトヒュからの書簡を受け取る。

「………へぇ。エルフ族と獣人族の間では既に同盟が結ばれたのか。早いな。」

「さすが姉様ですね。」

「あとは…神聖騎士団に関する情報だな。世界的な進行は今でも徐々に行われていて、あれからいくつもの街や村が焼かれたと書いてある。」

「………」

「ただ、大きな街や強力な種族は神聖騎士団も落としきれていないみたいだな。」

「急がないといけませんね。」

「そうだな…魔族の事やこれからの事についてプリトヒュに返信しておこう。」

「はい。」

書簡を渡すと、ナームの手の者が一度お辞儀（じぎ）をして馬に乗ってどこかへと駆けていった。

「俺達も行きますかねー。」

「はい。」

「そう言えば、ニルはその姿で過ごすのは久しぶりになるんだよな？」

「そうですね…大体十年振りでしょうか。」

「だよな…そうなると、近接戦闘とか体を動かす感覚が大分違うよな？」

「そうですね。変な感じがします。」

「それも直していかないとな。次の街に着くまでは、魔法は基本的に禁止しよう。体を動かして感覚に慣れておいた方が良い。」

「分かりました。」

しかし、こうしてマジマジと見てみると、改めてニルは美人だと思う。美人は三日で飽きるとか言われるが、ここまで突き抜けていると見ていても全く飽きないな。

既に俺の事は神聖騎士団に知られているし、ニルの事も把握されているだろう。アマゾネスが俺の事を簡単に見付けられたということは、既に広く知られているはずだ。ニルを目立たない様にする意味が無くなった以上、ステータスを犠牲にした子供の姿はもう必要無い。

「ここから目的地までは結構掛かるって言ってたよな？」

「距離的にではなく、モンスターとの戦闘が多くて時間が掛かるということでしたね。」

「蒼花火の使い方も含めて良い練習になるだろう。戦闘はニルに任せるぞ。」

「はい！お任せ下さい！」

嬉しそうな顔をするニル。

子供の姿の時は大人びているように見えたが、大人の姿になった今はどこか子供っぽく見える時がある。

「早速お出ましだ。」

「はい！」

街道沿いの草むらから出てきたのはアーマーベア。酒場でも食べたし、この辺りには多く生息しているらしい。

「グガァァ！」

「っ！！」

自分の体の大きさが、まだ完全には捉えきれていないらしく、ぎこちない動きで戦うニル。いつもなら当たらない攻撃も防がねばならず、戸惑っている様だ。

「大丈夫か？」

「はい！お任せ下さい！」

ハイスペックニルの事だからまた直ぐに慣れるだろうと思っていたら、もう何度か戦闘をこなしているうちに慣れてきたらしい。

数日後には完全に動きを取り戻すどころか、以前よりも良い動きをする様になっていた。

旅路は順調に進んでいたが、一つだけ問題が発生していた。それは……テント！

さすがに大人のニルと寝るのは…と言ったら、泣きそうになったニルが、失意（しつい）のどん底（ぞこ）に辿り着いたとでも言いたげな雰囲気で見てくるから……断れなかったのだ。

テントは少し大きめだから二人で寝ても別に狭くはないが……子供ニルの時の癖なのか、俺の腕に抱き着いて寝るから、俺はとても寝られたものでは無いのだ。

なるべく早く、無我（むが）の境地（きょうち）に辿り着く方法を見付けなければ……

その境地に辿り着けたのは、目的の街が目の前に迫ってきた時だった。

街に入る為の北門を抜けると、直ぐにニルのテンションが爆上げになる。

「ここが…水の都（みやこ）テーベンハーグですか？！」

「ああ。」

俺達が訪れたのは、主に魚人族が暮らしている大都市、テーベンハーグ。

水の都と呼ばれるこの街は、陸地に真っ白な四角い建物が立ち並ぶ漁業の盛んな大都市だ。

街のど真ん中を一本の大きな水路が走っていて、そこから街中の至る所に大小様々な水路が引かれている。水路は全て海へと繋がっていて、海には沢山の帆船（はんせん）が停泊（ていはく）している。

「あれが海……」

「海は初めて見るのか？」

「はい！おっきいですね！」

「ずーっと向こうまで続いているからな。」

「あの海の上に浮いているのは何ですか？」

「あれは船だ。人や物を乗せて海の上を進んでいく。水上の馬車みたいな物だな。動力は馬じゃなくて風だが。」

「わぁー……」

「ここは漁業が盛んだからな。魚人族以外の種族の出入りもかなり多い。そんな奴らが船で出入りするんだよ。」

「神聖騎士団が動いているのに、ここは平和そうですね？」

「この街を神聖騎士団に取られると、魔界がピンチになるからな。海路を取られないように魔族達が目を光らせているんだ。そう簡単に手は出せないのさ。」

「ご主人様はここへは来た事があるのですよね？」

「ここには暫く滞在していたからな。色々と知っているぞ。食材も手に入れておきたいから、街を回ってみようか。」

「はい！」

街中に入るとすぐに、独特の街並みが目に入る。

全ての建物が、陸地に伸びている道側に扉があるのに加え、水路に面した側にも出入口が設置されている。

物販（ぶっぱん）タイプの店に至っては水路側にも品を陳列（ちんれつ）しているのだ。

街の隅にある駐車場ならぬ、駐馬車場に馬車を一時預けて街を二人で歩く。

水路に掛かっている位置の高い橋の上から見ると、広い水路に縦長の木船がいくつもの浮いている。

「さすが水の都ですね！どこもかしこも水路ばかりです！」

「俺が行ったことのある街の中でも賑（にぎ）わいはトップクラスだぞ。

ここなら海が目の前だから塩にも困らないし、新鮮な魚介類料理は最高だ。」

「至れり尽くせりですね！

あれ？あの水路の船…勝手に進んでいます！」

「あれは魚人族の男性が引く船なんだ。船首に縄が付いているだろ？」

「はい。」

「その縄が繋がっている先に影が見えないか？」

「………あっ！見えました！」

「あれが魚人族だ。お、ちょうど出てくるみたいだな。」

船が止まると、船首に手を掛けてザバッと水飛沫を上げて、下半身が魚、上半身が人の男性が出てくる。

エラは顎の下にあり、ほとんどの魚人族が水中でも息が出来るらしい。背中には背ビレ、脇の下にもヒレがある。魚の下半身には色鮮やかな鱗（うろこ）が生え揃っている。

「うわぁ…魚人族の方は初めて見ました！」

「陸上だと肺呼吸、水中だとエラ呼吸を使い分けているらしい。」

「えっ？！じゃあ陸上の生活も可能なのですか？！」

「いや。陸上でも数時間は過ごせるが、それ以上の生活は無理なんだよ。肺呼吸よりも、エラ呼吸の方が主になっているから、基本的には水中で生活しているらしい。

だからこの街は半分が陸上、半分は水中にあるんだ。」

「水中ですか？」

「行ってみるか？」

「はい！」

ニルを連れて海の方へと歩いていく。街中には色々な種族の人達が歩いている。この街に神聖騎士団の手が伸びていない事もあってか、俺がゲーム内でここに滞在していた時の倍くらいの人の数だ。

白い家々の間を抜けると、ブワッと目の前に海が広がり、潮風（しおかぜ）が吹き付けてくる。

「うわぁー！凄いですよご主人様！凄いです！」

嬉しそうに小走りで走っていくニルの髪が風に吹かれてふわりと靡（なび）く。

波が日に照らされてキラキラと輝いている。

元の世界とは違い、ほとんどの物が自然由来である。そのためゴミは無く、海に穢（けが）れが無い。それによって信じ難い程に透明感のある塩水と、その下に広がる陸上と同じ形の家々が、海の奥まで続いている。

「水中の家にはサンゴとか貝が張り付くから、色鮮やかで綺麗だろ？」

「はい！とっても綺麗です！キラキラしています！」

この街に入ってから終始ニルのテンションが突き抜け続けている。余程嬉しいのだろう。

そういう俺も初めて見た時よりも美しく見える景色に、目を奪われてしまう。

それに、今回は、あまり見た事のないはしゃいだニルがその景色の中に居る。まさか自分に海でこんな瞬間が来るとは……ふっふっふっ…感無量（かんむりょう）だ！

「せっかく来たんだから、まずはその辺で昼飯でも食っていこうか。」

「分かりました！」

街並みが大きく変わっているってことも無く、記憶を手繰り寄せながら屋台が並ぶ通りへと向かう。

「あー…良い香りがします！」

「こんな匂いだったのか…やっぱり実際に来ると全然違うな。」

「ご主人様！あれは何ですか？！」

「あれは貝だな。焼くとパカッと口が開いて中身を食べるんだ。美味いぞ。」

「うー…あっ！あれは何でしょうか？！」

「あれはタコだな。」

「えっと、えっと、あれは何ですか？！」

「少し落ち着けニル。食べたいなら買うし、インベントリに入れておけば良いから。」

「うっ……申し訳ございません…」

「ははは。いや、別に謝る必要は無いが、そんなにはしゃいでいるニルは初めて見たな。」

「は、恥ずかしい…」

「塩とかも買い足して行こう。ほら、色々と食べ歩くぞ。」

「はい！」

興味津々（きょうみしんしん）のニルに手を引かれて屋台を回る。

たまにはこういう息抜きも必要だろう。特にニルはこれまでずっと檻の中に居たようなものだ。こういう時間を出来る限り作ってやるのは、彼女を買った俺の責任だろう。

「どうかされましたか？」

「いや。なんでもない。楽しめたか？」

「はい！とっっっても楽しかったです！」

「はは。それは良かった。買い足しも終わったし、そろそろ冒険者ギルドに向かおうか。」

「はい！」

俺達の目的はこの街の海の一番深い所に住んでいると言われている魚人族の王に会うことだ。正確に言えば、会って魔族含めた大同盟に参加してもらう。その約束として書簡を預かる所までが俺達の役目なのだが、Bランクの一冒険者が会ってくださいと言って会える相手ではない。

そこで、一先ず俺の冒険者ランクを上げる。Aランクになれば一気に信頼が増す為、邪険（じゃけん）に扱われる事も無いだろう。

「ランクを上げる為には、何が一番効率が良いかを聞いてさっさと信頼を得ないとな…こんな事になるならデルスマークでイーサにお願いしておけば良かったな。」

「ご主人様であればランクを上げるくらい簡単ですよ！」

「ニルの俺に対する信頼がハンパねぇ？！」

「ご主人様ですからね！」

「が、頑張ります…」

街の海側中央にある大きな白い四角の建物。それがここの冒険者ギルドだ。

ガチャ…

「わぁ…凄いことになっていますね…」

「これがこの街のギルドだ。」