第59話 過去を知る者

他の街にあるギルドとは内装が全く違う。

倍はある広いロビーは、中央でぶっつりと床が切れていて、床の代わりに水が流れている。床と水をまたいで受付カウンターが設置されており、受付嬢が魚人族と陸上で生活する種族とで分けられている。

魚人族の冒険者は水側、陸上で生活する冒険者は床側でクエストを受けるのだ。


「面白い造りだろ?」


「はい!」


「さてと…ランクを上げるなら、ランクの高いクエストを何度か達成すれば良いのだろうが…」


「難易度の高いクエストというと…この辺りでしょうか?」


「Aランクのクエストか。えーっと…討伐クエスト。相手はシャープネスシャークか。」


「手強い相手なのですか?」


「そうだな。Aランクのモンスターは油断出来ないぞ。前の登録証を使えばランクを上げる必要は無いが……

書簡は冒険者カイドーとして貰っているし、前の冒険者の登録証では問題が出てくる…この登録証のランクを上げるしかないか!」


俺は依頼書を掲示板から剥がしてカウンターへと持っていく。


「これ…受けたいんですけど…」


「はーい!えーっと…カイドー様。Bランクですね。受けられる依頼が……シャープネスシャーク?あの…一つ上のランクです………が…………」


「駄目でしたか…?」


「……あ、あの!」


カウンターから乗り出してきた受付嬢にビックリして顔を見る。


青髪を二つのお団子にしたエルフの女性。水色の瞳で背は少し小さめだが、クリっとした目が可愛い。

顔も見ずにカウンターに依頼書を出したが、どこかで見た事がある様な…


「私の事分かりますか?!」


「…ん?」


「ヘルミヤです!覚えていませんか?!」


「ヘルミヤ……ヘルミヤ……」


「間違っていたら申し訳ありませんが…シンヤさんですよね?!」


「俺の名前を知って…?

登録証にはシンヤの文字は無いのに……いや、待てよ…ヘルミヤ……………ヘルミヤ?!」


「はい!お久しぶりです!えっと……ですね!!」


この受付嬢ヘルミヤには、確かに見覚えがあった。だが、それはこちらに来てからではない。

で見た事があったのだ。

つまり、ゲームの中で会った事があるという事だ。


俺がこの街に滞在していた時のこと。クエストを受けたり、報告を行ったりする際に何度かこのヘルミヤとやり取りをした。

ただ、ゲーム内での事だし、NPCだった。当たり前だが、いつもやり取りは業務的で、今の今まで忘れていた。思い出せた事すら奇跡だ。


「十年前は一言も喋ってくれなかったですし、いつも無表情でしたが…初めて声を聞きました!」


「…………」


「どうかされましたか?」


「い、いや…ちょっと考え事だ……」


突然の事だが、整理しなければならない。

まず、この世界については、あまりよく分かっていなかったが、いくつかが判明した。


まずは、やはりこの世界はゲーム内…つまり十年前の世界としっかりと繋がっているという事だ。似た様な違う世界ではなく、完全に同じ世界だということ。

そして、ゲーム内に居た無数のNPC。彼らが全て普通の人と同じように、ゲーム内での出来事を記憶しているという事。

俺個人を覚えているということは、渡人という存在を知識として覚えているとか、そういう次元の話ではない。ゲーム内でシンヤとして行った全てが、今のこの世界にしっかりと反映されているという事だ。


「まさか…俺の過去を覚えている人がいるなんて……」


「当然覚えていますよ!一言も喋らずクスリともしない人なんてそうはいませんからね!」


表情も変えず、言葉も発さない。それが俺達の操作するキャラクターだったのだろう。

この街に到達出来たプレイヤーは少なかったし、長く滞在していた事も考えると、ヘルミヤの記憶に残っていても不思議ではない。


「それに、シンヤさんは飛び抜けてクエストをこなした数が多かったですからね。仕事も丁寧でしたし。

なのに、喋らない。ちまたでは、腕が良いけれど謎が多い冒険者として有名だったのですよ。」


「そ、そうだったのか。」


「十年振りですが…色々と変わったみたいですね?喋る事はもちろんですが…」


ヘルミヤはニルの方に目を向ける。冒険者の中には奴隷を連れている者もいるが、ニルの美貌びぼうはその中でも際立っている。

ローブのフードを被っているが、見えないわけではない。近くで対面する受付嬢には、よく見えることだろう。首に見える枷も…少しだけ眉をピクリと動かしたヘルミヤが見えた。

ずっとソロでクエストに取り組んでいた俺を知っているならば変わったと思えるだろう。


「それに、これはどういう事ですか?」


登録証を指差して聞いてくる。


「シンヤさんは、少なくともここを出る時Aランクになっていました。それが冒険者名を変えて今はBランク。何がどうなったら、冒険者が自分のランクを見積もるのですか?」


「あはは……」


「………」


「そんなににらまないでくれよ…」


「Aランク以上の冒険者は非常に少ないのです。実力より低くランクを偽っている事も罪なのですよ。」


「色々とあって一からやり直しているだけだ。途中で登録証を変えられなくなってな。今はこの登録証のランクを上げる為にクエストをこなそうかと思っててな。」


「それでこのAランクのクエストという事ですか。」


「Bランクだけれど、Aランクのクエストを受ける事は出来るだろう?」


「こちらは四人以上のパーティに対する依頼ですが…?」


「そこをなんとか出来ないか?」


「……ちょっと確認してきます。」


「ありがとう。」


「……シンヤさん。喋るとそんな人だったんですね?」


「えっ?なに?それは一体どっちの意味?!」


「それでは聞いてきますね。」


「ちょっ?!一体どっちの意味で言ったんだ……」


微笑をたたえて歩いていくヘルミヤの後ろ姿を見ていても、答えは返って来そうにない。


「ご主人様のお知り合いの方がいらっしゃるとは驚きました。それに…Aランク…ですか?」


「そう言えば言ってなかったっけ。俺はもう一つ冒険者の登録証を持っていてな。そっちの登録証はランクがもっと上なんだ。」


「そうだったのですか。」


「あまり驚かないんだな?」


「ご主人様の力がBランクに収まるとは思えませんからね。むしろ納得したくらいです。」


「ニルの中にある俺の印象が気になるところだが…」


「お待たせしました。」


「どうだった?」


「私がシンヤさんの実力について保証するという事で、承認が得られました。」


「ヘルミヤさんが保証…?」


「簡単に言えば、これでAランクのクエストを渡して、失敗した場合、私が責任を取る。という事ですね。」


「…それ、大丈夫なのか?」


「当然シンヤさんが失敗してしまった場合は、大丈夫では無いです。なので、失敗は個人的にも許しませんからね?

あ、でも…一生養やしなってもらえるなら、それも良いかもしれませんね…」


「ご主人様は絶対失敗致しません!」


「ニル…?」


「行きましょう!ご主人様!」


何故か熱くなっているニルに、引き摺られる様にギルドを後にする。


ヘルミヤの信頼は嬉しかったが、十年以上のキャリアを掛けてまで俺達を助けてくれるとは思っていなかった。

当然失敗するつもりは無いし、万全ばんぜんして行くつもりだ。しかし、ヘルミヤのキャリア…というか、人生まで賭けたクエストとなるとさすがに重い。

断ろうかと思っていたのだが、ニルがやると言ってしまった。既にクエスト受注の処理もされているだろうし、クエストを完遂かんすいする他ない。


「うー……申し訳ございません…」


「いや、もう気にしなくて良いから。終わった事だしな。」


暫くして…冷静になったニルが、自分のした事を思い出して、絶賛ぜっさん後悔中だ。


「私が勝手にクエストを受けるなど…あってはならない事です…」


「もう気にするな。次から気を付けてくれれば良い。それより、やるとなったからにはヘルミヤさんの為にも失敗は許されない。しっかりと準備をしていくぞ。」


「はい…分かりました…」


誰が見ても分かるほどにしゅんとして落ち込んでいる。いつものように頭をポンポンと撫でてやると、少しだけ気分が落ち着いたらしい。

背が高くなっても、中身はニルのままだ。


「まずは、今回の討伐対象であるシャープネスシャークについて説明しておくぞ。」


「はい。」


「Aランクの水棲すいせいモンスターで、全長が4メートルあるデカい魚だ。さめと呼ばれる生き物なんだが…それを聞いても想像出来ないよな。」


「は、はい。」


「でっかい魚と思っていればまず間違いない。

全身が刃物の様に鋭利な鱗で覆われたモンスターで、銀色の金属光沢を持っている。

背ビレ、胸ビレ、尾ビレは分厚い両刃の曲剣のような形になっている。当然牙も鋭い。」


「まさに、全身が刃物という事ですね。」


「その通りだ。気性きしょうは極めて荒く、血の匂いにかなり敏感だ。鱗の強度は高く、Bランク以下のモンスターとは比較にならない。」


「そこまで硬い鱗となると、私には斬れませんね…」


「蒼花火の性能は高いし、ニルのステータスも上がっているはずだから、ギリギリ斬れるかも…とは思っているが、難しい事に変わりは無いだろうな。

だが、それより気にするべきなのは、今回の討伐がだと言うことだ。」


「私達も水に入って戦うのですか?」


「シャープネスシャークは、一定の水深までしか上がっては来ない。だから、誘い出そうとしても、無理なんだ。こちらがその水深まで行かないと会うことさえ出来ない。」


「水中戦闘…ですか。

水中で動けて、呼吸も出来る様になる魔法があると聞いた事がありますが…」


「よく知っていたな?」


「昔冒険者の方が話しているのを聞いた事がありまして。」


「アダプテーションウォーターという初級の水魔法だ。常時効果を発動させているタイプの魔法で、水中での呼吸と、行動がスムーズになる。と言っても、地上の様にとまではいかないから、行動は二割から三割減と言ったところだろうな。」


「ご主人様は、水中戦闘には慣れていらっしゃるのですか?」


「いや…」


ゲーム内では何度も水中戦闘を行ったが、実際にこの身で体感するのは初めてだ。どこまで動きを再現できるかは…やってみないと分からない。


「ヤバかったら魔法でなんとかするから大丈夫だ。

それより、水中戦闘の準備をするぞ。被害も出てないみたいだし、クエスト自体は後日行くぞ。」


「はい!」


その日のうちに水中戦闘で必要になるアイテムを揃え、早めに宿を確保する。水ばかりの街で馬車も使いにくい為、基本はこの宿に納車しっぱなしになるだろう。


「これはどう使う物ですか?」


「これは海水に装備を入れても、濡れない様にするアイテムだ。こうやって隙間なく塗り付けるんだ。」


「モンスターの油ですか?」


「リペレントフィッシュっていうモンスターがいるんだが、そいつの体表を覆ってるジェル状の粘液を集めた物だ。」


「ジェル…?」


「触ってみれば分かる。」


「……わわっ!ねっとりしています!ご主人様が作った傷薬みたいです!」


「これを装備に薄く塗り伸ばして乾燥させておけば、撥水はっすいするから、海水につけても濡れないんだよ。」


「そんな物があるのですね。」


「革製の物と、金属製の物にしっかりと塗るんだ。」


「服は先程の…水着という物を使うのですか?」


「そうだ。水中専用の服みたいな物だからな。

ほら。さっさと終わらせるぞ。」


「はい!」


その夜は水中戦闘の準備に丸々費やした。


翌日。俺達は早速水中戦闘を体験する為に海へと向かった。


「行けるか?」


「これでよろしいのですか?」


ニルが心配そうに自分の格好を見ながら聞いてくる。


純白のビキニに青色の腰布。普段から朝の訓練も行っている為、出ているところは出ているのに、しっかりと締まった破壊力抜群の扇情的せんじょうてきな曲線をたずさえている。手足、首に着いている枷が背徳感はいとくかんを見る者に与える。

相手がニルでなければ確実に目を逸らしているところだ。


「が……」


「が?」


眼福がんぷく!」


「ご、ご主人様!」


真っ赤になったニルが恥ずかしそうに俯く。


「ゴホン…よく似合っているぞ。」


「あ、ありがとうございます…しかし、こんなに防御力の低そうな服で大丈夫なのですか?」


「水中では服の防御力より、動きやすさを優先させるんだ。布地の多い服を着ていると、動きがより制限される事になるからな。

俺だって海パンに上裸だ。一緒だろう?」


「なるほど。水中戦闘における基本という事ですね。」


「普通の服に昨日のジェルを塗る人達もいるが、面積が広い分、ジェルがアホほど必要になるからな。」


「あの小瓶一個で五千ダイスですからね…そんなに高価な物は何度も使えません!」


「という事でこの水着って事だ。」


「よく分かりました。」


「早速水中に行きたいが…先にいくつか伝えておくぞ。」


「はい。」


「まず、シャープネスシャークの討伐には、まだ向かわない。慣れるまではランクの低い水棲モンスターとの戦闘を繰り返す。」


「はい。」


「水中では俺の行動も当然制限されるから、相手がランクの低いモンスターでも必ずツーマンセルで動く。危ないと思った時には手遅れ、なんて事も多々あるからな。」


「分かりました。」


「最後に、アダプテーションウォーターの効果は一定の範囲内に限られるから、俺からあまり離れない事。」


「はい!」


「それじゃあ行くぞ。」


俺はアダプテーションウォーターを発動させて、海に向かう。


ザー…ザー…と打ち寄せる波が心地よい音を届けてくれる。


「……ふー……」


ニルが一度大きく息を吐いて海へと入る。


「お、思ったより冷たくないですね。」


「川とは違うからな。ほら、行くぞ。」


「は、はい!」


大きく息を吸って海水に頭まで入るニル。息が出来ると言われても、なかなか怖さは抜けない。俺も同じように息を吸って頭まで浸かる。


「…………」


「……………」


「……おぉ…息が出来る。」


「ほ、本当ですね!凄いです!うわっ!しょっぱい!」


「完全に海水を遮断しゃだんできるわけじゃないからな。」


「知識として知っているのと、体験するのでは全然違いますね。」


「そうだな。俺も、会話が出来るってのは初めて知ったな。若干くぐもって聞こえるが、普通に会話出来る。」


「ふふふ。やっぱりご主人様は凄いです!」


「俺じゃなくて魔法が凄いんだけどな。そんな事より、見てみろよ。」


海の沖へと、海底を歩いて進んでいくと、色鮮やかな魚が宙を泳ぎ周り、海底にはサンゴや貝。所々に見える海藻かいそうがユラユラと踊っている。

波立つ水面から差し込む陽の光が、海底に独特の絵を描き出し、キラキラと砂が光を反射している。


「うわぁ……綺麗…」


街からは外れているため、視界の中には人工物が一切ない。とてもこの世の物とは思えない美しい光景だ。


「これを見られただけでも来て良かったって思えるよな。」


「はい!ご主人様に買って頂けて私は本当に幸せです!」


「そう思ってもらえて本当に嬉しいよ。」


「はい!」


最高級の笑顔を見せてくれるニルと更に深い所へと向かう。


「ご主人様が仰られていた通り、外より体が重いですね。重りを付けて歩いている様な感覚です。」


「水の抵抗があるからな。軽く盾や小太刀を振ってみて感覚を掴んでおくと良いぞ。」


当然俺も断斬刀を抜き振り回す。そもそもが重たい刀であるからか、抵抗を感じはするものの、苦になるほどでは無い。


「盾が少し扱い難いですね…」


「平たい形状だからな。前後の動きには抵抗が強く掛かるはずだ。」


「あっ。仰られている通りですね。左右の動きにはそれほど抵抗がありません。

小太刀の方は大丈夫ですが…火花は使えないみたいです。」


蒼花火を軽く盾に当ててみるが、そもそも火花が出てこない。火魔法も基本的には使えない。気を付けておかないと、ポカをやらかしてピンチ。なんて事にもなりかねない。


「お。ちょうど良さそうな相手が居るな。」


少し先の海藻の間を泳いでいる三十センチ程度の魚。

魚体は白く、カサゴに似た形をしている。最も大きな特徴は口。魚体の半分以上を占める大きな口の中にはビッシリと尖った牙が生え揃っている。


「Cランクモンスターのニブルフィッシュだ。大体十匹程度の群れを作って、海藻の間で暮らしている。

海水浴に来た人達が、モンスターから受ける被害では、こいつらの被害が最も多い。」


「凶暴なのですか?」


「ナワバリ意識が高いモンスターで、ちょっとでも外敵が近付いてくると、攻撃してくるんだ。動きもそれ程速くないし、気を付けていれば難しい相手じゃない。

動きを確認しながら戦うにはちょうどいい相手だ。」


「分かりました!早速行きましょう!」


「よし!」


ニルが海底の砂を蹴って前に出ると、フワッと水中に砂が巻き上がる。

走っていくスピードはいつもの二割減といったところだろう。今まさに動き難さを体感しているはずだ。


俺も後ろから追うように海底を蹴るが、全身に重りを付けている様に感じる。モニター越しに行う水中戦闘とは全く違う。


「来ます!」


一匹のニブルフィッシュがこちらに気が付き、体をうねらせて近付いてくる。


ガキンッ!

ザクッ!


ニルが盾でニブルフィッシュの牙を受けると、掛けられた防護魔法が発動する。どうやら水中でも有効らしい。


「次々来るぞ!右を頼む!」


「はい!」


断斬刀を振るが、やはり若干の抵抗を感じる程度だ。


ザシュッ!


水を斬った音なのかニブルフィッシュを斬った音なのか分からないが、どちらにしてもニブルフィッシュは真っ二つになっている。


「ニル!どうだ?!」


「こちらも順調に倒せています!」


「よし!一気に片付けるぞ!」


「はい!」


ニルと連携を取りつつ、周囲のニブルフィッシュを殲滅するのには、五分も掛からなかった。


「水中の戦闘がいかに大変か分かったな。」


「戦闘になると、想像以上に大変ですね…」


「急激な動きが多いからな。その分抵抗も増える。この辺りにはニブルフィッシュが沢山居るから、魔法も使いながら暫く戦闘してみるとしよう。」


「はい!」

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