第57話 堕ちた貴族

「なんか言われてて恥ずかしくなってきた…」


「ふふふ。パーラムはナナヒの天敵かもしれないわね。」


「お母さん?!」


「私がお嬢様の…敵…?!」


絶望の表情を見せるパーラム。


「あー!違う違う!そういう意味じゃないから!」


「ほ、本当ですか…?」


「本当だって!そんな顔しないの!」


「は、はい!」


絶望から立ち直ってくれたらしい。


「さて…色々と話をしたけれど、もう一つだけ話したい事があるわ。」


「………」


「でも、ヤナシリを含めた皆に話をしたいの。だから、私をヤナシリ達の元に連れて行ってもらえないかしら?」


「リリナ様!」


「大丈夫よ。」


「しかし!」


「大丈夫。シンヤさんが居るからね。」


「この人族が…?」


「パーラムには分からないわよね。この方がどれ程の人なのか…」


「どういう…事ですか?」


「……私はこの足が吹き飛ぶまでの長い時間。戦場に身を置いてきたわ。だから分かるのよ。この人は我々アマゾネスが完全に心石を解放した時と同等か…それ以上の強さを持っているわ。」


「っ?!」


「そうだねー。ヤナシリ様に試合で勝ったからね。」


「そんな!アマゾネスの族長に?!」


「ただの試合だったがな。」


「分かった?これ以上の護衛は無いでしょう。」


「は…はい。」


「護衛が必要な立場なのか?」


「…そこまで真剣に考えなくても良いわ。念の為程度よ。詳しい事は案内してくれたら、全て話すわ。」


「分かった。色々と聞いた方が良さそうだ。ヤナシリの所まで案内しよう。」


「お願いするわ。

パーラム。あなたは後から出なさい。」


「リリナ様!私も付いていきます!」


「駄目よ。」


「そんな!」


「ここから先は私達アマゾネスの問題よ。それはパーラムにも分かっているでしょう?」


「……私は…それでも私は…」


「……パーラムにはパーラムの人生を歩んで欲しいのよ。これから年頃の女の子として普通に暮らして、人並みの幸せを手にする事だって出来るわ。これ以上私達アマゾネスの問題に首を突っ込むのはやめなさい。下手をすれば…」


「ですが…」


「パーラム。」


凛とした声でさとす様にパーラムを見るリリナ。

スカートをギュッと握り締め、下をうつむくパーラム。


どちらの気持ちも分からなくは無いが……まあ俺が口出しする事じゃないか。


「お母さん。」


「??」


「パーラムを連れて行ってあげて。」


「ナナヒ…?」


「お母さんが巻き込みたくないって思っているのはよく分かってる。でも、パーラムもお母さんに育てられたなら、もうあたいの妹みたいなものでしょ?」


「お嬢様……」


「お母さんの気持ちも分かるけど、パーラムの気持ちも痛い程分かるから……

話をする場に居なければ良いし、危ない事は絶対にさせないから。」


「ナナヒ……」


「それに、あたいもこう見えて七石になったんだから。可愛い妹を守るくらい出来るよ!」


「……はぁ…分かったわ。ナナヒは昔から、私に似て決めたら動かないのよね。」


「お母さん!」

「リリナ様!」


「で!も!絶対に危ない事はさせませんからね?ナナヒと違ってパーラムは戦えないのだから。」


「分かってるって!ただ付いてくるだけ!それなら良いでしょ?」


「危ないと感じたら、その時無理矢理にでも放り出すわ。それでもいいなら」

「やった!」


「…まったく…似なくて良いところまで似て……私の娘ね。」


「お嬢様!ありがとうございます!」


「お嬢様はやめて。私達はもう姉妹なんだから。」


「…はい!お姉様!」


「ま、まあお嬢様よりは…」


「話がまとまったなら行くぞ。詳しい話は分からないが、念の為だとはいえ、護衛が必要な状況なら暗いうちに街の外に出たい。」


「分かったわ。パーラム。私のローブを持ってきてもらえるかしら?」


「はい!」


リリナとパーラムの準備が終わり次第、その部屋から出る。リリナは義足だが、歩けないわけではない為手は必要なさそうだ。


「普通に街の外へ出ようとすると、どうしても私の顔を見られてしまうから、北門から外に出ましょう。」


「北門なら問題無いのか?」


「北門の夜の門番はお金で色々と融通ゆうずうくのよ。私が酒場で働いているから、そういった話はよく知っているの。」


「はは。酒場の看板娘ともなれば、そこらの情報屋より色々と知っているって事か。

なら北門から出るか…だが、その足だと印象に残らないか?」


「そうね。だから、その時だけシンヤさんに背負ってもらうわ。」


「なるほどな。何も聞かれなければ義足だと言うことは分からないか……なんならここから背負って行こうか?」


「…そうね。その方が早いわね。お願いしても良いかしら?」


「任せろ。」


地面にしゃがみこみ、背中を向けると、リリナが肩に手を乗せて体を預けてくる。


「よいしょ…これで義足は見えないかしら?」


「大丈夫そうです。」


「お願いしますね。」


「お、おお、おう!」


さすがアマゾネス……艶めかしい声が耳元で響き、背中に当たる…ダメだ!考えるな!

そんなことを気にしている場合ではない!煩悩ぼんのう退散たいさん


「ご主人様…?」


「まーさか…シンヤ…あたいのお母さんに…」


「出発だ出発!行くぞ!」


「あ!逃げた!」


逃げるように北門に向かうと、北門には二人の人狼族の門番が立っていた。


「私が行ってきますね。」


パーラムがいくらかを持って門番の方へと走っていく。


少しの間話をして、隠すように手に持った現金を手渡した後、俺達に向かって手招てまねきをする。


「行こう。」


フードを深くかぶり直し、北門に進んでいく。

二人の門番は何も見ていないと言うかのように目を逸らしている。


緊張していた事が馬鹿みたいに思える程簡単に門を通り抜けられてしまった。


「こんなに簡単に出入り出来るなんて……抜け出しておいて言うのもなんだが、この街大丈夫か?」


「魔界内部への侵入は今まで一度も許していないからね…これも平和ボケというのかしらね…」


「今だけはありがたいけどな。早いとこヤナシリ達の待つ場所まで行こう。」


街の外に出てヤナシリ達が野営する場所へと向かう。

夜明けが近いこともあって、草原に張られたテント内にほとんどの者達が入って就寝している。

リリナを降ろして野営地に近付いていくと、焚き火の前に座っているヤナシリの背中が見える。


「…………」


「ヤナシリ。戻ったぞ。」


「……………」


「ヤナシリ?」


「……我も行きたかったのに……」


まさかのいじけていらっしゃるー?!


「ま、また落ち着いたら行けば良いだろ?」


「………シンヤやニルも一緒にか?」


「分かった分かった。いつか一緒に行ってやるから機嫌直せ。」


「うむ!約束だぞ!」


「はいはい。

それより、人を連れてきたから会ってくれ。」


「??」


「久しぶりね。」


「っ!!リリナ様?!」


「随分とシンヤさんに信頼を寄せているようね。」


「こ、これはお恥ずかしい所を…」


「良いのよ。少し安心したわ。

色々と大変だったみたいね。」


「いえ……」


「私はあなたを産まれた時から知っているのよ。今更取りつくろう必要なんてないわ。」


「…はい。ありがとうございます。」


「色々と話をしたいのだけれど……そうね。あなたが今のヤナシリなら、私から話す事をあなたが選んで皆に話してちょうだい。」


「なにがあったのですか…?」


「人狼族の頭の屋敷に行って追い返されたのなら分かっていると思うけれど、現在アマゾネスは非常に微妙な立場にあるわ。特にこの人狼族の街ドナハカでは、五年前からアマゾネスに対しての風当たりが強くなったの。」


「人狼族の頭であるホーローとは良い関係を保っていたと記憶しておりますが…」


「そうね。確かにあなた達がこの魔界にいた時は非常に良い関係を保っていたわ。あなたのお母さんである前ヤナシリはそういった事にも気を使っていたからね。逆に険悪な関係だった種族の方が少なかったくらいよ。

でも、あなた達が魔界を出発してから一年が経たないうちに状況が徐々に変わり始めてきたわ。」


「??」


「まず最初は残ったアマゾネスの者達のうち、魔王様に繋がる者達がよく分からない理由でその地位を剥奪はくだつされたわ。」


「地位の剥奪?!」


「そうよ。」


「そんなことを…魔王様が?」


「これは私の予想だけど、魔王様の考えではないと思うわ。魔王様はそのような方ではないから…アマゾネスに特殊任務を任せたことを考えてもね。」


「ならばなぜそんなことに…」


「恐らくはアマゾネスのことを良く思っていない者達、中でも貴族の仕業だと思うわ。前ヤナシリにも敵がいなかったわけではないから。」


「明確な相手は分からないのですか?」


「そうね…これだけの事をやってのけられる相手としては…サキュバスか、黒翼族の一部…かしら。」


パーラムを関わらせたくない理由がもう一つあった事にここで初めて気が付いた。パーラムは約束通り離れた所で待っている。

もし本当に予想通りサキュバスが関わっているのだとしたら、パーラムの立場がここではかなり微妙なものになってくる。

そしてそれはニルも同じだ。


「……シンヤ。我を見くびるな。我は自分の信じた者を信じている。その種族が敵対したからといって、その者を疑うような真似はしない。」


「…そうだな。失礼な心配だった。謝るよ。」


「うむ。分かってくれたならばそれで良い。」


「リリナさんはどっちの仕業だと?」


「分からないわ。皆が魔界から旅立った時の関係性から考えると…というだけの話だから。全く関係の無い者達の仕業ということだって十分考えられるわ。」


「……その話にはまだ続きがあるんだろ?」


「ええ。魔王様から切り離された私達が、オロオロしている間に、次々とアマゾネスを陥れる事件が起きる事になったわ。」


「事件?」


「最初は他愛の無い事だったわ。酒場で暴れ回っただとか、街中で喧嘩しただとか。

残ったアマゾネスの人数は少なかったし、顔見知りばかりだったから、直ぐに皆で集まって確認したわ。

当然、そんな馬鹿な事をする様な者は一人もいなかったわ。でも、それを言った所で誰一人として信じてくれなかったのよ。」


「既に手回しされていたって事か…?」


「恐らくはそうね…でも、それくらいの事で終わるなら、私達もそこまで気にしなかったわ。

でも、それらの事件はどんどんと酷いものになっていって、遂に殺人事件になったの。」


「そこまでやるのか…」


「その事件の被害者になった相手が、人狼族の頭、ホーローの右腕と呼ばれていたグルバという男だったのよ。

ホーローは、グルバを息子のように思っていたわ。当然その怒りは尋常では無かったわ。事件の事を聞いたホーローが街中で暴れまわって、周囲にいた数人の人狼族の男達が束になって止めなければならない程だったそうよ。」


「そりゃそうだわな…」


「それからアマゾネスの事を完全に敵視したホーローは、魔界でも有名なアマゾネス嫌いの一人となったのよ。」


「そんな街で今まで住んでいたのですか?」


「その事件が起きたのはこの街なの。事件の真相を知るために、身を隠しながらここで情報を集めたりしていたのよ。」


「なんでそこまでして…?」


「……その事件の犯人は私だと言われているのよ。」


「えっ?!」


「当然私は何も知らないわ。グルバという男の事は知っていたけれど、ほとんど面識も無いような人だったし、完全に寝耳に水よ。だから、真相を暴いてやろうとしたのだけれど…」


「その足で、事件の犯人ともなれば簡単に外には出られないわな。」


「それに、一連の流れが誰かの思惑であるならば、捕まればその時点で終わりでしょうね。」


「そんなことがあって、私達アマゾネスの魔界での立場は…」


「それで堕ちた貴族なんて呼ばれるようになったのか。」


「恐らく魔王様が気付いた時には既に手の施しようがない状態になっていたのだと思うわ。」


「アマゾネスの大半が魔界にいない事を良いことにやりたい放題ですね…別に地位的な物が剥奪されたことはどうでも良いですが、不名誉な濡れ衣は許せませんね。」


「ごめんなさいね…皆の留守を守れなくて……」


「いえ。我々が十年もの間留守にしていた事が悪いのです。リリナ様のせいではありませんよ。それに、責と問うのはこの事件を裏で操っている者ですから。」


「…そうなると、この状況下で人狼族に手を貸してもらおうというのは難しそうだな。魔王に謁見えっけんすることも出来ないだろうし…」


「そうね。魔王様に近付こうなんてまず無理だわ。」


「………このことを解決しない限り、我らには任務の報告すら出来ないな。身内で争っている場合ではないというのに……」


「…これからどうする?」


「そうだな…最終的な目標は真相の解明だが、その為にはいくつかやらなければならない事がある。」


「やらなければならない事?」


「一部の貴族達が事件の黒幕だとしたら、単純に事実を暴いても揉み消されてしまうだろうからな。」


「どんな世界でもそういう所は同じなんだな…」


「??」


「いや、なんでもない。続けてくれ。」


「事件の真相を突き止める事が大前提として、その後魔王様に直接伝えられる手筈を整える必要がある。

その為にはどこかの族長に話を付けて貰う必要があるのだ。我等アマゾネスを今でも信じてくれていて、手を貸してくれそうな種族となると……」


「俺が話を通してやろう。」


「「「「っ?!」」」」


突然聞こえてきた耳慣れない声に、全員が武器に手を伸ばす。


「お、お前は……ホーロー?!」


白み始めた空の下、ローブを羽織った人狼族の男が立っている。

閉じられた右目を通る、縦に長い切り傷の跡。他の人狼族の男より一回り大きな体躯。腰に差した幅が広めの直剣。


リリナが声に出した名前からするに、今、最も会いたくない男が目の前に居るらしい。


「っ!!」


腰から刀を抜こうとした瞬間に、ホーローは両手を前に突き出して慌てて言う。


「待て待て!早まるな!」


「……」


「別に危害を加えようと思って来たわけじゃない。ったく…相変わらずアマゾネスは血の気が多くて困る。」


「何しに来たんだ…?」


「今日…いや、既に昨日か。屋敷に来ただろう?」


門前払もんぜんばらいされたがな。」


「それについては謝るが、色々とこちらにも事情があってな。」


「事情…?」


「それを話す前に、一つだけ確認しても良いか?」


「なんだ?」


「リリナ。お前がグルバの事を殺ったのか?」


「いいえ。誓ってそんな事はしていないわ。」


「……やっぱりな。」


「??」


「リリナの言葉と、その眼を信じる。」


「えっと…?ごめんなさい…色々とどうなっているのか…」


「最初からリリナの事は疑ってなかったんだよ。俺はな。」


「え?でも…ホーローが私を探し出して殺してやるって息巻いていると聞いたわよ?」


「まあ言ってはいたが…あれは嘘だ。」


「…………」


「そもそもおかしいとは思っていたんだ。こんな事件を起こすような奴じゃないことくらいは知っているし、グルバの遺体を確認した時からリリナの犯行じゃないことくらい分かった。お前が振った剣なら、傷口はあんなに汚くならない。足が無くなってから時間が経ったとはいえ、四肢狩りのリリナの剣は俺自身が知ってるからな。」


ホーローが右目に手をやる。どうやらホーローの傷はリリナが付けたものらしい。


「それに、あのじゃじゃ馬のヤナシリを制御できるのは、魔王様以外では、唯一の者であるリリナの犯行にしては全てが雑過ぎる。本当にリリナの仕業なら、今頃俺もあの世に行っているはずだ。」


なんか凄く怖い話をしているような…


「じゃあなぜリリナ様をおとしめるような状況に?」


「真犯人を見つけるためだ。」


「??」


「そういうことね…真犯人に騙された振りをして、色々と探りを入れても怪しまれないようにするための演技。」


「その通りだ。リリナの事を疑ってもいないのに事件の事を嗅ぎまわっていたら、俺まで動けなくなっちまう。」


「…皆。彼は嘘を吐いていないわ。」


リリナの言葉で皆が武器から手を放す。


「ふぅ…いきなり斬りかかってこなくて助かったぜ。」


「なによそれ。いつも言ってるけれど私達は戦闘民族であって殺人鬼ではないわよ。」


「分かってるって。だから一人でここに来たんだ。」


二人の掛け合いを見ていると、本当に仲が良かったのだということがうかがい知れる。


「いきなり魔界内に信用できる相手が出来たのは嬉しいけれど、何か分かっているの?」


「当然だろ。何も分かっていないのにこんな危険な真似するかよ。

俺の調べた限り、まず間違いなく、一部の貴族連中の仕業だな。」


「アマゾネスに恨みを持っている連中かしら?」


「…それはそうなんだが…実は色々と分からないことがあってな…」


「??」


「順を追って説明すると、まず俺が疑ったのは前々からアマゾネスを逆恨みしていた黒翼族の連中だ。あいつらがやりそうな事だし、雑な手口もそれっぽいだろ?

で、調べてみたら、犯行に関わった形跡がいくつか見つかったんだ。」


「もう確定じゃないのよ。」


「一部の黒翼族が関わっている事は確定なんだが、その中に黒翼族とは別の者達を示す形跡も見つかったんだ。」


「サキュバスかしら?」


「相変わらず鋭いな。その通りだ。」


「ならどちらも引っ張れば良いことでしょう?」


「それはそうなんだが…」


「なによ?」


「どうも引っ掛かってな。」


「まどろっこしいわね。何よ?」


「事件後の周りの反応は見ただろ?殆ど疑いもせずにアマゾネスの連中を犯人と皆思い込んでいる。サキュバスは精神に関与する闇魔法を得意とする種族だが、行動を決定させる程の威力は無い。少し気持ちを増長させる程度のものだ。」


「……確かに言われてみると、変ね。」


「俺の勘だが…俺が思っているよりも、もっと大きな問題かもしれない。」


「…………」

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