第56話 解放

それ程大きくは無い部屋。家具も少なく、あるのは小さなテーブルと、女性が座っている椅子と本棚くらいのものだ。


女性はテーブルに置かれているランタンの光を受けて、美しいの瞳をこちらへ向けていた。

赤色の腰まである長髪は、外にピンピンとハネていて、歳が分かりにくい様な童顔。座っていて分かりにくいが、背は低めだろうか。

何より最も目を引くのは、左足の膝から先に木の棒が取り付けられていることだ。義足ぎそくというやつだ。


「アマゾネス…?」


「っ?!」


「よく戻って来たわね。ナナヒ。」


「お母……さん……」


ナナヒの目に涙が溢れだし、一歩、二歩と母と呼んだ存在の元へと歩いていく。


「……ただいま……お母さん!」


椅子の上に座る女性に飛びつくように抱き着いたナナヒを優しく受け止め、愛おしいものを見る目でナナヒを見下ろし、その頭を優しく撫でる。


「泣き虫は変わってない様ね。」


「うぅ……」


「イナヤも。おかえりなさい。」


「……はい。リリナ様。」


二人が知っているとなると、ヤナシリが言っていた魔界に残ったアマゾネス達の一人だろう。

再会の邪魔をするのも悪いと思い、ニルと大人しくしていると、ナナヒの頭を撫でていたナナヒの母がこちらへと目を向ける。


「あちらのお二人は紹介してくれないのかしら?」


「ぐすっ………紹介するね。」


ナナヒが涙をぬぐって立ち上がる。俺とニルはフードを外して一歩近づく。


「こっちの男の方がシンヤ。こっちの美女はニル。」


「紹介の仕方に格差が見え隠れしている気がするぞ?!」


「ふふふ。私はナナヒの母。リリナと申します。」


「シンヤとニルはあたい達アマゾネスを救ってくれたの。」


「それは……どうもありがとうございます。」


「成り行きで手伝っただけのことだから気にしなくて良い。それより、ずっと魔界に居たなら、アマゾネスのその後の事はあまり知らないんじゃないか?」


「噂程度の話はいくつか聞きましたが…」


「ナナヒ。イナヤ。先に詳しく話したらどうだ?知りたいと思うぞ。」


「……そうだね。」


ナナヒとイナヤが魔界を出た後の話を、ヤナシリから聞いた事も含めてリリナに話していく。


「そう…でしたか……あのヤナシリが……それに、ワマラまで……」


「………」


「その後、跡を継いだ現ヤナシリ様が、シンヤとニルの助言を聞き入れて、魔界まで来たの。」


「…神聖騎士団の連中が追ってきたけれど、二人のお陰でなんとか生き延びられました。」


「アマゾネスにとって、二人は命の恩人という事ですね。」


「そんな大層なものじゃない。何人か犠牲も出てしまったしな…」


「いいえ。ヤナシリの……いえ。先代ヤナシリの娘を助けて頂いたのですから。」


「先代のヤナシリとは仲が良かったのか?」


「そうですね…こんな足になる前までは、隣で戦っていました。」


「お母さんは四肢しし狩りのリリナって呼ばれていたんだよ!」


「またしても物騒ぶっそうな二つ名だな…」


「先代のヤナシリ様とあわせて、アマゾネスの二強として知られていたんだよ。先代のヤナシリ様が力なら、お母さんは速さ。

戦場では誰にも触れる事が出来ないと言われていたの!」


「なるほどな。ナナヒの師匠って事だな。」


「うん!」


先代のヤナシリと、リリナの仲が良かったとなれば、戦場以外でも行動を共にしていただろう。

娘である現ヤナシリとワマラがナナヒと仲が良かったのは、母親達が原因らしい。


「それも、魔法で足を失うまでの話ですが……」


「………」


リリナの心中をはかる事は出来ないが、複雑な表情から察するに、プラスの思いではなさそうだ。


「それより!あたいもイナヤも強くなったんだよ!ほら!」


「二人共七石?これは驚いたわね。」


「でしょ?!」


「それもシンヤのお陰なんだけどね!」


「そうなのですか?」


「シンヤの言葉と訓練が無ければ、今頃私もナナヒも死んでいました。」


「凄い持ち上げてくれるが、強くなったのは自分達の力だぞ。俺には技術的な事を教えられる程の力も無いしな。」


「ふふ。シンヤさんがどんな方なのか、なんとなく分かりました。娘達をどうもありがとうございます。」


「……素直に受け取っておくよ。」


「それにしても……二人とも本当に強くなったわね。」


「??」


リリナはナナヒの胸の中心辺りに触れている。


「僅かだけど、心石が解放されているわ。」


「心石が解放されている…?どういうこと?」


「あら?ヤナシリから聞いていないの?あの子は既に解放済みだったはずだけど…?」


「……??」


「これは…口を滑らせてしまったかしら。聞かなかったことにしてくれると助かるのだけれど。」


「めちゃくちゃ気になるな。」


「ヤナシリが言っていないということは、慢心まんしんを引き起こさないように敢えて教えていないのだと思うのだけれど…」


「聞かない方が良いのか?」


「うーん……慢心するような心持こころもちなら解放自体出来ないだろうから、話しても問題無いわよね。」


「……」


「私達アマゾネスは、戦闘民族であり、魔王様の近衛兵を務めていたということは知っているわよね?」


「聞いている。」


「なら、おかしいと思わなかったかしら。心石という存在が、戦闘においてあまりにも大きな障害となっていることを。」


「確かに魔法を使用出来ないのはかなりの障害になっているとは思ったが……」


「そんな障害を持っていて、戦闘民族を名乗ったり、魔王様の近衛兵を務める事が出来る程魔界の戦士達は甘くないわ。」


「……確かにそうだな。心石だけで考えたら、ハンデを背負っているだけだもんな。」


「そこで心石の解放が関係してくるのよ。

私達アマゾネスが戦闘民族を名乗り、魔王様の近衛兵まで務める事が出来たのは、魔法を使う他の種族を圧倒する事の出来る身体能力を持っているからなの。」


「確かに女性にしては力も速さも高いレベルだが……」


「そうね。心石が解放される前であれば、他より少し強い程度だわ。」


「心石が解放されると変わるのか?」


「そういう事よ。心石が完全に解放されると、それまでの身体能力が子供騙しだと思えるほど飛躍的に能力が向上するわ。」


「……あの時…逃走する直前に、ナナヒとイナヤが一瞬だけ他を圧倒する力を見せたな。」


「そうですね…数人をたったの一振りで切り裂いていました。」


「あー…なんとなく覚えている気が……」


「私は覚えています。あの瞬間、体全体がカッと熱くなって、一瞬だけ体が信じられない程軽くなりました。」


「それが心石の解放よ。心石を全解放したアマゾネスの一振りは十人を滅し、駆ける速さは風をも追い越すといわれているわ。」


「心石にそんな秘密があったなんて…」


「……そもそも心石ってのは何なんだ?」


「心石というのは、アマゾネスのみが生成することの出来る魔力の塊みたいなものよ。」


「魔石とは違うのか?」


「とてもよく似ているけれど、少し違うわ。魔石というのは、Aランク以上のモンスターのみが体内に生成できる物で、その効果は空気中に含まれる魔力を肺を通して吸収し、吸収した分の魔力を常時放出しているものと言われているわ。」


「なんかそんな説明を見たような見ていないような…」


「私もこれ以上の詳しいことは知らないわ。魔石の事は私より魔女か…ドワーフに聞いた方が詳しく分かると思うわよ。」


「魔女かドワーフか…機会があれば聞いてみよう。」


「話を戻すわね。

この魔石に対して心石は、アマゾネスの体内にある魔力を、成長と共に蓄積し続けるの。」


「放出しないってことか。」


「ええ。ただ、一つだけ心石から魔力を取り出す方法があるの。」


「それが解放か。」


「その通りよ。解放が起きると、そのアマゾネスの体内に魔力が巡り、身体の能力が爆発的に上昇する。一度でも解放が起きると、心石は魔力を蓄積し続けると同時に、体内に魔力を循環させるようになるわ。

全身に魔力を行き渡らせる為に最も効率の良い方法でね。」


「心臓から血流に乗せるのか。」


「察しが良いわね。魔石はモンスターの肺の近くに存在しているけれど、心石は心臓に形成される。その違いの理由がこれなのよ。」


「確かに魔石は肺の近くに形成されていたな。」


何度も、ゲーム時にAランク以上のモンスターを解体したが、どれも肺の近くに魔石が形成されているのを確認している。


「……そんな魔力のタンクみたいな心石に無理矢理魔力を送り込んだ場合は……」


「その通りよ。それまで蓄積されてきた魔力が暴走して一気に放出…つまり爆発するわね。マニルテ荒野に行くまではその事は誰にも知られていなかったのだけれど…知られてしまったのね。」


「そうだな……これは俺が考える事ではないか。魔王とやらに任せるとしよう。

それより、先代のヤナシリも当然心石は解放されていたんだよな?」


「当然よ。ただ、いくら身体能力が高くなったとしても、不死身になるわけではないし、大勢に囲まれてしまえば……それに、先代のヤナシリは仲間思いだったから、きっと仲間を守るために自分の身を呈したと思うわ。昔からそうだったから。」


リリナは無くなった足に目を落とした。


「この足を無くした時も、本当はそのまま死ぬはずだった私の元に、無謀な突撃で現れたのよ。」


「……」


「私が付いていけば、ヤナシリが死ぬことも無かったかも…いえ、きっとそんなに変わらなかったわね。

また話が逸れてしまったわね。つまり、心石を解放することが出来れば、その他の種族を圧倒できる最強の前衛になれる。それがアマゾネスという民族なのよ。」


「あたい達って凄かったんだね…」


「現ヤナシリ様や、ワマラ様…そして姉が強かったのは心石が解放されていたから…?」


「いいえ。現ヤナシリの世代で心石を解放出来ているのは、ヤナシリだけのはずよ。少なくともこの魔界を出る時はね。魔界を出てから解放された可能性はあるけれどね。」


「さっき、二人を見て心石が僅かに解放されているって言ったが、見て分かるのか?」


「ええ。今のナナヒとイナヤなら見えるはずよ。私の全身を巡っている心石の魔力がね。集中して見てみなさい。」


「……………っ!!」


「本当だ!橙色の細かい筋が沢山!」


「アマゾネスの眼は特別なのよ。心石の魔力に影響されているから、集中して見れば、心石の魔力が見えるの。」


「心石の魔力の影響で、アマゾネスの瞳は皆橙色なのか?」


「ええ。そうよ。」


「……なんで全員解放しないんだ?そんなに便利な物なら、解放した方が良いだろう?」


「…それには、理由が二つあるわ。

一つは、解放の条件が厳しい事よ。」


「解放の条件があるのか…」


「解放の条件は、まず、肉体が心石の解放に耐えられる程に成長、鍛錬されていること。この準備が出来ていないと、心石がそもそも解放されないわ。」


「身体能力の上昇だもんな…体が出来ていないと力に負けて体がズタボロになるのは目に見えているわな。」


「次に、体の準備が出来ている上で、死線しせんを越えること。」


「死線を越える?随分と曖昧な表現だな?」


「そうね。詳しく説明すると、自分の限界まで戦って戦って戦って……その限界の先でも戦おうとした時のみ、心石の魔力が使用されるの。」


「あー…確かにあの時はかなりフラフラだったね…」


「……いつ倒れてもおかしくなかったですね。」


「なるほど、予備のタンクから力を取り出す為には、主のタンクを空にしないといけないわけだ。」


「そんな死線を越える様な戦いに出る事はそんなに無いことよ。それに、死線を越えられない場合だって往々おうおうにしてあるわ。」


「運の要素がデカすぎるな。」


「そうね。だから解放している者が少ないのよ。」


「ん?でも、ヤナシリは十年前に、既に解放済みだったんだよな?」


「そうね。体は出来上がっていなかったから、完全な解放では無いけれど、道筋は付けてあったわね。今は体も出来ているだろうから、既に完全に解放されていると思うわよ。」


「それは変だろう。さっき体が出来ていないと解放されないって言ってたじゃないか。」


「それは、もう一つの解放条件を使ったのよ。」


「もう一つの解放条件?」


「残念ながら、その条件を口外することは固く禁止されているわ。もしその事を口外した場合、その者の頭がその場で吹き飛ぶわ。」


「ふぇっ?!」


「それは聞くわけにはいかないな。聞く必要も無いし、気にしないことにしよう。」


「うんうん!!」


「それで、もう一つ、解放を行えない理由は?」


「心石の解放が強力過ぎるのよ。」


「……確かに、今いるアマゾネスの全員が心石を解放した場合、街の一つや二つ簡単に破壊できてしまうわな。」


「魔族は多種族の集合体。一種族が突出してしまうことは、均衡を崩してしまうのよ。

それを望まなかった魔王様が、アマゾネスの心石の解放を出来る限り制御するように言い渡したの。」


「そんなことが可能なのか?解放の条件が厳しいからそこまで気にする必要は無い気もするが…」


「そうね。運の要素が強いから、完全には制御できないわ。でも、ある程度の制御は出来る。その為に作られた制度が、その髪飾りよ。」


「……これ?」


「一石から始まり、十石まである階級の制度。それによって戦場の動きを制御して、死線となるような場所には解放済みの者達のみで向かわせるのよ。」


「解放されているものは強い。分かりやすく、指示も出しやすい。それで戦場を制御するってことか…」


「解放されていない者たちは中衛から後衛、解放されている者が前衛、と分けて配置するのよ。」


「ある程度の制御は確かに出来るか。」


「この髪飾りにそんな意味があったなんて、全然知らなかった…」


「なんでヤナシリ様はその事を皆に話さなかったのでしょうか?」


「……多分、それを話したら、皆死線に立とうとするから…だと思うわ。」


「あのマニルテ荒野に居た時の状況で、そんな無謀な事をしていたら、今頃全滅していただろうな…」


「………」


「それらの事を全て知りつつ、皆に伝えない決断をして、一人で抱えていたのか…」


「先代のヤナシリによく似て、とても優しい子なのよ。昔から。」


「…………」


「ヤナシリ様はいつでもそうだったね。」


「……頼ってくれても良いのに…」


「ふふふ。そうね。私も先代のヤナシリによく同じ事を言ったわ。一人で抱え込むなー!ってね。」


「あははは!お母さんも同じだったんだね!」


「ええ。そうよ。ナナヒ達も、あの子が一人で抱え込み過ぎないように気を付けてあげてね。」


「うん!」


「…分かりました。」


「そういえば、随分と紹介が遅れてしまったけれど、この子はパーラム。私の身の回りの世話をしてもらっているの。」


パーラムがその場で深々と頭を下げる。


「他種族の者が身の回りの世話をするってのは普通なのか?」


「いえ。」


「じゃあなんでサキュバスのパーラムが?」


「私は、リリナ様に命を助けられた御恩を、少しでもお返ししようとしているだけです。」


「命を?」


「そんな事気にしなくて良いって言っているのにね。この子頑固だから。」


「リリナ様…これが私の生き甲斐なのです…その様な事を仰られないで下さい…」


「こんなオバサンの世話をする事が生き甲斐だなんて言っているから、サキュバスなのに彼氏の一人も出来ないのよ。」


「そんなもの必要ありません。」


「はぁ…これだからパーラムは…」


「何があったんだ?」


「アマゾネスの皆が出て行ってから二年後くらいだったかしら。この子がモンスターに襲われているのを見かけてね。ちょちょっと追い払っただけよ。」


「それでは説明不足ですよ。リリナ様。

私は両親を神聖騎士団との戦闘で亡くした、戦争孤児です。魔族は昔から神聖騎士団との争いを続けているので、それ程珍しいものではありません。

両親を亡くした後、子供を雇うような働き口などなく、森で同じ戦争孤児の仲間達となんとか生き延びていました。

そんな折に、アーマーベアに襲われて、子供の私達にはどうすることもできず、次々と仲間が殺されていきました。これも別に珍しいことではありません。私もいつかそんな日が来ると思っていましたし、その時が来たのだと諦めていました。

しかし!そこに現れたのがリリナ様でした!一瞬にしてアーマーベアに痛手を負わせて追い払って下さったのです!」


「リリナさんの所だけ凄い熱量だな…」


「当然よ!本当に凄かったんだから!」


「この足でもそれくらいの事は出来るわ。それに、アーマーベアくらい誰でも追い払えるわよ。」


「そんなことはありません!少なくとも、私には無理でした!」


「それで?」


「その後、私をここへ連れてきてくださって、私の面倒を見てくださったのです。」


「そのまま放っておくなんてこと出来ないわよ。お金には困っていなかったし、子供の一人くらい」

「嘘です。」


「??」


「私、気付いていたんですよ。日に日にこの場所から色々な物が無くなっていってたこと。」


「あれはいらなくなった物だから…」


「嘘です!!」


「パーラム…」


「……全部、愛おしそうに見つめていたのを知っています。きっと色々な思い出があった物ですよね?」


「……」


「……私、そんな全てを含めて、リリナ様に返しきれない恩を頂いたんです。だから、こんなことくらいは当然の事なんです。」


「そっか……私がいない間にそんなことが…」


「あっ!いえ!お嬢様をたばかるつもりなど一切ありませんよ?!ただ恩をお返ししたいと!」


「お嬢様って……まさかあたいの事?!」


「はい!」


「…ナナヒには似合わないね。」


「イナヤに言われたくないけど…自分でもそう思う…」


「お嬢様はお嬢様です。酒場で見た時から、リリナ様と似た気品が感じられましたので、すぐ分かりました!」


「ナナヒに…気品…?」


一番似合わない言葉な気がするが、ここは黙っておこう。パーラムに恨まれたら面倒なことになりそうだし。

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