第48話 アマゾネス

「先程、ヤナシリ様が言っていた様に、私達の髪飾り。これはその者の強さを示す物です。」


「数が多い方が強いって事だったな。」


「はい。」


「あたいとチクルは、三石さんせき。この髪飾りが三つって事。」


ナナヒとチクルが同等の強さ…まあ予想通りか。


「アタニは四石。イナヤは五石という事だな。」


「うん。そういう事。」


「それが?」


「……あたい達はアマゾネスでヤナシリ様の次に強い。つまり……五石の次はヤナシリ様の十石。」


「言われてみると、随分と強さが飛んでいるな。」


「そうです。その理由は……皆………」


「……死んだ。」


話の流れで分かってはいたが、実際に聞くと暗くなってしまう。


「……神聖騎士団か。」


「確かに…最近の被害で言えば神聖騎士団ですけれど、それだけでは無いのです。」


「……聞かせてくれるか?」


「…はい。

ことの始まりは、七年前…くらいの事だったと思います。」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



七年前、マニルテ荒野。


「ヤナシリ様!」


慌ただしくテントの中へ入るアマゾネスの一人。


「どうした?!」


「また……」


「くそっ!またか!」


「……このままでは…ヤナシリ様!」


「くっ……」


「姉さん!」


橙色の短髪に、瞳。大剣を背負ったアマゾネスが入ってくる。髪には九つの髪飾り。

その後ろには黒髪のツインテール、タレ目の優しい目。細剣を腰にぶら下げたアマゾネス。髪には八つの髪飾り。


「ワマラ。」


「姉さん!やっちまおうぜ!こんなのもう耐えられねぇよ!」


ヤナシリを姉と呼ぶ九石の女性。ワマラが拳を握って叫ぶように言う。


「ワマラ。ヤナシリ様も考えがあっての事よ。いくら実の姉とは言え、族王様に対してそんなに詰め寄っては駄目よ。」


「だけどよエメト!」


八石のエメトがワマラを落ち着かせようと声を掛ける。


「…皆の思いは分かっている。」


「ならなんで!」


「いつも言っているだろう。我々アマゾネスは数が少ない。」


「くそっ!」


「ワマラ!」


ワマラは悔しそうにテントから飛び出し、エメトが追いかける。


「…………」


ヤナシリも悔しいのは同じだと、顔を歪めて、拳を握る。


テントから出たワマラが、口惜しそうに地面を蹴る。


「くっそ!」


「ワマラ…」


「姉さんの言いたい事は分かってんだよ。あたい達アマゾネスの数は少ねぇ……でもよ!やられたい放題にやられてちゃそれこそいつか誰も居なくなっちまう!」


「…私達の心石を狙って、こんなにも沢山の人達が攻撃を仕掛けて来るなんてね……軍事力だか、お金の話だか知らないけれど…私達の命を何だと思っているのかしら……」


「どこで心石の秘密を知ったのか…いや、今はそんな事はどうでもいい。このまま報復もろくにしなければあたい達は…」


「……報復をしたら、相手はそれこそ躍起になってアマゾネスを狩りに来るわ。」


「それもぶっ飛ばせばいいだろ!」


「数が少なくて、魔法もろくに使えない私達がそんな風に戦って勝てると本当に思うの?」


「…くそっ!」


「……気持ちは私も、ヤナシリ様も同じよ。それでも、私達が今出来る最善は逃げる事よ。」


「…分かってる…分かってるけどよ…」


「ワ…ワマラ…様…?」


イラつくワマラに少しビクビクしながら近寄ってきたのは、まだ子供のナナヒ。


「ナナヒ?!ど、どうしたんだこんな所で?」


「えっと…その……イナヤと一緒に…」


「イナヤも来てるのか?」


「う、うん…」


横から飛び出してきたのは、子供のイナヤ。


「お姉ちゃん!おかえり!」


「こ、コラ!イナヤ!そんな風に飛びつかないようにといつも言っているでしょう?!」


「あっはっは!相変わらずイナヤはエメト姉ちゃんに甘えただな?」


「わ、私は甘えたじゃないもん!」


イナヤは頬を膨らませて怒っているぞと表現する。


「はいはい。ナナヒ。イナヤを連れてきてくれたんだな。ありがとな。」


「う、うん…ワマラ様もおかえりなさい!」


「おう!ただいま!」


「テントの中で何を話していたの?怒ってたみたいだけど…」


「色々あってな…」


「ワマラ様が戦うなら、あたいも戦うよ!」


ナナヒは拳を握ってワマラに言う。


「一石にもなれていないのに、何言ってんだ。ナナヒにはまだ無理だ。」


「ぶー。」


子供扱いされて不貞腐ふてくされるナナヒ。


「ナナヒはワマラの事が大好きだものね。」


「うん!」


「いつものもう二人はどうしたんだ?」


「チクルとアタニ?二人は今日の夕飯当番だからテントに居るよ!」


「今日の当番はあの二人か……」


ワマラは苦い顔をする。


「また変な味の夕飯になるね!」


「こんだけやって少しも美味くならないのはなんでなんだろうな…料理が出来るのは、イナヤだけかよ。」


「私がしっかりと教えましたからね!」


「しっかりと教わりましたからね!」


エメトが胸を張ると、イナヤも同じ様に胸を張る。


「教わった事を自慢げに言うものでは無いわよ。イナヤ。」


「え?そうなの?」


「あっはっは!イナヤにとって、エメトから教わることは自慢だからな!」


「うん!」


「ナナヒ。イナヤ。先に行って二人を手伝ってきなさい。」


「分かった!」

「うん!」


走り去っていくナナヒとイナヤの背中を、ワマラとエメトは目を細めて見る。


「……………」


「……あいつらの為にも、いや、アマゾネスの為、あたい達がなんとかしなきゃならない。そうだろ?」


「…そうかもしれないわね…」


ズガガガガガッ!


「っ?!なんだっ?!」


「ワマラ様!エメト様!」


「何があった?!」


「また外からの攻撃です!」


「くそっ!さっき追っ払ったばかりだってのに……もう許さねぇ…」


「ワマラ!」


「絶対に許さねぇ!」


一人駆け出すワマラ。


「あなたはこの事をヤナシリ様に!私はワマラと共に前線へ出向くわ!」


「はい!」


ワマラの後を追って走り出すエメト。


「何事だ?!」


テントから慌てて飛び出してきたのはヤナシリ。


「ヤナシリ様!たった今外部からの攻撃がありました!」


「なに?!先程ワマラ達が追い返したはずだろう!」


「…どうやら、先程とは違う連中のようです…」


「次から次へと……ワマラ達は?!」


「たった今前線へ向かわれました!」


「なに?!作戦も何も伝えてはいないぞ?!」


「そ、その…報告を聞いて即座に走り出してしまいまして…」


「あの馬鹿が……エメトは?!」


「ワマラ様の後を追って行かれました。」


「まずい……このままでは……」


「ヤナシリ様…我等アマゾネスは既に半数以上が外の者達によって殺されております…これ以上は……」


「本当に…それしか道は無いのか…」


「………」


ヤナシリは歯を食いしばって考えを巡らせる。


「いや、ワマラとエメトが前線へ向かった時点で戦闘の火蓋は切って落とされた。後戻りは出来ない…か。腹を決めるか。」


「ヤナシリ様…」


「アマゾネス全員に告げよ!」


「はっ!」


「これより我等アマゾネスは攻勢に出る!一石以上の者達には、全員戦闘の準備を急がせろ!」


「はっ!」


「それ以外の者達は全て避難!戦闘は避けろ!」


「はっ!」


ヤナシリの命令を聞いたアマゾネスが、奥へと走っていく。


「ワマラ…エメト……死ぬなよ…」


その頃前線では、熾烈しれつな戦いが繰り広げられていた。


「おらぁぁぁ!」


ズガンッ!


「ぐぁぁぁ!」


ワマラの大剣は敵を両断し、地面を割る。


その背中を守っているのは、エメト。

素早く鋭い細剣は、簡単に敵を屠っていく。


「こいつらは一体どこの連中だ?」


「見た目からして傭兵ね。種族もバラバラだし、間違いないわ。」


「どこの国の手の奴らか知らないが…ぶっ殺してやる!」


大剣が振るわれる度に数人が戦場から消え、細剣が突き出される度に、数人の心臓が停止する。


「数は多いが、この程度なら問題無く処理出来る!行くぞ!エメト!」


ゴウッ!


相手の陣営から中級の火魔法が放たれ、目の前に炎が広がる。


「くそっ!魔法か!魔法使いなんぞ近づいちまえば!」


「駄目よワマラ!近付く前に焼き殺されるわ!ここは一度引くわよ!」


「はぁぁ!」


「っ?!」


ガキンッ!


引こうとした二人の元に、傭兵の一人が斬りかかってくる。


「くそっ!」


「さっさと心石を渡せば良いものを。」


「…このクソ共が!」


ガギィン!グシャッ!


ワマラの攻撃で潰された傭兵。しかし…


「ワマラ!ここに居ては……まずい!」


周辺に居た者達が少し下がり、取り囲む形で二人の行く手を阻む。

少し遠い所に居た魔法使い達の魔法陣は完成しようとしていた。アマゾネスの二人には中級魔法を跳ね返す様な魔法は使えず、もし魔法が放たれたならば生きてはいられない。


「ワマラ!」


「くっそ!」


二人が死を覚悟した時、遠くから激しい剣戟の音と咆哮ほうこうが聞こえてくる。


「な、なんだ?!魔法はどうした?!」


「別働隊みたいだぞ!」


「なに?!」


二人の目には、敵陣の中へと斬り込んで行くアマゾネス達の姿が見えた。


「皆の者!ワマラとエメトの周りにいる愚物共を潰せぇ!」


「「「「はぁぁぁ!」」」」


「なんだっ?!ぐぁっ!」


「ヤナシリ様?!」


「エメト!あたい達も行くぞ!」


唐突に現れたヤナシリに率いられたアマゾネスの援軍。虚をつかれた為、相手は抵抗も虚しく、魔法を発動させる暇もなく殲滅されていく。

最初から金で雇われていた者達だ。半数が倒れた時には、ほとんどの者達が逃げ出していた。


「よっしゃ!どうだ!」


ワマラが逃げ出して行った者達に罵声を浴びせ、歓喜している所にヤナシリが現れる。


「姉さん!これで」

バキッ!!


ヤナシリの拳がワマラの顔面を捉え、荒地の上を何度も転がりながら数メートルを飛んでいく。


「うっ……ぐっ……」


「立て。」


「ヤナシリ様?!」


ヤナシリを止めようと、エメトが前に出てくる。


「邪魔をするなエメト。我が甘やかし過ぎたらしい。しつけし直してやる。」


バキッ!


「ぐぅっ!」


立ち上がろうとしたワマラの腹に、ヤナシリが無慈悲に蹴りを打ち込む。


「ヤナシリ様!それ以上は死んでしまいます!」


ヤナシリはガシッとワマラの髪を鷲掴みにして、持ち上げる。


「うぅ……」


ワマラの打たれた頬は既に大きく腫れている。


ワマラは九石で、ヤナシリは十石。一つしか差がない様に思えるが、その実力には大きなへだたりが存在する。


アマゾネスにおいて、十石というのは最高位の強さを持った者に与えられる称号であり、絶対的な強さを持っているという証。

つまり。ワマラは、ヤナシリには逆立ちしても勝てない。


「見ろ。」


「……ぅ……」


「お前が一人で突っ走ったせいで、何人仲間が死んだと思う?」


いくらアマゾネスが戦闘民族だとはいえ、数の差がある戦闘で全ての者が無傷で帰ってくる程の強さは持っていない。

今回も数人の死者と、負傷者を出していた。


「答えろ!」


パシッ!


もう一度繰り出そうとした拳が、エメトによって止められる。


「ヤナシリ様!」


「…………」


ドサッ!

「うっ…」


投げ捨てられたワマラは、痛みに短い声を出す。


「お前がした事の愚かさをもう一度よく考えろ。九石である事の自覚を持て。」


ヤナシリは他の者達を引き上げさせる。


「ワマラ…大丈夫?」


「……あたいは………助けたかった…仲間を……」


「……」


「あたいは…ただ……」


「…………」


「くそっ……」


ワマラが地面を力無く殴り付ける。


アマゾネスとはいえ、心石を取り出す事は命を奪うこと。そんな事を国をあげて進めていたら、国民の支持はガタ落ちになってしまう。

しかし、そこに一つ。自分達の同族が殺された。という局所的に、悪意的に切り取った事実を付け加えるだけで、国民はむしろ殺せと沸き立つのだ。

実に非人道的だと思えるかもしれないが、国民や他の種族が心石を欲する理由は、神聖騎士団にあった。彼らが動き出した事によって、蹂躙される事を恐れた種族が心石を欲する様になってしまったのだ。


ヤナシリは仲間が命懸けで入手してきたそれら情報を皆にも伝えていた。辛くとも正面からはぶつからず、政治的に解決しようとしている事も。

方法は、アマゾネスに友好的な獣人族王に後ろ盾となってもらう事だった。これは、それが完全に成るまでもう少しという時の話だったのだ。


「姉さん…」


「ワマラ。」


ヤナシリのテントに、一人で訪れていたワマラが、頬をらした暗い顔で現れた。


「……あたいは…皆を助けようと…」


「……そんな事は分かっている。お前がどういう性格かは誰よりも知っているからな。」


「……」


「あと少し…あと少しで我々の安全が確保されると言うのに、何故先走った。」


「………」


「いや、お前の事をよく知っていたのに、止めきれなかった我の手腕の無さが原因か…」


「姉さんは悪くない!あたいが自分勝手に!」


ワマラは一時の感情で動いてしまった事を悔いていた。自分のした事が取り返しのつかない事だと、冷静になった今なら分かった。


「ワマラ。」


ヤナシリが立ち上がり、ワマラへと手を伸ばす。


ギュッと目を瞑り、来る衝撃に備えたワマラ。


だが、衝撃ではなく、ヤナシリの手は頬に優しく触れた。


「強く殴って悪かったな。」


「っ?!」


ヤナシリの顔は、いつもの厳しい顔ではなく、ワマラが小さな時からよく見ていた、姉の顔だった。


「……いや。あたいが悪かったんだ。姉さんは悪くないよ。

あたいが先走ったせいだし、九石として皆に示しがつかないからね。姉さんは族王として動いただけだ。

本当に…ごめん。」


「…………反省しているならそれで良い。」


ワマラの頬から手を離したヤナシリは姉から族王の顔へと変わっていた。


「時間は戻らない。やってしまった事を嘆いていても仕方がない。

これから六石以上の者達を集めて会議を行う。皆を連れて来い。」


「はい!」


その後、ヤナシリのテントの中で、今後の方針についての会議が行われた。

逃げ続けたとしても、どこかでいつかは戦闘になる。来るその時の為の作戦会議だ。


「よし。これで大体の事は決まった。獣人族王からの返事が来るまでなんとか耐え凌ぐ。皆。気合を入れてくれ。」


それから、アマゾネスとその他の種族による戦闘は毎日のように続いた。


基本的には逃げに徹していたが、相手もここぞとばかりにしつこく追ってくる。そのため、小規模な戦闘が避けられない事も多く、一ヶ月が過ぎた頃には、多くのアマゾネス達が命を落としていた。


「くそっ!」


「ワマラ…そんなにイラついても仕方ないでしょう?」


「……あたいのせいで…皆が死んでいるんだ。イラつかずに居られるかよ!」


「戦うと決めたのは皆の意思よ。一人で背負っては駄目よ。」


「……」


エメトの言葉も、ワマラには慰めになっていない。


「ワマラ様!」


「……ナナヒ。イナヤ。」


いつものように、ナナヒとイナヤが出迎えてくれる。


「今日も戦ってきたの?」


「あぁ…」


「私達も戦うよ!」


「意気込みだけは良いが、それだけじゃ戦場へ出た瞬間にやられちまう。お前達にはまだまだ無理だ。」


「ぶぅー!」


「あっはっは!今は強くなる為に頑張っていれば良いんだ。戦闘はあたい達に任せておきな。」


イライラも、不安も隠して、ワマラは笑う。大丈夫だと。


「お姉ちゃんも、ワマラ様も強いから…大丈夫だよね……?」


「当然だろ!あたいは九石、エメトは八石だ。軟弱な奴らに殺られるかよ!」


「うん!」


ドガァァァン!


「っ?!」


「敵襲!敵襲ー!」


「来やがったか!エメト!」


「分かっているわ!イナヤ!ナナヒ!早く避難しなさい!」


「う、うん!」


ワマラが口火を切った戦闘以来、それまでは盗賊や傭兵ばかりだった敵は、鎧を着た兵士達へと変わっていた。


「姉さん!」


「ワマラ!敵は北東から来ている!エメトと連携して事に当たれ!」


「「はい!」」


日に日に敵兵の数は増え、魔法による攻撃を主体とした陣形を取るようになっていた。


「くそっ…あんなに開けた場所に陣取りやがって…これじゃ近付く前に撃たれ放題だ。」


「かといって何もしなければ逃げる者達が良いように殺られてしまうわ。」


「……あたいがおとりになる。その間に近付いて食い破ってくれ。」


「それは無謀過ぎるわ!」


「でも、誰かがやらなきゃならない。この中で一番生きて帰ってこられる可能性が高いのはあたいだ。無謀かもしれないが、他に手が無い。

行くぞ!」


「ワマラ!」


単身走り出したワマラ。敵陣の方へと大剣を手に走っていく。


敵陣の中からいくつかの魔法が放たれる。


ドガガガガッ!


土煙が上がり、ワマラの姿が一瞬消えるが、直ぐに土煙から飛び出し、再度敵陣へと向かっていく。


「……行くわよ!」


「「「「はい!」」」」


ワマラに目が向いているうちに、窪みを移動して敵の側面へと向かうエメト。


単身突撃したワマラは、既に最前線の連中と戦闘を始めている。


「突撃!」


「「「「はぁぁぁぁぁ!」」」」


エメトの号令で側面からの攻撃が始まる。


ガンッ!ギンッ!ブシュッ!


アマゾネスから心石を取り出す為には、本人が心石に魔力を込める前に殺せば良い。アマゾネスにとっては自爆であり、簡単に起きる事象でない事は相手も承知している。特に、アマゾネスがこうして密集している時にそんな事は起きないと知っているのだ。


敵味方が入り交じり、血が飛び交う。戦場は混戦を極めていた。


「ワマラ!このままでは押し潰されるわ!」


「それでもやるしかねぇ!あたい達が殺られたら後ろの者達が死んじまう!」


「引け!引けぇ!」


「っ?!」


アマゾネスの一人から撤退の合図が出る。避難が完了した合図だ。


「エメト!」


「分かっているわ!」


二人は傷だらけの体に鞭を打って戦場を離脱する。


背後からの追い討ちを警戒していた二人。予想外に追い討ちは無く、それ以上の怪我を負うことは無かった。


「なんで追い討ちが来ないんだ?」


「…分からないわ。でも、ラッキーね。」


「………あたい達も早く離脱するぞ。」


「ええ。行きましょう。」


二人は生き残った仲間と共にヤナシリ達の待つ後方へと退却する。


「姉さん!」


「ワマラ。エメト。よく戻った。後は我等が避難すれば終わりだ。」


「それでも……」


「犠牲になった者達の事は後で考えろ。今はとにかく生き残るんだ。」


ヤナシリ達が居る場所から避難場所まではそれ程遠くはない。複雑な迷路になっている地殻の割れ目を利用して移動する為、見付かる心配も無い。地上からは数メートルもあるし、ある程度の物音では気付かれる事も無い。


「そろそろだ。」


「あ!来た!お姉ちゃん!」


「イナヤ!」


避難場所で待っていたのは、イナヤ。エメトが心配でいつもこうして待っている。エメトも嬉しそうに走っていく。


「これでやっと一息だな。ワマラ。今後の予定を立てるから一休みしたら我のテントまで来てくれ。」


「はい。分かりまし……」


ワマラの目に入ったのは、地殻の割れ目から覗き込む人影だった。


「エメトォ!」


「っ?!」


ワマラの叫び声に、エメトが反応し、事態を把握する。


ヒュン!


人影はイナヤに向かって矢を放った。


「イナヤ!!」

ドスッ!!


「エメト!イナヤ!」


矢はイナヤを庇ったエメトの背中に深々と突き刺さっている。


「お姉……ちゃん……?」


「……イナヤ。私は大丈夫よ。それより、早く逃げなさい。走って。」


「う、うん……」


エメトから目を離せないイナヤ。


「走りなさい!!」


「っ!!」


エメトがイナヤに怒鳴ったのは、これが最初で……最後だった。


「くそっ!うおぉぉぉ!!」


「ワマラ!」

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