第41話 吹聖騎士

「魔法が来ます!」


後方で魔法陣を描いていた神聖騎士団員達が、次々と魔法を完成させる。


「させないわ!」


ペネタが魔法を完成させると、俺達の全員を包み込む様に木の根が出現する。何と言う魔法か分からないが、それが上級木魔法だということは分かる。

流石は王女だ。魔力量はかなりの物だろう。


バギバギッ!


相手の魔法を前に木の根が崩れていくが、ほとんどの魔法は消失している。


「ニル!パピル!下がれ!」


俺の声に反応して二人が後ろへと跳ぶのに合わせて魔法を発動させる。


魔法陣から出現した蛇の様な形をした水の塊が、次々と神聖騎士団員を捉えていく。アクアツウィストに対抗出来る魔法を発動出来る者はいないらしい。


「う゛ぁぁぁ!」

「いぎゃぁぁ!」


捉えられた者達は、次々と全身を捻り切られ、絶命していく。アクアツウィストに血が染み込み、真っ赤な蛇の様にも見える。


「上級魔法だ!さっさと潰せぇ!」


後衛にいる連中が魔法を描き、アクアツウィストへと向けて放つ。いくら上級魔法とはいえ、それだけの魔法を受ければ消え去ってしまう。

だが、アクアツウィストに手を掛けさせた事でこちらに猶予が生まれた。


ザシュッ!


「ぐあっ!い、いつの間に!」


「こっちもいるわよ!」


ザクッ!


ニルとパピルが二人一組となり、端から攻撃を仕掛けていく。二対一の状況を上手く作り出しているらしい。Cランクとはいえ冒険者。有利な戦い方をしっかりと心得ている。


「調子に乗るなよクソガキがぁ!」


ガキンッ!

「うっ!」


とはいえ相手はこの手の戦闘に慣れた奴らだ。ニルとパピルだけでは抑えきれない。

剣圧に負けたパピルが弾き飛ばされて、地面の上を転がる。


「姉さん!」


「ダニル!来ちゃダメ!」


「っ!?」


「連携を崩さないで。私は大丈夫だから。」


ズガガガガ!


ガナライの土魔法によって作り出された石壁が一時敵味方を分断する。


「……くくく……良いね。実に良い。俺の好奇心をくすぐるじゃないか。シンヤ。

どうやってそれ程の力を手に入れたんだ?聞いた話では、尋常でない近接戦闘を繰り広げたと聞いていたが……上級魔法までをも使い、平然としている。」


カナリアを思わせる様な気色悪い愉悦の表情を見せるネルク。状況的には、むしろこちらが元祖か。


ネルクの疑問について考えると…モニターの向こう側で操作していただけだから感じなかったが、毎日危険なダンジョンや依頼をこなし、ギリギリまで戦って帰るという生活をするなど、ゲームの中で無ければただの狂人だ。そんな生活をしていれば力もつく。


「気になるねぇ……こんな状況で無ければ詳しく調べ尽くしたいが…そろそろ地上の事も気になってきたところだ。

ここで全員殺し、国を制圧したらまた姿を隠す。それで計画は全て元通りだ。」


「まだ死ぬ気は無いから抵抗させてもらうとしよう。」


「無駄だ。お前達の戦闘能力は既に把握した。後はただただ蹂躙するだけだ。」


敵の数は減って半数になったが、それでもこちらの倍は居る。


「そんなハッタリに騙されないわ。」


「Cランクの冒険者如きが強気じゃないか。」


ネルクがパピルに視線を向けると、深緑色のローブを着た者達が俊敏しゅんびんに動き出し、パピル一人が執拗に狙われる。


「姉さん!」


「くっ!」


「ほらほら。ちゃんと守らないと死ぬぞ?」


深緑色のローブを着た者達はネルクとの連携が恐ろしく取れている。直轄の手下という事だろう。

パピルは致命傷を防いではいるものの、見る見るうちに全身が血だらけになっていく。


「パピルさん!」


「おっと。それはさせないよ。」


パピルを助けようと飛び出したニルに蔦が絡み付く。


「このっ!」


「私が!」

「「「「おぉぉぉぉぉ!」」」」


「くそっ!」


ガナライが魔法で援護しようとすると、信者服を着ている男達が突っ込んでくる。


ネルクが指揮を取り始めた途端、圧倒的な劣勢へと追い込まれていく。

ネルクは相手の弱みを見抜く洞察力に長けている。弱味を見付けるためには幾らかの時が必要だ。故に、ネルク自身は前に出ず、隠れて周りを観察し続けていたのだ。


周りに居た敵は、俺とダニルの魔法で離れさせたが、かすり傷一つ負わせることが出来なかった。

逆にこちら側は、ニル、パピル、ガナライが傷を負い、圧倒的な劣勢となった。


「ネルク…あなたは本当にそちら側だったのね……分かったわ。もう容赦なんてしない!」


ペネタが素早く魔法陣を描いていく。


「させるか!」


ギンッ!


ペネタを狙った一撃を、ニルが防ぐ。


「やぁ!」


「そんな遅い攻撃食らうわけないだろう!」


ニルの小太刀を悠々と避け、反撃を繰り出す深緑色のローブを着た男。


ザシュッ!


「ぐあぁっ!」


ブラッドサッカーとの戦いで見せた、誘い込みの攻撃だ。盾は無いが、相手をまんまと誘い込み、致命傷を与えた。


「へぇ。その奴隷、なかなかやるじゃないか。力を見誤ったかな?

大した問題じゃないけれどね。」


ネルクが描いた魔法陣が発動する。


白い光を放った魔法陣からホーリーライトが現れる。


ゴウッ!

ズガガガガ!


射出されたホーリーライトが、厚い石の壁に阻まれる。

ペネタの魔法だ。


「シンヤ様。私は守りの魔法は得意だけれど、攻撃魔法には自信が無いわ。」


静かに寄ってきたペネタが小声で耳打ちしてくる。


「ここに追い込まれたのも、それが原因よ。」


「…それならば、ペネタに守りを任せて、俺が攻撃を担当する。」


「お願いするわ。」


「なにをコソコソしてるんだぁ…?…気になるねぇ…」


俺とペネタの動きをしっかりと見ているネルク。嫌な奴だ。


「ガナライ!ダニル!周りを片付けるぞ!」


「「はい!」」


「くくく…魔法合戦か。嫌いじゃ無いぜ?」


ネルクの指先が恐ろしいスピードで魔法陣を描いていく。


カナリアよりも速い。


「させません!」


ダニルが初級魔法で風を起こし、ネルクへ向けて放つ。


魔法による攻撃力はほぼゼロに等しいが、その風に乗せたのは、背負っていた矢だった。


「ちっ!やるじゃないか!」


腰から抜いた直剣で矢を全て叩き落とすネルク。やはり剣術もかなりのものだ。


「覚悟!」


ガナライの描き出した魔法陣が光ると、数本の硬く鋭い木が出現する。ウッドスキュアだ。


ズガガッ!

「ぐぁぁぁ!」

「ぎぃぁぁぁ!」


二人の団員に突き刺さり、戦闘不能に陥れる。

しかし、仲間の死に怯むことなく突撃してくる団員達。


「っ?!」


ガナライの元に突撃してきた男達が刃を振るう。


ガキンッ!


「私の目が黒いうちは誰も死なせないわ!」


ペネタの魔法がガナライを守る。


「厄介な女王様だ…大人しく殺されていれば良いものを……だが、残念ながらここまでだ。」


ネルクが魔法陣を完成させると赤色に光る。

部屋一杯まで広がっていく炎が、波となって押し寄せてくる。上級火魔法、炎波えんぱ。範囲攻撃魔法だ。


「こんな場所で火魔法を?!」


地下で、しかも出入口が一つしか無い場所で火魔法を使えば、酸欠になってしまう。炎に焼かれずとも、俺達は窒息するという事だ。


「まだまだ!」


続け様に放ったのは初級風魔法、ガスト。風を起こして炎の威力と範囲を大きくする為の一手だ。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


仲間が巻き込まれてもお構い無しとは…


ゴウゴウと音を響かせて近付いてくる炎。


「さあどうする?!シンヤ!これを乗り越えられるか?!」


「……ペネタ!防御を頼むぞ!」


「任せなさい!」


俺が描き出した魔法陣が茶色に光る。


ズガガガガガガガッ!


地面から突き上げる様に出現したのは数本の、石で出来た直径二メートル程の柱。


上級土魔法のアッパーピラーという魔法だ。勢い良く突き上げた石の柱は、炎を防ぎながらも、天井を激しく打つ。

地面が揺れる程の衝撃が連続して起こり、天井からパラパラと細かな石と土が降ってくる。


「っ?!お前…まさか!」


俺の意図に気が付いたネルクが後ろを振り返るが、出入口は石柱の一本が完全に塞いでいる。


「どうだ?ネルク。これを乗り越えられるか?」


「くそっ!」


急いで指を動かし始めるネルク。


ガラガラガラガラガラッ!


冷や汗が流れ出る様な恐ろしい音と共に天井が崩れる。


「うあぁぁぁぁあ!」

「逃げろ!逃げろぉ!」


俺達を包み込んでいく木の根の隙間から聞こえてきたのは、逃げ惑う神聖騎士団員達の絶望の声だった。


俺達を守るように展開されている木を打つ、岩や石の音が数秒間に渡り続き、音が収まった所でペネタが作り出してくれた木の根の防壁から出る。


ボコンッ!


風魔法で無理矢理上部に溜まった石や岩を吹き飛ばすと、土埃が舞う地上に出られた。


「シンヤさん…やる事が恐ろしいわね……」


「そうか?地下で火を使うより優しいと思うが?」


「どっちもどっちですよ…僕達死んだかと思いました…」


相当危険な賭けだったことは認める。だが、それくらいヤバい状況だったのは皆分かっているはずだ。


「この辺りは街の東側で人が居ないことを確認してたからな。予想を覆す大胆な作戦が必要だったんだよ。」


「大胆過ぎるわよ…」


砂埃が落ちていくと、地面が陥没かんぼつし、ぐちゃぐちゃになった地上が見えてくる。

皆を見ると、先の戦闘で全身に傷を負い、ボロボロだ。致命傷が無いだけ有難いと思うべきだろう。


「ネルクはいませんね…?」


ニルの言葉に全員が付近を見渡す。


「あれだけの崩落に巻き込まれたのだから……ネルク……」


ガナライは未だ信じたくないと言いたけな顔をしている。


「…ネルクを信じたかったか?」


「……本音を言えば…そうですね。昔から知っていたのに、まったく気が付きませんでした…」


「…私だって信じたくないわ。でも、これが事実よ。どれだけ私の目が節穴だったのか分かるわね…」


「俺だってついさっきまでずっと信じていたんだ。信じられないのは皆同じさ。」


「ずっと自分を隠して、何十年も潜んでいたのね…」


「悲しむのも、反省するのも、もう少し後にしよう。

まずは詳しい話をするよ。」


「…そうね。お願いするわ。」


ガンッ!


唐突に、崩壊した地面の一部が吹き飛ぶ。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


背中を向けていたペネタの背後から、血だらけになったネルクが直剣を構えて走り寄る。


ザシュッ!!


「っ!!」


ネルクの突き出した直剣が体を貫通し、突き抜けた刃に、ねっとりとした血が滴っていく。


「ごふっ……」


「……ガナライ!!」


ペネタとの間に飛び込み、ネルクの刃を受け止めたのは、ガナライだった。


「く……くく…絶好のチャンスを、お前に邪魔されるなんてな。ガナライ。」


頭部から垂れてくる血を拭いもせずにガナライの顔を見るネルク。


「これ以上……友に罪を重ねさせるわけにはいかないからな……ぐぅっ…」

ザシュッ!


直剣を引き抜かれたガナライが、眉間に皺を寄せ、片膝をつく。


「村長!!」


「くそっ……シンヤが来たせいで、全てが狂ったぜ。」


ビッと直剣を振ると、ガナライの血が瓦礫の上に飛ぶ。


「ニル!ガナライを!」


「はい!ですがご主人様は?!」


「全員既に満身創痍まんしんそういだ。

ニルのお陰で十分休ませてもらった。ここは俺がやるよ。」


スラリと刀を抜き、ネルクの前に立つ。

ニルに言ったのは……ただの強がりだ。

横腹に空いた穴は未だにズキズキと痛む。


だが、ニルを含め、全員既に満身創痍なのは間違いない。魔力も、皆ほぼ尽きているはずだ。


「リョニート村を救った段階から、注意して同行していたが、まさかここまで場を掻き乱されるとは思っていなかったぜ。

完全に見誤ったな。俺が手塩にかけて暗示を掛けた連中も皆地面の下だ。やってくれるじゃないか。」


「ここまで来たらお前の計画とやらは完全に瓦解したろ。諦めて投降とうこうする気は無いのか?」


「くくく…ここには誰もいない。お前さえ殺せば、残りは大したことない。

それを俺に聞いて、通ると本気で思っているのか?」


「いや。聞いただけだ。」


「くくく…本当にお前は面白い奴だな…気になるねぇ。」


ネルクは嬉しそうに笑う。


「……お前達がそこまで心酔しんすいするあの御方ってのはどんな奴なんだ?」


「言うわけないだろ。」


「だよな。」


「…………」


「……………」


ガキンッ!!


俺とネルクは同時に踏み出し、互いの間で刃が交わる。


ギャリギャリと音がして火花が散る。


「ぐっ!」


横腹が痛み、一瞬力負けする。


「オラァァァ!」


ギィィン!


力で押し切られ、体が後ろへと飛ぶ。


シュシュッ!


ネルクの手が信じられない速度で魔法陣を描き上げていく。


地面に足が着いた瞬間にネルクの正面へ走り込む。


ガギィィン!


切り上げた刃が直剣を捉え、完成間近だった魔法陣が消えていく。


「どんな体してんだよ!」


俺の圧力にネルクが悪態を吐く。


ギンッ!ガキンッ!


互いの刃が打ち合わさる度に、火花が飛ぶ。稀に刃が体を掠めていく。


俺の刀がネルクの頬を掠めたならば、ネルクの剣は俺の頬を掠めていく。

互いに一進一退の攻防を繰り広げ、次第に傷が増えていく。


俺もネルクも体力、魔力共に尽きる寸前だ。そう長く戦ってはいられない。出し惜しみなどしていられない。


刀を右手のみで持ち、左手で魔法陣を描き始める。


ガキンッ!ギィィン!


「この戦闘中に魔法陣を描くかよっ?!」


「悪いが一気に決めさせてもらう。もう疲れてきたんでな。」


「そんな簡単に殺られてたまるか!」


ギャリギャリギャリギャリ!


刀を巻き取るように直剣を這わせるネルク。


「オラァァァァ!」


ガンッ!!


ネルクの足が、開いた腹に直撃し、カナリアとの戦闘で受けた傷に直撃する。


「ぐあぁっ!」


激しい痛みが走り、体がまたしても後ろへと飛ばされる。


距離が開いた瞬間に、素早く魔法陣を描いていくネルク。


「これで終わりだぁ!」


バスッ!!


「………」


「…………」


ネルクが描き上げた魔法陣が、光を放つ前に、消えていく。


俺の魔法陣は…発動を終えて消えていく。


「水貫。カナリアを殺した魔法と同じものだ。」


カナリアと全く同じ位置、胸の中心に拳大の穴が空いている。


「ごふっ……嫌な奴だ……」


大量の吐血をしたネルクが、フラフラとしながら俺を見る。


「…くそ……俺が……導かれ……る……」


グラりと揺れたネルクの体が前に倒れていく。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



俺の両親は、人族に殺された。らしい。


その光景を見たわけでも、覚えているわけでもない。


偶然生き残った俺を引き取った、リョニート村の村長に、ネルクの両親は人族に殺された…と、そう聞かされていた。

多分それは本当の事だったのだと思う。

ただ、辛そうに話す村長の表情を疑問に思った。


なぜこの人は、こんなにも辛そうに俺の両親の話をするのだろう?


別に俺は辛くも悲しくもないのに。


そんな事を村長に言うと、村長はその言葉を聞いてもう一度辛そうな顔をした。


よく分からなかった。


なぜそんな顔をするのだろう?

なぜ…?


ある日、タナルポ大洞窟の近くで一人、そんな事をボーッと考えていた時の事だった。


エルフ族の親子が馬車に乗って洞窟に向かってゆっくりと進んでいた。


子供は多分俺と同じくらいの年齢だろう。


どうして皆あんなに悲しそうな顔をするのか気になった俺は……


確かめてみる事にした。


まずは自分と同じ様な状況を作り出す為に、子供の意識を魔法で奪った。


魔力は昔からエルフ族の中でも強い方だったから、初級魔法くらいは簡単に使える。


子供を心配している両親。その父親の首を後ろからひっそりと忍び寄ってナイフで切り裂いた。


ビシャビシャと音を立てながら血が子供と母親に掛かり、母親は何が起きたのか分からないと言った顔をしていた。


だから叫ばれる前に同じ様に喉を切り裂いた。


コポコポと開いた喉から音がして、俺の服を掴んだ母親がそのままズルズルとずり落ちて倒れた。


子供のその後を観察するには、近い場所に居る必要がある。でも、俺がこの子供を連れて行ったら怪しまれる。


そこで暫く隠れて見ておくことにした。誰かがあの子供を連れて行ってくれるかもしれない。


「ど、どうした?!」


一人の人族の商人が現れると、血塗れの一家に駆け寄った。


「ひぃっ?!し、死んでるっ?!」


その男はそのまま逃げようとした。それでは俺の計画が上手くいかない。


逃げようとした男の前に出る。


「なんだっ?!き、君!大丈夫か?!」


「逃げちゃ駄目だよ。あの子供を奥のリョニート村に届けてよ。」


「な、なにを言って…?」


「だから、あの子供を向こうに連れて行ってよ。」


グサッ。


走って逃げられると困るし、走れない様に足を刺しておこう。


「……え?……ぎぃぁぁぁ!」


「叫ぶと他の人が来ちゃうよ。」


グサッ。


「や、やめてくれぇ!」


「ほら、あの子供を連れて行ったらもう刺さないから。」


「わ、分かった!分かったから!」


グサッ。


「うぐぅっ!」


「早く早く。」


グサッ。


「い、いぎぃぃ!」


やっと子供を抱きかかえた男が、リョニート村に向かって歩き出した。


ここからだと一時間…足を刺したからもう少し掛かるかも。


短い悲鳴をあげながら、リョニート村に向かって進んでいく人族の男。


逃げたりしないように後ろから付いていくと、やっとの事で男はリョニート村に辿り着いた。


その時気が付いた。


あの男が俺の事を話したら、あの子供を観察出来なくなってしまう。


それは困る。


でも、その心配は必要無い物だった。


男はリョニート村の村長に子供を渡すと、助かったと思い微笑んだが、絶命したのだ。


「危なかった……そっか。何かする時は、誰かにやらせないと…自分でやったりしたら直ぐに見付かっちゃう。」


その日から子供の観察を始めた。


両親の死を聞いた彼は泣いた。


村長との会話で、悲しい顔をされた時にも泣いた。


そうか。そういう反応が正しいのか。


俺はその子の言動を真似た。


イタズラをする時、叱られている時、嬉しい時、悲しい時。


常に隣に居て、常に観察し、常に真似た。


すると、少しずつ、なぜそんな言動に出るのか、分かるようになった。


それからは自分でも考えて似たような言動を取れる様になった。


不思議がられたり、疑われたりしたことは無く、人から好かれる言動というのも分かるようになった。


それが板についてくると、次は、心の弱い者と、心の強い者が分かるようになった。


それが見分けられるようになると、相手がどんな言葉を待っているのか、どんな事を言って欲しいのか、分かるようになっていった。


街の中へと移り住み、毎日色々な人を観察し、自分の思い通りの関係を築けるようになった頃の話だった。


世の中の人は、種族に関わらず、自分の思うがままに動かせると自負していた俺の元に、がやってきた。

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