第26話 印の無い奴隷

冒険者ギルドに到着し、クエストの完了報告をしにカウンターへと向かう。


「お、戻ってきたか。早かったな。」


「ふっふっふっ。Bランククエスト…クリアだぜ!」


ドヤ顔で言うディニズ。


「シンヤが居れば当然だろう。」


「う゛…」


バッサリ切り捨てるイーサ。


「いや。最後は三人だけで倒した。クリアと言っても良いだろう。」


「シンヤは甘すぎる。まあ敢えて三人に言う必要も無いだろうがな。

どうだった?」


「全然ダメだ。シンヤが居なければ、三体に囲まれて、何も出来ないままあの世行きだった。」


両手を上に向けて顔を横に振るディニズ。


「今のお前達の実力ではその程度だろうな。シンヤの事はしっかり見てきたか?」


「ギルドマスターが言ってた事がよく分かったにゃ。でも正直、凄すぎてよく分からなかったにゃ。」


「太刀筋さえ分からなかっただす。」


「魔法も凄すぎて何を言ったらいいのやらにゃ。」


「くっははは!嬉しそうにそれが言えるなら、大丈夫そうだな!」


「確かに凄すぎてよく分からなかったが、凄すぎて分からなかったって事は分かった。」


「それが分かりゃ十分だな!くっははは!」


イーサは本当に嬉しそうに笑っている。本当に面倒見の良い奴だ。


「そうだ。イーサも来ないか?」


「ん?どこにだ?」


「クエスト報酬と、素材納品の報酬でパーッと行くつもりなんだ。」


「奢りか?!」


嬉嬉として迫ってくるイーサ。


「後輩にたかるなよ…」


「なーにが後輩だ。聞いたぞ?また別の契約結んだろ?」


「げっ。もう知ってるのかよ…」


「契約?」


チャムの三人は首を傾げている。


「簡単に言えば、シンヤは使っても使っても無くならない金の泉を手に入れたんだ。」


「なんだって?!聞いてないぞ?!」


「私達の仲で秘密とは良い度胸にゃ。」


「だす。」


「くっ…イーサめ…」


「くっははは!」


「分かった分かった。今日は俺の奢りだ!パーッと行くぞ!」


「決まりだな!」


「破産させてやるぜ!」


息巻く四人と暗くなり始めた街に出る。

イーサ行き付けの店に行き、苦しくなるほどに食い、浴びる様に酒を飲んだ。


「もう食えないぜぇ…ヒック…」


「もう飲めないにゃぁ…」


「だすぅ……」


「ったく…いつまで経ってもだらしねぇ奴らだな。」


ペチッ!


イーサがイシテリアの頬を軽く叩く。


「んー……むにゃー……」


「イーサはこの三人の恩人らしいな。」


「恩人?そんな事言ってたのか?」


「ハッキリとは言ってなかったがな。」


「…ふん。」


鼻を鳴らしたイーサの横顔は、笑顔を隠せていない。


「シンヤ。」


「なんだ?」


「プリトヒュも言っていたが、神聖騎士団の連中は広く深く入り込んでいる。くれぐれも気を付けろよ。」


「そうだな…これまで以上に気を付ける必要があるな。渡人だということも極力隠さなければならないか…大きな特徴の一つだからな。」


「相手は血も涙もないクズばかりだ。あたし達が思いもよらない下衆な方法で攻撃してくるだろう。キレやすいあたしが言うのもあれだが、無謀はするな。」


「そうだな…」


「それと…最低でも一人は共に動いてくれる奴を作れ。」


「………」


「シンヤが敢えてパーティを持たないようにしているのはなんとなく分かっている。あたしも現役時代は似たようなものだったからな。だけど、一人では危険過ぎる相手だ。人はモンスターよりも余程怖いぞ。」


「……そうだな。考えてみるよ。心配してくれてありがとうな。」


「……当然だろう。」


イーサはそう言ってジョッキを傾ける。


「イーサはこれからどうするんだ?」


「あたしはプリトヒュやリサと連携を取ってこの街の防御を固めるよ。この街が狙われる可能性が低いってのはあくまでも推測だからね。絶対じゃないなら、対策は必要だよ。」


「忙しくなりそうだな。」


「この街に定住している冒険者も少なくないからね。手を貸してくれる奴らは沢山居るさ。

それに、こいつらにもしっかり働いてもらうさ。恩人の言葉なら聞いてくれるだろうしな。」


既に机に突っ伏している三人を見てイーサが微かに笑う。


「はは。こいつらも大変な相手に恩を受けたもんだな。」


「それ程大変でも無いさ。ちょっと、あたしの為に死ぬまで働いてもらうだけさ。」


「怖い怖い!」


「くっははは!」


嬉しそうに酒を飲むイーサ。

夜も更けた頃、この集まりはお開きとなった。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「くぁーー!」


翌日、宿で目覚めた時、既に太陽は一番高い所にあった。


「……寝過ぎた。今日は旅の準備をする為に一日ゆっくり街を練り歩くつもりだったが……さっさと行くか。」


身支度を整え、街へ出る。

食料等の必需品に加え、気になった店で色々と見て回っていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。

物陰に隠れてインベントリに仕舞えば、手荷物はゼロになるし、ついつい目に付いた物に引き寄せられてしまう。

特に日本には無かった様な物に対しての興味は尽きることが無い。そんな事をしていると、知らない内に暗くなり始めていた。


「知らないうちに日が暮れ始めていたとは…買い物って恐ろしい……というか、ここってどこだ?」


周りを見渡しても、見慣れた街並みとは違う。影が多く薄暗い裏通り…と言った感じだ。


「んー……どっちに行けば良いのやら……」


ピコンッ!


「うぉっ?!なんだ?!」


突然目の前に現れたウィンドウに驚きの声をあげる。

周りに人が居なかったから良かったものの、傍から見たら変な奴確定だ。ウィンドウは他人には見えないらしいし。


「びっくりしたな…………っ?!」


ウィンドウの内容に目を通してみたが、驚きを隠せない。


「どうなっているんだ…?こんなイベント……」


【イベント発生!…奴隷を購入しろ。

制限時間…1時間

達成条件…奴隷一人の購入

報酬…ローブ[黒]


受諾しますか?

はい。 いいえ。】


「奴隷の購入…?ゲームの時は絶対に許されない行為だったはず…それをイベントで…?」


このイベントというシステム。明らかにゲーム時とは違う物だ。ただ、今まで俺には有利に働いてきているし、悪意は感じなかった。今回のイベント内容は判断が難しいところだが……


「……ここは一度乗ってみるか…」


ピコンッ!


俺は迷った挙句、はい。のボタンを押した。


「知らない内に西に来てたのか。

ここでウィンドウが出てきたって事は……あれか。」


周りを見渡すと、路地裏の更に奥の暗い場所に、看板もない怪しげな店がある。一見しただけではそれが店かどうかも分からないが、扉に三角と逆三角を縦に並べた、砂時計の様な形の小さな模様が入っている。

何度か街で見掛けた奴隷のひたいに入っていた焼印の模様だ。


奴隷商自体は、西門付近ではあるが大通りにも普通に建っている。それだけこの世界では当たり前の存在だからなのだが、中にはこうして裏通りにひっそりと配置している店もある。

考えなくても分かるだろうが、こういう店に居る奴隷はワケありだったり、人目に晒し難い奴隷を扱っていたりするらしい。

ディニズの話によれば、現貴族の令嬢だったり、特殊な要望に応える為の奴隷だったり…あまり見ていて気分が良いものではない奴隷達が扱われているらしい。


「ここ以外には無さそうだしな…気は進まないが、入るだけ入ってみるか…」


ゆっくりと扉を開くと、薄明かりが一つあるだけの店内に、ボサボサ頭の怪しげなハイエナ獣人男性店員が一人椅子に座っている。


「………」


「道にでも迷ったかい?」


しゃがれた声の店員がこちらに目を向けてくる。


「奴隷を買いたい。」


「………あんた一人かい?」


目を左右に動かして、ゆっくりとした口調で聞いてくる。


「俺一人だ。」


「………誰からこの場所を聞いてきた?」


「貧民街出身の奴に聞いてきた。警戒しなくても良い。俺は貴族でも役人でも無い。」


「…………」


「…………」


俺の言葉を吟味ぎんみする様に何度か瞬きをした店員が一言だけ放つ。


「……来な。」


椅子から立ち上がった店員が腰から輪になった鍵を取り出して奥の部屋の扉を開く。


ギィー……


重たい鉄製の扉が開いていく音がして、奥の部屋へと店員が入っていく。


後に続くと、左右に沢山の檻が並べられ、積まれている。

檻の中には一人ずつ焼印と枷をした奴隷が入っており、死んだ様な目をこちらへと向けてくる。

暗い部屋の中で見ると、目だけが光を反射していて不気味な印象を受ける。

色々な種族の男や女……そして子供も居る。


目を背けたくなるが、そんな事をしたら怪しまれる。俺は奴隷達の目を真っ直ぐに見ていく。


「どんな奴を探してんだ?」


「んー……ここに来たら面白い奴に出会えるかと思ったんだが……ここに居るので全部なのか?」


「買って使えるのはここに居る奴らだけだ。」


「買って使えるのは…?」


「中には買われたのに直ぐに売られたり、病気を持った奴も居る。そんなのは買い手がつかないからな。裏に置いてある。」


「見せてくれ。」


「…へぇ。お客さんなかなか良い趣味してるな。」


ニヤリと笑う店員。気色悪い。


「客の趣味に口を挟むと良いこと無いぞ。」


「へへ。そうだな。付いてきな。」


俺は店員に付いて店の裏へ続く鉄製の扉を潜る。


その瞬間に吐き気がする程の嫌な臭いが鼻を刺激する。胃が持ち上がる感覚を無理矢理押さえ込んで、鼻に手を当てたい気持ちも押し殺す。


死にゆく者達の臭い。それがこの部屋には充満している。


あまり長く居ると間違いなく体に悪い場所だ。


「どうだい?」


男に問われて檻を見ていると、一番奥に布が掛けられた檻がある事に気が付く。


「あれは?」


「あー…あれはダメだ。見てくれは良いから買い手はあるんだが、ほとんどの買い手は一日で売りに来る。」


「何が原因なんだ?病気か?」


「いや。あれは特殊な魔法が掛けられていてな。自分に害を与える存在が触れようとすると、その相手を傷付けるんだ。お陰で焼印も付けられない。

見てくれで買われたのに触れられない上に傷付けられるとあってはな。」


「……見せてくれ。」


「これを聞いても見せろとは…」


「良いから早くしろ。」


「へいへい。」


汚れた白布が持ち上げられ、檻の中に光が入る。


白銀の長い髪に、青色の瞳。透き通る肌の少女。

額にあるはずの奴隷紋は確かに見えない。

大通りから見えたあの子だ。服…と言うよりは布を体に巻いている。


「……っ?!……」


「……………」


俺の顔を見た女の子は僅かに眉を上げるが、声を掛けてきた時のようにすがる様な言動は見せない。


さとい子だ。ここで俺に買ってくれと懇願したら、商人が自分の値を上げる事を分かっているのだろう。本当に買って欲しいからこその行動だ。

なんとなく、俺はこの子を買うためにここへ来た気がする。


「どうだい?観賞用くらいにはなると思うがね。」


「……いくらだ?」


店員の後ろに見える少女が、目を見開いた。商人には見えていないが。


「どっちにしろ買い手はもう見つからないからな。これだけあれば売るよ。」


男は二本指を立てる。


何度か見た大通りの奴隷達。その相場はなんとなく理解している。人の命がこんなに安く、こんなに簡単に買えてしまうとは……


商人に頷いた自分に心底腹が立つし、気持ち悪くなる。


吐きたい気持ちをひたすら押さえ込み、商人にダイスを渡す。


「へへ。確かに。

それじゃこいつに魔力を流し込みな。魔力が無いなら血でも構わないぞ。」


男が手にしているのは、冒険者ギルドの登録証に似た物。

簡単に言ってしまえば、この奴隷が自分の所有物であることの証明書の様な物だ。

普通の登録証と違うのは、これに魔力を通すと、それが記憶され、主人となる。そして、奴隷の首に取り付けられた枷と連動していて、主人の命令に背いたり、主人に危害を加えようとした場合、枷が締まり、首を飛ばす。そして取り外すことは基本的に出来ない。奴隷本人と首輪が連動し、無理矢理外してしまうと、即座に奴隷が死ぬようになっているらしい。構造とか原理は分からないが、枷を外す事自体が危険なのだ。

一度奴隷となったら二度と這い上がれない理由がここにある。


この枷は魔具まぐと呼ばれる物だ。


Aランク以上のモンスターからのみ採取される魔石と呼ばれる物を使った道具であり、一般にはほぼ出回らない。高くて平民には手が届かないからだ。

これだけでも結構な値段がするから、奴隷はどんなに安くてもこの魔具の値段を下回る事は無い。


これに魔力を流し込むのは気が滅入るが、これを断る買い手は居ない。大人しく魔力を流し込むと、一瞬登録証が淡く光り、登録が完了する。


「服はどうする?ボロならタダで付けてやるぜ?」


「頼む。それと出来れば鎖は外してくれ。うるさいのは困る。」


「へいへい。」


「裏口はあるか?」


「当然。先に出て待っててくれ。」


登録証を手渡され、裏口から外へ出る。


ピコンッ!


【イベント完了…奴隷を購入した。

報酬…ローブ[黒]

報酬はインベントリに直接転送されます。】


「ちっ。何がイベント完了だ。」


胸糞悪い気分をウィンドウにぶつけ、乱暴に消す。


暫くすると、裏口が開き、ボロボロの雑巾みたいな服を着せられた少女が店員に連れられて出てくる。枷に付けられていた鎖は外されている。


「ありがとうございました。」


最後の最後だけ敬語を使った店員が裏口を閉める。一応客として扱ってくれたみたいだ。


「さてと………」


俺の腹程の高さの背丈。歳がいくつかは分からないが、勢いで少女を買ってしまった。奴隷という概念が無い俺には、嫁も居ないのに娘が出来たみたいなもんだ。


「………」


チラチラと上目遣いで俺の事を伺い見る少女。


「はぁ……」


溜息を吐くとビクリと体を強ばらせ、膨らみかけの胸の前に両手を持っていく。


「あー。すまない。怖がらせるつもりは無かったんだ。」


「……」


俺の言葉を聞いても黙って動かない。


「このまま連れ歩くのもなぁ……あ。そうだ。旅の支度は出来ているわけだし、野宿って手があるか。」


「…?」


「とりあえず付いてきてくれ。」


コクリと小さく頷いた少女は俺の後ろをトテトテと付いてくる。


西門は奴隷の行き来が頻繁に行われているし、それ程目立たないはずだ。

西門で自分の登録証と、少女の証明証を見せて外へと出る。


「少し街から離れたいから歩くけど、大丈夫か?」


コクンと頷く少女。


歩き出すと、トテトテと後ろを付いてくる。


「イベントに何かの意志を感じたんだが…気のせいだったのか…?いや、今決めるのは時期尚早か…?」


ドサッ!


いつもの癖で、考え事をしながら歩いていると、後ろから音がする。


振り返ると、前のめりに倒れている少女。


「…やっちまった。」


俺の歩幅と少女の歩幅は全然違う。付いてくるのもやっとだろう。それに加え舗装もされていない道の上を裸足で歩いているのだ。少し考えれば分かることだったのに…


「すまない。怪我はしてないか?」


無言で立ち上がると、頬に付いた土を拭いながらコクンと頷く少女。


「まだ少し離れたいが……」


裸足で雑巾の様な服を着た少女。を、連れ回す中身三十のオヤジ。


「ダメなやつだっ!」


ビクリと体を強ばらせた少女。


「あ、すまん。独り言が多くてな。

それより、もう少し離れたいから、少しの間抱えても良いか?」


「っ?!」


今まで大きな反応を示さなかった少女が、酷く怯えたように後ろへ一歩下がる。

害する事が出来ないと言っていたが…それを知っているという事は、害する為の行為に及んだという事だ。他人を怖がるのも仕方が無い。

特に男性に対しては…


「嫌ならゆっくり歩けば良い。傷付けるつもりは無いから。」


膝を地面について目を見て話すと、ゆっくりと近付いてくる少女。


「ありがとう。」


少女をお姫様抱っこすると、恐ろしく軽い。ほとんど何も口にしていなかったのだろう。


「少し走るからしっかり捕まってるんだぞ。」


「……」


コクンと頷いた少女は、俺の服を掴む。

道なりに街が見えなくなるまで走り、野宿に良さそうな場所で止まる。


「よし。ここで野宿だな。」


ゆっくりと少女を下ろし、野営の準備を整える。チャムの三人みたいにはいかないが、俺だってこれくらい出来る。テントと焚き火だけなのに、倍の時間は掛かるが…


「やっと終わったー…」


焚き火の前に座っていると、少女が俺の斜め後ろに立つ。


「あー…そうか。」


奴隷というのは、基本的に主人の斜め後ろに立つ様に教えられている。それは主人が座っている時も同様だ。

何かさせたい時は命令する。それが普通の主人のやり方だ。


「えーっと…横に座れ。」


「??」


俺の命令に少女が不思議そうな顔をする。


「あれ?なんか変な事言ったか?」


「……その…」


鈴の音の様な声。少し震えている。


「奴隷は…ご主人様の横には……」


「あー……同列扱いになるからか…悪い。奴隷の扱いって分からないんだ。どうするのが普通なんだ?」


「……ここです…」


その場に座る少女。


「いや。そこだと寒いだろ。」


「??」


またしても不思議そうな顔をする少女。


「あ、そうか。そういう考え方自体がおかしいのか……難しい…

まあその辺は少しずつ覚えれば良いか。

とりあえず、話をしたいからせめて前に座ってくれないか?」


「…分かり…ました。」


立ち上がった少女が俺の座る。


「うん。近いね。とても近い。」


「も、申し訳ございません!」


ビクビクしながら立ち上がる少女。


「ははは。いや、良いけどさ。それならもう横に座りなよ。」


少女を持ち上げて横に座らせる。

とても居心地は悪そうだが…


「とりあえず、君の名前を教えてくれないか?」


「名前…ですか?」


「普通は聞かないのか?」


「はい……」


「え…どうやってコミュニケーション取るんだよ…」


「おい…とか、ゴミ…とか…でしょうか。」


「なにその虐待?!怖い!オジサンにそんなの無理!」


「おじ…?」


「あ、いや。なんでもない。とりあえず今は、奴隷の扱いの常識は無視してくれ。目立たない様に覚えていくつもりだが、二人の時は気にしなくて良い。」


「……はい…?」


よく理解出来ていない…のだろう。よく分からぬまま返事しているように見える。


「とにかく名前。もしかして無いのか?」


「…昔は…ニル…バーナ…と…」


「ニルバーナか。可愛い名前だな。ニルって呼んでも良いか?」


「は、はい…」


「俺はシンヤだ。」


「シンヤ様…覚えました。ご主人様。」


「お、おう…ご主人様はむず痒いが…慣れねばな…

それより、最初に俺を見た時、買ってくれと言ってたよな?人違いで誰か探しているとかか?」


「…いえ…私は……その……」


何かを言いかけて言葉を止めるニル。


「言い難い事か…分かった。聞かないよ。」


「えっ?」


「別に言いたくないなら言わなくて良いよ。ただ、誰かを探しているなら、顔の広い知り合いとかも最近出来たし、その人に頼むとか…そもそも主人登録をその人に…」


「あ、あの!」


ギュッと胸の辺りの布地を握りながら、ニルが声を絞り出す。


「ん?」


「その……人違いではありません!」


「え?」


「人探し…もしていません…」


「……んん?」


「私は…ご主人様に…付いていきたいのです!」

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