第25話 夢

沼地に行く前に、インベントリを開いて中から武器を取り出す。


「へぇ。珍しい武器を持ってるんだな。」


「最近手に入れた無名刀だ。」


イベント報酬の刀。ツルッとした黒塗りの鞘。引き抜くと、銀色の刃先に凹凸模様が連なるの目模様。柄部分に巻かれた柄糸つかいとも黒く、全体的にシンプルなイメージを受ける。何度か取り出して振ってみたが、使い心地は悪くない。


ディニズが言ったように、刀という武器は一応存在する。ただ、数が少なく、武器屋ではまず見掛けない。

ゲームだった時からそれは変わっていない。刀は最も人気の高い武器だったが、手に入り難く、イベント報酬くらいでしか入手出来なかった。

腰に下げているプレイヤーを見て、指を咥えている他のプレイヤーをよく見たものだ。

最も多くのプレイヤーが使っていたのは直剣であったが、刀は性能が桁違いに高い。それも人気に繋がる一つの要因だったのだが、何より格好が良い。これに尽きるだろう。

俺のキャラクターであるシンヤのメイン武器は当然ながらこの刀である。古武術で教わったのも刀の型という事もあるし、嬉しい事に刀を手に入れる機会に何度か恵まれた事が大きかった。


俺は古武術で習った事もあり、ある程度最初から使えたが、直剣と違い片刃の武器は、扱いが難しい。

その点からか、この世界に入ってきてからは使い手を見なかったが、ディニズでも知っているという事は居ないというわけではないのだろう。


「どうやって手に入れたか知らないが、盗まれない様に気を付けろよ?」


性能が高く、珍しい武器であるだけに、一部のコレクターにはかなり高く売れるらしい。


「それは大丈夫だ。」


無名刀の鞘に唯一飾り気として存在するのは、女性の横顔と羽のエンブレム。このエンブレムの入った武器は、武器の所有者から離されても、必ず手元に戻ってくる。


「盗られないとしても、襲ってくる輩は居るだろ。気を付けるに越したことはないぞ。」


「それもそうか…気を付けるよ。」


エンブレムを隠すように白布を巻き、腰に差し込む。


「よし。行くか。」


「おう!」

「にゃ!」

「だす!」


先頭に立って沼地に向かう。


ブラウンスネークは、茶色のデカい蛇。名前の通りの姿で、全長は大体五メートルくらい。特徴的なのは、皮膚がとても硬いという事だ。下手な攻撃はほとんど弾かれてしまう。

毒は無いが、長く太い牙と、見た目より速い動きに注意が必要なモンスターだ。


Bランクのモンスターとなると、普通の村人にはどう足掻いても対処出来ない相手となる。シデ村の村人達がそんな相手を発見したため、討伐依頼をギルドに出したのだろう。


沼地に近付いて来ると、地面が湿り始め、生えている草々の種類も変化してくる。空気は湿り気を帯び、濡れた土独特のにおいがする。


「…あれか。」


沼地の中に太い丸太にも見える茶色のデカい蛇が横たわっている。

ヌラヌラとした体表の至る所に泥が付着し、頭がその上に乗っている。

目は閉じていて、眠っているのか動かない。


「他の二匹は見えないが…どうするんだ?」


「それはちょうど良い。あれには俺の練習相手になってもらうとしよう。」


刀の鯉口を切り、走り出す。その瞬間に訓練所ではなく、ここに来て良かったと思えた。


沼地は確かに浅いものだが、沼地に変わりはない。

踏み出す足が泥の中に埋まり、思う様に前に進めない。固い地面の上を走るのとは全く違う。バシャバシャと音が立つし、水飛沫も上がる。


俺の存在に気がついたブラウンスネークが目を開き、頭を持ち上げ、舌をチロチロと出し入れする。


ブラウンスネークの体がスルスルと沼の上を動き、次の瞬間、側面からバシャバシャと水と泥が吹き飛びながら迫ってくる。尻尾を振って俺を吹き飛ばす気らしい。


「シンヤ!」


「避けるにゃ!」


後ろの三人が立ち上がり声を張り上げる。

この体の脚力ならば避ける事は可能だが…本来のステータスを発揮出来るのであれば、Bランクのモンスター程度……


刀を両手で握り締める。


「おい!逃げろ!簡単に斬れるものじゃない!」


「………ふんっ!」


大上段からの一閃。


泥と水飛沫の向こうにある蛇の尻尾に刃が当たると、バターの様にスルスルと体表、肉を断ち、骨を断つ。

切り離された尻尾の先端が三人の真横に飛んでいく。


「シャァァーーー!」


尻尾を切り離された蛇がグネグネと体を動かして沼地の上をのたうち回る。


ザッパーン!切り離された尻尾が三人の近くに落ちて激しく水飛沫を上げる。


「うおぉ?!」


「き、斬ったにゃ…」


「あのブラウンスネークの皮膚を簡単に…だす、」


俺の全身には、泥と水が降りかかり酷い有様だ。だが、斬れた。


「やっぱり実戦に勝る経験は無いって事だな。」


「シャァァー!」


怒り心頭のブラウンスネークが、長く太い牙を剥き出しにした口を俺に向ける。


バシャ!


足を強く踏み込むと、後方に泥と水が飛び、俺の体はブラウンスネークの下へと瞬時に潜り込む。


「はぁぁ!」


首の真下から刀を振り上げると、またしてもスルスルと首を切断出来る。


バシャバシャ!


切り離された首と胴体が、沼地を打つように落ち、ジワジワと赤い血液が流れていく。


「あれぞ一刀両断ってやつだな…」


「ギルドマスターが言ってた意味が分かったにゃ…」


「ベルド!」


ボーッとしている三人の意識を戻す為に大声でベルドに声を掛け、俺はその場で魔法陣を描き始める。確認されていた残りの二匹が、沼地の奥から体をくねらせて進んでくる。

直ぐにベルドが前に出て、盾を構える。


スガガガッ!

「ぬぅぅん!」


一匹の突進を大盾で防ぐベルド。


「ベルド!下がれ!」


ガキンッ!


ディニズが前に出てもう一匹の顔に大剣を振り下ろす。刃は通らなかったらしいが、衝撃で進行を防げた。


「シンヤはこんな硬いの斬ったのかよ!?イシテリア!」


「分かってるにゃ!」


ディニズの声出しの元、イシテリアが魔法陣を完成させる。


「下がるにゃ!」


ベルドとディニズが下がると、淡い赤色に光った魔法陣から火球が撃ち出される。

初級火魔法のファイヤーボール。火球を放つ単純な魔法だが、発動も速く使い勝手が良いため多用される攻撃魔法の一つだ。


ジュッ!


火球は一匹の横腹に命中し、表面を焦がしたが、大きなダメージとまではいかない。


「沼地で火魔法なんか使うかよ?!」


「しまったにゃー!」


頭を抱えるイシテリア。


「いや。十分時間を稼いでくれたよ。」


俺の目の前に描き出された魔法陣が完成する。


「な、なんだその魔法…?」


「っ?!ベルド!下がるにゃ!これは上級魔法にゃ!」


イシテリアの声を聞いて、ベルドが一気に下がった所で魔法陣が青色に光る。

体の中にある何かがごっそりと削れ、一瞬視界が揺れる。


ゴポゴポッ!


魔法陣から大量の水が溢れ出し、その水が蛇の様な形状に変化する。太さも大きさも、ブラウンスネークより一回りは大きい。しかも、その数は五本。


「目には目を、蛇には蛇を。だな。」


水で出来た蛇が一匹のブラウンスネークの体にこれでもかと巻き付いていく。逃れようと体をくねらせているみたいだが、ビクともしていない。


ギチギチッ…


蛇の皮膚が雑巾を絞った時の様に皺を作り、軋んだ様な音を出す。


「キシャァーー!」


口を大きく開いたブラウンスネーク。断末魔というやつだろう。その体は魔法によって作り出された水の蛇に捻り切られ、ボトボトと沼地の中に落ちてくる。


上級水魔法、アクアツウィスト。単体を攻撃する水魔法だ。効果は見ての通り、対象に巻き付いて捻り切る。


「……シンヤからしたら、ブラウンスネークなんて格下も格下ってことかよ。」


「魔法まで強いとか、反則にゃ。」


「目標にするには高過ぎる気もするだす。」


「そんな事無いにゃ。私達だって強くなってるにゃ。」


「そう…だな。弱気はいかんな。シンヤ!」


「なんだ?」


「最後の一匹。俺達だけでやらせてくれ。」


三人の目には、やる気が満ち満ちている。


「…分かった。頼むよ。」


その一言で、三人だけでの戦闘に入る。


「ベルド!」


「おう!」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「………」


「…………」


「……………」


「倒したぁぁぁぁ!」


「つ、疲れたにゃー……」


「だす……」


三人は数十分の格闘の末、ブラウンスネークを討伐した。


「お疲れ様。」


「見てたか?!」


「素材解体と回収しながらちゃんと見てたぞ。」


「はっはっはっ!どうだぁ!」


ディニズが腕を上げて喜ぶ。


「おめでとう。Bランク最初のクエスト達成だな。」


「なんでディニズはそんなに元気だにゃ…」


「なんか疲れたを通り越して逆に元気になった!」


「それ、ランナーズハイだな。」


「はっはっはっ………」


バシャ!


直立のまま後ろに倒れ、笑顔で気絶するディニズ。


「はぁ…ディニズは本当にバカにゃ…」


「解体と回収はやっとくから、ディニズ連れて馬車に戻ってろ。」


「助かるにゃ…」


三人がフラフラと戻っていくのを見届けて、解体と回収を済ませる。


「上級魔法を撃った時、クラっとしたな。何か抜けた感じがしたのは魔力だろうな……

上級魔法は、やっぱり時間が必要だから使い所が難しいな。」


上級魔法を使った感じから察するに、魔力のステータスもシンヤ本来のものとほぼ変わらないはず。となると、限界値も大体把握出来た。

しかし、上級魔法ともなると、魔法陣はかなり複雑なものになるし、描くのにかなり時間が掛かる。準備出来る状況ならば、設置型の魔法も使えるが、そんな状況で戦える事なんてほとんど無いだろう。


「魔法の運用については要改善ってところか。」


「シンヤー!終わったかにゃー?!」


馬車をここまで持ってきてくれたらしい。御者をやっているイシテリアが手を振っている。


「今終わったところだ。ディニズはどうだ?」


「ダメにゃ。後ろで完全にノビてるにゃ。」


後ろに横になっているディニズ。確かに完全に気絶しているな。笑顔で。

イシテリアの横に座ると、パチンと手綱を鳴らして街へ向かって馬車が走り出す。


「はぁ…まだまだ先は長いのにゃ…」


「今出発したばかりだろ。」


「いや、違うにゃ。私達の夢の話にゃ。」


「夢?」


「私達三人は幼なじみって言ったけど、このパーティで冒険者をやろうと決めた時、一つの夢を決めたにゃ。」


「へぇ。どんな夢なんだ?」


「この三人で、ギルドマスターを越える冒険者になる事だす。」


「イーサを越える?」


二人とも、少し恥ずかしそうに夢を語る。


「実は、私達三人も、貧民街の出身だにゃ。」


「そうだったのか。」


「私達三人は、貧民街に居た時からずっと一緒だったにゃ。」


「何をするにも…だす。」


「貧民街の連中ってのはいつもやる事は一つにゃ。」


「盗みだ。」


割り込むようにディニズの声がする。


「バカが起きたみたいだにゃ。」


「大丈夫か?」


「少しクラクラするが問題無い。助かったよ。」


「気にするな。今はパーティだろ。」


「ははは。そうだったな。」


「話の続き、聞かせてくれよ。」


俺の催促に、ディニズが応えてくれる。


「面白い話じゃないが……

あの時の俺達はその日生きていくのも難しくてな。盗んじゃ殴られ、盗んじゃ殴られだったな。」


「子供相手でも容赦無いからにゃ。」


「そんな時に、ギルドマスター。当時はまだ違ったが…とにかく、イーサさんが来たんだ。」


「あの時のイーサさんは、現役バリバリだったから、目付きが今の倍は怖かったにゃ。」


イシテリアが身震いしながら手網を握り締める。


「俺達貧民街のガキってのは、基本的に怖いもの知らずなところがあってな。強面こわもての店主にもビビらず食料を盗んだりするんだ。でも…」


「足がすくんで漏らしそうだっただす。」


「イーサが?」


確かに怖いタイプかもしれないが、そこまでか…?過去の話もあるし、昔は違ったのだろうか。


「私達が盗みを働いて、逃げた所に現れたにゃ。通路の真ん中に腕を組んで立ってただけにゃ。」


「それだけだったのに、その姿を見て、俺達はピクリとも動けなかったぜ。強面の店主より、あんなセクシーボディーなお姉さんが怖いなんて反則だろ。」


「セクシーボディーは知らにゃいが、とにかく、そこでイーサさんに捕まった私達三人は、冒険者ギルドに連れていかれたにゃ。」


「冒険者ギルドに?」


「イーサさんに連れられて、訓練所にな。」


あー…さっし…


「容赦無かっただす…店主の拳なんて比じゃなかっただすよ。」


「ボコボコにされた後、俺達に向かってイーサさんが言ったんだ。」


「盗む度胸があるなら、冒険者になって強くなってみろ。ってにゃ。」


「俺達は貧民街のガキだ。身分証も何も無い。冒険者にさえなれないから盗んでるんだって言ったら…

モンスターが怖くて冒険者になりたくないだけだろ?私は自分で冒険者になる事をギルドに認めさせたぞ。

って言われたよ。」


「どうやってだ?そんな簡単に身分証なんて取れないだろ?」


「後から他の人に聞いたんだが…

毎日、門番をぶっ飛ばしてでも出入りして、討伐したモンスターをギルドに持ち込んだらしい。毎日血だらけになってモンスターを運び入れる姿は皆覚えてたから直ぐ聞けたよ。」


「無茶苦茶やってんなぁ…」


そりゃ忘れたくても忘れられないだろうな…


「それで、やる気があるなら連れ出してやるって言われたにゃ。当然バカにされたままじゃ気が済まないにゃ。」


「そこからは地獄だったなぁ…毎日モンスターの前に放り投げられて、死にかけた事なんて数え切れないぜ…」


「でも、お陰で私達はギルドに冒険者になる事を認められたにゃ。今では登録証に加え、Bランクの冒険者にゃ。」


「最初はイーサさんを見返す為に三人で誓った夢だっただす。」


「…今でも見返したい気持ちはあるけどよ。それより………認められたいって方が今は強いな。」


ディニズは少し気恥しそうに笑う。


「あれだけ無茶苦茶させられたけど、それが無かったら、私達は貧民街で野垂れ死んでるか、奴隷になってたにゃ。」


「今日ブラウンスネークと戦って、シンヤの姿を見て、まだまだ遠い夢だって思い知っただす。」


「そうか?そんな事無いと思うがな。」


「え?」


「三人は息も合ってるし、互いを信頼し合ってるのは見てれば分かる。

Bランクの壁ってのがあるって聞いたが、それを一発で乗り越えた。

イーサの言っていた様に、期待されるべきパーティだと思うし、イーサを越える事だって出来ると思うけどな。」


「本当か?!」


ディニズ。近いぞ。


「少なくとも俺はそう思うし、イーサもそう思っているからこそ、今回俺とクエストを受けさせたんだろ。」


「な、なんか…泣きそうにゃ……」


「だず…」


「バカだな…泣くんじゃねぇよ…」


の涙が見えない様に進む道の先を見る。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「落ち着いたか?」


「最初から落ち着いてるし!」


「取り乱してないにゃ!」


「だす!」


「はいはい。」


「シンヤは夢とか無いのかにゃ?」


「夢…かぁ……」


「それだけ強ければ何にでもなれるし、金を稼いでなんでも手に入るだろ?」


「うーん……夢ねぇ……」


「一つも無いだすか?」


「小さい夢ならいくつもあるけど、三人の夢を聞いた後だとなぁ…」


「夢に小さいも大きいも無いにゃ。言ってみるにゃ。」


「例えば、静かな場所でゆっくりと寝て過ごしたい…とか。」


「ジジ臭いにゃ。」


「のんびりと、風が吹く緑の中を散歩したい…とか。」


「ジジ臭いな。」


「夜の月を見ながら暖かいお茶をすすりたい…とか。」


「ジジ臭いだすな。」


「………ぐすん…」


本気で泣くぞ!


「嘘にゃ!軽い冗談にゃ!そんなに泣かなくても良いにゃ!」


「どうせジジ臭い男さ…俺は…」


社畜という経歴から、どうしてものんびりしたいという欲求が人より大きくなってしまうのだろうか…?


「それにしても、それだけの力がありながら、望む事がそれだけってのは…無欲過ぎないか?

冒険者としての夢とか無いのか?」


「冒険者かぁ……そうだな。色々な場所を見て回りたいかな。せっかく来れたんだし、自分で世界を歩いて見て回るのは夢かもな。」


「良い夢じゃないか。」


「それならジジ臭くないにゃ。」


「あとは…やっぱり俺が力になれる人達が居るなら、その人達の力になりたい…かな。

微々たるものでも、俺の力が役に立つならさ。」


「シンヤ…」


「十分過ぎるくらい力になってると思うけどにゃー。」


「俺達もかなり助かっているしな。」


「そう言って貰えると、救われるよ。」


「…シンヤは近いうちにこの街を去るだろうってギルドマスターに聞いたが、本当か?」


「…あぁ。そのつもりだ。」


「そうか……」


「残念だけど、仕方ない事にゃ。具体的にはいつ頃出ていくのにゃ?」


「旅の準備が終わり次第だ。二、三日って所だろうな。」


「そんじゃ、今日はクエスト完了報告したら、パーッと行こうぜ!」


「賛成にゃ!」


「だす!」


「そうだな。そうするか!」


「決まりにゃ!」


そんな話をしていると、西門へと辿り着く。


西門を潜り抜け、貧民街を抜けようとした時、人が前を通り、イシテリアが馬車を一時止める。


ガシャン!!


その時、鉄格子を揺らす音が、裏通りへ続く道から聞こえてくる。びっくりして顔を向けると、荷車に乗った鉄製の檻。その中に一人の、人族の少女が見える。


雪のような白銀の長くサラサラとしたストレートの髪。真っ青で吸い込まれそうになる瞳。透き通る様な白い肌。しかし、全身は薄汚れていて汚い。大人になれば、間違いなく傾国の美女と呼ばれる事間違いなしの美しい顔立ちの少女なのに、勿体ない。


彼女は枷と鎖に繋がれた両手を、鉄格子に絡め、一心に何かを見ている。


目線の先は俺の腰辺り。


下を見ると、エンブレムを隠していた白布が、ズレていて、顔を覗かせていた。


しまったと白布を戻すと、鈴の音の様な、しかし力強い声が、檻の方から聞こえてくる。


「私を買って下さい!」


少女の青眼は、間違いなく俺の目を見ていた。


「何してやがるっ!」


ガンッ!


檻の外から鉄格子を蹴り付ける足が見え、直ぐに汚れた白布が檻を覆い隠す。

彼女は間違いなく奴隷だ。そして、檻を蹴ったのは奴隷商人。


「お願いします!」


白布の隙間から俺の方に手を伸ばし、懇願する女の子。

馬車が進み出し、建物の影に女の子の顔が消えていく。


「……なんだったんだ?」


知り合いでもないし、どこかで見た記憶もない。突然見ず知らずの冒険者に買ってくれなんて…人違いだろうか?


「ん?シンヤ?どうかしたのかにゃ?」


「……いや。なんでもない。さっさとクエスト完了報告に行こう。」


「だにゃ!」


馬車はそのまま貧民街を抜けていく。


これが、俺とニルとの初めての出会いであった。

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