第21話 アンデッドの群勢

未だ相手の顔は見えていないものの、アンデッドの群勢が近場に配置されている事は分かった。緊急事態である事は確かだ。

それが分かった時点から色々な事が大きく動き出した。


まずは、プリトヒュが手配した兵士達の配置。これは内密に行われた。全ての門に今までの倍以上の兵士達が配置され、いつでも出撃出来る兵士達も用意された。

特に、貴族門付近に配置された兵士は多い。もし読み通りに貴族が関わっているとしたら、この門を使って街の中にアンデッドを呼び込む可能性が高いからだ。


次に、必要なアイテムの確保。


「ヒュリナさん!」


「ひゃいっ?!」


俺の声に驚いて変な声で返事するカウンター内のヒュリナさん。頭の上の髪束がひょこひょこと上下している。


彼女の前には長蛇の列…どうやら色々と上手く行っている様だ。って…それどろこではない。


「傷薬!急いで数を揃えてくれないか?!」


「え?」


「シンヤさん。」


後ろから掛けられた声に振り向くと、そこにはドルトーさんが立っていた。


「ドルトーさん!久しぶりですね!ん?そうでも無いか?

どうかされましたか?」


「実は大変な状況だと聞き及びましてな。人手が必要かと思いまして。」


「どこから聞き付けたんだ…?」


「ヒュリナさん。出来る限り要望に応えて差し上げなさい。」


「はい。」


ドルトーさんに頭を下げるヒュリナさん。


「え?あれ?」


ドルトーさんがギルドから出て行ってから、やっと回答に辿り着いた。


「ヒュリナさんが副マスターで…その人に命令出来るって事は……ドルトーさんが商業ギルドのマスター?!」


「はい。」


「うそーん……気の良いおじさんだと思ってたのに…」


「ここは獣人族の街ですからね。人族の方がマスターとなると、色々と面倒が多いんですよ。それで伏せておられるのです。」


「でも、普通に外回りとか行ってたぞ?」


「ドルトーさんは、デルスマーク近郊にある小さな村の出で、たまに外の村々を回っては安く物をおろしているんですよ。」


「く…あのタヌキオヤジめ…」


「ふふふ。そう言わないでください。凄く良い人ですから。」


「そうだったな。」


「それより、傷薬というのは強化タイプの物でよろしかったでしょうか?」


「あぁ。これから、かなり大きな戦闘が始まる。沢山の冒険者や兵士達が傷を負うことになる。

出来た物は全て冒険者ギルドで買い取るから、出来る限り数を揃えてくれないか?」


「全てですか?!」


そりゃ驚くわな。


「それだけ緊急事態なんだ。イーサの許可は得ているから、頼む。」


「分かりました。お任せ下さい。」


「それと、今ある分だけでも、直ぐに冒険者ギルドへ届けて欲しい。」


「直ぐに取り掛かります。」


二つ返事で返してくれたヒュリナさんに手を振って冒険者ギルドへと向かう。


「シンヤ!どうだった?!」


ギルドに到着すると、今か今かと待っていたイーサが駆け寄ってくる。


「了承された。今すぐある分を届けてくれるそうだ。

作成も急ピッチで進めてくれる。」


「でかした!よっしゃ!」


イーサが、冒険者ギルドのカウンターの上に土足で飛び乗る。


「聞けぇ!!」


ロビー内に居たギルド職員と冒険者達がビクリと体を強ばらせる程の大声。


「今から緊急クエストを出す!内容はデルスマーク近郊に隠れているアンデッドの討伐だ!」


「緊急クエストだって?」


「珍しいな。」


イーサの声に、ロビー内の冒険者達がザワつき出す。


「確認されているモンスターは、ゾンビ!スケルトン!レイスだ!他にも居るかもしれんが、問題はその数だ!

全て合わせると四百近くに登ると推測される!」


「よ、四百?!」


「そいつはすげぇ数だな。」


「討伐数に応じてそれなりの報酬は用意する!

その代わり!Cランク以上の冒険者がこの緊急クエストに参加しない場合……」


「なんだ?」


「あたしと訓練所でする事になる。」


影のある満面の笑み。怖いよイーサさん。


「ぜ、ぜってぇ訓練じゃねぇ…」


「虐殺の間違いだろ…」


「この隻眼の女豹と手合わせしたい奴は参加しなくていいが、その場合は……手加減無しだ。」


「…………」


「……やべぇーー!!!」


「おい!俺は受けるぞ!ギルドマスターに比べたらアンデッドなんて赤子みてぇなもんだ!」


「私達も受けよ!まだ死にたくないよ!」


カウンターに群がる冒険者達。ギルドから駆け出して話を広めに行く冒険者。


虎視眈々こしたんたんとあたし達の街を狙ってるなら、こっちから攻めて出てやろうじゃないか。

悠長に待ってやる必要なんて無いからな。」


「確かにその通りだが、大分派手に始めたな?」


「デルスマーク内部に相手が潜り込んでいるならコソコソやっても仕方ない。どうせバレるんだったら、一気に行くのさ!」


「見た目通り豪快だなぁ。」


イーサっぽいと言えばイーサっぽいのか…


「くっはははは!シンヤ。」


「なんだ?」


「相手のやり方が気に食わない。必ずぶっ飛ばすぞ。」


「あぁ。」


イーサの顔は真剣そのものだ。そこには冗談も嘘も無い。


バンッ!


扉が開くと、ヒュリナさんが入ってくる。


「お待たせしました!強化傷薬納品です!」


「早っ!?」


「私に頼んだのはシンヤさんですよ。何を放っても優先させます。

それに、今一番の儲け話ですからね!」


「あんた達!無償で配布する効果の高い傷薬だ!一人一個ずつ持ってけ!」


「効果の高い傷薬?」


「傷薬ならあって困るもんじゃねぇ!タダなら貰っとくぜ!」


ギルド内は完全な祭り騒ぎ。

あっちにこっちに人が走り回っている。暫くすると、一人の冒険者が扉を勢い良く開けて入ってくる。


「おい!リャクチ村とショポカ村付近に、アンデッドの群れが隠れているらしいぞ!」


「なにっ?!おい!行くぞ!」


「待ってよー!」


冒険者達の情報収集能力は非常に高い。広域に広がり、あらゆる方面から情報を収集する。


ギルド内にいる冒険者達は数分間でほぼゼロとなった。


「冒険者の数を全て合わせても、敵数の半分にも満たないが、あいつらならなんとかしてくれるはずさ。」


「俺達は俺達の仕事をしますかね。」


「久しぶりに目一杯暴れてやるよ。」


イーサがポンポンと腰の辺りに下げた武器を撫でる。


鉤爪かぎづめ


手に装着して使う獣の爪を模した武器だ。

イーサの持っている鉤爪には、細かい傷が入っていて、とてつもなく使い古されている事が一目で分かる。

四本の太く長い刃は丁寧に手入れされており、ギラギラと鈍く光る。


「誰だか知らないが、あたしを戦いに引っ張り出させた事を後悔させてやる。」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



その頃…


「死聖騎士様!」


「んー?」


「各地に潜ませていたアンデッド達が次々に冒険者に襲われています!」


「…なん…だって…?」


「っ………」


死聖騎士に睨まれた男が背筋を凍らせる。


「…あいつを呼んで対処させなよ。」


「失礼ながら…」


「あー…そうか。彼も僕が導いてあげたんだったね。」


「………」


「……少し早いけど、バレちゃったなら仕方ないね。数は十分だし、攻め込んじゃおうか。用意させてよ。」


「はっ!」


手下の一人がその場を去る。


「ちっ……誰だか知らないけど、僕の計画に気付いた奴がいるのか。

それに、僕の友達を攻撃するなんて……絶対に許してやらない。」


「死聖騎士様!」


別の者が現れて、死聖騎士を呼ぶ。


「なんだよ。早く準備させなよ。」


イライラした声で返事をする死聖騎士。


「そ、その…門前に大量の兵士達が…」


「……へぇ。僕の場所にまで気が付いたのか。なかなかやるなぁ。是非僕の友達になって欲しい所だなぁ……ふひひひひ。

それより、お前はこんな所で何してるんだ?早くそいつらを蹴散らしてこいよ。

遊んでいるなんて……信仰心が足らないのかな?」


「す、直ぐに!」


「僕も興味が出てきたし、ちょっと遊びに行ってみようかな。ふひひ。」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



イーサと共に貴族門を抜け、目の前に広がる光景の違いに圧倒される。


「まるで別世界だな。」


眼前に広がっているのは夕焼け姿のデルス台地。他の土地からは一段高くなった広い地面。広大な土地の中にポツン、ポツンと大きな家が建っている。

家々は豪華絢爛ごうかけんらんであったり、閑古素朴かんこそぼくであったりするが、どれも一様に平民街では見る事の出来ない立派な造りをしている。

台地のほとんどは、雑草が綺麗に刈り取られ、主要な道は石畳。庭園には様々な美しい花が咲き誇っている。


「貴族ってのは自分達の見栄と権力をどう守るか。それしか考えない生き物だからな。」


「ね、姉さん…」


「おっと。こりゃ失礼。プリトヒュは一応王族だったな。たまに忘れちまうんだ。」


謝る気の無さそうなイーサの態度。仲が良いからこそ出来る態度だろう。イーサなら誰が相手でもやりそうだが…


「いえ。それだけ親しく思って頂けている証拠ですから。嬉しいです。

それに、イーサ様が仰られた事は間違っているわけでもありませんからね。今回の件。私の声に兵を動かしてくれなかった者も何人か居ます。どれだけの貴族が関わっているのか…」


王族として見逃せない失態だろう。顔を暗くしている。


「プリトヒュ様…」


「ですが、今はそんな事より、あれをどうするか…ですよね。」


一番奥に見える一際輝きを放っている悪趣味な建物。その庭から垣根を越えて出てきたのはゾンビとスケルトン。そして、フワフワとその上を浮遊しているレイス。


ピコンッ!


【イベント発生!…デルスマークを守りきれ。

制限時間…10時間

達成条件…敵軍の全滅

報酬…無名刀


受諾しますか?

はい。 いいえ。】


ピコンッ!


当然はい。だ。


「百は居そうだな。シンヤの予想通り、ここが本命だろうな。」


「こっちは兵士達も合わせて四十。数では圧倒的に不利だな。」


「一人で三体倒せばお釣りが来るんだろ?楽勝だな。」


不敵に笑うイーサ。


「プリトヒュ様!お下がりください!」


「あんた達!相手は死体をアンデッドに変えて操る魔法を持っている!怪我はしても絶対に死ぬんじゃないぞ!」


イーサが兵士達に声を放る。


「冒険者風情が舐めた口を!我等がアンデッド如きに遅れを取るはずが無いだろう!」


「行くぞぉぉ!」


兵士達が掛け声と共にアンデッドの群勢へと走り出す。


「魔法はレイスに集中させろ!放てぇ!」


後衛兵士達の手元に赤く淡い光が見えると、一斉に、手元から火球が飛び出す。


ゴウッと派手な音と共に飛んで行った火球のいくつかがレイスを捉える。

炎を避ける様にバラけていくアンデッド達。


「行けぇぇ!」


走り出した近接武器を持った兵士達が戦闘を開始する。

最初に交戦し始めたのはスケルトン達。カラカラと無感情に攻撃してくるが、動きは遅いし単純な物理攻撃で簡単に倒せる。

数が多く、地下迷宮と違って横に広がってしまうのは厄介だが、それで殺られる様な兵士達はいない。


「あたし達も行くよ!」


イーサは鉤爪を装着し、こちらを見ずに声を掛け、走り出す。

異様なまでの前傾姿勢。地面に胸をこすらないか心配になるほどだ。走り難いように見えるが、かなり速い。


「退きなぁ!」


イーサの声に反応した兵士数人が道を開く。

バキバキと次々にスケルトンを倒していくイーサ。


「くっはははは!」


両口角を釣り上げて笑うイーサ。はたから見れば確かに牙を剥き出しにした女豹が暴れている様にも見える。


「派手な戦い方だな!」


俺もイーサの横に付いて、用意していた怨嗟の炎を撃ち込む。


ゴウッ!


派手に燃え上がった青白い炎がスケルトンの頭部を包み込む。


ガシャン!


スケルトンは体をバラバラにして石畳の上を転がる。


「やっぱりアンデッド自体は操れないか。それとも、先に操られているからか…?」


「どっちにしても、ここに居るアンデッドには単純な攻撃魔法としての効果しかない。ならやる事は一つだろ。」


「あぁ。」


今はまだまだ戦闘の序盤。いつ魔力が必要になるか分からない。この程度のモンスターならば兵士達の魔法だけでも十分対処出来るし、もし神聖騎士団が相手なら、必ずどこかで姿を現すはずだ。そこで使うための魔力は残しておく必要がある。


「う゛……あ゛ぁ………」


スケルトンの後ろから、のそのそと現れたのはゾンビ。

モンスターランクはC。動きの遅いモンスターだが、力が強く、捕まったりしたら振りほどくのは至難。イーサや俺のステータスがあれば簡単だろうが、兵士達は捕まった瞬間に死が確定すると思って間違いない。

幸い、某有名なゾンビゲームの様に、感染はしないが、油断は禁物。


「おい。シンヤ。」


俺の横に居たイーサが顎をクイッと動かす。

奥に見えるゾンビの中には獣人族の者達が多い。身なりからするに村人達だろう。

老人、若者、女、そして……子供までもがゾンビ化させられている。


「あの子なんて十歳にもなってないだろ…」


頬の肉が剥がれ落ち、片方の眼球が飛び出している。腹には大きな傷跡が残り、服に染みた血がパリパリに乾いている。


他にも、白色の信者服を着た者達。更には金色の刺繍が施された者まで居る。


「クズ共が……絶対に許さない。全員ぶっ殺す!」


イーサがギリギリと歯を鳴らす。

猫が伸びをする様に上半身を石畳に這わせ、両手の鉤爪を食い込ませる。


「ウガァァァァ!!」


歯を剥き出しにして叫ぶイーサが、地面を蹴り飛ばし、ゾンビの群れに突っ込んでいく。


鉤爪が線を描き出す度にゾンビ達が次々と切り刻まれていく。


ヒュッ!


「っ?!」


暴れ回るイーサの元に、風の刃が飛んできて、石畳に傷跡を残す。

魔法を察知した瞬間に後ろへ飛んだイーサ。しかし、左腕を掠めたのか、前腕部に血が滲む。


「出てきたな…神聖騎士団。」


ゾンビの群れの奥に見えるのは、白色の信者服に身を包んだ者達。

赤色の糸でシンボルマークが刺繍されている。

三十人は居る。


「やはり神聖騎士団の仕業だったか。」


「あたし達の街に手を出してタダで帰れるとは思っていないだろうな?」


イーサの言葉にも、ニヤニヤと笑いを崩さない団員達。


「気色の悪い奴らだ…」


「……イーサ。」


俺は腰袋から取り出した小瓶をイーサに投げる。


「…なんだこれは?」


「偽りの死者というアイテムでな。体に振り掛ければ、一定時間はアンデッドから認識されなくなる。」


「へぇ。なかなか面白いもん持ってんじゃねぇか。」


「俺とイーサ。一本ずつしか無いが、アンデッドより先に奥のクズ共を殺す必要がある。一気に決めるぞ。」


「くっはは。シンヤも大概派手な奴だな!」


小瓶の蓋を取り外し、薄い紫色をした液体を体に振り掛ける。


「効いてるか分からないが…シンヤを信じるぞ。」


「信じろ。」


「くっはははは!」


またしても、イーサは石畳に両手の鉤爪をくい込ませる。


「ウラァァァァ!!」


しかし、今回は地面を蹴るだけではなく、両腕に力を込める。

石畳をめくる程にくい込んだ鉤爪は、イーサの体を引き寄せる。弾丸の様に飛んでいくイーサ。先程のスピードの1.5倍はある。


奥に居る神聖騎士団員達の前に描かれた魔法陣が淡い緑色の光を放っている。


不可視の風魔法が次々とイーサの元に飛んでくる。

しかし、彼女は、トップスピードのまま、しなやかに左右へと飛び跳ねる。

そんな相手に遠距離攻撃を当てるのは相当な腕が無ければ無理だ。


「ガァァァァ!!」


あっという間に肉薄したイーサが両腕を交差させて振り抜く。


「がっ…あ……」


顔面がダイス状に切り裂かれる団員。


「はぁぁ!」


近くの団員が剣を抜き、イーサに背後から斬り掛かる。


ザクッ!


イーサを襲おうとした団員の喉元を、剣先が貫通する。その生々しい感触が手に伝わってくる。でも、気持ち悪くも背徳感も一切無い。


「くっはは!背中を守られたのは何年振りかねぇ!」


ガシュッ!


「俺じゃ不満か?」


ザシュッ!


「これ以上頼もしい奴、他には知らないね!」


ブシュッ!


話をしながらも、次々と死体を増やしていく。


「な、なんだこいつら…ぐあっ!」


神聖騎士団の一人が魔法陣を展開している。


「火魔法…?アンデッドに影響するから使わないはずじゃ……っ?!イーサ!寄れ!」


イーサが俺の近くに寄り、即座に魔法陣を描く。


ゴウッ!


神聖騎士団の一人が火球を倒れたゾンビに撃ち込む。


ドガァァァァン!


炎に混じった石畳や土埃、そしてゾンビの肉片が周囲に撒き散らされていく。


ポポルの街で荷車が爆発した時と同じ、初級火魔法、ファイヤーボムだ。定めた条件を満たした瞬間、設置型であるこの魔法は爆発を引き起こす。

この魔法を施した何かを、ゾンビの…村人達の腹の中に仕込んでいたのだ。離れて戦っていたお陰で、後ろのゾンビ達に誘爆しなくて良かった。

今回の戦闘に特別に備えたのだろうか…?他の戦場にいるゾンビにも同じ魔法が施されていないことを切に願う。

今の爆発を見た兵士達もゾンビに対する火魔法の使用は控えてくれるだろう。


「取り囲めぇ!」


「…どこまで外道なんだよ……」


俺とイーサはギリギリ展開したマジックシールドによってその爆発から身を守ったが、イーサの顔は怒りに満ち満ちている。俺の顔も大差無いだろう。


「イーサ!十秒頼む!」


「任せなっ!」


素早く魔法陣を描いていく。イーサを巻き込まず、相手を圧倒できる魔法だ。


「男の方を狙え!」


「あたしを無視しようなんて寂しい事するんじゃないよ!」


「ぐあぁっ!」


イーサが次々と襲ってくる団員達を斬り伏せていく。


ボコボコボコボコッ!


魔法陣が青色に光ると俺の周りを取り囲む様に水の輪が出来上がる。


「飛べっ!」


俺の声に反応したイーサが両足に力を込めて高く飛び上がる。


周囲に漂っていた水がグググッと薄く伸び、消えたと思う程のスピードで全周囲に向かって飛んでいく。


中級水魔法。アンピュテーションウォーター。

高圧力で噴出された水が刃となり襲いかかる。強力な範囲攻撃魔法だが、有効な攻撃範囲は狭く、五メートル程だ。


今回の場合、イーサのおかげで団員達がその範囲内に集まってくれた。


トンッ…


イーサが軽やかに着地すると、周囲にいた十人の団員達がへその辺りから真っ二つになる。


ドチャドチャと内蔵が石畳の上に広がり、石畳の隙間を血が流れていく。


「くっはははは!それだけの剣術を持っていながら、このレベルの魔法を使うか!負けてられないなぁ!」


ゴウッ!


走り出そうとしたイーサの足元に、青白い炎が燃え上がる。


「っ?!」


「僕の友達を好き勝手殺しまくって…いい加減にしなよ。」


幼い子供の声。それが聞こえた途端、周囲にいた団員達の顔がまたしてもニヤニヤとしたものに変わっていく。


「死聖騎士様ぁ!」


「死聖騎士様ぁぁ!」


白色の信者服を着た者達が、腕を交差し、親指を絡め拳を握る。


信者達の奥から現れたのは、全身が真っ黒な服で統一された……子供…?


「あ……あんたは……」


「ん?僕の事を知っているみたいだね。何処かで会ったかな?」


イーサの左手が、眼帯に触れる。

リサの話で聞いた、昔イーサの左目を奪った奴……それがこの子供…?


「あー!思い出したよ!確か貧民街で僕の一撃を避けた!」


黒いフード、その影の中に見えたのは、丸く、焦点の合っていない様な目。

そして、グニャリと歪んだ、上弦の月の様な口。


。」


子供のものとは思えないてつく声。


「そっちの男は……知らないなぁ。」


「死聖騎士様…ポポルでアガビル様を殺したシンヤという冒険者です。」


「アガビル…?誰それ?」


「死聖騎士様の下についていた、銀騎士のアガビル様です。」


「あー!あの役立たず!思い出したよ!

田舎街を潰せなんて簡単な命令も聞けなかった信仰心が足らない奴だ!

あのダンジョンを手に入れる為に必要だって言ったのに。子供を盾にでもすれば街の一つや二つくらい直ぐに落とせるでしょ。ねぇ?」


「はい。」


ギリッ…


こいつがポポルを襲えと命令したのか…

剣を持つ手が無意識に力を強める。


「子供を盾に…だと…?」


「…?何を怒っているの?」


「分からないのか…?」


「分からないよ。信仰心が無い奴は、皆ゴミでしょ?例え子供でも。殺して何が悪いの?」


首を傾げて聞いてくる死聖騎士とやら。

シルビーさんの顔が脳裏に浮かび上がる。


「それにしても…信仰心が足らないから死ぬんだよ。本当に使い物にならないなぁ。」


地面に転がる自分の部下の死体を蹴り飛ばす。


「でも、大丈夫だよ。僕が導いてあげるからね。」


死聖騎士が指で魔法陣を描き出す。見た事のある魔法陣。


「怨嗟の炎だ!」


「死体をアンデッドに変える気か!」


ボウッ!


放たれた青白い炎が、一つの死体の胸部へ飛んでいく。

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