第10話 責務

「シルビーさんを離せ下衆げすが!」


エリーの割れるような声が響く。


シルビーさんを捕まえている男は、どう見ても村の人間のようにしか見えない。誰かが裏切った?それとも、最初から潜入されていた…?

この戦闘の切っ掛けとなったのも、エリー達の中に紛れ込んでいた奴だった。村の中に他の奴が紛れ込んでいたのかもしれない。


「くくく…形勢逆転だねぇ。どうやらお前達にとって大切な者らしい。」


先程までの情けない顔は消え、優越感に浸るアガビル。


俺達とアガビルとの間に、数人の敵兵が壁になる様に立ち塞がる。後退りしていた兵士達が、アドバンテージを取り戻した事で、恐怖心も消え、目の前に立ち塞がったのだ。


「このっ!」


「おっと!動くなよ。大切な者がどうなってもいいのか?」


シルビーさんの首筋に突き付けられた刃が、僅かに皮膚を切り裂いて、真っ赤な血が首筋を下っていく。


「シルビーさん!」


「さてさて。やられた分は返させてもらうとしましょうか。」


アガビルがニタリと笑う。捕らえられたシルビーさんに近寄ると、長い舌が首筋から頬へと伝わる。


「っ!!」


「貴様……」


「くくく……ははははははは!どうしましょうか?ゴブリンの群れに投げ入れましょうか?それともここで…はははは!」


醜悪しゅうあくな笑みを浮かべ、ねっとりとした視線がシルビーさんに絡み付く。


「……して。」


「あ?」


シルビーさんの声を聞いて、アガビルがその顔を見る。


「殺して。シンヤ君。この男を。」


真っ直ぐに俺の目を見て言うシルビーさん。


「何を言っているのですか?バカなのですか?この女は。」


「シルビーさん!絶対に助けるからそんな事言わないで!」


「そうだ!その為に俺達衛兵はここに居る!」


エリーも、バッカルとルーカスも、シルビーさんの言葉に反論している。


「頑張れば、助けられるかもしれませんねぇ。その前に刃がこの柔肌やわはだを貫くとは思いますが…くくく。」


「このまま好きにさせたら、私も、街の皆も死んじゃう。それなら、私を切り捨てて街を救って。」


本気だ…シルビーさんの目は…本気だ。


「黙れこのクズが!」


バキッ!


アガビルがシルビーさんを殴り、その勢いで刃に当たった首筋から、また血が滴る。

それでも、彼女はひるまず、真っ直ぐに俺の目を見ている。


「………」


「シンヤ!馬鹿なこと考えるなよ!」


バッカルの怒声に近い声。


「シンヤ君。私が本気だってことは分かるよね。」


シルビーさんの本気の声。


「……でも…」


「……シンヤ君にはがあったよね。ここで返して。

私の……お願い。」


「………」


冷静に考えれば分かる事だ。


シルビーさんを殺させないために、ここで立っていても、神聖騎士団の数が圧倒的に多い戦場なのだから、戦況は悪化していく。

ここで俺達がモタモタしていたら、それが敗戦の引き金となる。

ならば、ここは彼女を見捨ててアガビルを殺す。それがこの街を守る為に必要な行動……?しかし、それはあまりにも……


「シンヤ君。言ったよね。私は、死んだとしても…」


シルビーさんは街に神聖騎士団を入れるな。誰も殺させるなと言っているのだ。

今、俺に助けられる命は、シルビーさんの命ではなく、その他大勢の命だと……


俺が動いた瞬間、恐らくシルビーさんを捕まえている男がシルビーさんを殺す。

これは脅しでも有るが、俺達の足を止め、周囲に散らばっていた敵兵達が、アガビルとの間に立ち塞がる為の時間稼ぎとしての意味合いの方が強い。

つまり、俺達が進撃を止めて、兵士達がアガビルとの間に入った事で、既にシルビーさんの用途の大半は達成されている。俺達の動きを封じる為の人質でもあるが、その効力を発揮しないと分かれば、即座にシルビーさんを殺すだろう。シルビーさんの死で、俺達の心を砕き、その隙に俺達を殺そうとするはずだ。


どうする…?シルビーさんを捕まえている男を一瞬で斬り殺せるか?俺のステータスならば…いや、あまりにも危険過ぎる賭けだ。動いたと感じた瞬間に刃を引かれたら、その時点でシルビーさんは死んでしまう。


魔法を…いや、魔法を使うには必ず魔法陣が必要になる。目の前で魔法陣を描き始めたら、斬り掛かるのと同じだ。


どうしたら良いのか分からず迷っていると…


「シンヤ君。恨んでくれて構わないよ。

それと……ごめんね………ありがとう。」


そう言って笑ったシルビーさんが目を瞑る。その目の端から、一筋の涙が頬を伝って落ちていく。


ザクッ!!


肉に突き刺さる刃の音が聞こえる。


「シルビーさん!!!」

「だめぇぇ!!」


俺達の目の前で、シルビーさんは、自分の首筋に当てられた刃を持っている男の手を………自分で引き寄せた。


このまま、自分が人質として捕まっていれば、村自体が全滅する可能性が有ると分かっていたから、その危険を自分で排除したのだ……


「殺せ!こいつらを殺せ!」


アガビルが俺達を指で示して叫ぶ。


シルビーさんの死に、全身が硬直しそうになるが、訳も分からないまま、無理矢理手足を動かす。

シルビーさんのを叶える為に。


ドサッ……


捕まっていたシルビーさんが、地面に倒れ込む。

それを視界の端で捉えると、視界がチカチカと明滅する。


「早く!殺れぇ!」


シルビーさんの死に反応を示した俺に対し、半笑いのアガビルが、兵士達に命令を下す。


「あ゛あ゛ぁぁぁ!!」


声が枯れる程に叫び、武器を持つ手に力を込める。


ザシュッ!ガシュッ!


アガビルを庇うように前に出てきた団員の首を二つ刎ね飛ばす。

自分でも、何がどうなっているのか分かっていない。がむしゃらに力を振るっているだけだ。


「な、なんだこいつは!お前達!早く殺れ!」


二人を瞬殺した俺を見て、アガビルの顔から余裕が消える。


「死ねぇぇぇ!」


「ひぃ!!」


俺の咆哮を聞き、恐怖に引きつった顔をするアガビル。防御もろくに出来ていない。部下に散々やらせておいて、自分では何も出来ない。こんな奴にシルビーさんは…


考えるだけで全身の血が沸騰する。


ザシュッ!ガシュッ!ザクッ!


目の前に現れる敵兵を全て斬り裂いていく。


一歩、二歩と足を踏み出し、全てを切り裂き、やっとアガビルまで辿り着く。アガビルを守っていた連中は全て斬り捨てた。


「ひっ!来るな!」


武器さえまともに握れないアガビル。俺はそんなアガビルに、容赦無く切っ先を突き立てる。


ザクッ!

アガビルの体の中心に刃が入っていく。


「ごっ……がふっ……」


「アガビル様!!」


少し離れた位置から、アガビルを呼ぶ神聖騎士団の兵士の声が聞こえてくる。

しかし、刃は既にアガビルを貫いている。


アガビルは大量に吐血し、口から溢れた血は、胸に刺さった刃を伝ってボタボタと地面に落ちる。


「シルビーさん!!」


エリーがシルビーさんを殺した男を殺しに動く。


「くそっ!なんで…くそぉ!」


カンッキンッ!


ルーカスも、バッカルも、俺に向かって来る周りの神聖騎士団員を斬り伏せる。


「よ……くも……」


刺さった刃を手で握るアガビル。こいつの言葉を、これ以上聞きたくなかった。


ザンッ!


刃を真上に引き上げると、アガビルの胸から上が縦半分に切り開かれる。


血と、アガビルのが飛び散る。


「…………」


「シルビーさん!」


倒れたシルビーさんを抱き上げるエリー。

彼女の腕の中に居るシルビーさんの瞳には……既に光が無い。


シルビーさんは、もう…死んでいた。


「うあぁぁぁ!!」


シルビーさんを抱き寄せて叫ぶエリー。その泣き声に耳を塞ぎたくなる。彼女の涙を、直視する事が出来ない。


もっと早く準備を進められていれば、もっと深く考えていれば、こんな結果にはならなかったのかもしれない…

もっと……もっと…………


「なんで……なんでぇ!」


ガキンッ!


俺を殺そうとエリーが振った刃を、ルーカスが止める。


「どけぇ!そいつは私が殺してやる!」


「………」


「うぁぁぁぁ!!」


ギンッ!ガキンッ!


「すまない。」


ドカッ!


「ぐっ…」


エリーの腹部にルーカスの拳がめり込むと、体から力が抜け、ルーカスにもたれ掛かる。


「………すまない…エリーは混乱していただけだ。それを分かってくれ。」


謝らなければならないのは…俺の方だ。


「あ、アガビル様が……」


「俺の………俺の名前はシンヤだ!アガビルを討ち取ったのは冒険者シンヤだ!!」


その場にいる全ての者達に聞こえるように声を張る。


「死んだ……アガビル様が……」


「……う、うわぁぁぁ!」


武器を捨て、走り去っていく神聖騎士団員達。


「シンヤ……」


「……バッカルも……恨んでくれて構わない。」


「……そんな事…出来るかよ…」


苦しそうに下を向くバッカル。


「………すまない。」


謝って済む問題ではないことくらい、俺にだって分かる。しかし、謝るしか…出来なかった。


「謝るんじゃねぇよ!」


「……」


下を見ながら叫ぶバッカル。何も返す言葉が無い。


「くそ……くそぉ!」


バッカルが拳を握り込み、その後に言葉は続けなかった。


あまりにも苦く、辛い勝利だった。


ルーカスはエリーを抱き上げる。


「シルビーさんは……シンヤに頼む。その方がシルビーさんも嬉しいだろうからな。」


「……分かった。」


シルビーさんの遺体を、丁寧に抱き上げる。

まだ暖かく、今にも起き上がってくれそうな優しい笑顔。


街に連れ帰る足取りが重い。


俺と、シルビーさんの遺体を見て、プカさんが駆け寄ってくる。


「そんな……シルビー…?嘘よね…?死んでなんか…死んでなんか…」


瞳を濡らす涙が、止めどなく溢れてくる。

その表情を見ると、心臓を握られているように感じる。

彼女の手には、ギルドマスターから受け取ったであろう、書状が握られている。説得してくれたのだろう。


「シルビぃぃぃ!!うぁぁぁぁ!!」


「………」


泣きじゃくる彼女に、俺から何か言う事は出来なかった。

ただ、泣き止むまで、立ちすくむしか……


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



翌日、太陽の光で目が覚めると、いつの間にか宿のベッドの上にいた。


「昨日…あの後どうやって帰って来たっけ……」


ボーッとしている頭で昨日の事を思い出す。


頭の中に残っているのは、エリーとプカさんの、胸をえぐるような叫び声と、シルビーさんの笑顔。それだけだった。


「……はぁ……」


コンコン……


「シンヤお兄ちゃん…起きてる…?」


「…ニーヒスちゃん?」


「入ってもいい?」


「あ、あぁ。大丈夫だよ。」


ガチャ……


扉を開けて入ってきたニーヒスちゃんは、眉尻を下げて、いつもの笑顔とは全く違う顔をしていた。


「…えーっと……もしかして、昨日ニーヒスちゃんに何か言っちゃった?」


「ううん。昨日は…何も言わないで部屋に入っちゃったから…」


「昨日の事はあまり覚えてなくてな…ごめんな。」


「ううん。お父さんに聞いたよ。シンヤお兄ちゃんがこの街を救ってくれた。エリーさんを救ってくれたって。」


「……ありがとう。ニーヒスちゃん。」


「ううん。元気…出してね?」


「ああ。」


心配そうに何度か俺の顔を見上げたニーヒスちゃんが部屋から出ていく。


「……あー…情けないなぁ…俺。

シルビーさんの最後の頼みなんだから、しっかりしないとな…」


コンコン…


「ん?ニーヒスちゃん?」


何か言い忘れた事でもあるのかと、扉に声を掛ける。


「……プカです。」


「プカさん?!」


予想外な来客に、心臓がキュッと縮んだ気がした。


「入っても…よろしいですか?」


「は、はい!」


ガチャ…


扉を開けたプカさんの顔は、目を赤く腫らし、痛々しいものだった。

後ろ手に扉を閉め、入ってきたプカさん。俺は何も言えなくて下を向く事しか出来なかった。


「……シンヤ様……」


「っ……」


何を言われても仕方ない。罵倒ばとうされて当たり前の事をしたんだ……


「…ありがとうございました。」


「…え?」


予想もしない言葉に、耳を疑った……ありがとう……?


「詳しい話は、ルーカスさんから聞きました。」


「…………」


「それで…少しお話、宜しいですか?」


「あ、ああ……」


「……シルビーは、あの時、小さな女の子を助けるために戦場に近付き過ぎたそうです。」


「何故あんな場所に女の子が…?」


「まだまだ小さな子供で、状況が分からず、近付いたみたいです。」


どれくらいの子供かは分からないが、恐らくかなり小さな子供だったのだろう。

突然戦闘が始まり、親とはぐれ、騒ぎのする方に…といったところだろうか?いや、どんな経緯かはどうでも良い。


「…その女の子は?」


「助かりました。自分が襲われるのを覚悟で、女の子を助けに来た母親と女の子だけを先に逃がしたそうです。自分が盾になろうとしたのでしょう。」


「そうか…女の子が助かって良かった。しかし、何故奴等はシルビーさんを捕まえようと…?」


敢えてシルビーさんを捕まえた理由が分からない。


シルビーさんは、間違いなく戦場から離れていた。敢えてシルビーさんを捕まえようとしなければ、捕まえられないような位置に居たはずだ。


「冒険者の中に紛れていた神聖騎士団の一員のせいです。」


やはり、神聖騎士団の手の者が、他にも紛れ込んでいたようだ。


「あの場で猛威を振るっていた三人にとって、シルビーが仲の良い相手だと知っていた者が、戦況を圧倒的有利にする為、シルビーを利用しようとしたみたいです。

子供を救おうとしたシルビーを見付けた者が捕らえようとして、それを一度はエリーが阻止したそうですね…」


「ああ。」


「そのまま、エリーがドジルと共にシルビーを逃がそうとしましたが、そのすぐ後に、その者達に取り囲まれてしまい、ドジルは…」


「死んだのか…?」


「…はい。

エリー達は数人に囲まれ、シルビーを奪われたそうです。ドジルが盾になり、エリーをシルビー救出に向かわせたらしいのですが…」


足止め役として残ったドジルは、そのまま殺されてしまったという事らしい。


エリーは、何とか包囲を抜け出して、シルビーさんの後を追って俺達の所へ来たという事みたいだ。そこから先は俺もよく知っている。


「目を覚ましたエリーが詳しく話してくれました。

シンヤさんにはお伝えした方が良いかと思いまして。」


「エリーが……あの…エリーは?」


「…分かりません。昨日の夜から見ていないので…」


「そう…なのか。」


「………」


「……………」


何を言って良いか全く分からない。謝罪すら、今のプカさんには痛みでしかないはずだ。


「シンヤ様。私は……シンヤ様に感謝しているんです。」


「…さっきもお礼を言われたけど…一体何に…?」


「…シルビーの最後の願いを叶えてくれたシンヤ様に、感謝しているんです。」


「………」


「話を聞いた限り、あの場でシルビーが頼ったのはシンヤ様…エリーも、衛兵である二人も、シンヤ様の代わりは出来なかったでしょう…」


「シルビーが俺に頼んだのは…俺が知り合って間もなかったからだ。」


他の三人に頼めば、自分の死を背負わせる事になってしまう。そう考えたに違いない。


「違いますよ。」


「??」


しかし、その考えをハッキリと否定するプカさん。


「もし、他に誰が居たとしても、シルビーはシンヤ様に頼んだはずです。」


「何故…」


「それは、シンヤ様が誰よりもこの街を、皆を助けようと動いてくださったからです。

優しく、強い心を持ったシンヤ様になら…命を捧げても良いと思ったのです。」


「……」


「私が同じ立場に立っていたとしても、同じ事をしたと思います。もし、何もせずに周りの人が死んでいくのを見てしまったなら、生きられたとしても死にたくなる思いになってしまうと思います。

シルビーの、最後の願い…最後の我儘わがままを、シンヤ様は叶えてくれたのです。」


「…重過ぎるよ……シルビーさん…」


会って間もないのに、そんな風に俺の事を……


「私達が至らないばかりに、全てをシンヤ様に委ねてしまいました…申し訳ございません…」


「…プカさんが謝る事じゃない。」


「だとしても…こんな役回り……ごめんなさい…」


「……もっと…上手く出来たら…良かったんだけどね…」


「シンヤ様…」


プカさんは、眉を八の字にして、俺の方を見る。

その顔を、俺は直視出来ない。


「どこか…自分の力を過信していたんだと思う…俺なら…なら出来るって思っていたんだと思う…」


エリーの事を調べる為に必要だった時間、ゴブリンの殲滅までに掛かった時間、神聖騎士団が来るまでの時間の中で、あと少しだけ短縮出来たなら、シルビーさんは死ななかった。そして、その短縮はだった。

もし戦闘になっても、なんとかなるとどこかで思っていた。シンヤならばなんでも出来ると思っていた。


「その傲慢ごうまんが招いた結果が…この有様だ……本当にどうしようも無いバカだよ。俺は…

ずっと……あの時もっとこうしていれば、あの時もっとこうしていればって…そんな事が頭から離れないんだよ……」


「……そんなの…私だって同じです…」


「プカさん…?」


「そんなの!私だって同じです!

もっと…もっと……」


大粒の涙がプカさんの頬を伝う。小刻みに震える手を握り締めて、必死に痛みを堪えている子供の様に見える。


「私だって…エリーだって…皆同じ事を考えています!」


「…………」


「でも……シルビーは……シルビーは笑っていました!」


「っ!!」


彼女の最期の優しい笑顔。それが脳裏に浮かび上がってくる。


「最後の最後…笑っていられたのは、間違いなくシンヤ様のお陰です!それだけは変わらない事実なんです!だから…そんな事言わないでよ!」


「……ごめん…」


「謝らないでよ!ここから先、責められるのはシンヤ様なんだよ!シルビーの事を考えてくれてた優しいシンヤ様が責められるの!」


「それは覚悟の上だよ。」


「なんで…なんでそんなに優しいのよ……」


「優しいわけじゃないよ…これは…俺の責務せきむだから」


「責務…?」


「俺が…シンヤが助けられる人を、助けるために必要な事なんだ…

俺一人がやれることなんて、たかが知れている。手を伸ばして届くものなんてほんのひと握り。それをシルビーさんが教えてくれたんだ。その命で…

なら、手を伸ばして届くものは…全て掴む。一つだって逃したりしない。

それはシルビーさんを助けられなかった俺の…義務であり、果たすべき責任なんだよ。

それを忘れない為に、俺は皆から責められるべきなんだ。」


「……」


卑屈ひくつになっているわけじゃないよ。そうなる事をシルビーさんは望んでいないって…たった今、プカさんに教えてもらったからね。」


「シンヤ様…」


「シルビーさんは戻ってこない。悲しいし、整理なんてまだまだつかないけれど……もう二度と掴み損ねたりしない…絶対に掴むよ…この手で必ず。」


今になって見てみると、なんて小さな手なんだろう。俺の手は……


「……シンヤ様。これを。」


プカさんがそう言って取り出したのは、小さな、青い宝石が付いたネックレス。


「これは?」


「シルビーと私で選んだものです。」


「え?」


「シンヤ様がゴブリンの殲滅を決めた時、二人で何か渡そうと決めて……二人で選んで買いました。本当ならもっと早く渡すつもりだったのですが…」


掌に乗せられたシンプルなデザインのネックレス。


窓から差し込んだ朝日が当たると、青い宝石がキラキラと輝く。


「この宝石は、ファンデルライトと呼ばれている石で、着用した人を護ってくれると言われています。」


「ファンデルライト…」


「この先、シンヤ様がどんな困難に出会っても、護ってくれる様にと…」


「プカさん……シルビーさん…」


「もし、この世界の誰が敵になったとしても、シルビーと私は、シンヤ様の味方です。永遠に。それだけは、忘れないで下さい。」


「……ありがとう。」


握り締めたネックレスが、少し暖かく感じた。気の所為かもしれない…でも、俺にはそう感じられた。


「今日の午後、亡くなった方々の葬送そうそうを行います。墓地は…街の東側です。」


「ありがとう。」


「いえ…」


プカさんは一つお辞儀をして部屋を出ていく。


この世界では、死体を放置するとアンデッド化してしまうため、ほぼ全ての地域で火葬が採用されている。

当然このポポルでも同じだ。

火葬された後に残った灰を墓地に持っていき、埋める。それがこの世界の葬送なのだ。ゲーム内でも少しだけ触れていたから知っていた。


プカさんが俺に墓地の場所を教えてくれたのは、葬送時には俺が現れないと思ったからだろう。

会って間もない俺が葬送に現れたら、別れの時を邪魔してしまう。

水を差すような事はしたくない。全てが終わってから、一人で墓地に行こうと決めていた。

それを察して墓地の位置を教えてくれたのだろう。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「シンヤお兄ちゃん…もう行っちゃうの?」


「ニーヒスちゃん…ごめんな。最後に、これをあげるよ。良い子でね。」


宿を出ようとした俺を引き止めるように声を掛けてくれたニーヒスちゃんにクッキーを渡してあげる。

悲しそうな顔をして下を向くニーヒスちゃん。

あれだけ神聖騎士団に対して大々的に喧嘩を売ったのだ。ここに居ては迷惑を掛ける事になる。


「…また来い。」


ニーヒスちゃんの後ろから出てきたダンビさんが腕を組んでそう言ってくれる。


「街の連中が何を言っても気にするな。俺やニーヒスはあんたの味方だ。文句を言う奴は俺がぶん殴ってやる。」


「ダンビさん…」


「ここに来たら必ず顔を出せ。ニーヒスも喜ぶ。」


「…はい。また来た時は必ず。」


「それと……ありがとう。」


色々な意味を込めての一言だった。と思う。


「シンヤお兄ちゃん!また来てね!絶対だよ!」


「あぁ。また必ず来るよ。」


インベントリから出した、フード付きの黒いローブ。そのフードを目深に被り、外へと出る。


宿を出て、人通りの少ない道を選んで歩く。完全に日が落ちて、外に出ている人はほとんどいない。


墓地に辿り着くと、いくつもの新しい墓石が見える。


「…………」


シルビーさんの墓石は、サリーさんの横に建てられていた。


「シルビーさん…そろそろ行くよ。」


シルビーさんと、サリーさんの墓石の前に、クッキーを置く。


「また、必ず顔を見せに来るから。」


墓石に背を向けて街の外に向かう。あまり長くいたら、目から溢れるものを止められそうに無かった。


向かう先は、ポポルの街から南下した先にあるデルスマークという街。

ポポルを出た後、最も多くのプレイヤーが足を運んだ街だ。シンヤもポポルの次に足を運んだのは、このデルスマークだった。


街の南側から出ようと足を運ぶと、見知った門番が二人立っていた。


「よう。」


「ルーカス…バッカル…」


あの後初めて二人と顔を合わせる。


「黙って出ていくなんて、つれないじゃないか。」


「…合わせる顔が無くてな。」


「…それはこちらのセリフだ。」


ルーカスが真っ直ぐに俺の顔を見る。


「ルーカス…?」


「本来ならば、シルビーとも長い付き合いの俺が背負うべき事なのに、全てシンヤに任せてしまった。すまない。」


深々と頭を下げるルーカス。


「あ、頭なんて下げるなよ!」


「この街を救ってくれた者が、コソコソと街を去るしかないなんて…本当にすまない!」


ルーカスの隣でバッカルが深々と頭を下げる。


「分かったから頭を上げてくれ!」


「………」


やっと二人が頭を上げてくれた。


「……この街を出て、どこに行くんだ?」


「ちょっと寄り道しながら、デルスマークに向かうつもりだ。」


「デルスマークかぁ…何回か行ったことあるけど、なかなか良い街だぞ!」


「そうか。それは楽しみだな。」


「……また来いよ。」


「バッカル……あぁ。必ずまた。」


二人と握手を交わし、ポポルの街を出る。


月明かりの下、一度だけ振り返ったポポルの街は、初めて見た時と変わらず、


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


デルスマークに向かう前に、やらなければならない事がある。

それは、この体を使いこなす事。

ステータスの詳細は未だ分からないが、魔法を使った感じや、剣を振った感じから、少なくとも最終ログアウト時のステータスに、近いものだと分かった。

自分で言うのもなんだが、シンヤのステータスはかなり高い。しかし、その能力の半分も引き出せていないのが実状だ。

これを引き出すには体を動かすしか方法はない。

その為に必要な環境は、思ったより近くにある。


「さてと…行きますか。」


「待て!」


背後から声を掛けられて振り返ると、眉間にしわを寄せたエリーが立っていた。


「……エリー。」


「どこへ行くつもりだ…」


「深緑の森に用があってな。」


「………」


「俺を殺しに来たのか?」


「そうだ。」


「数時間前だったら大人しく殺されてやれたんだが……悪いな。それは出来なくなった。」


胸元に手を当てると、ネックレスの感触が掌に伝わってくる。


「シルビーさんを殺しておいて…生きて出られると思うなよ!」


腰から二本のダガーを抜き取り、走ってくるエリー。


シルビーさんを失って、エリーの中で処理が出来ていないのだろう。混乱している…というよりは、誰かに責任を押し付けたい…といった感じか。


「はぁぁぁ!」


ドカッ!


「うっ…」


真っ直ぐに突っ込んできたエリーの腹部を、軽く小突く。それだけでも、エリーにとっては大きなダメージになる。

片膝を地面について苦しそうに腹を抑えるエリー。


「悪いな。恨むなら恨め。」


「…くっ…待て!絶対に…逃がさない!」


動けなくなったエリーを置いて、深緑の森へと向かう。

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