第9話 アガビル

「街の人達では、神聖騎士団の連中を相手に、手を出せない事くらい分かってるだろ?」


「………」


ガサッ!


話の途中で草むらが揺れる。


「エリー!…って、なんでお前がこんな所に?!」


草むらから現れたのは、ドジル。慌てた様子だが…


「そんなことより、何があったの?!」


「…神聖騎士団の連中が街に来た。」


「なんだって?!」


こちらからの情報は流れないようにしていたはず……もしかして…


「来たわね…」


「まさか……神聖騎士団に偽の情報を流したのか?!」


「……だからなんだっていうの?

ドジル。行くわよ。怖気付いたりしないでよ。」


「分かってる。」


エリーさんとドジルが走り去る。


「なんて事を……」


ルーカスを含め、衛兵の連中は二度と街に神聖騎士団を入れるつもりは無いだろう。十中八九門前で神聖騎士団と睨み合っている。

そこへ衛兵では無いとしても、エリーさん達が攻撃を行った場合、神聖騎士団は免罪符めんざいふを得る。ポポルの街を為の免罪符を。

前回は神聖騎士団に何かあって事なきを得たが、今回はそうはいかない。


「くそっ!」


二人の後を追ってポポルの街へと走り出した。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「こんな所で待たされても、困るのですがねぇ。」


「アガビル…」


「ルーカス。落ち着けよ。」


街の近くまで行くと、直ぐに状況が把握出来た。

ルーカスとバッカルが先頭に立ち、神聖騎士団を街に通すまいとしている様だ。


「分かっている。街を危険に晒すわけにはいかない。」


相対しているのはルーカスの話にあった蛇顔の男。アガビル…だったか。


「前にも一度来た覚えがありますね…」


「はい。ゴブリンの討伐に…五年振りです。」


「あー…思い出しました。確か…その身を捧げる事を拒んだ者達を、神の御許みもとに送って差し上げたのでしたね。」


「ぐっ……」


「あれは美しい光景でしたぁ…」


記憶を辿るように瞳を上へと向け、長い舌で唇をべロリと舐め上げるアガビル。


「っ!!」


「ルーカス!」


抑えが効かなくなりつつあるルーカスを、バッカルがなんとか抑えてくれている。


「早くしないとまずいな…」


その場を迂回して別の入口から街に入る。


「シンヤ様!」


「プカさん!」


「神聖騎士団が!」


ギルド前でソワソワしていたプカさんが俺を見て走り寄って来る。


「分かっている!ゴブリンは完全に殲滅した!直ぐにギルドマスターに伝えてくれ!」


「はい!!」


ギルドの外まで出て来ていたプカさんが走っていく。


「間に合ってくれよ…」


こっちの事はプカさんに任せて、俺はルーカス達の所へと向かう。エリーさん達が何かする気なら、近くに待機しているはず。それを見付けて止めなければならない。

ここで戦闘を開始する事になれば、間違いなく街ごと潰されてしまう。


街の入口では、ルーカス達衛兵と、神聖騎士団の睨み合いが続いている。

神聖騎士団も自分達から街に押し入る様な真似はしないらしい。アガビルという男は、部下達にこの場を任せて下がってしまった。今は顔さえ見えていない。


「エリーさん達はどこに……」


「シンヤ君!」


エリーさんを探しているとギルドから出てきたシルビーさんが声を掛けてくる。


「シルビーさん!どうですか?!」


「良くない事になったわ…」


「…と言うと?」


「ギルドマスターがここに出てくる事は…無いかもしれない。」


「えっ?!何が?!」


「……ギルドマスターに圧力が掛かっているみたい…」


「神聖騎士団の手回しか…」


「今プカがなんとかしようと粘ってくれているけど、なかなか首を縦に振ろうとしないの。」


「こっちは一触即発いっしょくそくはつの雰囲気だって言うのに……衛兵の人達にゴブリンを殲滅した事を伝えれば、神聖騎士団との取引材料に使えないか?」


「…あまり期待は出来ないけど…私が伝えてくる!」


「俺は引き続きエリーさん達を探してみる!」


「お願い!」


シルビーさんに任されたのは良いが、門前付近にはエリーさん達の姿は見えない。


「ここにはいない…考えろ。俺がエリーさんなら、どうやって神聖騎士団の連中に奇襲を仕掛ける?

一撃目で多数の命を奪える攻撃……魔法?いや、神聖騎士団の方が魔法使いは多い。防御される可能性が高い。剣を持って突撃なんて絶対に有り得ない。

ならばどうやって……」


ふとルーカスが話してくれた五年前の事を思い出す。


「神聖騎士団は、ゴブリン達に奇襲を仕掛けた…荷車を使って…」


周りを見渡す。


神聖騎士団達が集まっている場所に続く坂は一つしかない。

神聖騎士団の連中が立っている場所の東側。


衛兵達の間を無理矢理進んでいく。


「お、おい?!」


「すまない!通してくれ!」


「なんだなんだ?」


街を取り囲む簡素な柵を乗り越え、東側へ向かって坂を駆け上がる。

そこには隠れているエリーさんの姿があった。


「エリーさん!」


「っ?!」


「またお前か!エリーに関わるな!」


エリーさんに近寄ろうとすると、ドジルが間に入ってくる。


「こんな事やめろ!無闇に手を出したところで神聖騎士団の思う壷だ!」


「……」


「お前には関係無いだろう!」


「エリーさん!」


「……それでも、やらなきゃならない。姉さん達を助ける事が出来なかった私達の役目だから。」


「ダメだ!」


「うるさい!」


俺とエリーさんとドジルの三人で、言い争う。周りにいる連中も、何が起きたのかとザワつき出した。


「自分の姉さんが悲痛の表情で黒焦げになった所を見て、何もせずに居られると思うの?!」


「…エリーさん…」


「私には無理……姉さん達を助けようとしなかった、街の連中も巻き込んで一泡吹かせてやる。」


「止めようとした人達も居ただろ!」


「………」


何の話をしているの?という顔をしている。


「ルーカスから聞いた。あの日、プカさんとシルビーさんは、連れて行かれた人達を助ける為に戦えもしないのに深緑の森に向かったらしい。」


「っ?!」


「ルーカス達衛兵の撤退と重なって連れ戻されたらしいが……二人は今でもサリーさんと死ねなかった事を後悔しているって言ってたぞ。」


「そ…そんな話……一度も……」


「そんな話、エリーさんにするわけないだろ。」


「……」


「こんな事止めるんだ。」


「……じゃあ…私はどうしたら良いの…許せないよ…あんな奴が生きてるなんて許せないよ!!」


ポロポロとエリーさんは涙を流しながら叫ぶ。


「復讐するなとは言っていないだろ。こんなやり方は止めろって話をしているんだ。街を巻き込むようなやり方を選ぶな。」


「………」


「皆を引かせるんだ。」


エリーさんは俺の言葉に思い直してくれたのか、小さく頷いた。


「………分かっ」

ガラガラガラガラ!


エリーさんの背後を、大きな荷車が通り過ぎていく。

布が被され、中身は見えない。

突然の事で反応すら出来ず、荷車に起こされた風がエリーさんの髪を揺らすのを、ただ見ていた。


何が起きたのか理解した時、荷車は既に神聖騎士団の連中に向かって坂道を中程まで下っていた。


「っ!!」


ガラガラガラガラッ!


数秒で一団に辿り着く荷車を、止める手立てなど持ち合わせていなかった。


荷車は勢い良く一団の中心へと突き進む。


「なんだっ?!」


「荷車?」


ドガァァン!


止まった荷車が爆音と炎を周囲に振り撒く。幾人もの団員達が炎に巻き込まれ、のたうち回りながら地面の上を転がっている。


「な……何故荷車をっ?!」


エリーさんが振り返り、荷車を押した男の胸ぐらを掴む。


「……くくく……あはははは!」


フードの下に隠れていた目は、瞳孔どうこうが開き、ここでは無いどこかを見ているように見える。


「ダメだよ…予定通りやってくれないと……あははははは!」


「お前…まさか…」


男は両手を胸の前に持っていくと、腕を交差し、親指同士を絡め、拳を握る。

ゲーム中でも何度か見た事がある。このポーズは神聖騎士団特有の、敬礼の様なもの。つまり、この男は、神聖騎士団のメンバーだと言うことだ。


「あははははは!」


「ちっ!」


ザクッ!


「あはは…は……」


ドサッ…


ドジルが男に剣を突き立てる。抵抗もせず、笑いながら死んだ男がその場に倒れ、血溜まりを作る。


「攻撃だぁ!攻撃を受けたぞ!」


「やれ!やれぇ!」


神聖騎士団が剣を抜く。


「応戦だ!街の中に一人も入れるな!」


ルーカス達も剣を抜き、戦闘が始まる。


「まさか神聖騎士団の奴が混じっていたとは…」


「そんな……ど…どうしよう…」


動揺するエリーさんを含め、ここに居る者達全員が、無理矢理引き起こされた戦闘にたじろいでいる。


「エリーさん!」


「ど、どうしたら…」


俺の言葉に反応せず、下を向いている。このまま何もしなければ、ルーカス達は直ぐに潰されてしまう。


「エリーさん!……エリー!」


「っ?!」


エリーの肩を強く揺らすと、やっと顔を上げてくれる。


「始まってしまったものを止めることは出来ない!今すぐ全員で衛兵達を助けろ!」


「……」


「しっかりしろ!エリー!」


心ここに在らずなエリーをもう一度強く揺らす。


「う…うん。分かった。

皆!こうなったらやるしかない!」


「最初はそのつもりでここに立っていたんだ。望む所だぜ。」


「行くぞ!突撃だぁ!」


なんとか正気に戻ってくれたエリーが、全員の指揮を取ってくれる。


俺は一度街中に戻る。


「シンヤ君!」


「シルビーさん!」


「なんでこんな事に……せっかくゴブリン達を殲滅したのに……エリー…」


「エリーは止めようとしたんだ。だが、神聖騎士団の連中が偽装して混じっていた。罠に掛けられたんだ。」


「そんなっ!」


「今は議論してる時間は無い。シルビーさんはプカさんと一緒に、街の皆を連れてここを離れてくれ。」


「……分かった!」


気持ちを切り替えてくれたシルビーさんが走り出す。


門前から聞こえてくる戦闘音。金属のぶつかり合う音、肉や骨が裂かれる音、魔法陣の光と爆音。

援護に向かおうとした俺の足が、カクカクと変な動きになって力が入らない。

まだ戦闘してもいないのに息苦しくなり、手が震えている。


目の前にある状況。それはモニターの奥に見える映像では無い。


どうしようもなく見せつけられている、だ。


漂ってくる濃い鉄錆の臭い。


舌の根どころか舌下ぜっかまで乾き切る。


「はぁ……はぁ……」


視界が揺れ、耳鳴りがする。


今から俺がやる事は、紛れも無く……だ。


「はぁ……ただの…社畜に……何させんだよ……」


怖い。


殺されるかもしれないこと。殺すかもしれないこと……そのどちらもが、自分の手足だけでなく、体全てを強ばらせ、震えさせる。


「でも……」


腰にたずさえた剣の柄を握る。


「助けたくても助けられないなんて……もう二度と……」


海堂 真也だった頃の記憶が蘇る。俺が助けられなかった命のことを…

それが腰から剣を抜く引き金となる。


太陽の光が刃に当たり、鈍く光る。


震えは止まった。


街の前でぐちゃぐちゃに入り乱れ、敵兵と衛兵達が剣を交える中をどうにか走り抜ける。

周囲からは剣と剣が打ち合う高い金属音が絶え間なく響いている。


「うおぉぉぉぉ!」


先へ先へと進むと、ルーカスが二人を同時に相手しているのが見える。このままでは危ない。

ルーカスが相手をしている敵兵の一人、その首筋に背後から、切っ先を突き込む。


突き抜いた剣は少しの抵抗を腕に与えただけ。それだけで、その者の命を奪い取った。

頬に跳ねた返り血が生暖かい。


「シンヤ!」


「なかなか大変そうだな!」


殺した事を考えるより、明るく振舞った。それが今は最善だと思った。


「なんのこれしき!」


人々が入り乱れる最前線。次から次へと刃が襲ってくる。この戦闘を勝って終わらせる為には、アガビルという頭を刈り取る事が絶対条件。


「アガビルとかいうクズはどこ行きやがった?」


「まだ姿すら見えない!」


「取り巻きを先に倒せってことか…」


これだけの人数が入り乱れる中で、一人を見分けるは難しい。


「オラァ!……ん?シンヤか!」


敵兵を切り伏せていると、バッカルが敵兵を蹴飛ばしているのが見える。バッカルは、こちらに気が付いて声を掛けてくれる。


「バッカルも奮戦中の様だな。」


まだルーカスにもバッカルにも、幾分か余裕がある。強がり…かもしれないが。


「なんでいきなりこんな事になったんだ?」


「あの蛇野郎の罠にハマったんだ。」


「ちっ。どうせそんな事だろうと思ったぜ。俺とルーカスの我慢を返せってんだよ。」


「相手の数が多過ぎる。このままでは直ぐにこちらが殲滅されてしまう。そうなる前に、さっさとあの蛇野郎を殺すしかない。」


「言いたい事は分かるけどよ。この数じゃ近付く事すら出来ないぞ。」


話をしている間にも、絶え間なく神聖騎士団の連中は襲ってくる。まだまだ敵の数は多く、切り込もうにもそう簡単にはいかない。


「俺が魔法で風穴を空ける。そこに走り込んで一気にカタをつけよう。」


「Dランク冒険者の魔法じゃせいぜい一人二人殺れるくらいだろう?」


「バッカル。ここはシンヤを信じるぞ。どの道このままでは殺られるのを待つだけだ。」


「……はっ!上等!一世一代の大博打おおばくちってやつだな!」


「よし。行くぞ!」


魔法陣を描こうとしたその時…


「きゃぁぁ!!」


戦闘音の中にいても、ハッキリと聞こえた。聞き覚えのある声なのに、聞いた事の無い叫び声。

振り返った俺の目に飛び込んできたのはシルビーさんが神聖騎士団の男に捕まっている姿。


心臓がドクンと跳ね、全身の血が冷たくなるのを感じる。


「退けっ!!」


ザシュッ!!


目の前の敵を切り伏せ、シルビーさんの居る方向。つまり、俺達が進もうとしている方向とは真逆に体を向ける。


何故シルビーさんがこんな戦場の近くに…?そして、何故捕まって…?

いや、今はそんな疑問より、早く助けなくては!


そう思って走り出そうとするが、シルビーさんは戦場の最後尾付近に居る。敵も味方もごちゃ混ぜの戦場、その奥だ。ここからでは距離が遠すぎる。敵を切り伏せて進むには時間が掛かり過ぎる。魔法を撃とうにも敵味方が乱れるこの場所で撃ってしまえば、味方の多くも巻き込んでしまう。


「また……助けられない…のか…?」


海堂 真也の昔の記憶。助けたくても助けられなかった命。

その時の記憶がフラッシュバックする。


全身の血が沸騰したように熱くなり、目の前に居る敵を切り刻みながらシルビーさんに近付こうとするが、シルビーさんを襲っている男が、ギラつく刃を振り上げる。そして、刃は真っ直ぐにシルビーさんへと振り下ろされていく。


「シルビーさん!!」


ガキンッ!


下を向き目を瞑るシルビーさんの前に現れたのは、両手にダガーを持ったエリー。


「シルビーさんに………手を出すなぁ!!」


まるで獣の様な叫び声。シルビーさんに剣を振り下ろそうとしていた男が、咄嗟にその剣でエリーの攻撃を受ける。


ギンギンギンッ!


しかし、エリーの連撃は速く鋭い。何度か弾いたが、男の剣は空に高々と打ち上がる。


「このっ!」


ザシュッ!


エリーの両刃が、交差して男の喉を切り開く。


ダバダバと溢れ出る赤い液体を止めようと、両手を喉に持っていくが、止めることなど出来ない。

前のめりに倒れ、そのまま動かなくなる。


何とかシルビーさんを助けられたようだ。


「エリー!こっちだ!」


そんなエリーに対して、ドジルが村の中から手招きしているのが見える。

村の簡素な柵の外が主戦場で、村の中まで入ってしまえば、敢えてそれを追って、戦場から離れる連中は居ないはず。他の敵兵も近くには居ないみたいだし、シルビーさんの事はエリー達に任せても大丈夫だろう。


「シンヤ!」


そこまで確認し、ルーカスが声を掛けてくる。シルビーさんはもう大丈夫だから、俺達はこっちを何とかするぞという合図だ。


「っ?!悪い!行くぞ!」


ルーカスの声に前を向き、魔法陣を描き始める。


「バッカル!シンヤに傷一つ付けるなよ!」


「はっ!誰に言ってやがる!うらぁぁぁ!」


ここで使うのは魔法攻撃後も被害が広がりやすい火魔法。

その中でも貫通力が高く、この軍勢を突き抜けられる魔法。

魔法陣を描くのに必要な時間は十五秒。魔法陣を描くには、集中が必要である為、その間、俺は戦闘行為を行う事が出来ない。この戦場のど真ん中で魔法陣を描くのは、ソロプレイなら禁忌きんきとも言える程の危険な行為。

しかし、今は俺を守ってくれているルーカスとバッカルが居る。

複雑な魔法陣を確実に、そして迅速に描き上げていく。


「ルーカス!バッカル!」


「「おう!」」


二人の背中が左右に動いたと同時に魔法陣を完成させる。


赤く、淡い光が魔法陣から溢れる。


ボボボッ!


魔法陣の中心から炎が現れる。


「行けぇぇぇ!!」


ゴウッ!


炎は大きな槍となり、神聖騎士団の中を突っ切っていく。

直撃した奴は燃えると言うよりは溶かされ、付近に立っている者にも炎が伝染する。

それでも炎の槍は止まらず、一気に集団を突き抜ける。


中級の火魔法、フレイムスピア。


「おいおい…Dランク冒険者の魔法じゃねぇだろ…」


火達磨ひだるまになった神聖騎士団の男が、絶望の叫び声を上げながら近くの仲間に助けを求めて抱き着く。


「や、やめっ!ぐぁぁぁぁぁぁ!!」


炎が燃え移り、また別の者へと助けを求める。


「ひっ!来るな!寄るな!」


「だずげでぇぇぁぁぁ!」


燃えていない者が燃えている者を蹴り飛ばす。


「ルーカス!バッカル!」


二人を呼ぶと、頷き、三人で前に出て中央を突っ切っていく。


「退けぇ!」


ザシュッ!


「蛇野郎!どこ行きやがった!」


ザシュッ!


俺の魔法で開けた風穴に三人で走り込む。

魔法を避けられた者も居たが、それを三人で切り伏せ、一気に駆け抜ける。

炎に焼かれる神聖騎士団員の叫び声が、嫌に耳に残る。


「これはこれは…元気の良い人達ですねぇ。」


「…アガビル…!」


ルーカスの目の前に現れたアガビルは、変わらず涼しい顔をしている。


「隊長の恨み…晴らさせてもらうぞ。」


「隊長…?はて。なんの話だったか…」


とぼけているようには見えない。本当に忘れているのだ。どこまでもクズな奴だ。


「貴様……」


「ルーカス。」


「…分かっている。下手な事はしない。」


ルーカスを呼ぶ俺の声に、突出しそうになる体を気持ちで押さえ付けるルーカス。


「いや。」


「…??」


軽く振り返るルーカスに笑って見せる。


「行け。背中は俺とバッカルで守る。」


「目の前まで来たんだ。俺とシンヤに任せて殺っちまえ。」


「二人共…」


正面を向くルーカスの顔は、笑っているように見えた。


「くくく……私を本気で殺せるとでも思っているのですか?めでたい人達ですねぇ。」


「めでたいかどうか。試してみるとしよう。」


ルーカスの太い腕に血管が浮き出る。

ギリギリと剣の柄を握る手が音を鳴らし、全身から熱気が溢れ出す。


「死ねぇぇぇぇ!!」


「放て。」


アガビルの冷たい声が聞こえてくる。


アガビルの後ろから飛んできた炎が、ルーカスに収束していく。


「させるかよ。」


こうなると予想して描いていた魔法陣が完成する。


ゴゴゴゴゴッ!


炎が爆発し、周囲にいた神聖騎士団員の連中をも巻き込んで燃え上がる。


「くくく…他愛たあい無い。」


「誰が他愛無いって?」


「なっ?!」


ルーカスの目の前に、五角形の魔法の盾。

初級、光魔法、マジックシールド。


「マジックシールドだと?!」


蛇野郎が驚くのも無理はない。この世界での光魔法と闇魔法は、特異なものとして扱われている。

どちらの魔法陣も一般には出回らず、真似をして描いたとしても発動しない。

フレーバーテキスト的に言えば、二つの魔法は、適性が無ければ発動しない。という事だ。

しかし、プレイヤーはどちらの魔法にもそのとやらがあるらしく、最初から使えるのだ。

この世界で光魔法を使えるのは、その適性を見出す方法を知っている神聖騎士団と、限られた者達だけ。

自分達の十八番おはこを目の前で使われて、気が動転しているということだ。


「行け!ルーカス!」


「うおぉぉぉぉ!」


「や、殺れ!」


アガビルの前に立ちはだかる騎士団員。今までは信者服のみを纏った団員だったが、アガビルの近くに居るのは灰色の金属鎧を着た者達。見た目からして防御力は比較にならない。

そんな団員に、なんの躊躇ちゅうちょもなく突っ込んでいくルーカス。彼の怒りはそんな鎧一つで防げる程軽くは無い。


「どけぇぇぇぇええ!」


ベコッ!


ルーカスの剣が鎧に当たり、鎧を凹ませる。そのまま吹き飛ばされた団員が、地面を転がっていく。

彼はこの日の為に、自分を鍛え続けたはずだ。隆々りゅうりゅうと盛り上がった筋肉がその証拠だろう。


たった一人の衛兵。ルーカスの威圧感に恐れを抱き、鎧を着た団員達が一歩、二歩と後ずさる。


背中を守ると言ったが、その必要など無いほどに彼の威圧感は凄まじかった。


俺とバッカルは、背後から迫って来る連中の相手をしていれば良さそうだ。


「下がるなぁ!殺せ!殺せぇ!」


アガビルが声を張る。


「殺す…殺す!アガビル!!」


「ひぃっ?!」


ガンッ!ゴンッ!


腰が引けた奴らが、今のルーカスを止められるはずなど無い。次々と吹き飛ばされていく団員達の一人が、アガビルの方へと飛んでいく。


ガンッ!


「がぁっ!!」


顔面に鎧が当たり、尻もちをついたアガビルから鼻血が垂れてくる。


「ち…血が…血がぁ!俺の高潔な血がぁ!」


「高潔な血…だと?」


ルーカスの盛り上がっていた肩の筋肉が、更に膨れ上がる。


「ひぃっ!!」


それを見たアガビルは、死の恐怖に顔を歪める。


「お前には一片たりとも掛けてやる情は無い。死ねぇ!」


「やめて!やめてぇ!」


「動くなぁ!」


剣を振り上げたルーカスに、静止の声が掛かる。


兵士ではない男の一人が、剣を女性に突き付けて歩いてくる。


「シルビーさん?!」


敵兵が剣を向けている相手は、シルビーさん。何故…


「……ごめん…」


小さな声で謝るシルビーさん。

何がどうなって…


「……はは……ははははは!動くなよ!」


何が起きたのか理解したアガビルが、息を吹き返す。


「シルビーさん!」


後を追うように来たのはエリー。その顔には焦りが見える。

エリーがシルビーさんを逃がそうと動いてくれていたはずだ…あの時、ドジルと共に村の中へ入って行ったのをこの目で確かに見た。


「動くなぁ!」


アガビルが立ち上がり、俺達に怒声を浴びせる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る