第7話 ゴブリン

「シンヤ様にしては珍しく、英断ですね?」


プカさんがグサッ来る事を……シルビーさんに言われるよりダメージが大きい気が…


「酷い言われ様だけど、言い返せないという悲しさ…」


「それより、すっっっごく美味しそうなパスタだね?!」


「ホーンラビットの肉を使ったトマトパスタだよ。冷めないうちに食べて。」


「いただきます!」

「いただきます。」


二人は遠慮せずに手を伸ばしてくれた。


「…………おいひー!」


「本当!凄く美味しいです!」


「それは良かった。」


味見はしたけれど、口に合うか心配だったから一安心だ。


「でも、これって…塩に…胡椒こしょうも使っていますよね?」


「っ?!ゴホッ!ゴホッ!こ、胡椒?!高級品だよ?!」


「あー…ちょっと手に入れる機会に恵まれてね。」


確かに胡椒は塩に比べるとかなり高い。だが、そんなもの余裕で買えるくらいのダイスがインベントリには入っている。特に使う物も無かったし、ひたすら貯まり続けたダイスは億を余裕で超えている。


「そ、そう考えると凄く手が重くなるね…」


二人ともパスタに視線を落として動かなくなってしまう。


「使った物は返ってこないし、食べてもらわないとせっかくの胡椒を捨てる事になるんだけど…」


「ダメ!そんなのダメ!全部食べる!」


「そうですね。有難く頂きますね。」


結局、綺麗に完食してくれた。

大絶賛だった夕食は、大絶賛のまま終わった。


「今…私の中に胡椒が……」


シルビーさんがお腹を触りながら何かを思案している。


「変な想像してないで、シンヤ様の話を聞きますよ。」


「うんうん!なんでも聞いて!え?お姉さんのスリーサイズ?えっとねー。」


「聞いてないから!Dランクの俺にそんな事を言われても反応出来ないから!」


「冒険者ランクは関係無いでしょ?」


「……ゴホン。そんな事より、話をしましょう。シンヤ様が聞きたかった事とは何でしょうか?」


二人とも聞く姿勢を取ってくれる。やっと本題に入れそうだ。


「実は、深緑の森に入った時にエリーさんと、俺に絡んできたドジルが、密談していたんだ。」


「あの二人が…?」


「それで、門番のルーカスと、バッカルに話を聞いてみた。そこでエリーさんの姉であるサリーさんや、ニーヒスちゃんのお母さんであるテリスさん達の事件について聞いたんだ。」


「「………」」


二人ともズーンと暗い顔をする。それだけの内容なんだ。仕方ない事だ…話を進めよう。


「門番の二人が言うには、その事件の復讐か何かで、エリーさんとドジルが動いているのでは…と。」


「そんな…」


「エリー…」


二人にとってエリーさんは親友の妹。自分の妹のように思っている事だろう。


「ここに来た初日に、エリーさんには助けて貰ったし、出来ればエリーさんの状況を解決したいと思っている。でも、色々と情報が少ないせいでエリーさん達の動きが読めなくて…二人に聞いたら何か分かるかもしれない、と思ってね。」


「………実は」

「プカ!その話はしないって約束でしょ!」


何かを言おうとしたプカさんを強く止めるシルビーさん。


「でも…」


「シンヤ君が死んでも良いの?!」


「っ!!………」


「…俺が死ぬって…どんな話なんだ?」


「………」


「シルビーさん。聞かせてくれないか?」


ここはプカさんではなくて、シルビーさんを説得しなければならないようだ。


「絶対にダメ…シンヤ君は優しいから…話を聞いたら…」


「シルビーさん。俺は、もしここで話を聞かなかったとしても、エリーさんの所に行くつもりだよ。ただ、行く前に話を聞いておきたかった。無闇に突っ込んで掻き乱すのは良くないからね。だから、出来れば聞かせて欲しい。」


「………」


「シルビー…」


「あー!もう!分かったよ!話せば良いんでしょ!」


俺とプカさんの顔を交互に見て、諦めたように言うシルビーさん。


「ありがとう。」


「またそうやってお礼ばっかり!シンヤ君は優しすぎるの!」


「そうかな…?」


「はぁ……あの二人に聞いたなら、神聖騎士団が五年前に来た事は知ってるよね?」


「ゴブリンを退治しに来たんだよな?」


「うん。ゴブリンが増え過ぎて被害が広がりつつあったからね。」


「…今、冒険者ギルドにはゴブリンの被害届と、討伐依頼が数多く提出されているのです。」


「つまり、あの時と同じ状況って事か?」


「はい。エリー含め、冒険者の方々と、衛兵の方々で対処しておりますが、間に合っていません。」


「確かに…掲示板にはゴブリンの依頼が多かった。」


「このまま処理が追い付かなければ、また……」


「神聖騎士団の出番って事か。エリーさん達はそれを狙って…」


その可能性は高いだろう。


「また来たら街の皆で追い返してみせるよ!」


「…それは良くないだろ。もし追い返せたとしても、相手はこの世界の大勢力の一つ。こんな街は簡単に潰される。」


ガンッ!

「そんな事分かってるよ!」


机に震える手を打ち付けて、眉間に皺を寄せるシルビーさん。俺に言われなくても…そんな事は百も承知。余分な事を言ってしまった。


「シルビー。シンヤ様は悪くないわ。」


「…ごめん…」


「いや。今のは俺が悪かった。すまない。」


「……私達は、もし、もう一度神聖騎士団が来たとしても、あの者達に殺されるとしても…絶対にこの街には入れさせません。」


プカさんの目は、強く決意の宿ったものだった。


サリーさん達の最後を見ていなくても、死体や、話からどんな最後だったのかは想像出来ただろう。


五年という月日が流れた今でも、手が震える程の怒りが残り、冷めることは無いなんて…想像すら出来ない。


モンスターのいる世界。剣と魔法の世界。憧れ続けた世界の暗い部分を知ることになった。それでも…


「でも……」


「「??」」


俺の言葉に二人か耳を傾けてくれる。


「辛い事はどんな世界でも、どんな場所にでもある。それが身近なものなのか、そうでないものなのかという違いなだけ。」


「シンヤ様…?」


自分の手を見る。未だ慣れないの手。でも、この手には日本に居た時に無かった力がある。ならば、助けたいと思った人を……助けたい。


俺がシンヤではなく、海堂 真也として生きていた時、助けたくても助けられなかった。

あんな思いはもう二度としたくない。


「……俺がゴブリンをなんとかするよ。」


「ダメ!シンヤ君はまだDランクだよ!しかもただのDランクじゃない!本当の駆け出しだよ!」


「……」


「相手はゴブリン!Cランクの!タダでさえ格上なのに、その大群を相手にしたら確実に死んじゃうよ!」


「………」


「シンヤ様…一度クエストをお願いしようとした私が言うのもおかしな話かもしれませんが、危険過ぎます。」


怖くないわけではない。ステータスがいくら高くても、死ぬ時は死ぬ。例えゴブリンが相手だとしても。

ゲームならば、死んだらキャラクターをもう一度作れば良い。でもそれは言い換えてしまえば、もし死んだらシンヤとして生きている俺は死ぬという事になる。

恐らく死んだら終わり。それまでだろう。死んだ事が無いから確信は無いし、試す気も無いけれど。


そして今怖いのは、感覚がある事。

ゴブリンは数が多い。ソロプレイヤーにとって数が多い敵はとてつもなく厄介な相手となる。一人で処理出来るなら良いが、普通は無理だ。となれば間違いなく傷を負う。その時のが怖いのだ。

日本人なら、ほとんどの人は斬られたり、穿たれたり、当然魔法を受けた事など無い。少しのかすり傷でも耐えられないかもしれない。

それでも……何もせずに、出来ずに見ているだけの方がずっと事を、俺は知っている。


「危険は承知の上だよ。それに、やってみなきゃ分からない。意外とあっさり片付くかもしれないよ?一応考えもあるし。

何より、ここに来てからずっと優しくしてくれた二人の、そんな苦しそうな顔を見せられたら放っておけないよ。」


「「………」」


「危なくなったら直ぐに逃げるから。大丈夫。」


「…絶対に帰ってくるって約束して。」


「私にも約束して下さい。」


「分かった。必ず帰ってくる。約束する。」


「………はぁ…やっぱりこうなっちゃったね。だからプカを止めたのにさ。」


肩の力が抜けたシルビーさんが、背もたれに体重を預ける。


「シンヤ様…申し訳ございません…」


プカさんは謝罪し始めた。


「この話はここまで!食後のお菓子なんてどうかな?ニーヒスちゃんが大好きなクッキーがあるんだけど。」


「クッキー…?」


「これでーす!」


「焼き菓子ですか?」


俺がインベントリから取り出したクッキーを、マジマジと見る二人。


お菓子という概念はあるが、塩や胡椒が高いこの世界には、砂糖が無い。正確には無いわけではないが、一般には出回っていない。つまり、砂糖を使ったクッキーなんてこの世界には無いのだ。

社畜、独身、三十、このトリプルパンチを持っている俺には糖分摂取できる菓子は是非作れる様になりたかった物。練習に練習を重ねて色々と作れる様になり、俺は進化したのだ。スイーツ男子になっ!


「美味しい?!何この甘い焼き菓子?!」


「こ、こんなに素晴らしいお菓子がこの世にあるなんて!?どこで手に入れたのですか?!」


「俺の特製だから他には売ってないぞ。」


「「っ?!?!!!」」


「この世の終わりみたいな顔だな。」


「この世の終わりですからね!」


「これが今だけなんて……死んでしまうー!」


「はは。そんなに気に入ってくれたなら、ある分は二人に」

「くれるの?!」

「頂けるのですか?!」


大分食い気味に聞き返された…


「う、うん。包むから持って帰ったら良いよ。」


「「やったー!!」」


両手を合わせて喜ぶ二人。喧嘩をするほど仲がいいとは、まさにこの二人を指した言葉だろう。


エリーさんが憎く思っているのはゴブリンと神聖騎士団。

掲示板の前で声を掛けられた時、強引に引きちぎった依頼書も、確かゴブリン討伐だった。神聖騎士団を呼び寄せたのはゴブリン。憎んでも仕方ない。ただ、そんなゴブリンよりも、神聖騎士団を強く憎んでいるはずだ。

ゴブリンの討伐が追い付かないと感じたエリーさんはドジルと結託して神聖騎士団の襲撃を考えている。ドジルもこの街の人間だし、事件の事を知っていれば少なからず神聖騎士団を憎んでいるはず。

しかし、神聖騎士団相手には人数が足らないと腰が引けてしまった。その話を森でしていた。

これが俺の推測だが、間違っていたとしても遠からず…だと思う。

少なくとも、ゴブリンを討伐するのは絶対に必要な事だろう。早速、翌日からゴブリンの事について調べてみることにした。


「掲示板を見る限り、深緑の森を中心にゴブリンの被害届が出ているな…例の事件の時と同じ状況か。プカさん達が言っていた通りだ。

深緑の森の中層に巣食っているゴブリンを片端から討伐していくか…それとも一気に…

ゴブリンに有効なのは…」


「魔法や弓矢等の遠距離攻撃ですね。」


掲示板の前でブツブツ言っていると、プカさんが声を掛けてくれる。


「プカさん。」


「ゴブリンの討伐に向かうのですよね…?」


「そのつもりだよ。」


「私にも出来る限りのお手伝いをさせて下さい。私の指名クエストとして発注しても構いません。」


「そこまでしてもらわなくても大丈夫。指名クエストなんて出したらプカさんが破産しちゃうよ。」


指名クエストは、ギルドや貴族、そういった者達が特別に出すクエストで、報酬は基本的に高い。


「……頼んでおきながら、お手伝い出来ることがそれくらいしか思い付きません…」


「だから頼んだわけだし、当たり前だろ。」


「………」


暗い顔をするプカさん。何か自分もしていないと落ち着かないのだろう。


「そんな顔をしなくても……そうだ!それなら、いくつか用意してもらいたい物があるんだけど、頼めるかな?」


「……はい!どんなものでも必ず用意致します!」


出来ることが出来て嬉しいのか、パッと顔が明るくなる。


「それじゃあこれをお願いするね。」


「………はい!これなら直ぐにでも!」


欲しいものリストを渡すと、目を通して直ぐに返事をしてくれる。


「なら、明日また取りに来るから、その時に。」


「はい!」


俺の渡した紙を大事そうに胸の前に抱えて走っていくプカさん。ゴブリンを狩るのは冒険者や衛兵の仕事であり、自分達が役に立てていないと思っているのだと思う。当然そんな事は無いのだが…少しは元気になってくれたらしい。


「俺は俺の仕事をしよう。」


ギルドを後にして深緑の森…ではなく、周辺でゴブリンからの被害があった場所を回る。情報収集だ。


「そうですか。ありがとうございました!」


「いえいえ。こんな話が役に立つのならいくらでもお話しますよ。」


最近ここに来たばかりの、言わば余所者に対して話をしてくれるかと不安だったが、近隣の村や商人に話を聞くと喜んで話をしてくれた。憎きゴブリンが一匹でも減るならと、わざわざ話をしているところに混ざってくれる人までいたくらいだ。


「ゴブリン達は農作物や家畜を狙っているみたいだし、食べ物を求めているみたいだな…出てきたゴブリンは深緑の森から溢れた奴らで、腹を満たす為に…ってところか。よし。予想通りだ。

次は深緑の森だな。」


話を聞き終えると、深緑の森へと入る。

外層の様子は変わらないが、ゴブリンの話を聞いて気が付いた。モンスターが少ないと。

ここにいるのはホーンラビットとスライムが中心。スライムは食えないし、ホーンラビットはゴブリンから逃げるモンスターだ。

他のモンスターが見当たらない。ファンデルジュをプレイしていた時は、他にも数種のモンスターが居たはず。ゴブリンに狩られたと考えるべきだろう。


「種を食い尽くすほどの数が居るって事だよな…

急いだ方が良さそうだ。」


深緑の森を進んでいくと、まだ外層だと言うのに、所々にゴブリンの影が見える。今は討伐よりも情報を集めたい。

物音を立てないように細心の注意を払いつつ中層に向かう。木々の葉が灰色に変わり始めた頃、それらしき場所に辿り着く。


「あれか……」


ルーカス達の話に出てきた場所かは分からないが、ゴブリン達が集まっている場所がある。木々が生えておらず、少し開けた場所になっていて、その周囲には糞尿の悪臭が漂っている。気持ち悪くなる臭いを堪えながら、様子を伺っていると、数匹のゴブリンが奥から現れる。

この場所に居るゴブリン達は計三十匹程度で、木の棍棒こんぼう等の武器しか持っていないのに対し、現れた数匹はナイフ、直剣等の武器を持っている。中には鎧の一部を身に付けている個体も居る。


「……奥から出てきたな。」


ぐるりと大回りして武器を持ったゴブリン達が来た方へと向かう。


「あった。ゴブリンの巣だ。」


周囲の木々や草、枝を使って巣が作られている。

見た目は鳥の巣の様だが、大きなボール状になっている。


「一、二、三……全部で十か。一つの巣に十匹は入るはずだから百近くは居る事になるな…この規模は始めて見る。見つかる前に離脱だな。」


その場から静かに離れる。


「ここまで来たら大丈夫か。それにしても、予想以上の数だったな…

それに……やっぱり一度戦っておく必要があるよな。」


少し先に見えるゴブリン四匹の小さなグループ。手には棍棒や尖った石等を持っている。外層に居る奴らはいつ外に出てきてもおかしくは無い。少しでも減らしておこう。


背後は完全に取れている。後は斬り掛かるだけ。


ゲームだった時は簡単なクエストの一つであるゴブリン討伐。

しかし、画面の向こう側で起きている事と、体感する事では全くの別物だ。


武器やステータスはゴブリンを殺すには贅沢とさえ言えるようなもの。間違いなく俺の方が強い。


だというのに、心臓がいつもよりも速く脈打っているのを感じる。

暑くもないのに掌に汗が滲み、僅かに震えている。

喉の奥の方がかわき、嫌な感覚が喉を覆う。


目を瞑り、鼻から息を吸い込み、小さく開いた口からゆっくりと肺にある空気を流し出す。


「っ!!」


剣を抜き、一番後ろのゴブリンに背後から襲いかかる。


ゆっくりと進んでいく直剣の刃が、ゴブリンの右肩口から左脇腹へと抜けていく。思っていたよりも抵抗がない。


「グギャッ!!」


切り伏せたゴブリンが短く声を発し、それに残った三匹が反応する。咄嗟の出来事だと言うのに二匹目に斬り掛かる時には既に三匹はこっちを向いていた。


切り上げの直剣を棍棒で防ぐ様に構える。


「うおぉぉ!!」


「ゲギャァァ!」


棍棒に防がれるかもと考えたが、その心配は杞憂きゆうだった。


棍棒を真っ二つに切り裂き、ゴブリンの胴体から顔面にかけてを切り裂いていく。

大量の返り血が飛んできて、血の臭いが鼻を刺激する。


「グギッ!」

「ゴギャッ!」


残った二匹は挟み込む様に同時に攻撃してくる。危険度が高いのは棍棒を持った奴より、尖った石を持った奴。


優先して尖った石を持ったゴブリンに対処する。


ブンッ!


「ギィィィ!」


尖った石を持っていた手を、直剣が切り落とす。

手を失ったゴブリンが後ろに一歩下がる。その喉元に横薙ぎの刃が襲いかかる。


ザンッ!


「ゲッ……ゴッ…」


喉を切り開かれたゴブリンは仰向けに倒れていく。


ドンッ!


鈍い音が体の中から聞こえてくる。

視界が揺れ、左肩に痛みが走る。


「っ!!」


最後の一匹が、振り向く俺の左肩に棍棒を打ち付けたのだ。


「グギャッ?!」


「はぁぁぁ!」


大上段からの一撃。頭頂部から入った刃は、ゴブリンの体を縦に切り開く。血が吹き出し、全身に血が降り掛かってしまう。


ドサッ…


四匹のゴブリンは全て死んでいる。もう動くことは無い。


「……ふぅ………

思い切りが足りなかったら、もう少し長引いていたかもな…」


自分で言葉にする事で冷静さを保とうとする。


ゴブリンに向けられた剥き出しの殺気。

それは身体を強ばらせるには十二分だった。


ステータスでも武器でも圧倒していた。

ゴブリンの反応を見た限り、俺は想像の上を行っていたのは間違いない。棍棒を切り裂き、攻撃を受けてもビクともしなかった事にかなり驚いた反応を示していたのも見ている。

それなのに、一撃を貰ってしまったのは、画面の向こう側で起きている戦闘であるのか、実戦なのかの違いだ。

殺すのも、殺されるのも怖い。戦闘が始まって直ぐにそんな事が頭を過ぎった。


「痛みは…思ったより強くないな…防御力のおかげなのか、それともそもそもがこんなものなのか…

どちらにしても、課題点が見つかったな。」


可能な限り平静を保ちつつ、ゆっくりと動かなくなったゴブリンへ近付く。

そして、ゴブリンを倒したという証明部位である右耳をナイフで切り取りながら思考を巡らせる。


「やっぱり恐怖心と緊張のせいで、ゲームの様にはいかない。それが分かっただけでも良かったかな。

ただ、感覚が有るから見えてなくてもある程度存在を認識出来る。とはいえ、死角は作らないようにした方が良い…か。」


自分が独り言を言っているのは、今までのように考え事をしているからでは無く、震える手足を落ち着ける為だと…自分でも理解していた。


「…なんとかするとか言っときながら…情けないな…」


自分の震える手を見て苦笑いする。


ただただ、怖かったのだ。


戦闘自体も、もしゴブリンの一撃が左肩ではなく頭に当たっていたら。とか、一撃で倒せていなかったら…とか。

ファンデルジュが一人称のゲームだったからこそ、ある程度戦えただけ。痛みも、感覚も、臭いもあるこの世界で、ゲームの時と同じ様に戦うにはまだまだ経験が必要だと…痛切に感じていた。


「けれど、戦えないわけじゃない…倒せないわけじゃ…ない。」


打たれた左肩に未だ残る熱い感覚が、確かにそれを告げていた。


「一度戻るか……と、その前に。」


指先で魔法陣を描く。完成した魔法陣が淡く水色の

光を放つと、その中心から水が溢れ出し、自分の体を包み込む。

身体中に付着していたゴブリンの血が水に溶けだし、綺麗さっぱりだ。


「次はこれで…」


また違う魔法陣を描くと、今度は淡い緑色に光り、服や体に着いた水分を吹き飛ばしてくれる。


「完璧!やっぱり魔法は便利だなぁ。」

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