赤いマフラー

『できた!』

レオは、元気いっぱいに椅子から立ち上がると、

台所にいる母のもとへ駆けた。

 部屋のドアを開けたままにし、手摺てすり付きの階段を降りる。

そして、玄関とは逆の方へ一直線に向かった——。


 レオがリビングのドアを勢いよく開けると、奥の方で、鍋に火をかけている

金髪の女性の後ろ姿が見えた。


『ママ! 手紙かけたよ!』

『あら、レオ。もう書けたのね』母はそういうと、

駆けて来たレオの頭を一撫でしてから、便箋を受け取った。


『どれどれ〜。』そういって母は、便箋びんせんを読み始めた。

 レオの顔が、緊張した面持ちになる。

 しばらくして、母は手紙から目を離すと、レオの方を見て頷いた。

『うんうん。よく書けてるわ。

これならきっと、サンタさんも喜んでくれると思う』

ウインクをして笑顔を見せる母に、レオの緊張が解ける。

レオは、柔らかそうな頰を持ち上げると、母に笑顔を見せた——。

 

***


『はい、これ。レオの手紙よ。』

エミリーはそういって、封筒を夫に渡した。

夫は、封筒から便箋を取り出すと、手紙に目を通した。

『ほう。今年は、赤いマフラーか。もしかしてこれは…、アレか?』

『ええ。レオの嵌ってるアニメの主人公が身につけているの』

夫は、『そうか』といって頷くと、目を細めて微笑んだ。

『…それじゃあ、俺は仕事行くから。あとはよろしくな、エミリー』

『うん。分かった。』

エミリーはそういうと、笑顔で夫を送り出した。


***


 ジョンの忍び込んだ家はシンと静まり返っていた。

『こんだけ静かでも、実はベッドの中で起きている、

なんていう事はよくあるからな。慎重にいかないと…』

 ジョンは小さい声でそう呟くと、足音を殺しながら、廊下を進んだ。

時刻は深夜2時頃。

普通の家庭なら家族全員がとこについている時間だった。

『ここだ…』

 ジョンの視線の先には、木製の扉にかけられたドアプレートがあった。

プレートにはReoという文字が書かれている。

 ジョンは手袋をした手でドアノブを捻ると、

出来るだけ慎重に、ゆっくりとドアを押した——。

 中に入ると、金色の髪の男の子が、ベッドの上で仰向けに眠っている姿が

見えた。

 ジョンは短く一息だけ吐くと、そのままゆっくりと、ベッドの方へ向かった。

『いつ目を覚ますかわからないからな、すぐに終わらせないと…』

 ベッドの近くまで来たジョンは、そういうと、左手に持っている袋から、

赤いマフラーを取り出した。ジョンはそれを丁寧に折りたたむと、

枕の横に、そっと置いた。

『ん? なんだこれ』

 ジョンが、去ろうと背を向けた時。一枚の紙が床に落ちてきた。

 後ろの方からやって来たので、そちらを見ると、

男の子の左手が、少しだけ掛け布団からはみ出していた。

 紙はそこから落ちたのだと、ジョンは推測した。

ジョンは紙を手に取る。

そこには見覚えのある字で『サンタさんへ』と書いてあった。

『レオのやつ。まさかとは思うが、二つ目を頼もうとしたんじゃ無いよな…?』

ジョンは呟くと、そのまま視線を下へと持っていって、

手紙を読み始めた——。


***


『サンタさんへ』


ごめんなさい。ぼくはわるい子です。

なんでかというと、サンタさんにうそをついたからです。

ぼくは、サンタさんに赤いマフラーがほしいという手紙をかきました。

でも、あれはほんとうのことじゃなくて、うそです。

ほんとうは、かっこいい剣がほしかったです。

でもやめました。

だって、ぼくの好きなヒーローは、

だれかのために自分をぎせいにするからです。

だからぼくも、サンタさんのためにプレゼントをがまんして、

赤いマフラーをサンタさんにあげます。

よるはとってもさむいから、マフラーをしてればきっと

あったかいとおもいます。

だから、おしごとがんばってください。


 レオ


***


『たく…。レオのやつ。一丁前にカッコつけやがって…』

 ジョンは、少し震えた声でそういい、鼻をすすった。

『サンタさんからのプレゼントはないが、

パパからのプレゼントはあるからな。覚悟しておけよ。レオ』

 すぅすぅ、と静かな寝息を立てる息子に、小さい声でそういうと、ジョンは

部屋をあとにした——。


『よう。お前ら、待たせたな。今夜まだまだ長い。気張っていくぞ!』

 ジョンは家から少し離れたところに待機させておいた

彼らに声をかけた。

『ぶぉぉ!』

彼らは、低い声で雄叫びをあげると、立派な角を夜の空に掲げた——。


***


 クリスマスが始まる夜。公園のベンチに寝そべっていた彼は、

二匹のトナカイと共に夜空を駆ける男に気付き、『にゃー』と鳴き声をあげた。


その男が、赤と白の衣装を身に付け、赤いマフラーをしていた事は、

彼だけしか知らなかった——。




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