ジンロウ

『兄貴。ちょっとお話しいいですか?』


バイクを駐車場に止めいつものように行きつけのコンビニの前で

仲間達と駄弁っていると、

一週間前にウチの族に入ったばかりの新入りが顔を寄せて話しかけて来た。


『おう、新入り。なんだ?』


『はい。兄貴ってジコの方に住んでるってお伺いしたんですけど

本当ですか?』


『ああ。あそこは俺の庭みたいなもんだ。』


ジコっての俺の住んでる場所の地名の略称で

本当は時区動香化街じくどうこうかがいって言う。


『それがどうかしたのか?』


『実は僕のダチもそこに住んでるんですけど、

おかしな事を言ってまして。』


『おかしな事?』


『はい。実は、先日ダチが化け物に追いかけ回された

って言ってたんです。』


『化け物?』


『はい。ダチが言うには、

いきなり後ろから唸り声のようなものが聞こえて来て、

なんだ?と思って振り向いたら、

デカイ影が地面に映っていたそうなんです。

しかもそれは影だけで、何処にもその元になるものが存在しなくて、

声も地面から聞こえてきたそうです。

で、ダチは必死で自分の家まで走って、

なんとか助かったって話だったんですけど。』


『なんだそりゃ。良くありそうなホラ話じゃねえか。

こんなん真に受けてんじゃねぇよ。』


『いや、僕だって普通だったらこんな話信じないですよ。

でも、僕、家まで行ってダチから直接この話を聞いたんですけど、

その時のダチの顔がマジで震えてて、

とても嘘をついているように見えなかったんです。

だから、万が一があるかもって思って、

兄貴がジコに住んでるって知ったから話しておこうと

思ったんですよ。』


『そうか。まぁそこまで言うなら信じてやるよ。

ありがとな。新入り。心配してくれて。』


『い、いえ。僕の方こそいきなりこんな突拍子もない話

をしてしまって今更ながら申し訳なかったです。』


『気にすんな。』


新入りとの会話が終わり、空を見上げると

来た時よりも闇が深まって来ていた。

俺は左手首に付けたシルバーの腕時計を見やる。

八時頃からここでたむろっていたが

いつの間にか時間は十時十五分になっていた。


『おお、もう十三とうさんか。』


俺はそう呟くと仲間達に号令をかける。


『おい、お前ら!ちっと長居し過ぎた。今日は解散するぞ!』


各々がそれぞれの言葉で挨拶を済ませると、

次、また次と自動二輪車に乗って帰って行った。


そして、俺と新入りだけが残った。


『おう、新入り。ちっとだけ待っててくんねぇか?

コンビニでライター買いたいからよ。』


『あ、じゃあ僕も行きます。』


『そうか。』


自動ドアを抜け中へと入る。

クーラーがかかっているのか外よりも少し寒かった。


『新入り。お前、何か買うのか?』


『はい、花火セットを一つ。

…さっきは話さなかったんですけど、僕のダチ、

化け物に追いかけられた日から家の外に出て無いんです。

まだあの大きな影に怯えているみたいで。

だから、明日はアイツに花火でもしようかって言って

ちょっと外に連れ出してやろうと思ってるんです。』


『そうか、そりゃ良い案だ。

新入り、お前やっぱ良い奴だな。』


『い、いえそんな!僕はただダチに元気になってほしいだけですよ。』


『そんな謙遜すんな。ほんとの事なんだからよ。』


それを聞いた新入りは

少しだけ恥ずかしそうに笑った。

コンビニでの買い物を終えてから五分後。

俺は新入りを後ろに乗せ、

一車線の狭い道を二人乗りバイクで駆け抜けている。


『すまんな新入り。俺のせいで遅くなっちまう。』


『いえ。ガソリンが無くなりそうなんじゃ仕方ないですよ。』


俺とした事がトリップメーターの確認を怠っていて、

走れる距離が残り少ないことに気づいたのは新入りを後ろに乗せた時だった。

あのコンビニから近いガソスタっていうとジコの方にある奴だけだったので、

俺たちは今そこに向かっていた。


約十五分ほどで着き、バイクのスタンドを下ろす。


『よし、早いとこガソリン入れっか。』


そう言いながら俺は無人のガソスタにある給油機を操作する。

手慣れたもんであっという間に給油は完了。

俺は新入りに後ろへ乗るように声をかけようとする。

しかし、新入りはいつの間にか居なくなっていた。


『おい、新入り!どこだー!帰るぞー!』


俺は叫んで呼ぶが返事はない。

ならば、と電話をしようと思いポケットからスマホを

取り出した時だった。


『うわぁー!兄貴!助けてー!』


新入りの声が聞こえた。

その方を見るとガソスタの外から新入りがこちらに向かって走ってくる。

さらにその後ろには何かがいた。

その何かは新入りを追いかけているようで新入りと一緒に

ガソスタの中に入ってくる。


『なんだ。ありゃ。』


その何かは大きな影だった。

ガソスタの照明の光が不自然に闇に染まっていく。

まるで悪夢でも見ているようだった。

俺は危機感を感じ、バイクに乗って叫ぶ。


『おい、新入り!早く後ろに乗れ!すぐに出す。』


『は、はい!』


その後すぐに後ろに重みを感じ、

新入りの『乗りました!』を皮切りにバイクのハンドルを回す。

影が俺達目掛けて突進してくる。

それは犬の唸り声のように感じた。

影との距離が縮まっていく。

新入りが慌てたように叫んでいる。距離が近いのだろう。

しかしその瞬間。

それよりも大きなエンジン音を出したバイクが前へと急発進した。


『ふぅ。間一髪だったな。』


俺は冷や汗を拭った。

だが新入りは何も喋らない。


『おい、新入り。どうした?』


『あ、兄貴…。あの影、追ってきてます。』


『なんだと!?』


俺は慌てて背後を確認する。

すると、新入りの言った通りあの影は追って来ていた。

しかも奴は不即不離のスピードでピッタリとついて来ている。


『どうしますか?兄貴。』


『んなもん決まってる。振り切るぜ。

新入りしっかり掴まってろよ。』


エンジンを加速させる。

バイクの鳴らす激しい音と、

新入りの絶叫が静まり帰った住宅街に木霊する。


しかし、それを嘲笑うかのように

影は俺達に速さを合わせてくる。


『兄貴!影、全然離れてませんよ!』


『分かってる。新入り。少し口を閉じてろ。

舌噛むぞ。』


俺はそう言うとさらに加速する。

目の前はT字路になっており、ガードレールの先は川の水が流れている。


『兄貴、まさか!?いや、ダメですって!』


『口閉じてろって言ったろ。黙って覚悟を決めるんだな。』


俺はそのままT字路に突貫する。

そしてすぐに左に急転換した。

体が激しい重力によって川の方へと押し出されそうになる。


『うわぁっ!ぶつかるっ!』


新入りの声が後ろを流れていき、

激しい摩擦に耐えかねた後輪が火花を散らし

悲鳴をあげた。


ギリギリのところでガードレールとの接触を避けた俺は後ろに声をかける。


『どうだ?影の方は。』


『はぁはぁ…。え、えっと。ダメです。まだ付いて来てます。』


『そうか。』


俺は軽く舌打ちをしながらそう答えた。


『でも、さっきより影が離れてますよ。』


『それはいい知らせだが、また追いつかれるのがオチだろうな。』


正直こんな命がけのドリフト、安安と出来るもんじゃない。

他にいい案は無いかとバイクを走らせながら考えていると、

新入りが後ろから声をかけてくる。


『あの思ったんですけど、兄貴の家に逃げ込みませんか?』


『あ?俺の家に?』


『はい。ダチの話では家に入ったら助かった。って言ってたんで、

もしかしたら家の中には入って来られないのかもしれないです。』


『なるほどな。分かった。』


俺もその話を思い出し、賛同する。

バイクのハンドルを切り、自分の家へと向かう。


俺の家は賃貸アパートで、ボロの1Kだ。

だが他に住んでる奴がいないので

多少強引に帰って多としても文句は言われない。


『新入り。もうすぐ着くから降りる準備しとけよ。』


間もなくしてアパートの敷地に入った。

バイクは駐車場には止めずその場に捨て置き、

新入りに声をかけながら鍵を取り出す。


『まだ、来てないみたいだな…。

おい、新入り!俺の部屋は二階にある。付いてこい。』


『はい!』


静まり帰った夜の帳に甲高い音が響くのも

気にせず階段を駆け上がる。


そして鍵を開け新入りが入ったのを確認すると急いで鍵を閉めた。


『よし。なんとかなったな。』


『そうですね…。はぁ。怖かったぁ。』


部屋に上がり二人で安堵のため息を漏らしていると

唸り声が聞こえた。


『グルルルル…。』


まさか。と思い唸り声の方へと視線をやると、

玄関が不自然に暗くなっていた。


『おいおい家には入って来ないんじゃ無いのかよ…。』


『あ、あわわ。すいません兄貴。』


新入りは慌てふためいている。

かく言う俺もこのピンチにどう対処したらいいのか

全く分からないでいた。


影はジリジリとこちらに寄って来ている。

そのプレッシャーに耐えかねたのか、新入りは

絶叫しながら部屋の隅へと逃げ出した。


『うわぁ!もうダメだ!この化け物に僕たちは殺されるんだ!

あああああ!』


『お、おい。新入り!大丈夫か?』


俺は新入りを落ち着かせようと駆け寄った。


『落ち着け、新入り。』


『だ、ダメだ…。もう、ダメなんだ…。』


新入りは聞く耳持たずで、『ダメだ。』

と繰り返し呟いている。


俺はそんな新入りに喝を入れるように叫ぶ。


『新入り!お前、明日ダチを花火に誘うんだろ!

だったらこんなとこで諦めんじゃねぇ!

しっかりしろ!男だろ!』


俺の声に正気を取り戻した新入りが言葉を中断した。


『あ、兄貴…。すいません。僕、取り乱して…。』


『正気に戻ったか…。気にすんな新入り。

それより、今思い付いたことがある。

俺を信じて、その大事に抱きしめてる花火を

貸してくれねぇか?』


俺は新入りが絶叫している間抱いていた花火を指差す。


『花火ですか?いいですけど…。』


新入りは不思議そうな顔をしながら花火を

俺に手渡してくる。


『ありがとな。ちっと使わしてもらうが、

明日には必ず返す。』


俺はそう言って受け取った花火の封を力ずくで開け

中身を取り出す。


背後を向くと影が真直に迫っていた。

部屋のほとんどが暗く染まっている。

俺は影に向かって話しながらポケットに手を突っ込んだ。


『さっき、T字路を曲がった時。

新入りは影が離れたと言っていた。

俺はすぐに追いつかれるのがオチだと思っていたが、

敷地に入った時お前はいなかった。

これはどう言う事なのか。

それはお前が俺達を追いかけながらも、俺たちを恐れていたからだ。

なら、何を恐れていたのか。

んなもんはもう分かってる。

あのT字路であった事っつったら思い当たる事は一つしかねぇ。

そう、これだよな。』


俺はポケットから、ライターを取り出すと

火をつける。


すると、影が怯えるように後ずさった。


『お前は火を恐れてる。

あの時、後輪から火花が上がったのが怖かったんだろ?

だから距離を離したまま追いかけて来てたんだ。』


俺は後ずさる影を追うように一歩、また一歩と

歩みを進める。


そして、玄関まで来たところで花火を影へと向ける。


『影さんよ。俺と一緒に花火で遊ぼうぜ。』


ライターを花火に近づける。

導火線に火がつき、それはどんどん上へと登ってくる。

あっという間に火薬まで到達した火は

耳心地の良い夏の音を響かせながら、

赤オレンジの綺麗な花を咲かせた。


『キャンッ!』


影は短小な悲鳴をあげるとすぐに玄関から出て行く。

ドアを開け、外を見ると一目散に逃げていく影の姿が月灯りに照らされていた。


『兄貴!』


新入りが駆け寄ってくる。


『めっちゃ、カッコよかったです!

やばいっすね!さすが兄貴です!いやー!ほんとに凄かったです!』


『そうか。まぁ、兄貴として当たり前の事をしただけだ。

そんな騒ぐような事じゃねぇよ。

んなことより助かった。お前の花火のおかげだ。

ありがとな新入り。』


『いえ、そんなお礼を言われるような事、何にもしてないですよ。

それよりも兄貴がT字路であった事から影の弱点を推理したことの方が

すごいですよ!ほんとに感動しました!』


新入りは打ち上げ花火のように顔をキラキラさせている。


『んなことねぇよ。…っと、T字路といえば

あん時言おうと思ってたんだけどよ。』


『何ですか?』


らなくてよかったよな。ほんと。』


『兄貴………。』


新入りのキラキラした顔は、打ち上げ花火が上がった後のように

静かな余韻だけを残して消え去った。

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