ショートショート
赤星
ケンペン
大学の講義が終わり、お昼の時間になる。
今日は天気がいいのでほとんどの生徒が中庭へと向かうだろう。
この大学の中庭は人工芝生が植えられており、ベンチもかなりの
数が設置されていて、何よりかなりの広さを誇る。
昼時になるとそこに人が集中するのは必然と言っても過言じゃあない。
そんな中俺は中庭には向かわずにスマホでとある人物に電話をかける。
数度のコールの後そいつの声がスピーカーから聞こえてくる。
『やあ、ユウジ。今日は天気がいいから日向ぼっこが捗るよ。
君もどうだい?』
『ばか言ってんじゃねぇよアツシ。
それより、奴さんが中庭に向けて移動を開始した。
あと五分以内にはそっちに着くぜ。準備はできてるか?』
『心配無用さ相棒。
大学ノートにペン。どちらも僕の腕に抱かれて眠っているよ。
こんなの小学生でも忘れないさ。』
『それなら良いが、変な動きはするなよ。
奴さんだけじゃなく周囲の人間にもバレたらまずいん
だからな。』
『分かっているさ。
だがそんな心配は鳩の餌にでもしておいてくれ
今日の僕は最高に調子がいいんだ。
今朝の星座占いで一位をとってね。
しかもラッキーアイテムはペンシルだってさ。
こんなことがあるかい?
今なら立ち泳ぎでナイル川を制覇しろと言われても
成し遂げる自信があるよ。』
『おー。そりゃまた大きくでたな。』
『ふふ。一位だからね。
今の僕は無敵さ。』
『そうかい。そりゃ安心だ。っとそろそろ時間だ。
おそらく後数十秒で奴さんが目視できると思う。
だからあとは頼んだぞ相棒。』
『ああ、任せてくれ。』
アツシがそういうと電話が切れる。
俺の仕事はここまで。
あとはアツシの仕事だ。
俺とアツシは復讐屋っていう仕事をしている。
名前の通り依頼者から指定された人物に復讐を
するっていうわかりやすい内容だ。
だが、ただ依頼されるままやるわけじゃない。
俺たちは復讐屋。
それは仕返しでなくてはならない。
グレーな仕事ではあるが、そこんとこははっきりさせてから
依頼に取り掛かる。
今日のターゲットは
鴨川大学の経済学部に所属する女生徒だ。
依頼者は
こいつも同じ大学だ。
早い話が痴情の縺れってやつで、
美血は道底の他に六人の男と付き合っていた。
数も数だからにわかには信じがたいがもうすでに裏取は完了してる。
美血はクロだった。
『っと、そろそろ終わった頃だろ。電話してみるか。』
スマホを見るとさっきの通話から3分ほど経っていたので
アツシに電話を入れる。
数度のコール音の後電話が繋がった。
『ようアツシ、どうだ?広場の様子は賑やかになってるか?』
俺の確認の言葉に
アツシが少し歯切れ悪そうに答える。
『ああ、賑やかそのものさ。ただし君の想像しているものとは
違うものだけどね。』
『ああ?どーゆうことだ?』
『すまない相棒。実は女の子たちから声をかけられてしまってね。
ペンが使えない状態なんだ。』
『おいおい、まじかよ。』
俺は思わず額に手を当て天を仰ぐ。
今回の依頼内容は美血に羞恥の罰を与えてくれというものだった。
具体的な作戦は大勢の人の集まる場所(中庭)で
服を引っぺがし下着姿にしてやること。
知人などもそれなりにいるからダメージを
与えられるだろうと期待していたのだが、
まさかこんな問題が出てくるとは計算外だった。
『顔がイケてるってのも考えものだな。』
『ハハッ!褒めたって何も出ないよ。』
『褒めてねえよ。』
『そうかい。それよりどうするんだい?ミッションは。
また別の日にするかい?』
『いや、今やった方がいい。
何度も足を運んだらそれだけ目立って
どんどんやりづらくなるだけだからな。』
『わかったよ。で?何か案はあるのかい?』
アツシの問いに俺はニヤリと口角を上げた。
『あるぜ。とっておきのやつがな。
これならおそらく周りの女の子たちを静かに
散らすことができる。』
『さすが僕の相棒だ。で?どうすればいい?』
『周りにいる女の子の中で一番発言力のありそうな子に変わってくれ。』
『わかった。それくらいお安い御用さ。
ねえ君。
僕の友人が話があるみたいなんだ。代わってくれるかい?』
アツシがそう言うとすぐに『はい、もしもし。』と女の声が聞こえた。
よく通りそうな声だなと思った。
『すまない。いきなり変わってもらってしまって。』
『まぁ、いいですけど。なんのようなんですか?』
電話ごしでもわかるくらい彼女は警戒していた。
当たり前だ。かっこいいと思って声をかけたら
その友人と電話することになっているのだから
そりゃそうなる。
俺は依頼の事があるので手取り早く終わらせるために
口を開く。
『あー。まぁなんだ。
まどろっこしくするつもりはないから単刀直入に行こうと思う。
君が声をかけたその電話の主な、俺の彼氏なんだわ。』
『………は?』
彼女の語彙が消失する。
見えていなくてもどんな表情をしているのか
なんとなく想像できてしまうのが怖い。
しかし、急ぎたいので容赦せずにぶっこんでいく。
『もう付き合ってから五年は経ってんのかな。
そろそろカナダあたりにでも行って
結婚しようかって話もしてんだ。』
『え?え?』
彼女は困惑を隠すこともなく反芻しているので、
声だけでも混乱しているのが分かった。
あともう人押しだな。
『そう言うことだから。どうかここは
俺たちの関係に免じて引いてくれないかな?
今なら俺も声を掛けてきたことを咎めはしないからさ。』
俺はなるべく穏やかに、だがしっかりとした口調で
諭す。
『え、えっとわかりました。
結婚できるといいですね。
お、応援してます。』
彼女は引き気味にそう言った。
『やぁ、ユウジ。さすがだね。彼女たちは、もう離れて行ったよ。』
電話を代わったアツシは女の子たちの顔を見ていないのか
特に気にした様子もなくそう言って
俺を褒めるのだった。
『さて、これでいけんだろ相棒。あとは頼んだぜ。』
『ああ、任せたまえ。僕のペンで地獄のオルフェを奏でてあげるよ。』
『そりゃすげぇな。大喝采が聞こえるのを楽しみにしてるぜ。』
俺は言った後、通話を切った。
アツシの持っているペンはただのペンじゃない。
あのペンの正式名称はケータイカッターペン。
略名はケンペン。
クッソダサい名前だがすごい能力を持っている。
一言で説明すると紙に書いた通りのものを切ることが
できる。
オレンジと書けばオレンジが、
壁と書けば壁を切ることができる。
一応弱点として、書いている最中に対象を視認している
必要があるがそれを踏まえても便利なもんだ。
ちなみにこれを使えるのは製作者のアツシだけだ。
どうやって作ったのか、どんな原理なのか全くわからないが、
神は二物を与えずと言うことわざは嘘だってことだけは知れた。
そんなことを考えていると中庭の方から騒がしい歓声が聞こえてきた。
『これで
そう呟いた俺は廊下に出て近くにある窓を開け放つ。
後ろのポケットに入れていた愛用のロングピースを
箱から一本取り出して火をつけた。
『
ひでぇ話だよな。』
俺の口から出たしょうもないたわごとは、
タバコの煙とともに青空へと吸い込まれて行った。
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