03 スイートルームにチェックイン




 黒魔術部屋を出て、右へと進んで行く。


 壁に定間隔で燭台が設置されており、それぞれ火が灯っているが、それにしても暗い。壁も床も石で出来ていて窓がなく、床には正しい色は分からないが敷物が敷かれている。恐らく、今歩いている廊下の全てにレッドカーペットみたいに敷かれているのだろう。あまり厚い生地ではないのか、石の感触が足の裏に伝わる。


 廊下を歩いていると、右手側には幾つか木の扉があった。覗き窓がついていたが、どれも中が暗く、様子を窺うことは出来ない。それらを通り過ぎると、突き当たりの少し広い空間に出て、そこに階段があった。木製の簡素な作りで、上へ行けるようだ。上の階は明かりがちゃんと点いており、階段だけスポットライトを浴びているかのようで、これまで歩いて来た地下牢のような雰囲気を思い返すと、とても眩しく見えた。


「こちらの階段を上がります。眩しくなりますから、踏み外さないよう、お気をつけくださいね。」


 ナツキさんが丁寧に注意をしてくれる。私は「はい。」と答えながら、少しずつどこに連れて行かれるのか興味が湧いていた。


 階段を上がると、また廊下があった。


 しかし、先程とは違って、ちゃんと壁紙や装飾などかあり、人間の生活圏に戻れた気がした。天井からぶら下がる電灯は、曲線を帯びた小さな包みが幾つか集まり、その中に電球が入っているデザインで、どこか鈴蘭を思い出させた。


 私が辺りを観察している後ろで、ナツキさんは今まで通って来た道の蓋を閉めていた。普段使わない時はそうしているのだろう。地下牢のイメージが出来てしまって、また、此処に連れて来られたらお終いだと思った。


「さあ、こちらです。もう一息ですよ。」


 と、笑顔でメイドさんは言う。こんな状況にいるせいか、優しく丁寧な彼女の事が少しずつ好きになってきた。


 廊下は板張りで、歩く度に軽く軋んだ。廊下の途中に幾つか窓が左手にあったが、外が暗く、私の姿が映るばかりで向こう側は見通せない。流石に、足を止める事は躊躇われた。


 右手側には部屋があり、扉を3つ数えた所で、ホールのような開けた空間に出た。


 左側の大きな扉は恐らく玄関なのだろう。そして、正面に続く道には今まで歩いて来たのと似たような廊下が続いている。


 ホールの中央には二階へ続く階段が伸びていた。くびれた形をした階段は木製だったが、しっかりした造りで、玄関を開けてこれが目に入ったら、思わず感嘆してしまうだろう。人が行き来しているであろう段の中心部分は色が変わっており、それが逆に味があった。手摺りに施された細かい彫物は波か雲のように見え、艶々と品の良いニスもより厳かな印象を見る者に与える。


 絢爛ではないが、お金が掛けられていることがよく分かる。豪奢な洋館の作りに、私は文化財の中を歩いている気分になった。


「広いお屋敷ですね。」


 二階へ続く階段を登りながら、思わずそう言ってから、しまったと思った。私は誘拐されて、此処にいるのだから、あまり余計なことは言うべきでなかった。


「そうですか?此処のお屋敷は小さい方です。」


 思ったより、ソフトな返答にほっと胸を撫で下ろした。


「ご主人様は幾つか此処より大きなお屋敷をお持ちでしたが、全て手放されて、今はこちらにずっと住まわれてます。」

「お金持ちなんですね。」

「そうですね、そうかも知れません。私はお金の事には触れないので、詳しくは分かりませんが。」

「あの、話が変わってしまうのですが、私は何故此処に連れて来られたのでしょう。」

「それは……。」


 会話の中で訊けば、上手く聞き出せるのではないかと思ったが、やはりタイミングを間違えたようだ。ナツキさんは少し考えた様子だったが、すぐに言葉を見つけたのか笑顔で言った。


「後できっとご主人様が教えて下さいます。申し訳ありません、私などが勝手に申し上げる訳にもいかないもので。」

「いえ、お気になさらず……。」


 出来れば、話が通じそうな彼女から情報を得たかったが、私を此処に連れて来た目的自体は口止めされているようだ。


 二階の左の廊下を歩き、一番奥の扉まで行くと、ナツキさんは足を止めた。焦げ茶色の扉である。ドアノブは陶器だろうか、白っぽい色をしている。


 ナツキさんはポケットから鍵の束を取り出すと、似たような形が沢山あるのに、直ぐに一本を選び取り、鍵穴に挿し込んだ。カチャリと軽い音を鳴る。


「こちらがナオ様のお部屋になります。」


 そう言って、扉を開いて、ナツキさんは私を招く。


 恐る恐る入ってみると、そこはテレビで見る豪華なホテルのような部屋だった。


「これは、広い、部屋、ですね。」


 驚きのあまり、片言っぽい言い方になってしまった。聞いていた相手は特に気にした素振りもなく、「そうでしょう。このお部屋はご主人様のお部屋と同じ大きさなんです。」とにこにこしながら返してくれた。


 入ってすぐに大きな天蓋のついたベッドがあり、左側に目を向けるとアンティークなソファと暖炉、大きなクローゼットも置いてあった。


 ベッドの側にある扉は訊けば、シャワールームに繋がっているらしく、中を開けて見ると、清潔そうなつるりとした洗面台と、写真でしか見たことのない猫足バスタブがあった。床と壁は総タイル張りで、水はけの為だろう、少し斜めに角度がついていた。


 呆気に取られている私に、可愛らしいメイドさんはこう言った。


「今日からここがナオ様のお部屋になります。どうぞ、今夜はもうお休みください。もし、御用があれば、寝台の側にあるベルを振って頂ければ、ご用件を伺いに参ります。」


 最後に「失礼いたします。」と言って、一礼した後、ナツキさんは部屋の外に出てしまった。





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