第四十六話 インディペンデンス・デ――イッッ!!
「諸君! いよいよ我々の闘争は最終局面に突入した! いよいよ今日、我々を苦しめ続けたグランディア公爵の城に突入する! 我らが友、我らが父母の屍の上で豪奢に耽る悪辣な領主を今こそ打倒するのだ! 諸君! あとすこし、後ほんの少しだけ、諸君らの力をこのピエールに貸して欲しい! 我々を苦しめる公爵を打倒するため、我々の怒りと悲しみを晴らすため、そして何よりも――我々の自由を勝ち取るために! 我々の真なる独立のために!!」
うおおおおおおっ、と万を超す革命軍が雄叫びを上げる。
夜明けの平原には、グランディア領革命軍の参加者五万がひしめき合っている。それらが一斉に雄叫びを上げて自分の演説に酔っている様子を見下ろし、革命軍筆頭指導者ピエール・ロベスタンは胸中で高笑いを上げていた。
馬鹿な民衆たちめ、と。
「いよいよですね、ピエール様」
演説台から降りたピエールに、彼の側近たちが笑顔を浮かべる。
「ああ、いよいよだ。いよいよ我々が、この領地の支配者となるのだ。我々をこんな僻地に押し込めた連中も今頃慌てているだろう」
「あとは公爵家さえ打倒すれば……」
「ああ。王家と交渉し、我々がこのグランディア領の代官になる。王都の政治家たちとて、こんな問題だらけの領地を直接支配しようとは思うまい。必ず我々が領政の中枢に食い込める……もちろん『我々』とは、苦楽を共にした真の同士たち、に限るがな」
ピエールたち革命軍指導者たちがニヤニヤと笑う。
彼らはグランディア領の騎士階級の出身者たちだ。それも、次男や三男といった主流から外れた者たちだった。
公爵を筆頭に、グランディア領の本来の上層部は思い通りにならない領地を嫌って代理の者たちを置いていた。ピエールたちは公爵家を補佐する騎士家の当主や嫡男の代わりにと、王都からこの領地へ飛ばされた冷や飯食らいたちだ。
自分たちが貧しい領地で苦労する間、父や兄が王都で悩みなく生きていると思えば、自然と恨みが積もる。その積もった恨みがとうとう三ヶ月前、第一王子の使者を名乗る者が訪れたことで爆発した。
『あなたたちの父親や兄弟を見返してやりませんか? 悪政を続ける公爵家を打倒したなら、グランディア領の上層部は責任を取って一掃される。そうしたら、あなたたちが新しい当主になればいい』
第一王子は手っ取り早い手柄を求めているらしく、彼が出向いた時にいち早く臣従を表明して頭を下げれば、あとは悪いようにはしないと言っている。
どのみち、このままでは死ぬまで冷や飯ぐらいだ。それくらいなら一旗揚げてやると、ピエールたちは入念に準備をして反乱を起こした。
そして、反乱は彼らの思う以上に順調に進んだ。
すでにグランディア領は革命軍の勢力下だ。あとは領都さえ落として公爵家当主を血祭りに上げれば、自分たちが親兄弟を蹴落として貴族になれるのだ。
「さぁ、行こうか。我々の栄光のために」
『栄光のために』
欲望に燃える指導者たちに率いられ、革命軍が進み始める。
いよいよ今日で決着が付くと、これまでになく早い進軍速度だ。
昼を幾らか過ぎた頃には、領都グランの外壁を視界に収める距離にまで近づく。
「では、愚鈍な民衆たちに突撃させますか」
「おいおい、一応連中も我々の仲間だ。あまりに見え透いた捨て石には出来んぞ」
「なら、オレが一番槍を。何、城に兵士はほとんど残っていないそうです。迎撃なんてありませんよ」
ピエールたち革命軍指導者たちは、すでに確定した勝利に浮かれながら相談する。
あとはどうやって分かりやすい手柄を演出するかだけなのだ。
軍議とは名ばかりの井戸端会議を続けている革命軍指導者たちだったが――
――グルォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
ビリビリと空気を震わす強烈な咆哮にビクリと腰を浮かす。
いったい何事だとテントを出て確認すれば、彼らは自分の目を疑うような光景を目の当たりにした。
「ど、ドラゴン……!?」
それは、領都の中心。公爵家の城が、巨大な赫いドラゴンに燃やされている光景だった。
赫い竜……全身から太陽の光を反射する綺羅びやかな鱗を生やすそれは、明らかに上位の成竜だった。
「馬鹿な……紅蓮竜だと!?」
――グルォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
紅蓮竜は領主の城を炎で焼却すると、ウサを晴らしたと言うかのようにひらりと飛び上がって空の彼方に消えていった。
革命軍は突然姿を現し、自分たちの攻略目標を灰にしたドラゴンに、ただただ唖然とするばかりだった。
「……どうしますか、ピエールさん?」
「……どうもこうもない。状況を確認するしかないだろう」
慎重に領都に接近した革命軍は、ほとんど無人の領都をあっさりと占領した。
そして問題の紅蓮竜だが……何があったかは、城下の刑務所に閉じ込められていた老人たちによって判明した。
領主の城でメイド長を務めていたという老女が、真面目くさった態度で説明してくれる。
「城にやってきた新しい公爵様は、なんと竜を従えておいででした。その竜に、革命軍を蹴散らせとお命じになられたのです」
その説明を聞き、ピエールたちの顔が青褪めた。
もしあの紅蓮竜が襲い掛かっていたら、自分たちは抵抗する間もなく消し炭にされていただろう。
「私たち城に残るしかなかった者たちは必死になって公爵様をお諌めしましたが、公爵様は『貴様らも革命軍の仲間か!? ならば牢屋で仲間たちが焼き尽くされるのを待っているがいい!』と仰って、私たちを投獄なされました。そして私たちが牢の中で絶望していると、あの竜の咆哮が鳴り響いたのです」
「……一体何が起こったのだ?」
「推測になりますが、おそらく竜のお方が公爵様をお見捨てになったのだと思います。革命軍を蹴散らせという公爵様の命令に、竜のお方は不快感を示しておられました。人間たちの争いに上位竜たる自分を巻き込むなど愚弄しているのか、と。それでも強要する公爵様に、竜のお方も我慢が出来なくなったのではないでしょうか」
「…………」
ピエールたちは顔を見合わせたが、牢の中に居たメイド長たちをこれ以上問い詰めても有益な情報を得られないだろうと、彼らを早々に開放した。
「ありがとうございます。あのいけ好かない悪女が処刑されるのを見物できなかったのは心残りではございますが、狭苦しい牢屋から出していただいたことには感謝しております」
メイド長たちはそう言って、先に逃げた親族たちと合流すると言って領都から出ていった。
領都を占領した革命軍だが、ピエールをはじめとした指導者たちは喜んでいいのか怒っていいのか悲しんでいいのか、どんな表情をすべきか定まらず、ただただ互いの顔を見合わせて唸るばかりであった。
「……どうする?」
「ほんとうに公爵は死んだのか? 死体は確認していないが……」
「確認できるはずなどない。城の有様を見ただろう? 岩が溶けるような高温で焼かれているのだぞ? 人体など骨も残らん」
「なら、生き延びていると?」
「壮大な自作自演の可能性はあるかもしれんが……」
「なら、公爵を探すか? もし公爵位を投げ捨てて逃げたなら、すでに領の外へ落ち延びた可能性がある」
「それでは革命軍が分解しかねん。行方も定かでない公爵を捜索しろといっても士気が保てるかどうか……」
「そもそも死んでいる可能性もある。捜索自体が無駄になりかねん」
うーん、と指導者たちは何度目かわからない呻きを漏らす。
すでに会議をはじめてから、同じところを堂々巡りするばかりだ。
悪の象徴である公爵の身柄が消え、彼らの想定していた決着が果たせなくなった。
ここまで順調に推移した分、この最後の最後で訪れた計画のズレに、革命軍指導者たちは意見が纏まらずにいた。
「……経緯はともあれ、悪政の元凶であった公爵が消えたのだ。革命軍に勝利宣言をしなくてはならないだろう。このまま結論を出さねば、革命軍全体が暴徒化する恐れがある。決着を告げ、早々に解散させなければ」
結局、ピエールの消極的ではあるが真っ当な意見に皆が頷き、領都を占領した革命軍に勝利宣言を告げた。
革命軍参加者たちは、自分たちの恨みを晴らすべき公爵の処刑を行えずに不満顔であったが、故郷の村へと三々五々と戻っていった。
「……それでピエールさん。王都へ連絡は?」
「連絡員は領堺で追い返されたそうだ。グランディア領の周囲は、国王の勅命によって封鎖されているらしい」
「反乱を起こした領地に対して真っ当な処置ではあるが……」
「では、第一王子殿下は?」
「いつ来ていただけるか不明な以上、殿下が来るまでは我らで領を治めねばならないだろうな……」
『………………』
自分たちは勝った。勝った筈だ。
なのにまったく勝った気がしない。
革命軍指導者たちは、勝者とは思えぬ重苦しい顔を見合わせた。
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