第四十七話 道化師の空回り

 ピエールたちはグランディア領を暫定統治するに当たり、自分たちを革命指導者会議と名乗った。

 さっそく革命指導者会議によるグランディア領統治が始まったが……すぐに彼らは罵り合いを始めることになった。


「税を取れないとはどういうことだ!?」

「どうもこうも、あの村は税の免除を約束して革命軍に引き込んだのだ。いまさら盟約を反故にするわけには……」

「そんなこと言っている場合か!」


「おい、革命軍の一部が盗賊になったと苦情が来ているぞ!? 戦略担当議員の職務怠慢じゃないのか!?」

「こっちだって訓練した兵士には限りがある! すぐに対応できる余裕などあるか!」


「そんなことより人手が足りん! 兵士もいないが、文官はさらにいない! もっと人をよこせ!」

「無茶言うな! 革命軍の殆どは字も書けない農民が主体なんだぞ!? 字を書けて計算できる人間がどれだけ貴重だと思っているんだ!」

「人をよこせ!」

「てめぇでなんとかしろ!」


 革命指導者会議の初代議長となったピエールは、喧々囂々と避難と文句が飛び交う会議を憂鬱に眺めた。

 自分たちは勝った。反乱を、革命を成功させた勝利者だ。

 なのに、何でこんな事になっている?

 自分たちは栄光を勝ち取り、称賛を受けている筈ではなかったのか?

 なのに、なんでこんな風に罵り合っているのだ?

 栄光と勝利を約束し合った同士たちの罵り合いに辟易し、ピエールはバンッと机を叩いて議員たちを黙らせた。


「……人員は補充するしかないだろう。領内に革命指導者会議への参加者を募れ。使える者がいれば、それぞれの議員がすぐに採用してくれていい」

「しかし……すぐに使えるような人間がいますか?」

「罵り合っているよりはマシだ。ともかく、なんとか領内を落ち着かせるんだ。このままでは……我々が非難の対象になりかねん」

『…………』

「とにかくなんとかするんだ。なんとか……」


 さもないと自分たちが、と続きそうになるのを、ピエールはなんとか押し留めた。

 不満を飲み込んで会議室を出ていく面々を見送り、一人になったピエールは頭を抱えた。


「……どうしてこんなことに……」


 ※   ※   ※


 それからしばらく領民たちからの苦情に顔を顰めていた指導者会議だったが、やがてスムーズに領内の統治が回り始めるようになった。

 その立役者ともいえる税務担当議員に、他の議員たちが久方ぶりに朗らかな顔になって彼を褒め称えた。


「いやはや、君にこんな才能があったとは」

「これでようやく、食料に怯えなくて済む」

「いやいや、私の力など些細なものだ。部下が全部やってくれたのさ」

「へぇ? 君の部下にそんなに有能な者がいたかな?」


 本当に久しぶりの穏やかな会議に、ピエールもにこやかな笑顔で話題をふる。

 税務担当議員も、笑顔で議長に答えた。


「いえいえ、領民から募った協力者ですよ。まだ若いですが、実に有能で、部下の扱いも上手い。本当に頼りになりますよ」

「君がそれほど持ち上げるとは……それならこの会議に呼んでみたらどうだ? 私からもぜひ労いの言葉をかけたい」

「そうですね。議長からの労いの言葉があれば、彼女もさらに奮起するでしょう」

「……彼女?」


 税務担当議員に呼び出された件の部下が会議室に入ってくると、議員たちの顔が驚きに染まる。

 上手く領内統治を回しはじめた立役者とは、十代中盤のまだ若い、とても美しい少女だった。


「議長閣下には初めてお目にかかります。リレーネ・ランディと申します」


 美少女――リレーネが折り目正しくカーテシーをして挨拶をした。その洗練された仕草に、田舎騎士の議員たちがさらに驚愕する。


「……リレーネ君。君は何処かの貴族の出か?」

「以前は王立学園に通っておりました。しかしながら家の都合でひどい土地に送られそうになり……その、恥ずかしながら出奔いたしまして……」


 少女が恥ずかしげに告白する。釣り眼がちな、気の強そうな少女だ。気に入らない結婚を強いられて出奔したと言われれば、たしかにやらかしそうな気配がある。

 そして、王立学園に通っていた貴族子女なら、この洗練さも納得だった。それなりの教育がされているのだろう。


「君のような人材がいてくれて助かるよ。これからも税務担当議員の力になってやってくれ」

「畏まりました、議長閣下」


 再び洗練された挨拶をするリレーネに、ピエールも久方ぶりに笑顔を見せた。


 ※   ※   ※


 議員たちに注目されるようになったリレーネだが、彼女の上司である税務担当議員が言う通り、彼女はとても有能だった。

 とにかく、人を動かすのが上手い。

 人の不得手をすぐさま察し、より力を発揮できる仕事を割り振る。それで成功した者は彼女の知見に感動して信頼し、友人に彼女のことを伝える。リレーネはやがて、税務だけでなく他の部署からも相談を受けるようになった。

 そしてそれは、革命軍だけに限ったことではない。

 領民からの苦情や訴えも、リレーネは速やかに解決していった。

 手が足らず放ったらかしにされていた盗賊に悩まされる村には、自ら出向いて村人たちを指揮して盗賊たちを追い返した。

 食料が足りないという訴えには、予め把握していた食料に余裕のある村から供出させた。もちろん、食料を出した村には出した分の食料を来年の税から免除する見返りも与えた。

 

 有能なリレーネに、革命指導者会議の面々は、はじめは彼女をありがたがった。

 だが、やがて不安を感じ出した。

 その最初の一人は、彼女の直属の上司である税務担当議員だった。

 彼の部下が、いつの間にか自分よりリレーネを頼りにしているのを見て、彼は彼女が自分の地位を奪うのではと恐れはじめた。

 下剋上を恐れる彼は、密かに彼女を領都から遠く離そうと企んだのだが……それは彼の部下たちが反対した。彼女が居なければ、もはや仕事が回らない。彼女を排除するなんてもっての外だ、と。

 部下に諌められた税務担当議員だが、それは余計に彼の猜疑心を刺激するだけだった。

 リレーネを恐れた彼は、とうとう昼の往来で彼女に襲い掛かった。彼女の悲鳴を聞いて人々が駆けつけると、リレーネは上司に伸し掛かられて服を破られていた。


「こいつっ!」

「何しているんだ!」

「うるさい! 女は黙って従ってればいいんだ! 女如きがわたしの、わたしの地位を奪うなど! 許されるはずがあるかァァァああああ!!?」


 結局、税務担当議員は婦女暴行の現行犯で役目を追われた。彼の任を引き継いだのは……当然の如くリレーネだった。


「非才の身ですが、グランディア領のために粉骨砕身し力を尽くします」


 そう言って指導者会議で決意表明するリレーネに、議員たちは疑いの目を向けた。

 あまりにも鮮やかに上司を解任させ、議員の地位を手に入れた。

 見事な下剋上だ。たとえ、彼女にその意志があろうとなかろうと……。

 否、リレーネの本心など関係ない。

 重要なのは、領民の期待が、指導者議会よりもリレーネ個人に向けられはじめていることだった。


「……ピエール議長。彼女を解任できないのですか?」

「無理だ。各部署が納得しない。文官も兵士も彼女を支持している。ここで無理やり解任などしたら、我々指導者会議の公平性が疑われる」


 革命指導者会議は、グランディア領の公平で健全な統治を行うという名目でピエールたちが議員の席を占めている。反乱を起こして指導者の地位に座る彼らを保証しているのは、領民からの支持だけなのだ。その領民の支持を裏切れば、彼らの正当性が揺らぎかねない。


「しかし、このままでは……」


 指導者会議の面々が押し黙る。

 反乱によって支配者の席に座った彼らが恐れるのは、別の誰かが反乱を起こすことに他ならない。

 反逆者は反逆したが故に、他者の反逆を過敏に恐れるのだ。


「……しばらくは様子を見よう。彼女が有能なのは確かなのだ。彼女の功績は指導者会議の功績だ。そうだろう?」

『…………』


 ピエールの決断を先延ばしするような意見に、議員たちは押し黙ったままだった。

 理屈ではない。感情が、恐れが、リレーネを認められないのだ。

 その感情は、すぐに指導者会議で爆発することになった。


「資源管理議員。あなたには横領の疑いがあります。革命軍の立ち上げ時、資源を領外へ横流ししましたね?」

「で、でたらめだ! そんな証拠がどこに……」

「証拠ならあります。当時のあなたの部下から事情聴取し、取引内容の写しも手に入れました。言い逃れは出来ません」

「それは……それは革命に必要だったのだ!」

「なら、それは革命軍に還元されていなければなりません。しかしそうでないなら、これは着服に他なりません。いまならまだ指導者会議に略服した金銭を提出すれば不問に出来るかと思いますが?」

「ぐっ、ぐぐっ……」

「あくまで指導者会議は、王国が統治団を派遣してくるまでの代理です。王国の代官が来た時に備え、我々は公平で健全な統治をしていたことを証明せねばなりません。そうではありませんか、議員の皆さん?」

『…………』


 議員たちの顔が赤や青で色分かれした。

 もともとが、自分の立場や地位に不満を持って反乱を起こした連中である。うまい汁が吸える立場になって、それを我慢できたものなど居なかった。

 ここにいる者たちは、すべてが何らかの不正を犯していたのだ。


「……消そう」


 会議の後、ピエールたちは人知れず集まって、リレーネの排除を決めた。


「あの小娘がこのまま我らの不正を暴き立てたら、この領地どころか、この後代官が派遣された後にも王国に居場所がなくなってしまう。我らが滅ばぬためには、あの小娘を消さなければならない……」


 議員たちは無言で頷いた。

 すぐに、信用できる子飼いの部下たちを使って、リレーネを拉致することが決定した。

 だが、部下たちはリレーネの確保に失敗した。


「この役立たずが!」

「し、しかし、あの小娘はかなりの使い手です。我らも手傷を負いました。あの戦力では……」

「言い訳をするな! 貴様らは粛清だ!」


 ピエールは自分で剣を振るって部下たちを斬り殺した。


「拙い……この騒動を多くの人間が目撃してしまった……このままでは我々があの小娘を排除しようとしたことがバレてしまう……」


 いや、すでにバレている。

 すでに領都から、統治業務に関わっていた指導者会議の部下たちが多数脱出していた。

 すでにピエールたちは、民から見捨てられはじめたのだ。


「もっと穏当な方法があっただろ!」

「何を言う!? お前だって小娘の排除に賛成したはずだ!」

「それより小娘を追いかけるんだ!」

「いまさら間に合うか!」


 議員たちが……栄光と勝利を夢見て反乱を起こした同士たちが、口汚く罵りあった。

 血塗れの剣を握り締め、ピエールは同士たちの醜悪な姿を呆然と眺めた。


「なぜ……なぜ、こんなことに……」


 ※   ※   ※


 リレーネが領都から脱出してわずか三日後。事態は指導者議会の想像を絶する速度で進行した。

 領都の周りを、多数の農民たち――かつて革命軍としてピエールたちに従ってた人々が集まり、口汚くかつての指導者たちを弾劾していた。


「この卑怯者ども! 自分たちだけ良い目を見ようとしやがって!」

「お前たちもかつての公爵と同類だ!」

「お前らのせいでオレの村がなくなった! 貴様らが反乱なんて起こさなければ……!」

「オレたちの暮らしを返せ!」

「オレたちの金を返せ!」

「オレたちの平和を返せ!」


 町の外から響き渡る弾劾の叫びに、指導者会議の面々はすっかり窶れ果てていた。

 皆頭を抱え、反乱を起こしたことを後悔していた。


「……どうする?」

「どうするも何も、逃げるしかないだろうが!」

「だから、どうやってだ? すでに領都の外は農民たちに囲まれている。俺たちの顔は覚えられているだろう。逃げることこそ至難の業だ」

「ならどうするんだ!」

「俺が知るか! だいたいお前が俺を巻き込んだんだろうが!」

「何だと!? 反乱なんて言い出したのはお前じゃないか!」

「ほざけ二枚舌が!」

「…………」


 ピエールは一言も発せず、同士たちを眺めていた。

 もう、どうしようもない。そのことを誰よりも察しているがゆえ、罵り合いに関わる気概も湧いてこなかった。


「だいたい、公爵家の人間を処刑できなかったのがそもそものケチの付けはじめだ! 木の根草の根を分けても探していればこんなことには!」

「死んでいるかも知れないと言ったのは貴様だろ!?」

「生きているかも知れないじゃないか!」


 そうだ、ケチの付け始めはそこだ。

 公爵家の人間を処刑できなかった。それが勝利を曖昧なものにした。民の怒りの矛先を曖昧にしてしまった。

 その曖昧になった矛先が、いま自分たちに向けられている……。


「お前の……お前らのせいでぇぇええええっ!!」


 罵り合う言葉も尽きはじめた頃、議員の一人が剣を抜いた。

 一人が抜けば、後は連鎖反応だ。

 会議室に剣呑な空気が充満する。


「や、やめろ! いまさら殺し合いなどして――」

「うるさい!」


 押し止めようとしたピエールの胸を、剣が袈裟懸けに断ち切った。

 ピエールはくぐもった呻き声を上げ、力なく椅子にもたれかかった。


「貴様!」

「こうなったらお前らの首で……!」


 議員たちが殺し合いをはじめた。

 傷口を押さえながら、ピエールは彼らの同士討ちを言葉もなく眺めるしかなかった。

 目を血走らせ、口汚く罵りながら殺意を迸らせるかつての同士たちは、あまりに醜悪で……あまりに見苦しかった。


「…………」


 程なく、会議室は血の海に沈んだ。

 まだ息があるのは、皮肉にも最初に斬られたピエールだけだった。

 だが、助かる傷ではない。

 しばらくすれば、自分も血の海に沈んだ同士たちの仲間入りだ。ちょっとだけ、地獄行きが遅れただけの話だった。


「おやおや、これはとんでもなく血腥いことになってるねぇ」


 血の臭いでむせ返る会議室に、一人の少女が入ってきた。

 彼らが排除しようとして、それが彼らの崩壊の引き金となった少女。


「……リレーネ……貴様……?」


 ピエールは眉を顰めた。

 血の海を気にせず歩み寄ってくる彼女の雰囲気が、自分の知るリレーネとは一変している。

 なんというべきか……輝きが違う。

 他を圧し惹き付ける、綺羅びやかな生命力が全身から迸っている。

 元から人の視線を惹き付ける少女であったが……今の彼女は、一度目にしたら視線を逸らせない強い存在の引力がある。


「ああ、すまん。リレーネっていうのは偽名なんだ」

「……偽名、だ……と……?」

「ああ。あたしの名前はキリハ。キリハレーネ・ヴィラ・グランディア。グランディア女公爵だ」

「なっ……ががぁ、あ……!!」


 立ち上がろうとして果たせず、ピエールはただただリレーネ……否、キリハレーネを睨み付けた。

 彼が討ち取ろうとして果たせなかった公爵が、手を伸ばせば届く距離にいるというのに、もはやピエールは腕を持ち上げる力すらない。


「…………は、はは……はははははっ! はははは、げっ……ははっ……な、ぁんだ……私は、最初から……道化だった……のか……」

「あたしは道化から脱するチャンスを与えたと思うけど? 公平で健全な政治をすれば、誰が統治したって関係ない。それがあんたらの主張だったろう? 公平で健全になれば良かったのにさ」

「……く、く……なるほど、なぁ……これは敵わぬ……敵うはずがない……私なんか、とは……役者がちがう……は、は……私は、道化にすら……ごぶっ……」

「もう黙っとけ。苦しむだけだぞ」

「……悔しいなぁ……悔しいなぁ……私は、あなたの敵にすらなれなかった……ああ、せめて、せめて敵として死にたかったなぁ……こんな間抜けな道化じゃなく、あなたの敵として果てれば、せめて後悔だけは……」

「…………」

「悔しいなぁ……悔しい、なぁ…………」


 それが、革命軍筆頭指導者にして革命指導者会議議長、ピエール・ロベスタンの最後の言葉だった。


「……仇を取ってやる、って言ってやれるほど深い仲じゃあないが、安心だけはしとけ。ケジメだけは、きっちり付けておいてやるよ」


 キリハの言葉が、はたして死に際のピエールに届いたのか。

 だがピエールの死に顔は、思いの外穏やかではあった。


 ……キリハが公爵位を継承してから、およそ二ヶ月半。

 こうして、グランディア領の反乱は、あっけなく収束した。

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