第四十五話  詰みでもチェックメイトでも好きな方を選べ

 予想通り、キリハたちの領都までの旅は、ひどく憂鬱なものになった。

 領堺の村は、まだ良い方だったのだ。

 反乱に駆り出されて男手がなくなった村は、王都のスラムの方が百倍はマシな悲惨な状況に陥っていた。食い詰めた村人たちが盗賊に身を窶している例もあったが、老人と女性だけの盗賊には、襲われたキリハたちの方が同情してしまうほどだった。わずかばかりの保存食を渡すと、まるで神様のように拝まれた。よほど食い詰めていたのだろう。

 他にも、魔物に襲われたらしき廃村もちらほら。人骨をつつくカラスには、豪胆なキリハもさすがに気分が悪くなった。


「最初の村の村長の話じゃ、『革命軍』とか自称してる反乱軍の連中、村という村から力づくで男手を奪っていってるらしい。なんにもしなかった公爵家も悪いが、革命軍とやらも碌なもんじゃないね」

「その革命軍だか反乱軍ですが、なんとか出来るんですか?」

「言っちゃなんだが、反乱軍って言ったって元は農民が大半だろ? ヤンチャしてるヤンキーどもと変わらないよ。お山の大将を手早く排除できれば、脅し透かして何とかなるかも知れん」

「暗殺ですか……どう考えてもお嬢様の選ぶ手段じゃないんですけど……」

「キリハレーネは『悪役令嬢』なんだろ? 暗殺ぐらい日常茶飯事だったろうに」

「『このいと』はそんなサツバツとしたゲームじゃありませんよ!? 悪役令嬢はあくまでいやがらせがお仕事ですから!」

「だいたい、あたしもなんだかんだで今や女公爵様だ。貴族に暗殺は付き物だろ? ま、それにしたって頭数が揃ってればの話になるが……」


 キリハが突っ込めば容易いだろうが、これはそれで解決する問題ではない。

 領主側にもそれなりの兵力がないと脅しにならない。ただ頭を排除しただけでは、一揆衆はそのまま盗賊や野盗にスライドするだけだ。


「あたしの仕事は、反乱を鎮圧して、革命軍を農民に戻して、この領地をそれなりに平和な状態に戻すことだ。革命軍とやらが領地を荒らすようになったら、結局領地が破綻する。そうなったら結局公爵の位を没収されて本末転倒だ」

「それ、かなりの無理ゲーなんですけど……」

「島原の乱も、鎮圧後は島原藩が改易の上で藩主の斬首だからねぇ。一揆やら反乱なんてのは、起こった時点でほとんど手遅れだよ」


 極論すれば、反乱が起きた時点で領主の監督不行き届き。十分に改易の口実になる。なのにキリハが女公爵になんてなったのは、自称革命軍への生贄という意味合いが強い。

 悪い領主が死ねば、農民たちも多少は頭が冷えるだろうという国王や政府の思惑なのだ。


「えぐい……乙女ゲーの世界なのに、考え方がエグい……」

「これくらい考えられないと政治の舵取りなんて出来ないだろ」

「うう……本来の運命(シナリオ)なら、反乱なんて予定にないのに……あのユリアナのせいで、僕のお気楽ライフはぶち壊しです……なんであんなのが紛れ込んできたんだか……」


 ここまで丹念に整備してきた世界がたった一人の異物にかき乱され、ジェラルドは沈痛な顔で慨嘆する。

 自分の不運をぶちぶちと呪うジェラルドだが、ふと何かに気付いた顔でキリハに問いかけた。


「……もしかして出発前に領を封鎖して欲しいって国王に言ったのは、外からユリアナの手が入るのを防ぐためですか?」

「革命軍とやらがグランディア領の外に出るのももちろん問題だが、あの女にこれ以上掻き回されたら面倒だからな」


 キリハは何気ない顔で説明するが、ジェラルドの方は女公爵にされたあのタイミングでそこまで考えていたのかと、改めてキリハという人物に恐れおののいた。

 というか、明らかに死地に赴いているのに、彼女はまったくいつもの調子だ。

 いまさらながら、予定の少女ではなく彼女がやって来てくれたことに、ジェラルドはようやく救われた心地がした。


「キリハ様なら、なんとかしてくれそうな気がしてきました」

「さて、それは領都を見てみないと何ともいえんな」


 道の先に見えてきた城壁を眺めてキリハが言った。

 グランディア領の領都グランは、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。街の入口に門番は立っておらず、大扉が開けっ放しになっていた。

 領都の中央の領主の城に辿り着いて、ようやく誰何の声が城壁の上からかかる。

 キリハが新しい領主だと名乗ると、城の跳ね橋が慌ただしい勢いでかかり、半開きの城門から転がるように一人の人物が転がりだしてきた。


「お、おおおおお待ちしておりましたキリハレーネ女公爵様! 私はグランディア領の代官でございます!」

「そうか。ならさっそく状況を――」

「状況はこちらに書き記してあります! 領主の印章もこちらです! では!」


 キリハに書類やら何やらを押し付けると、代官はそのまま町の外へ飛び出していった。尻に火がついたかのような必死の逃げっぷりだ。


「……あー、どういう状況か、ちゃんと説明してくれるか?」


 そろりそろりと逃げ出そうとしていた兵士をひっ捕まえて問い詰めると、彼は悲痛な顔で報告した。


「……すでに革命軍を名乗る連中は、領都から一日の距離まで迫っています。その数はおよそ五万……この城には、すでに百名足らずの兵士しかおりません。このままでは磔にされると、多くの兵士が逃げた後で……代官様も、逃げるタイミングを今か今かとお待ちしていたようで……」

「ギリギリであたしがやって来たんで、全部あたしに押し付けたってわけか……邪魔したね。ほれ、逃げていいよ」


 キリハが手を離すと、兵士も鎧や武器を捨ててスタコラと逃げ出した。

 門番のいなくなった城壁を潜ると、人気はほとんどなかった。

 キリハは、よく見知った気配を感じた。夜逃げした家の中のガランとしたあの空気だ。

 場内を歩き回れば、装飾品の類がごっそりなくなっている。絨毯は引っ剥がされ、シャンデリアまで取り外されている。


「姉御! 倉庫に食べ物がなにもないぞ!」


 真っ先に食べ物の確認に言ったグルメドラゴンが憤慨した顔で報告した。

 どうやら、まさしくこの城の住人たちは、皆そろって夜逃げしたようだ。


「……こりゃ、戦う以前の問題だね」


 ここまでくると、もう本当に笑うしかない。他に出来ることがあるなら教えて欲しいものだ。


「……キリハ様ならなんとか出来るんです、よ……ね?」

「そんな縋るような目で見られても、これじゃあねぇ」


 ずんずん進んで城の奥の執務室の扉を開けると、数人の老人たちがキリハを待っていた。

 老人たちの先頭に居た、メイド服の老女が折り目正しく頭を下げた。


「お待ちしておりました、キリハレーネ・ヴィラ・グランディア女公爵閣下。私はこの城のメイド長でございます」

「あんたらは逃げなくていいのか?」

「私たちでは、若者の足手まといになりますから」


 すでに死を受けれているのだろう。メイド長以下、老人たちの表情はとても澄み切っていた。


「閣下こそ、お逃げにならなくてよろしいのですか? 失礼ですが閣下のようなうら若き女性が反乱を起こした不届き者たちに捕まれば、とてもお辛い目に遭われると思いますが」


 メイド長が同情するような目でキリハに忠告してきた。

 なんと言っても、今のキリハは泣く子も黙るグランディア公爵。革命軍の打倒すべき首魁なのだ。連中に捕まれば、さんざん痛めつけられた挙げ句嬲りものにされるだろう。

「くっころ」どころか、薄い本もドン引きな陵辱劇になるのは火を見るより明らかである。


「ふぅん……メイド長、あんたはなかなか信頼できそうな人物だな」

「どういう意味でしょうか?」

「あんただって、領地がこんなになるまで放っておいた公爵家には一物あるはずだ。なのにあたしを心配する言葉を発してくれる。良識を保った、信頼できる人物だ」

「……もちろん、私もこの地の民の一人です。公爵家にはひどい目にあっちまえと思っていることは否定しませんが、閣下のようなうら若い女性が嬲られるのを望むほど良心を捨ててはいません」

「それに、どうやら革命軍とやらにも思うところがありそうだ」

「村々から男手を無理やり攫っていくような強引な連中です。あんな者たちが健全な領地運営ができると思うほどお目出度くはありませんので」

「うんうん、了解した。なら、さっそく仕事をしてくれるか? お茶を淹れてきてくれ。茶葉は多少なら馬車に積んできたからね」

「……かしこまりました」

「なんなら毒を入れてくれてもいいぞ? 革命軍に引き渡せばあんたたちの身も安泰だろ」

「非常に魅力的な提案をいただきましたが、残念ながら私たちにはプロの自負があります。毒を混ぜるのは言葉だけにさせていただきます」

「うん。ならよろしく頼む」


 メイド長以下の使用人たちが頭を下げて執務室を出てゆく。

 彼女たちのぴしっとした後ろ姿を眺めながら、キリハはどかりと椅子に身を沈めた。


「いやはや。こういうところにも人物はいるもんだ。芯の通った人間は見ていて気持ちよくなる。彼女を知っただけでもここまで来た意味があるな」

「いやいや! それよりこれからのことですよ! どうするんですか!?」

「どうする? 城に残ってるのはお迎えを待つ老人だけだぞ? それで鎮圧なんて出来るはずもない。詰みだよ、詰み」

「そ、そんな簡単に詰みだなんて……」

「なら、チェックメイトでも将死でも好きな言葉を選べ。だが、言葉を繕っても仕方がない。もうこの時点で反乱は成功だ。勝つことは万に一つもありえないよ」

「そ、そんな……」

「なら、このまま旅に出るか? 我と姉御なら何処でも行けるだろう」

「そうしたいのは山々だけどねぇ……」


 食べ物がなくて不貞腐れていたヒエンの申し出は実に魅力的だ。

 だが残念ながら、今のキリハには様々なしがらみがある。

 望まないものも多いが、望んで結んだしがらみも多い。そのすべてを見捨ててケツを捲くっては、キリハのスジが通らない。


「ま、逃げるのはいつでも出来る。いつでも出来ることはいつかやればいい。今やる必要性は見当たらないね」

「な、ならどうするんですか!? まさか逆転の秘策が!?」

「だから、勝てないって言ってるだろ。勝てない以上、打てる手は三つだけだ」

「三つもあるんですか!?」

「ああ。まず一つ目は、逃げることだ」

「……逃げないって言ったばかりですよね?」

「だな。そこで二つ目だが、尻尾を振って降伏することだ」

「……降伏しても許されそうにありませんけど?」

「だな。ま、あたしが降るのは尻尾じゃなくて尻になりそうだけどな」


 けらけらと笑うキリハに、ジェラルドが頭を抱える。


「……笑ってる場合ですか?」

「まぁまぁ、まだ最期の手段が残ってるだろ?」

「……逆転できる手段なんですか?」

「だーかーらー、勝てないって言ってるだろ。逃げるのも降伏も無理なら、残された手段は一つしかない。相手の勝ちにケチを付けることだ」

「………………………………は?」

「だからケチだよ、ケチ。勝ち誇ってる相手の気分を台無しにしてやるんだ。勝てない以上、それくらいしかすることないだろ?」


 ジェラルドがまじまじと見つめていると、キリハはニヤリと笑った。実に人を食った、意地悪そうな、悪戯を思い付いた悪ガキのような笑顔だ。


「さて、どんなやり方で奴らの勝ちを台無しにしてやるかねぇ?」

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