第三十七話 俺の〇〇を賭ける!

 王都の裏社会を牛耳るのは『鎖の蛇』と呼ばれる闇ギルドだった。

 現在『鎖の蛇』のボスを務めるのはヴィンゼンド・グラーダという男だった。歳は二十歳そこそこ。先代から継いだばかりだが、すでに裏社会のボスらしい危険な香りを漂わす伊達男である。

 ヴィンゼンドは定まった拠点を持たない。常に数箇所の隠れ家を転々とし、その隠れ家もひと月毎に更新されては廃棄される。

 今夜の彼が身体を休めるのは、町外れの幽霊屋敷の如き建物だった。もっとも幽霊屋敷なのは外観だけで、中は高級ホテルのように整っている。

 夜も更けてそろそろ床に就こうとしたヴィンゼンドは、階下が騒がしくなっているのに気付いた。すわ敵対組織の鉄砲玉かと剣を手に取って、襲撃者がやってくるのを待ち構えた。


 ――コンコン。

 

 蹴破られるかと思った扉が軽くノックされる。

 訝しい顔をしたヴィンゼンドだが、拒否する理由もないので入室の許可を出す。

 入ってきたのは、薔薇のように艶やかな美少女だった。もちろん、美しさに比例したトゲをたっぷりと生やしている。


「邪魔するよ」

「……キリハレーネ・グランディアか」

「貴族号を付けなよ。平民が『ヴィラ』を略すのは無礼だろ?」

「アポもなく飛び込んでいた人間に対する礼もないと思うが?」

「しらばっくれるなよ。あたしが殴り込んでくるのは予想してたろ?」


 キリハは鼻で笑うと、悠々とヴィンゼンドの執務室に踏み込んできた。キョロキョロと部屋を見回し、どこか残念そうな顔をした。


「酒はないようだね」

「下戸でね。酒より茶の方が好きだ」

「そうかい。裏組織の大ボスの部屋だ。ちょっと期待してたんだけどね」

「やめてください。あなたは一応未成年でしょうが」


 キリハに遅れ、執事服の男が入ってきた。

 ヴィンゼンドはじろりとキリハを睨んだ。


「……意外だな。噂の紅蓮竜を連れてこなかったのか?」

「置いてきた。あたしは取り引きに来たんでね。あいつを連れてきたら脅迫になっちまうだろ? あたしはフェアな勝負が信条でね」

「それは奇特な心掛けだな」


 他愛のないお喋りをしていると、ヴィンゼンドの部下たちがよろよろと部屋にやってきた。

 青痣の痛みに顔を顰めながらも、彼らは深夜の闖入者を睨み付けた。


「……ボス。逃げてください。ここはオレたちが……」

「やめとけ。無駄死にすることはない。お前たちを殺そうと思えば殺せたはずだ。それをしなかったということは、こちらのお嬢様は話し合いがお望みということだ。挨拶された程度で死ぬこたぁない」

「……了解しました」


 部下たちは頷いて壁際に下がる。

 キリハが感心した声を出した。


「大したもんだ。部下に慕われてるし、部下を掌握している。若いのになかなかの御仁だ」

「あんたに若さ云々を言われたかないな……それで、一体何の用かな?」

「分かってるだろ? あたしへの暗殺をやめさせて欲しい」

「そうだな、やはりそうだろうな」


 この少女への暗殺依頼があったのは勿論知っている。暗殺専門の『ハーメルン』が動いているのも。

『ハーメルン』はしぶとい組織だ。鉄砲玉はその時その時用意するし、横の繋がりも取らないようにしている。治安騎士団が何度か潰しても、組織の中核である煽動者が雨後の竹の子のごとく出てくる。

『ハーメルン』をどうにかしようと思ったら、それより上位の裏組織の力がいる。つまりは王都の裏社会を牛耳る『鎖の蛇』の力が。


「それで? 頼めば止めてくれると思ったのか?」

「いんや? アンタが肝が座ってる。殺さないでやるから止めさせろ、なんて言っても無駄だろ?」

「そうだな。俺を殺しても無駄だ。それにそもそも『ハーメルン』は別組織だ。命令できる筋はない。奴らを止める時は、俺が奴らを潰すと決意した時だけだな」

「……ふぅん。安心したよ。あんた、悪党ではあるがクズではないようだ」

「ほう? どうしてそう思う?」

「別に『ハーメルン』が潰れても構わないって思ってるだろ? そうじゃなきゃ、そんな他人事みたいな言い方はしないし、そんな冷ややかな声は出さないさ」

「……確かに、気に入らない連中ではある。年端もいかないガキに刃物持たせて突っ込ませる反吐が出る連中だからな。だが、それでもヤツらは上納金を払ってる。金を払う以上は目を瞑る。そうでなきゃ、組織は回らねぇ。組織の頭をやる以上、泥を喰ってでも部下を食わせにゃならん」

「……いいねぇ。あんた、なかなかイイよ。なかなかイイ悪党だ」


 ニヤリと笑うキリハに、ヴィンゼンドはぞくりと背筋を震わせた。

 ――この女、なんて笑い方をしやがる……!

 とても十代の小娘の笑みではない。

 得体の知れぬ迫力を感じ、ヴィンゼンドは『こんなクソガキに舐められてたまるか』と腹に活を入れ直した。


「なら、ひとつ勝負をしないかい?」

「……勝負、だと?」

「ああ。あたしの暗殺を諦めるのに相応しい額を賭けてね」

「……その金で俺たちに『ハーメルン』を抑えろってか?」

「いや? 潰して欲しい。何の後ろ盾もない子供を利用するようなクズがいるなんて腹立たしいじゃないか」

「……確かにな。俺も『ハーメルン』にはムカついてる。だが、それで俺が素直に勝負に応じると思うのか? だいたい、あんたはその大金に見合った質があるのか?」

「あるじゃないか。眼の前に」

「何?」

「賭けるのはあたし自身だ。あたしの身柄を全部賭ける」。

「……オレたちみたいな裏組織に身体を賭けるって、その意味を分かって言ってるんだな?」

「ああ。あんたが勝ったら、あたしの肌から内臓に至るまで、全部好きにすりゃいいさ。おまけに処女だ。結構な額になると思うけど?」

「……たしかに、な」


 ヴィンゼンドはキリハを眺める。

 彼女は間違いなく美少女だ。しかも、その身体つきも素晴らしい。あと二、三年も熟成させればむしゃぶりつきたくなる美女になるに違いなかった。

 いくらでも稼ぐことが出来るだろう。たとえ壊れても、大金を払う相手に苦労はしないに違いない。


「それとも怖いのかい? あたしみたいな小娘と勝負するのが」

「……下手な挑発だな」


 無論、受けない選択などない。

 単身でここまで乗り込んできた相手に挑まれた勝負を断れば、臆病風に吹かれたという評判が立つのは避けられない。裏組織の長にとって、腰抜けと思われるのは一番避けねばならないことだ。

 何より、絶対に勝てる勝負でこの美少女を自分のものに出来るのだ。

 やらない理由がない。

 だが、そう簡単に頷くのも癪だ。挑発されたのなら、挑発を返さねば示しがつかない。


「……いいだろう、受けてもいい。受けてもいいが、お前さんの身体に大金に見合う価値が本当にあるのか? 女はいくらでも化けるからな」

「ここで裸になれとでもいうのかい?」

「いやいや、そこまでは言わないさ。ただそうだな……ひと勝負事に、あんたには服を脱いでいってもらおうか」

「あ?」

「脱いでく服に応じて掛け金を定めよう。全部脱がしたら俺の勝ちだ。どうせ負けたら俺のものになるんだ。肌を晒すくらいどうってことはないだろう?」


 下卑た嗤いを浮かべて舐め回すような視線を向けると、キリハは自分の体を抱え込んだ。

 やはり女だ。男の獣欲には敏感らしい。


「……いいよ、分かった。勝てばいいだけなんだからね」

「そうだな。勝てばいいだけだ。それじゃ、やろうか」

「ああ、やろう」


 そういう事になった。

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