第三十六話 その幻想(乙女ゲー)を破壊する!

 ヴィラルド王国には国教は定められていない。宗教の自由というより、この大陸ではほぼ一つの宗教が大勢を占めているのでいちいち定める必要がないからだが。

 大陸最大の宗教団体『慈神教団』は、この大陸を見守る慈愛の神を崇め、人々を慈しみ癒やしを与えることを使命としている。


「慈愛の神ジェヘラザール・アイ・ルールドよ。我々に救いを……」


 ヴィラルド王国の下町に存在する粗末な教会で、一人しかいない司祭が集会場で女神像に向かって祈りを捧げていた。

 下町で炊き出しを行い、貧民街のストリートチルドレンにも施しを欠かさない彼は、聖職者の鑑として知られる名司祭だ。祈りの姿も、実に堂に入った姿である。

 司祭が祈りを捧げる集会所の扉がギイィと軋み声を上げた。司祭が振り向くと、一人の女性が入ってきた。

 丁寧にセットされた金髪の巻き毛が印象的な、一見して貴族令嬢と分かる十代後半の少女だった。背後には執事が従っている。


「これはこれはお嬢様。こんな粗末な教会に何の御用でしょうか?」

「ええ、この教会に聖職者の鑑と噂の司祭様がいると聞き、是非にお会いしたいと思って伺いました」

「それはそれは。ならばガッカリしたでしょう。噂の人物がこんな貧相な男では」

「いえいえ、とんでもありません。噂以上の方だと感心しております」

「綺麗なお嬢様に褒められると照れますな」

「ええ、本当に感心しています。わたしがキリハレーネ・ヴィラ・グランディアと知ってもまったく顔に出さない胆力には」


 瞬間、キリハから殺気が噴き上がる。

 司祭は温厚な表情を脱ぎ去り、驚異的な身体能力で飛び上がった。一目散に周回の裏口から脱出しようとするが、


「がぁぁあああっっ!?」

「ここは通行止め、だ!」


 吹っ飛んできた裏口のドアにふっ飛ばされた。

 ドアを蹴り飛ばしたヒエンが、ニコニコしながら入ってくる。


「ぐ、ぐぬぬ……」

「あんたが『ハーメルン』の構成員か。貧民街の孤児を使って暗殺を行うクソ野郎だってな?」

「貴様……いったいどうやってわたしまで!? ガキどもにはまったくの第三者を使って命令している! 私まで辿り着けるはずがない!!」

「その第三者が利用できる孤児を見繕うのが巧すぎたからな。事前に下調べをしていたのは察しが付く。あんたがやってた炊き出しや孤児への施しは、使えそうな子供を見繕う下調べって訳だ。なるほど、聖職者なら怪しまれないよな」

「そ、それだけで……」

「もちろん、それだけじゃ決定打にはならない。後はハッタリ、だな」

「あ、あの殺気がハッタリだと!? 貴様は司祭に対して証拠もないのにあんな真似をしたのか!?」

「あたしは正義の味方じゃない。それに宗教家とは、あたしも散々やりあってきたからね」


 神様をお題目にした連中は、極道よりもタチが悪い。

 キリハも前世では、自分たちのシマで『幸福になる浄水器』とか『ガンが治る聖なるケイ素水』を売っていた似非宗教の連中とドンパチを繰り広げていたものだ。


「というわけで『ハーメルン』さん。あんたの仲間の何処を教えてくれるかな?」

「……無駄だ。『ハーメルン』は私以外にもたくさんいる。そのすべてを調べ上げて潰すなど不可能だぞ? そもそも、お前のような小娘に私が口を開くと思うか?」

「そうか! そうだよな! そうでなくちゃ面白くない!」


 薄ら笑いを浮かべた司祭の挑発に、キリハは満面の笑みで応えた。

 訝しげな顔をする司祭に、キリハはことさらにニコニコと笑い掛ける。


「あたしもけっこう頭にきててね。久しぶりにクズの悲鳴を聞いてスッキリしたいと思っていたんだ。いやあ、アンタが覚悟を決めたクズで嬉しいよ」

「な、なっ……」

「それじゃあ、さっそく始めようか。ジェラルド、そいつを押さえ付けてくれ」

「……念のために、これから何をするか聞いてもいいですか?」

「ジェラルドは尿道結石って患ったことはあるか?」

「は? いえ、ないですけど……」

「部下に患った奴がいたんだが、地獄の痛みだって言ってた。自殺志願者も泣いて謝るレベルだってな。大の大人が子供みたいに泣き喚いていた……んでもって司祭様? あんたは尿道結石を患ったことはあるかな?」


 そう言って、キリハは袖口から竹串を取り出した。

 なんの変哲もない竹串である。屋台の串焼き屋などでよく見る、実にありふれた竹串だ。

 だが、その平凡な竹串が、今は他のどんな拷問器具よりも凶々しく見える。


「安心しろ。あたしだっていきなり太いのから始めるような鬼畜じゃない。一番細いのから慣らしていこうな?」

「あ、あなたは悪魔ですか!?」


 ジェラルドが青い顔をして叫ぶ。

 肝心の司祭の方は、これから自分に襲いかかる未来を予想してしまって言葉も出ない。

 ……十分後。

 下町の教会から、不満顔のキリハと、顔を青褪めさせたジェラルドとヒエンが出てきた。


「……我、これから牛乳とレモンを欠かさないようにする。尿道結石怖い……」


 最強の戦闘力を誇る紅蓮竜も、尿道結石の痛みは一生経験したくないようだ。暴飲暴食甚だしいドラゴンは、初めて感じる恐怖でブルブルと全身を震わしていた。

 そしてジェラルドは、ぶつぶつとノイローゼを患ったように何事かを呟いている。


「……あんな拷問、ぜったいに、ぜったいに、ぜったいに乙女ゲームの世界でやっていいことじゃない……」

「あんたが生ぬるい世界にするもんだから、あのクズ司祭め、最初の一本目でギブアップだ。これじゃあ不完全燃焼だよ。せっかく割り箸だって用意したのに……」

「やめて! 竹串でも十分にやばかったからやめて! あんな地獄絵図を思い出させないで! う、うう……うううううう……ッ!!」


 胃を押さえたジェラルドは、懐からポーション瓶を取り出すと、ぐいっと一気飲みした。スポーツドリンクでも飲んでいるようだったが、中身は彼謹製の胃薬ポーションである。


「あ、ああ~……胃液が収まるぅぅ~~」

「ほれ、馬鹿やってないで行くぞ。さっさと終わらせたいんだからね」


 胃薬でトリップする執事の尻を叩き、キリハは司祭から聞き出した次の目的地へ向かった。

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