第十六話  この作品の登場人物は全員十八歳以上です(ウソつけ!)

 ヴィラルド王国の建国王には常に彼を守る二人の騎士がいた。その二人の騎士『右剣のクリスエア』と『左剣のローレル』の子孫は建国以来続く武門の家柄として名高い。

 ローレル伯爵家とクリスエア伯爵家の間柄も、初代当主以来とても良好である。同じ年頃の男女が互いの家に生まれれば、婚約を交わすのは当然の成り行きといえた。


「エリアルドめ……ミラミニア嬢との婚約を破棄したいなどと何をバカなことを言い出すのだ……」


 息子からの手紙を読み、ローレル家の当代当主アーノルド・ヴィラ・ローレルは額に手をやり頭痛を堪えた。

 彼の息子エリアルドは、武門の家柄であるローレル家では異端だ。剣の腕は壊滅的で、およそ精神も戦いには向いていない。おまけに母親の影響で、芸術家になると言い出した。

 アーノルドの妻は、芸術家のパトロンとして有名で、何人もの若い芸術家の卵を見出してきた。アーノルドは妻の活動には煩いことは言わなかった。ローレル家は武門の家柄だが、芸術にも造形があると思われるのは利がある。妻がそれを担当してくれるなら願ったり叶ったりだ。

 だが後継ぎの息子が、剣よりも絵筆にのめり込むのはいただけなかった。あくまでローレル家は伝統ある部門の家柄なのだ。

 エリアルドに兄弟がいるのなら、アーノルドも彼の才能を褒め称えてバックアップを惜しまなかったろう。だが、ローレル家の男子はエリアルドしかいない。望む望まないにかかわらず、彼が当主になってもらわねば困るのだ。

 アーノルドはエリアルドを鍛えた。傍から見たら虐待に見えたかも知れないが、彼だって好き好んで息子を打ち据えたわけではない。

 伝統を蔑ろにした貴族は肩身の狭い思いをする。ましてやエリアルドは嫡男だ。彼の将来のためを思ってアーノルドは息子を厳しく育てたのだが、エリアルドは余計に武芸を厭うようになって絵筆に耽溺してしまった。


 この息子が当主になったらローレル家はどうなってしまうのか……アーノルドは暗澹たる想いを抱えていたが、エリアルドの婚約者であるミラミニアが「エリアルドの代わりに私が騎士になります!」と言ってくれた。

 ミラミニアは宣言通り騎士になるべく鍛錬し、『右剣のクリスエア』の名に恥じない才能を示している。

 彼女が嫁に来てくれればローレル家は安泰だと安心していたのに……。


「ミラミニア嬢が我が家の希望だと言うのにエリアルドめ……愛を証明するために婚約破棄だと!? 家を潰すつもりか、あのたわけがっ!」


 ぐしゃりと手紙を握り潰してアーノルドは吠える。

 すぐに呼び出して鉄拳制裁を……彼がそう決心した時、書斎のドアが慌ただしくノックされた。

 入室の許可を出すと、ローレル家の執事が慌てた様子で飛び込んでくる。


「だ、旦那様! ミラミニア様が突然やってきて旦那さまとお会いしたいと!」

「何だと!?」


 こちらが動く前に動かれてしまったか。

 アーノルドは忸怩たる思いを抱えて応接室へ向かった。

 応接室には、男装姿のミラミニアがお茶を飲みながら待っていた。


「ご無沙汰しております、義父上」

「……久しぶりだな、ミラミニア嬢」


 にこやかに笑うミラミニアに、アーノルドは若干気圧されるものを感じた。

 覚悟を決めた者特有の気迫を感じる。

 いったい何の覚悟を決めてきたというのか……?


「……それで、今日は急に来て何の用かな?」

「まぁ、義父上ったら。しらばっくれなくてもよろしいじゃないですか? エリアルドが私との婚約を破棄しようとしていることはとっくにご存知でしょう?」

「…………」


 にこにこ。にこにこ。

 笑顔が怖い。

 この笑顔は友好的な笑顔じゃない。末期の人間に向ける哀れみの笑みだ。


「ま、待ってくれミラミニア嬢! エリアルドの馬鹿にはわたしが言い聞かせる! 君との婚約破棄などあり得ない!」

「ええ、あり得ません。エリアルドと別れるなんて」

「そうだろう、そうだろう……え?」

「私が怒り狂って乗り込んできたと思いましたか? いえいえ、私は冷静です。騎士を目指す者として、いつでも冷静でいなければ」

「そ、そうだな……」


 にこにこ。にこにこ。

 笑顔だ。この笑顔が冷静な者の笑顔なのか?

 いや、絶対に違う。

 これは行き着くところまで行き着いて『笑うしかなくなった』者の笑みだ……!


「ですが、もうこうなっては私がローレル家へに入ることは出来ませんね」

「……それは、どういう意味だ……?」

「私がエリアルドのものになるのではなく、エリアルドが私のものになるしかないということです。エリアルドはクリスエア家の当主である私の婿になってもらいます」

「なっ……!」

「ローレル家の当主なんて立場にしたら、またぞろクソビッチに誑かされませんからね。エリアルドは私が管理します」

「い、いやいや待て! クリスエア家は君の従兄弟が養子になって継ぐはずだったろう!? ローレル家を告げる男子はエリアルドしかいないのだ!」

「その従兄弟にローレル家の跡継ぎになってもらえばいいじゃないですか。クリスエア家とローレル家は何度も婚姻関係を結んでいます。従兄弟にもローレル家の血は受け継がれていますよ?」

「そ、それではローレル家はクリスエア家に乗っ取られたも同然ではないか!? そんなことは認められん!」

「認めるしかないと思いますよ? こちらの資料を見ていただければ」


 にこにこにこ。

 ミラミニアは笑顔のまま、傍らに置いていた封筒をアーノルドへ差し出した。

 おっかなびっくり封筒を受け取っておずおず中身を確かめると、アーノルドの顔色が瞬く間に青くなっていく。


「なっ、こっ、これは……!」

「ええ。その資料に書かれている通り、あなたの奥様はパトロンとなっている美術家と不適切な関係を持っています。それも、まだ未成年の少年と」


 貴族の爛れた生活など当たり前のように思えるが、管理者(ジェラルド)が『乙女ゲー』を基に創造したというだけあって、この世界の倫理観は本物の中世とは比べ物にならないほど発達している。

 特に未成年との性交渉など言語道断だ。某企業のレーティング並みの厳しさである。

 当主の妻が不倫、それも成人していない青少年と……こんなことが明るみになったらお取り潰しは間違いない。

 これまで受け継いできた誇りも伝統も、汚辱にまみれて地に落ちる。


「あ、あ、あ、あのアバズレっ! なんてことを!」

「私の言いたいことはもうお判りですよね、義父上?」


 にこにこにこにこ。

 ミラミニアの笑顔はまったく揺るがない。

 もしアーノルドが返事を間違えれば、彼女は笑顔のまま、ローレル家を容赦なく叩き潰すだろう。


「…………君の好きにしてくれ……」

「判ってもらえて良かったですわ、義父上」


 にこにこにこにこ。

 もう、笑顔がトラウマになりそうだ。

 きっとこれから、誰かの笑顔を見る度に、彼女の笑いがフラッシュバックするのだろう。

 ミラミニアがにこにこ笑う間、アーノルドはガタガタと恐怖に震えていた。


 ※   ※   ※


「んー、やっぱり良い抱き枕だねぇ」

「……おっぱいの形が歪む」

「あたしの頭乗っけたくらいで変になるようなおっぱいじゃないよ、コレは。ほれ、こんなに張りがあるじゃあないか」

「ん、んんっ……それより、ミラミニアに渡した資料は、どうやって調べた……?」

「ああ、あれ? 冒険者ギルドのギルドマスターにもらった。あのヒゲオヤジには借りがあるからね。貴族に対抗するためには武力よりも情報だからといろいろ溜め込んでたよ」

「……ミラミニア、上手くいっている……?」

「大丈夫だろ。というか、あたしが手を貸す必要があったのか? あの似非宝塚女、一人でどうにでも出来たと思うんだが……?」

「……宝塚はよく分からないけど、これまでのミラミニアはあんな風じゃなかった。真面目で努力家で、卑怯な真似を嫌ってた。脅迫とか乗っ取りなんて出来るような娘じゃなかった」

「あー……発破をかけ過ぎたかな? まぁ、男を一匹飼うだけであの強(こわ)い女が大人しくなるんなら是非もない。ああいうのが暴走すると怖いからね」

「……笑顔が怖かった」

「般若の顔だったねぇ……おお、怖っ。怖いから、温もりがあると安心するねぇ」

「んっ……あ……」

「ああ~……ほんとに良い抱き枕だねぇ……」


 低反発素材なんて相手にならない柔らかなカラダを枕にして、キリハはぐっすりと寝入っるのであった。

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