第十七話  レッツ・パーリー!

「……メチャクチャだ……」


 がっくりと床に両手を突きうなだれるジェラルド。

 自室のソファに寝そべってそれを眺めながら、キリハはむしろ感心したような顔をした。


「よくもまぁそんな頻繁に落ち込めるもんだねぇ。人生辛くならないかい?」

「誰のせいですか誰の!? そりゃ、あの三人を助けてやって下さいって言ったのは僕ですよ!? けど婚約破棄を有耶無耶にするために相手の実家をぶっ潰すとかやりすぎでしょぉおおっ!?」

「あんた、あたしが攻略対象とやらの目を覚まさせてくれるとでも思ってたのか?」

「普通そうするでしょ!? 色恋沙汰なんだから、当人たちの目を覚まさせてやろうって普通は考えるでしょ!? ユリアナの甘言で駄目っぽくなってますけど、彼らは優秀な人材なんです! 婚約者との仲を仲裁すれば――」

「そりゃ無理だ」


 気軽で淡々とした声だったが、そのキリハの一言はジェラルドに言葉を飲み込ませるだけの説得力があった。


「一度女に溺れた男は、溺れさせてくれる女にしか興味がなくなる。彼女たちは男を溺れさせてやれるような女じゃない。彼女たちの立場を守るなら、相手の立場をぶっ潰す以外に方法はないね」

「……本当なら、攻略対象たちはヒロインの助言で実家への劣等感を乗り越えるはずだったのに……」

「そのヒロインの所為で、あたしがこうやって上手くもないフォローをしてやってるんじゃないか」

「……ものすごく手際が良かったように見えましたけど」

「ここまではな。問題は最後に残った、リッタニアの婚約者のユニオンって奴だな」


 キリハは腕を組んで困り顔で唸った。


「ユニオンって奴の実家……正確には父親のクレセント侯爵か。一国の宰相をやっていると言うだけあって隙がない」

「グラード・クレセント侯爵は公明正大な人物として有名ですからね。パトリック王からも信頼されている『国王の右腕』と呼ばれる名宰相です」

「公明正大なだけの男が国を動かせるワケがない。むしろ公明正大と周囲に思わせるほどに情報操作が得意ってことだ。下手に動くとこっちが足元を掬われかねん」

「……とりあえず乗っ取ったり没落させたりするのは止めません?」

「そうだな。ここは方針を変えなきゃならんだろう」


 キリハの言葉に、ジェラルドはほっと息を吐く。


「裏から脅すんじゃなく、真正面から脅していくしかないね」

「結局ダーティな手段じゃねぇかよ!」


 ジェラルドのキャラが段々壊れてきた。

 まぁ、それも無理からぬ事だろう。

 時間をかけて用意してきたフラグやプロットが音を立てて崩壊してゆくのだ。

 一端の創作者なら精神崩壊もののダメージである。


「だいたい、真正面から脅すって言葉の意味がわかりませんよ」

「周囲を嗅ぎ回っても駄目なら、直に顔を合わせて見極めるしかないってことさ」

「直にって……相手は一国の宰相ですよ? そう簡単に会えるわけが……」

「ああ、それなら問題ない」


 そう言うと、キリハは胸の谷間から一通の封筒を取り出した。


「リッタニアお嬢様にお膳立てさせた。二日後、彼女の家の寄り子のパーティーに宰相を招待させた。もちろん、あたしもね。そこで真正面から顔を合わせてみるつもりさ」

「……なんで招待状をわざわざ胸に?」

「一度やってみたかったんだ。前世じゃ、物を隠せるほどのおっぱいがなかったからね」


 キリハは得意げに笑って、封筒を胸の谷間にしまい直した。


 ※   ※   ※


 そして二日後。

 アールエイム侯爵家の寄り子が開いたパーティ。

 リッタニアは当主の名代として参加し、一通りの挨拶回りを積ませるとエノラ、ミラミニアと歓談していた。


「……何か、ものすごく肌がつやつやしてますね、ミラミニアさん?」

「そう? そうかな?」


 にこにこ。ツヤツヤ。

 ミラミニアは実にご機嫌で、実に生き生き輝いている。まるで血を吸ったばかりの吸血鬼が如し……。


「……エノラさんは、その、前よりドレスの胸周りがキツそうですけど……」

「…………あの女、寝相が悪すぎ……」


 ぷいっ、とエノラが赤らめた顔を背ける。

 聞きたいけど訊いてはいけないと、リッタニアはぐっと好奇心を抑えた。


「……その問題のキリハレーネさんは、まだいらっしゃってないようですね」


 リッタニアは会場を見回す。

 会場には目的の人物である王国宰相グラード・クレセント侯爵の姿もある。スマートでダンディな彼は、多くの女性達から憧れの視線を注がれている。ダンスのお誘いが引きも切らない。


「……あの公明正大で有名な宰相閣下を脅迫して言いなりにするなんて、本当に出来るのでしょうか?」

「でも、リッタニアが瑕疵なく婚約を破棄するにはそれしかない。公明正大であるからこそ、宰相閣下は息子のせいで余計な汚名を被りたくないと思っている。いまはユニオンを押し留めているけれど、いざとなったら責任のすべてをあなたに押し付けることを躊躇わない筈」

「宰相閣下は遣り手の政治家であられるからね。損得の天秤が一方に傾けば、一切の躊躇いを捨てるタイプだ」

「……エノラさんとミラミニアさんの言うことはその通りだと思います。であるからこそ、もう残りの時間は少ないと考えなくてはなりません」

「いよいよ学園の噂が実家に届いたのか?」

「ええ……お父様は私に責任はないと言ってくださるけれど、その噂を元に騒ぎ出す人が出てきています。何せ、陛下の右腕として信頼厚い宰相閣下ですもの。その跡取り息子の嫁となれば、利に聡い貴族は涎を垂らしてその座を狙うでしょうから。小娘一人を醜聞に塗れさせることを躊躇う筈もありません。」

「……そこまで計算して噂を流しているのだとしたら、あのユリアナというクソビッチは大した策士だな」


 リッタニアたちは扇子で顔を隠した。そうしないと嫌悪に歪んだ表情を見咎められる。

 彼女たちの中で、ユリアナ・リズリットは口にするだけで不快感を催す存在になっていた。

 三人が胸のむかつきを必死に宥めていると、会場のざわめきが変化しだした。

 歓談の囁きが、感嘆の溜息へと。


「……美しい……」

「あれはいったい、どこの令嬢だ……?」


 会場に姿を見せたのは、変わった装いの美少女だった。

 王国の人間には馴染みのない異国風の極彩色の衣を纏っている。それが着物――遠い東の国の衣装だと知る者が、はたしてどれほど居ただろうか。

 着物を大胆にアレンジした着こなしの下は、着物とは打って変わったシンプルなドレスだ。だがそのシンプルさは、むしろ着物の下に息づく躍動的な身体を彩るものだった。

 そして何より、会場の客全員の度肝を抜いた装いを纏う、その少女の美貌だ。

 切れ上がり気味の気の強そうな双眸だが、生命力に溢れた瞳の輝きが傲慢さを払拭する。

 丁寧に、しかしどこか遊び心を感じさせて緩やかに結い上げられた長い金髪が、歩く度にしゃらしゃらと揺れる。


 いつの間にか、楽団が演奏を止め、ホールで踊っていた人々も動きを止めていた。

 会場の注目を集めながら、美麗な少女がリッタニアたちへと歩み寄ってくる。

 目を見張っていた三人だが、少女が近付いてくると狐に化かされたようにぽかんと口を開く。


「おやおや、女の子がそんな間抜けな顔をするもんじゃないよ? しゃんとしな、しゃんと」

「……もしかして、キリハレーネさん、ですか?」

「他の誰に見えるっていうんだい?」


 アレンジした着物姿の美少女――キリハがにやりと笑う。


「ほら、あたしはあんたに誘われたって事になっているんだから、ホストに紹介してくれ」

「え、ええ……」


 キリハにせっつかれ、リッタニアがパーティのホストである寄り子の貴族へ彼女を紹介する。

 キリハが名前を告げると、会場の驚きは最高潮に達した。

 学園に通う生徒は勿論、大人たちも眼をパチクリさせる。名ばかり公爵令嬢とは思えぬ立ち振舞に、殆どの者が先程のリッタニアたちのように狐に化かされた顔で目を見開いていた。


「さて、お目当ての宰相閣下を――」

「――失礼、美しいお嬢さん? 良ければ私と踊ってくれないかね?」


 ホストへの挨拶も済んで早速動こうとしたキリハに、長身の紳士が語りかけてきた。

 キリハは一瞬訝しげな顔をしたが、苦笑して紳士の手を取った。


「わたくしでよろしければ」

「ありがとう」


 楽団が慌てて演奏を再開させ、ダンスが再開される。

 キリハは真摯にエスコートされながら、スマートに着物の裾を捌いてステップを踏む。


「いささか尖すぎるが、なかなか面白いステップだ。『着いてこれるか?』と挑発されているようで心が踊るよ」

「楽しめていただけたなら幸いですわ、国王陛下?」


 揶揄するようなキリハの言葉に、パトリック王は悪戯を成功させた悪ガキのようにニヤリと笑った。

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