第十四話  覚悟とは!(2)

「……わたしは、婚約破棄は望むところ。でも、相手の言いなりになるなんて、もうイヤ」


 リッタニアに続き話し出したのはエノラだった。

 どこかぼんやりとして何を考えているのかいまひとつ掴めなかった桃髪不思議ちゃんは、その瞳にゆらりと激情を灯していた。


「……ずっと、ずっとわたしは道具だった。ブライド商会が貴族に仲間入りするための道具。傾いた家を建て直すために、お父様とお母様はわたしを売った。援助を打ち切られないように、大人しくしてるように言われた。したいことは、何ひとつさせてもらえなかった……」


 どうやら、エノラのぼんやりとした雰囲気は諦めからくるものだったようだ。

 幼い頃から金で売られたと、見栄えの良い道具であれと言われれば、何も考えないようにして諦めるしかなかったのだろう。

 ……だが、すべてを諦めて生きるには、エノラはまだ若すぎる。


「我慢して我慢して、何もかも諦めて、その挙げ句が婚約破棄? 置物のように静かにしていれば八方丸く収まると言われてきたのに、その結果がこれ? わたしだって、もっと遊びたかった。もっと駆け回って、もっと木登りして、もっと馬鹿なことをしたかった。もう、我慢なんてしたくない……!」


 これまで我慢して押し込めてきたものが、一気に噴出してきているのだろう。

 エノラは小柄な身体をぶるぶると震わせ、大きな瞳を怒りでギラギラさせて睨みつけるようにキリハを見返した。


「……イリウスは、わたしのことを厭っていた。金で買った婚約者だって嫌ってた。けど、わたしだって好きで婚約者になったワケじゃない……なのに捨てる時は、まるで用済みの屑紙でも捨てるようにあっさり捨てようとしてる。わたしを道具扱いしてた奴ら、全部を見返してやりたい……! 捨てられるときまで道具扱いなんて、我慢できない……!」

「あたしがあんたに協力して、連中に思い知らせてやったとして、だ。あんたはあたしに何を差し出せる? 言っちゃなんだが、あんたが差し出せるものなんてほとんど無いだろ?」


 突き放すような物言いだが、キリハの顔はワクワクしてるように輝いている。

 エノラが何を提示してくるのか、その覚悟の程を知りたがっているのだ。


「……自分で言うのも何だけど、わたし、けっこういいカラダをしていると思う」


 エノラは、体格の割に発達した胸に手を置いて言った。

 確かに、エノラは小柄で華奢で、抱き寄せるのにちょうどよい大きさだ。その割に、胸や尻はしっかりと女らしい柔らかさを主張している。

 実に男好きされる、なんとも魅力的なカラダの持ち主であった。


「イリウスとその実家をこてんぱんにしてくれたら、わたしはこの身体をあなたにあげる。あなたは、わたしを自由に使えばいい」

「へぇ? 道具はもうイヤだって言っておいて、あたしの道具になるって言うのかい? 身体で払うってのは、娼館送りにされたって文句を言えないんだぞ?」

「誰かに売り買いされるんじゃない。わたしがわたしを売る。わたしが、わたしの意思で」

「……なるほどねぇ。それがあんたの意地か」

「そう。もしなんだったら、あなたがわたしを抱いてくれてもいい」


 挑発するように言ったエノラに、キリハは思わず「ぶはっ」と吹き出してしまった。


「あははははっ! 言うにことかいて、あたしに『抱け』とは!」

「……もし了承しないなら、わたしは今すぐ第一王子を刺しにいく。捕まったら、あなたに言われて王子を殺したって言う」

「はははははっ! あたしの道具になったと騙ってあたしを破滅させる気か! いいねぇ、実にいい! 実にいい脅し文句だ!!」


 キリハは愉快痛快の極みとばかりに笑い転げた。

 かつてキリハに、自分の体を対価に取り引きを申し出た者は何人もいた。肝臓でも心臓でもくれてやる。その代りに宿願をはたしてくれ、と。

 だがそんな中でもエノラは傑作だ。

 キリハに「自分を抱け」などと言ってきたのは彼女がはじめてである。


「ふふっ……確かにあんたはいい抱き枕になりそうだ」


 キリハは満足した顔でエノラを見る。

 これだけ笑わしてくれたのだ。それだけでも彼女を助けてやろうという気になってくる。


「そんで? 残ったあんたはどうしたいんだい?」

「…………」


 一人黙っていたミラミニアに話を振る。

 前回のお茶会時とは違って、今日の彼女は男装をしていた。そうしていると、ますます宝塚系の凛々しい美人さんだ。

 しかし、思いつめた顔で黙り込んでいる。

 凛々しいだけに、思いつめた顔はどこかカミソリめいた危うさを感じさせた。


「……私は、エリアルドに婚約破棄なんてされたくない。ずっと小さいときから一緒だった。彼が騎士とは無縁の道に進んだから、彼の代わりに私が騎士になろうと思った。ずっと彼と一緒にいることが当たり前だったのに、いまさら彼と別れるなんて考えられない……」

「でもあっちはもうあんたにキョーミがなさそうだけど? ユリアナ様にゾッコンだ」

「ええ。出来ることならあのクソビッチを今すぐぶっ殺してやりたいわ。けどもうエリアルドの心は私から離れてしまった。あのクソビッチをぶっ殺しても、彼の心を取り戻すことなんて出来ないのでしょうね」

「だろうねぇ」

「だったら……だったら、もう、心はいらない。体だけあればいいわ」

「……………………はい?」

「彼が私を嫌おうと、罵ろうと構わない。最終的に私の下にいるのなら、もう心なんてどうでもいいわ」

「…………」


 さすがに、キリハも絶句してしまった。

 この赤髪宝塚女、耽美系な外面しといて繰り出してくるのがラ◯ウ理論である。ここは乙女ゲーじゃなくて世紀末な世界だったのだろうか?

 リッタニアとエノラも、友人から漏れ出した毒気に引いていた。

 

「……彼を私の所有物(モノ)に出来るなら、どんな対価も差し出してみせるわ。悪魔とだって契約してみせる」

「あ、うん、もうとっくに悪魔と契約済ましてる気がするが……」

「私に協力して下さい、キリハレーネ・ヴィラ・グランディア。私がエリアルドを手に入れることが出来た暁には、我が家の宝剣でも聖剣でもなんでも差し上げましょう。我が家の蔵から好きなものを好きなだけ持っていきなさい」

「……前半がメチャクチャだったせいで、後半のメチャクチャが全然普通に聞こえるねぇ」


 赤髪宝塚女の謎の気迫に見入っていたキリハだが、彼女が提示した対価を聞くと思わず苦笑した。

 詰まるところ、男一匹を手に入れる為なら実家の家宝を売っぱらうと言っているのだ、この娘は。


「あたしの予想を超えて強欲だねぇ……無理やりってのはあたしの流儀じゃないが、そこまで本音で語られて断るわけにもいかないかねぇ」


 断ったら後が怖そうだし。

 キリハは心の中でひとりごちる。


「分かった。それじゃああんたたちの婚約者に、一発きついのをカマしてやるとしようか」


 彼女たちに付き合えば、いろいろと楽しませてくれそうだ。

 覚悟を決めた少女たちに、キリハはにやりと笑い掛けた。

 ……その一方。

 ドアに耳をくっつけて部屋の中の話を聞いていたジェラルドは、両手を床に突いてがっくり項垂れていた。


「う、うう……なんで? なんで乙女ゲーの清く正しく美しい筈の令嬢たちがあんなことになってるの? 僕はいったい、何を間違えたんだ……?」


 自分の予想だにしないキャラクター性を見せつけられ、この世界(乙女ゲー)の管理者は登場人物が暴走するのを眺めるしかない作家のごとく頭を抱えるのだった。

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