第十三話  覚悟とは!(1)

「なんてことしてるんですか!? 彼女たちを助けてくれって言ったじゃないですか!?」


 キリハがお茶会をほっぽらかして寮に戻ると、早速ジェラルドが文句を言ってきた。


「このままじゃ内乱から大戦国時代へ一直線じゃないですか!?」

「お前、仮にも神様だろ? 戦争の一つや一つでオタオタするなよ」

「戦争なんて起きたら人口大激減、下手すりゃ石器時代からやり直しですよ!? 僕ら神は人間が繁栄して敬ってもらって力を得るんです。いまさら文明リセットから粗食で数千年耐えろなんて拷問ですよ拷問!!」

「……そこで人間のためとか世界のためとか言えれば、もちっと神様っぽさも出ただろうに」


 食事と栄養の心配で騒ぎ出す、神様らしい高尚さとは無縁のジェラルド。

 もっとも、本当に『人類の繁栄のため』とか『世界の安寧のため』とか言い出されたら、キリハは速攻で「知ったこっちゃねぇ」とそっぽを向いたであろうが。


「ま、やっちまったもんはしょうがない。物事なんてなるようにしかならないんだからな。あんたもあんまりうだうだ悩むな。たまには粗食も身体にいいかも知れないだろ?」

「うう……軽く言ってくれますね……」

「所詮は他人事だからな。あのお嬢様たちも、そこんところが分かってない。他人が他人に助けを求めるなら、何かを差し出す以外にはない」

「……何か、とは?」

「さてね。地位か、名誉か、利益か、もしくは……指とか?」

「だから乙女ゲーの世界で指なんて要求しないでくださいって!?」

「要するに、指を詰めるくらいの分かりやすい『覚悟』が必要ってことさ。あのお嬢様たちはあたしに何も提示できなかった。だから彼女たちの事情は他人事のままだ」

「……彼女たちが婚約破棄された結果内乱が起こったら、キリハ様も困るのでは?」

「別に? そうなったらとっととこの国を出てくだけだ。女一人の食い扶持くらいだったらなんとかなるだろ」

「……キリハ様のご希望である『普通の女の子らしい生活』には、平和が必要だと思うのですが……?」

「お、いいところを突いてきたね? そういう狡っからさはけっこう好きだよ」

「で、では……」

「でもダメ。あたしはあたしの信条と信念を歪めてまで夢を見たいとは思わない。夢と意地だったら意地を選ぶ。それがあたしの生き方だ」

「…………」

「さて、それじゃ冒険者ギルドに顔を出してくるか。本当に内乱が起こるなら今のうちに稼いでおかないとね」


 手早くドレスを脱ぎ捨てて冒険者風に着替えると、キリハは意気揚々と出かけて行った。

 寮の部屋にぽつんと残されたジェラルドは、胃のあたりを押さえながら呻き出した。


「う、うう……僕の世界(乙女ゲー)が崩れてく……」


 ストレスレスな職場環境のために乙女ゲー的異世界ファンタジーを選んだことを、だんだん後悔し出すジェラルド。

 どうやら世界創造という神様業の難しさを、ようやく理解しつつあるようだ。


 ※   ※   ※


 それから数日、キリハは適当に学園の授業をこなしながら冒険者業に打ち込んだ。

 同業者とひと狩りに行って打ち上げにバーベキューしたり、指名依頼された娼館の用心棒で不埒者を叩きのめしたり。告白されたり、決闘したり、合間合間でギルドの獣人受付嬢の猫耳を愛でたりと、実に充実した日々である。

 今日も今日とて肉が絶品と聞くダチョウモドキを狩ってその肉を土産に寮に戻ったキリハを、ジェラルドがそわそわしながら待ち構えていた。


「キリハ様! ようやくお戻りに!」

「どうした? あんたもダチョウモドキの肉を食いたいのか?」

「だ、ダチョウモドキ!? あまりの足の速さに捕まえられる者のいないという幻の……いやいや! それよりもお客様です!」

「お客様?」

「はい。リッタニア様を始めとする攻略対象の婚約者三名です! もう一時間以上も応接室で待っています!」

「……へぇ」


 キリハはうっすらと笑った。

 それは嘲るようなものではなく、何とも無邪気な笑みだった。

 登下校の最中に知らない道を見つけた……そんな好奇心をそそられた者特有の笑みだ。


「着替えは用意してあるな?」

「着替えですか? それはもちろん……」

「なんだ、その不思議そうな顔は? あんた、あたしがこの格好でお嬢様たちに会うと思ってたのか?」

「ぎくっ」

「三顧の礼には足りないが、あそこまで言われたのにあっちからわざわざ足をお運びいただいたんだ。こっちもそれなりの格好をしないと、あたしの甲斐性が下がるってもんだ」


 キリハはそう言うと、用意してあったドレスに着替えて薄く化粧も施す。ものの数分で、いかにもな女冒険者から完璧な貴族令嬢へ早変わりだ。


「……相変わらず変身めいてますよね、キリハ様の化粧テクニック」

「顔の骨格も変えられないんじゃまだまだだよ」

「いやいや、化粧で骨格は変えられないでしょう」

「そう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな」


 応接室に入ると、リッタニア、ミラミニア、エノラの三人が神妙な面持ちで待っていた。


「――突然失礼して申し訳ありません、キリハレーネ様」


 銀髪メガネ委員長――リッタニアが口を開くと、他の二人も挨拶をする。

 声は硬いが、敵意は見られない。

 そのことに面白さを感じながら、キリハはリッタニアに問いかけた。


「あれほど言われたのに、よくもまぁ、あたしを訪ねてくる気になったね?」

「キリハレーネ様は『出直してこい』とおっしゃいました。ならばこそ、こうして罷り越した次第です」

「へぇ?」


 微笑んでいたキリハだが、その笑みが一層深まった。

 あのまま泣き寝入りしたら、それこそキリハは彼女たちへの興味を一切失っていただろう。

 だが、彼女たちはこうしてリベンジにやってきた。

 キリハは気概のある者が好きだ。


「どうやら、お綺麗なお嬢様の仮面の下がようやく見られそうだね。それで? あんたちはあたしに何を訴えたいんだ?」

「……キリハ様の言うことはもっともだと思います。わたしたちは清く正しい淑女として過ごしてきました。殿方を立て、夫を支える、理想の妻となるべく過ごしてきました。しかし……ええ、しかしながら『女』としての戦いで、わたしたちはあのユリアナという女に負けた。それは変えようのない事実なのでしょう……」


 リッタニアの言葉に、ミラミニアとエノラが小さく頷く。リッタニアの話すことは、彼女たち三人で何度も語り合った結論なのだろう。


「……ですが、それで納得できるわけありません。たとえ政略結婚とはいえ、わたしはずっとユニオン様の婚約者として恥ずかしくないよう努力してきました。頭脳明晰な彼について行くために頑張って勉強しました。彼が責任ある立場になったときにサポートできるよう、法律を学び、他国の歴史を学び、魔法だってたくさん学んできました。婚約破棄されれば、その長年の努力は全くの無駄になってしまいます。そんなこと、許せるわけがありません。わたしの努力を顧みないユニオン様を……」

「まだ、婚約者に『様』を付けるのかい?」

「……ええ、そうですね。もう、努力家の優等生の仮面を付ける必要はありませんね」


 リッタニアはそう自嘲しながらメガネを外すと、その整った顔を怒りで赤く染めた。


「あの偉ぶったクソ野郎! わたしがどれだけ努力したと思っているのよ! 目を悪くするくらい勉強したのが誰のためだと思ってるのよ! なのに婚約破棄ですって!? だったらわたしの十年を返せ! わたしの人生を返せ! あんたなんかのために犠牲にしてきたわたしの人生を返しなさいよ! 似合わない眼鏡かけさせられた視力を返しなさいよクソ野郎!」

「メガネは似合ってるけどね。それで? それがあんたの本音なわけだね、リッタニア・ヴィラ・アールエイム侯爵令嬢?」

「ええ。これがわたしの本音です。あの知性派を気取るクズ男には愛想が尽きました。黙って婚約破棄を受け入れて傷物にされてたまるものですか。わたしのこれまでの人生を侮辱した、あのクソ男を思い知らせてやりたい。思い知らせてやらないと気が済みません」

「それで? あたしがあんたの本懐を遂げてやったら、あんたはあたしに何をくれるんだ?」

「わたしの知識を、侯爵令嬢として培ってきたすべてを、あなたに捧げます。これでも、わたしはそこそこの秀才だと思っていますわ」

「ああ、それは知ってる。ウチの執事が『リッタニア侯爵令嬢は天才だ』って言ってたからね」

「何なら、魔法の契約で縛ってもらっても結構です。ですが、もしわたしが堕ちる時には、あなたも一緒に堕ちてもらいますよ?」


 破滅する時には道連れにする。

 銀髪メガネ委員長の仮面を脱ぎ捨て、座った目付きで恫喝してくるリッタニアを、キリハは楽しそうに、嬉しそうに見つめ返した。

 いまのリッタニアは、実に人間臭い顔をしている。

 そうだ。人形を助ける気なんてさらさらない。

 人助けして欲しいなら、人間臭いところを見せてくれなければ。


「いいねぇ。実にいい脅迫者の顔だねぇ。そういう覚悟を見せて欲しかったんだよ」


 覚悟とは、自分を賭け金にして勝負することだ。

 自らの破滅をベッドしたリッタニアに、キリハは拍手してやりたい気分だった。

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