第十二話  女の嫉妬は見苦しいが、嫉妬出来ない女も見苦しい

「いや、ほんとに。ほんとにつまらない女だねぇ、アンタたち」


 せせら嗤うキリハの言葉に、銀髪メガネ委員長(リッタニア)、赤髪宝塚女(ミラミニア)、桃髪不思議ちゃん(エノラ)が目を見開く。

 彼女ら三人の中で真っ先に驚きから復帰したのは、宝塚な外見に見合って正義感の強そうなミラミニア伯爵令嬢だった。


「何を言う!? 我々を侮辱する気か!?」

「する気も何も、侮辱以外の何かに聞こえたか? だとしたら耳くそかっぽじって出直してきな」

「なっ、ななっ、な……」


 赤髪宝塚女――ミラミニアが言葉を失う。

 仮にも貴族令嬢。こんなにはっきり悪口を言われたのは初めての経験なのだろう。


「自分から何も行動を起こしていないのに、どうしようどうしようと狼狽えてる。そんなアンタらがつまんらない女でなくて何なんだ? 男を奪い返そうと誘惑するのでもなけりゃ、自分の男に近づく毒虫を排除しようともしない。情けなさ過ぎて欠伸が出るってもんだ」

「……聞き捨てなりませんわ、キリハ様。わたしたちは常に自分を律して参りました。感情のままに振る舞う無様な真似を謹んできたわたしたちが、なぜそのような言葉を受けなければならないのですか?」


 銀髪メガネ委員長ことリッタニアが眉を怒らせて慇懃に言い返す。

 言葉の裏には、かつてキリハレーネがやっていたことを揶揄する響きがある。理知的でモラリストな彼女には、女の嫉妬なんてみっともない真似は唾棄すべき行為なのだろう。

 だがもちろん、小娘の怒りなどキリハには何の痛痒も与えない。


「自分を律する模範的なお嬢様だったから、あっけなく男を奪われて捨てられかけてるんだろう? そんな状況でイイ子ちゃんぶりを自慢しても、負け犬の遠吠えにしかなってないじゃないか」

「女の嫉妬なんて醜い姿を殿方に見せて軽蔑されるよりはマシですっ」

「確かに女の嫉妬は見苦しいな。だが、嫉妬すら出来ない女は見る価値もない」

「……どういう意味ですか?」

「ヤキモチも焼かない女から『好き』って言われて、それを信じる男がいると思うか?」

『………………』


 キリハの指摘に、リッタニアたちは言葉を詰まらせた。


『いい、キリハちゃん? 女は優雅で上品でなきゃならないわ。けどそれと同じくらい、上手に醜くならないといけないわ』

『上手に醜く……?』

『ヤキモチも焼かない女の子に好きって言われて心の底から信じられる男がいるかしら? 何のお願いもせずニコニコしてるだけの女に不信を抱かない男がいるかしら? エッチなことに興味はありませんて顔した女を見て、男は男としての自信を維持し続けられるかしら? 男はね、可愛らしくヤキモチを焼かれて、可愛らしくおねだりされて、可愛らしくエッチなお誘いをして欲しいものなのよ』

『それが上手に醜くなるということなのか?』

『綺麗なものを綺麗だと思わせるのは当たり前のことよ。本当に出来る女なら、醜いものも綺麗だと演出しゃなきゃあ、ね?』


 かつて、女のプロといっていい年齢不詳の美魔女から受けた薫陶を思い出す。

 聞かされたときにはキリハもピンとこなかった。だが今、目の前の少女たちを眺めていると、あの言葉が真実だったのだと実感する。

 確かに、この貴族令嬢たちは優雅で上品な、とても綺麗なお嬢様方だ。額に入れて飾っておきたいくらいだ。

 だが、それだけだ。

 綺麗なだけの人形だ。

 そして人形は、どれだけ綺麗でもいつか飽きられて捨てられると相場が決まっている。

 彼女たちと比べれば、この身体の本来の持ち主だったキリハレーネの方が百倍マシだ。

 確かに、彼女はやりすぎた。嫉妬深く傲慢で、すぐに頭にきて行動を起こす考え足らずだった。伝え聞くだけでもため息ものの愚かな少女だ。

 だが、それでも行動したのだ。

 どれだけ惨めったらしく無様で最後には自滅しても、彼女は行動した。その一点において、キリハがキリハレーネに好意を抱くに十分だった。

 お綺麗でいたいが為に何もしない……そんな無為さが、キリハは昔っから大嫌いなのだ。


「そもそもあたしに教えを請うのに、あたしを呼び出すってのが気に入らない。協力して欲しいなら、あんたたちがあたしの元へ足を運んで頭を下げるべきだろう。違うか?」

『…………』

「あんたたちはこの期に及んでも『お綺麗なお嬢様』でいたいと思ってる。あたしなんかに頭を下げて追い詰められたなんて思われたくない。だから自分の陣地にあたしを呼び出したんだ」

『…………』

「残念だが、あたしはつまらない女を助けてやるほど暇人じゃないし、泥を啜る覚悟もない横着者を助けてやるほどお人好しでもない。顔を洗って出直しな、小娘ども」


 最後にもう一度せせら笑うと、キリハはひらりと立ち上がってその場を後にする。

 三人の少女たちは、風のように……いや、嵐のように去ってゆくキリハの後ろ姿を、ただ黙って見送った。

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