第十一話 ヤクザ令嬢式お茶会のすゝめ
「キリハレーネ・ヴィラ・グランディアです。アールスエイム侯爵家のリッタニア様のお招きにより参上しました」
お茶会当日。
キリハはきっちりと着飾って指定された寮――個人用の小さな屋敷へと向かった。
執事を引き連れて歩いてくるキリハにぼぅっと見惚れていた門番は、彼女に招待状を差し出されてようやく正気に戻った。幾分どもって「伺っております」と言って門を開ける。
「ありがとう」
にっこり笑って通り過ぎるキリハを、門番は夢心地で見送った。
「……完璧なご令嬢ぶりですね」
行儀悪くソファに胡座をかきながら紅茶を啜っていたのと同一人物とは思えない優雅さと淑やかさを見せるキリハを、ジェラルドは狐につままれた顔で眺めている。
ドレスを用意したのはジェラルドだが、今日のキリハは化粧も髪のセットも自分で行った。そのどれもが完璧な上で遊び心が加わっており、ちょっと間違うと気の強い印象しか与えない彼女の造作を凛々しくも華やかに飾り立てている。
プロ顔負けの技術力だ。
「言ったろ、女にはたくさんのスイッチがあるって」
「スイッチだけあっても回線が切れてたら意味ないのでは?」
「おっ、言うようになったね。まぁ、友人たちが色々と世話を焼いてくれたんだ」
苦笑するキリハだが、目元は優しく緩んでいた。
女になるより先に組長になってしまってキリハだが、歳を重ねて成熟してゆくにつれて部下の女房や経営先のホステスたちから不満が出るようになった。
曰く、『姐さんをみっともない女にはさせられないわ!』と、彼女たちはこぞってキリハに女のイロハを教え込み始めた。
化粧はもちろん、ファッションセンスやさりげない仕草、男を魅了する会話術などなど。
「女のあたしでも『女ってなんて面倒くさい生き物なんだ』って辟易したが、教えてもらったことで無駄になったものはひとつもなかったな」
「ははぁ……つまりキリハ様は女性のエキスパートだと」
「その割に処女を捨てる機会がなかったから、アラサーになっても小娘のままだったけどね」
不貞腐れたように嗤うキリハだが、ジェラルドは密かに恐ろしい想像をしていた。
キリハほどの女性なら、群がってくる男は星の数ほど居ただろう。実際、彼女は「男友達はいっぱい居た」と言っていた。その中には彼女が絆される男が一人や二人くらいいてもいい筈だが、キリハが明確に『男』と認識した人物がいたような気配はなかった。
……みっともない女にはさせられないっていうのは、逆に言えばみっともない男に渡せないってことじゃ……。
もし彼女たちがキリハの男を見定める目も青天井に上げたのなら、果たしてキリハの御眼鏡に適う男なんて現れるのか。
……こりゃあ『普通の女の子』の道は果てしなく遠そうだ……。
館のドアをノックすると、ジェラルドと同じ格好の執事が出迎えた。庭に案内されると、東屋のような場所があり、そこにはすでに三人の少女がキリハを待っていた。
「……ふぅん」
「キリハ様? どうか穏便にお願いしますよ? いきなり殴って耐久試験とかそういうのはナシでお願いしますよ?」
「お前はあたしを何だと思っているんだ。ほれ、さっさとどっか行け」
「……ほんとにお願いしますよ……?」
ぐだぐだと念を押しながら、ジェラルドは執事の控室へ向かっていく。
キリハはほんのちょっとだけ皮肉げな笑みを浮かべ、すぐに澄まし顔を作って東屋へと歩いてゆく。
「……お待ちしておりました、キリハレーネ様」
三人を代表して、銀髪でメガネを掛けた知的な雰囲気の美少女が挨拶をした。
この少女がリッタニア・アールスレイム侯爵令嬢のようだ。
「――お久しぶりです、リッタニア様。本日はお招きいただきありがとうございます」
いかに名ばかり公爵令嬢で嫌われ者だったキリハレーネでも、侯爵令嬢であるリッタニアとは面識がある。キリハはさも顔見知りであるように挨拶を返した。
さらにミラミニア伯爵令嬢とエノラ子爵令嬢とも挨拶を交わすと茶を勧められる。自室では胡座をかいて湯呑酒でも啜るような飲み方をしていたキリハだが、ここではちゃんと作法に則って紅茶を嗜む。幸い、行儀作法はキリハの知っているものとさほど変わらなかったのでそのまま流用できた。
「……ほんとうに、道化を演じてらしたのね」
優雅な雰囲気を漂わせるキリハに、リッタニアが感心半分戸惑い半分といった声を出す。
ミラミニアとエノラの二人も、狸に化かされたみたいな顔をしていた。
(……よっぽど、キリハレーネお嬢様はダメな子扱いされてたんだねぇ)
典型的な我儘お嬢様とは聞いていたが、キリハの予想以上にダメな子であったようだ。
「それで? わたくしをお呼びになったのは、三人の婚約者のことですね?」
「……耳もよろしいのね。以前は、周囲のことなどまったく気にしていない様子だったのに……お察しの通り、わたしたちの婚約者のことです。現在、わたしたち三人は、それぞれの婚約者から婚約破棄されかねない事態に陥っています。このまま一方的に婚約破棄などされたら、わたしたちは傷物として扱われるでしょう」
(……こういう場合女性が悪者になってしまうのは、この世界でも同じか)
リッタニアの説明を聞きながら、キリハはうんざりした気分になった。
離婚や婚約破棄などでダメージを追うのはたいてい女性の方だ。何故か、男性を捕まえておけなかった女の魅力不足という風潮は、現代でも根深いものがある。
女性に対するダブルスタンダードな考え方は、この世界でもしっかり根を張っているようだ。
「どうしたものかと悩んでいたところ、先日のパーティでの一件を目にし、相談できるのはキリハレーネ様しか居ないと――」
「その前に、訊いておきたいことがあります」
「? 何でしょうか」
「あなたたちは、何かなさりました?」
「……何か、とは?」
「婚約者に近づく女を遠ざけるような手段を一つでも講じたのか、と訊いているのですが?」
キリハの問い掛けに、三人の貴族令嬢たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「……それは、キリハ様がユリアナになされたようなことを、という意味ですか?」
「その通りですよ、ミラミニア様」
「そんな真似はいたしません。私とエリアルドは幼馴染みです。彼にみっともない姿を見せる訳にはいきません。ましてや、武門の家柄であるクリスエア伯爵家の者が、陰湿な嫌がらせなど出来ようはずがありません」
キリハの質問に真っ先に答えたのは、燃えるような赤髪も凛々しい、宝塚な雰囲気のイケメン女子、ミラミニア・クリスエア伯爵令嬢だ。
彼女の実家は優秀な騎士を排出した家とジェラルドに説明されたが、ミラミニア自身も結構な使い手のようだ。ついでに言えば、高潔な騎士道精神も持ち合わせているようである。
『赤髪宝塚女』とキリハは心の中であだ名した。
「……わたしも、です。そもそもわたしの家は、イリウス様の父上からの援助で立ち直りました。醜態を晒して価値を貶めるわけにはいきません」
淡々とした口調で話すのは、子爵令嬢のエノラ・ルタリアだ。
ルタリア子爵家は事業が傾いて負った借金を、イリウスの実家のブライド商会に肩代わりしてもらった。その対価に、エノラはイリウスと婚約することで、合法的にブライド家を貴族の仲間入りさせる政略結婚の道具になったと聞いている。
エノラは小柄で華奢な、ゆるふわな桃色ヘアーがとても可愛らしい美少女だった。だが出るところはしっかり出っ張ったトランジスタ・グラマーな体型をしている。三人のうちで、もっとも男好きされる容姿をしていた。
だが、表情はどこかぼんやりとして、何を考えているのか今ひとつ読みにくい。不思議系美少女、といったところか。
この子は『桃髪不思議ちゃん』で決定だ。
「……わたしも、お二人同様です。ユニオン様のお父上である宰相閣下は、公明正大なお方です。ユニオン様も平等と正義を第一に考えられるお方。婚約者が自分の他に中の良い女子生徒を作ったからと言って、後ろめたい行為を行うわけには行きません」
最後にリッタニアが言う。メガネを掛けた優等生じみた彼女は、三人の中で学級委員長のようなまとめ役を担っているらしい。
キリハは『銀髪メガネ委員長』の言葉に、お行儀の良いお芝居を打ち切った。
鼻を鳴らして口角を吊り上げ、キリハは三人のお嬢様たちを嘲笑った。
「なぁんだ。つまらない女だねぇ、アンタたち」
そのキリハの一言に、三人の少女たちの目が見開かれた。
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