第十話  属性マシマシでラーメン◯郎ですか、あなたは?

 冒険者ギルドから王立学園の寮に戻ると、ジェラルドが着替えを用意していた。

 冒険者ルックからお嬢様スタイルに着替えて髪をドリルにすると、キリハはソファにもたれてお茶を淹れるようジェラルドに言いつける。


「ようやくこの身体に慣れてきたよ。あんたに教えてもらった身体強化の魔法も随分上達した」

「気合と根性であっさり会得したキリハ様が規格外なだけと思いますけど……」

「しかし、せっかくの魔法だ。どうせなら火とか風とか出してみたかったがな」

「そこは生まれつき備わった属性に由来しますから。その身体の本来の持ち主であるキリハレーネお嬢様が魔法の習得に後ろ向きだったのも、効果が地味な無属性魔法にしか適正が無かったからです。もっとも純粋な無属性魔力の持ち主は、魔力容量そのものは常人を圧倒するんですが」

「ふぅん。ま、勝負ってのは持ち合わせた手札をどう切るかだ。無い手札に夢見てもしょうがない。幸い、冒険者稼業をするのに、今んとこ支障はないしね」

「……まだ冒険者を続けるんですか?」

「あん? なにか問題があるのか?」

「……悪役令嬢で女組長で冒険者とか、属性増やしすぎだと思いますけど?」

「悪役令嬢が金を持ってるならあたしだって三食昼寝も吝かではないんだけどね」


 指で◯を作り、キリハは肩をすくめた。


「ファンタジーだろうが、人間が生きるのに金が必要なのは変わらない。学園に留まるためにもしっかり稼がないと。それとも何かい? あたしが悪役令嬢に専心するために、あんたが金を用意してくれるのか?」

「……僕もこの身体で活動する以上は人間以上のことは出来ませんので……」


 ジェラルドが紅茶を差し出すと、キリハは作法など気にせず、まるで湯呑でも持つようにカップを持ち上げて茶を啜った。


「美味い茶だが、ブランデーはないのか? スコッチでもいいが」

「乙女ゲーのレーティングを考えてくださいよ!? どこの世界に紅茶にアルコールを入れたがる乙女ゲーのお嬢様がいますか!?」

「ここにいるが?」

「う、うう……僕の世界(乙女ゲー)の法則が崩れる……」


 ジェラルドが天を仰ぐ。もっとも天にいるべき神はここにいる彼自身なので、何の意味もないが。

 王家からの援助はすでに打ち切られているが、キリハに堪えた様子はない。そもそもが、他人に頼らず己を頼む極道の元締めだった女である。働かざる者食うべからずと、さっさと働き口を見つけてしまった。

 手っ取り早く稼ぐのに冒険者という選択は順当ではあるが、キリハはジェラルドの予想を超えて冒険者に順応していた。

 そもそも、この王立学園のシステムが単位制なのも悪かった。基礎学問に関しては遥かに進んだ現代社会で教育を受け、おまけに自頭も良いキリハだ。必要な試験やレポートでさっさと単位を取得すると、普通の生徒たちが社交に使う時間を、彼女は冒険者稼業に注ぎ込んだ。

 嬉々としてゴブリンやオークの首を落としてレベルを上げ、どこで覚えたのか見事な解体技術で毛皮を剥ぎ、荒くれ冒険者たちとマンガ肉片手にガハハと笑い合う。

 常に血と臓物の臭いを漂わせて帰ってくるキリハは、どう見ても乙女ゲーの登場人物とは思えない。もはやモン○ンワールドの住人だ。

 ファンタジーでオサレな乙女ゲー的世界観をマウント取ってぶっ壊してゆくキリハに、ジェラルドは白目を剥いてグロッキー寸前であった。


「血腥いの嫌いだから、競争率激しい乙女ゲー世界の創造権をゲロ吐く思いをしてまでゲットしたのに……」

「その神様が役立たずだから、あたしがこうやって稼いでいるわけだ。あたしの稼ぎにケチを付けないで欲しいね」

「別にケチを付けたわけじゃ……そうだ! 錬金術で金を錬成しましょう! 錬成スキルはカンストしてますからお茶の子さいさいです!」

「金は駄目だ」


 即座にきっぱり拒絶され、ジェラルドは「おっ?」と感心した。

 何だかんだ言って、やはりズルで稼ぐのは気が咎めるのか……。


「金の密売はヤバイ。すぐ警察に目を付けられる」


 ……などと考えたのが間違いだった。


「よく質屋が金を売ってくれって広告出してたが、質屋は警察とつるんでやがるからね。金貨や小判はまだしも、無垢の金塊なんて持ってったら速攻で通報されて御用だよ。金売買は素人が手を出していい商売じゃない」

「…………」

「けど、それでも儲けられるからってバカな真似をする奴らもいてね。シマを荒らす中国人をぶった切ったら、ハラワタの代わりに金の粒が零れた時はあたしも目を疑ったよ」

「やめて! 聞きたくない!」


 あまりに血腥い金ビジネスの実態に、ジェラルドが耳を押さえて絶叫した。


「……僕はただ、本来の使命も思い出して欲しいなー、と思ったり思わなかったりするわけでして……」

「使命、ね。その言い方は好かん。あんたのケツを拭いてやるのは、あくまであたしの善意によるものだ。使命なんて言い方でさも『やるべきこと』と宣うのは筋違いも甚だしい」

「……どう見ても善意があるようには……」

「あ?」

「ひっ……た、大変失礼しました……それでその、キリハ様の善意に縋らせてもらって恐縮ですが、こちらを読んでいただけますか……?」


 そう言ってジェラルドが差し出したのは、一通の手紙だった。

 受け取って確認すると、かなり上質の紙を使った封筒で、おまけに封蝋には立派な家紋が刻みつけられている。


「これは?」

「さきほど届けられました。使者の話では、お茶会へのお誘いだと」

「お茶会、ねぇ。これまでのキリハレーネお嬢様の行いを鑑みるに、お茶会に誘ってくれるお友達なんて居なさそうだが?」

「とりあえず読んでみてくれませんか? 僕の予想だと、重要な人物たちからのお誘いだと思うので」

「……重要な人物、たち、ね」


 差し出されたレターナイフで封を切ると、キリハは中に入っていた手紙を読み始める。

 確かに、お茶会の招待状のようで、簡単な挨拶と誘い文句の後、参加者の名前が記されていた。


「リッタリア・ヴィラ・アールスエイム侯爵令嬢、ミラミニア・ヴィラ・クリスエア伯爵令嬢、エノラ・ヴィラ・ルタリア子爵令嬢……」

「やっぱり……彼女たちは攻略対象の婚約者たちです」

「攻略対象……王子様の愉快な仲間たちのことか」

「ええ。リッタリア嬢はユニオンの、ミラミニア嬢はエリアルドの、エノラ嬢はイリウスの婚約者です」

「宰相の息子に、天才芸術家に、大商会の跡取りか。なんで攻略対象の婚約者があたしをお茶会に誘うんだ?」

「ユリアナは逆ハールートに邁進していましたからね。王子以外の攻略対象も、隙あらば婚約破棄したいと思っているんです」

「けどあの女が未来の王妃を狙ってるなら、別に他の男たちが婚約破棄したって、彼女と一緒にはなれないだろ? なんで婚約破棄する必要が?」

「ユリアナへの愛を証明するためです。彼女への愛を証明するため、彼らは一生独身を貫く覚悟なんです」

「……婚約破棄のバーゲンセールだね」

「そんな理由で婚約破棄などされたら彼女たちは大恥です。女の魅力がないと言われたようなものですからね。貴族令嬢として新たな嫁ぎ先を見つけるのは絶望的です」

「そうならないために、第一王子を華麗に振ったあたしの助言が欲しい、と」

「ええ」

「けど、別段キリハレーネお嬢様と親しかったわけでもなく、あたしにとっても見知らぬ相手だ。助けてやる理由があたしにはないね」


 キリハは興味を失って手紙を放った。

 ずずっ、と紅茶を啜る彼女に、ジェラルドは手紙を拾っておずおずと語りかける。


「……出来れば彼女たちを助けてあげてくれませんか?」

「? なんで?」

「彼女たちが攻略対象に婚約破棄されるのが、この国の崩壊の序曲です。エノラ嬢のルタリア子爵家はともかく、アールエイム公爵家とクリスエア伯爵家はこの国でも影響力のある名家です。このまま婚約破棄されると、不満を持った両家が近い将来反乱を起こします」

「そりゃそうなる。親として娘を侮辱され、当主として家名を侮辱されるんだ。リーチが掛かった状態で何か失政があれば、縄を解かれた猟犬のように突っ込んでくだろうよ」

「内戦が始まれば、東西の国が競ってヴィラルド王国を手中に収めようと群がってきます。そうしないためにも」

「彼女たちには穏当な形で攻略対象とのケジメをつける必要がある、と」

「その通りです」


 ジェラルドが改めて、お茶会の招待状を差し出してくる。

 招待状に記された三人の少女の名を眺め、キリハは気乗りしない顔でに鼻を鳴らした。


「まぁ、そういう事情ならお茶会には参加してもいい」

「そ、そうですか!? そうですよね! いやー、そうこなくては! いよっ、キリハ様! あんたが大将!!」

「けど助けるかどうかは彼女たち次第だ」


 キリハが動いてくれると分かって燥いでいたジェラルドが、付け加えられた一言でぴたりと動きを止める。


「……彼女たち次第?」

「気に入らない人間を助けるほど、あたしは出来た人間じゃない」

「いや、そこはほら、この世界の安定のために……」

「あたしは社会の安定のために切り捨てられた連中を纏めてた女だぞ? そんなのは理由にならん。あたしは、あたしが助けたい人間しか助けない」

「…………」

「あんたはせいぜい祈ってな。このお嬢様たちが、あたしが助けたいと思わせてくれる人間であることを、な」


 神様が誰に祈ればいいのだと途方に暮れるジェラルドに告げ、キリハは温くなった紅茶をグイッと飲み干した。

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