第九話  キリハさ~ん、お仕事ですよ!

 ヴィラルド王国の冒険者ギルド王都本部。

 この世界において、冒険者は民間警備会社のような役割を担っている。

 もっとも、彼らが警戒し排除するのは、同じ人ではない。

 彼ら冒険者は、魔物を狩り、魔物から人々を守ることを主な仕事とする者たちだ。

 王国の騎士たち、軍人たちも魔物から民を守る任務を帯びているが、街道警備や大都市に人を割かれるのは避けられない。何より国に所属する以上、どうしても動きは上の指示待ちになる。

 故に冒険者という身軽に動ける者たちは常に必要とされている。


 昼飯時になると、ひと仕事終えた冒険者たちで、ギルドの中は騒がしくなる。大半は街の便利屋稼業に精を出す初級冒険者だが、近隣の魔物を一狩りして帰ってきた上級冒険者もちらほらいる。

 そしてギルドに併設された酒場では、貧乏所帯の初級冒険者たちに上級冒険者が奢ってやりながら自慢話に興じている。もっとも冒険者を支援するという名目の併設酒場だから、それほど偉ぶる金額を奢るわけでもないのだが。


「――ごめんなすって」


 さして大きくはない、しかし耳に残る凛とした声とともに扉が開くと、ギルド内がしんと静まる。

 入ってきたのは、一人の少女だ。

 纏っている装備こそ初級冒険者がよく使う革鎧とショートソードなのだが、地味な格好をしていても人の目を惹く。

 それは、ポニーテイルに纏めた輝かしい金髪のせいかもしれないし、切れ上がり気味の強気な瞳のせいかもしれない。あるいは、簡素な格好だからこそ目立つ、彼女のメリハリのある身体つきのせいか。

 はたまた、風の吹くまま気の向くままに揺蕩う荒くれどもの気を引く、何らかのニオイを纏っているためか。

 冒険者たちが見守る中、少女はギルドの受付カウンターへ歩いてゆく。カウンターにたどり着くと、手にしていた大袋をどさりと受付嬢の前に置く。


「おかえりなさい、キリハさん。これは?」

「依頼にあったオークジェネラルとその群れの討伐証明だ。確認してくれ」

「群れ丸ごと討伐しちゃったんですか!?」

「ジェネラルを討ったら、群れのオークどもがあちらこちらに散らばってな。そっちを探す方に時間がかかったよ」


 少女冒険者――キリハが肩を竦めると、ギルド内がどっと湧いた。

 彼女を注視していた冒険者たちが、わいわいがやがやと語り合う。


「ほら言ったろ! 姫姐さんならオークジェネラルくらい屁でもないってよ!」

「くそっ、いくら姫姐さんでも一日仕事だと思ってたのに……!」

「昼飯前に帰ってきたから俺の勝ちだ! さっさと掛け金よこせ!」

「いや待て、もう昼メシ時だろ!?」

「まだ食い終わってないから昼飯前だよ!」


 彼方此方で悔しがる呻きと得意げな笑いが木霊する。

 自分の依頼達成時間で賭けをしていたのだと察し、キリハは呆れ顔になった。


「みんな暇人だねぇ。面白いことなんてたくさんあるだろうに、わざわざ初級冒険者を賭けの対象にしなくてもよかろうに」

「ただの初級冒険者なら、その通りなんでしょうけどね……」


 猫耳の獣人受付嬢が、キリハの持ち込んだ討伐証明を確認しながら言う。


「登録に来たその日の内に新人イビリを返り討ちの騒ぎを起こして大乱闘。おまけにギルドマスターまで蹴手繰り倒したのはどこのどちら様でした?」

「舐められたら終わりってのが、荒くれ商売の鉄則だろ?」

「まぁ、その通りだからキリハさんの登録も認められたんですけど……その後もいろいろやらかしたじゃないですか?」

「何かやったっけ?」

「いきなりゴブリンの巣穴を殲滅して『百匹斬り』を達成したり、質の悪い悪徳冒険者を叩きのめして番所に突き出したり、迷子のユニコーンを保護したり……極めつけはS級冒険者に告白されて手酷く振った『S級告白事件』ですよ……たった半月でよくもまぁやらかしたと思いますけど?」

「ほんとにはた迷惑な連中だったよねぇ」

「大事にしたのはあなたでしょ! って、にぁあっ!?」


 キリハにふにふにと猫耳を撫でられて、受付嬢が甘い悲鳴をあげる。


「まぁまぁ、リリサちゃん。そんなに眉間にシワを寄せたら、せっかくの美人が台無しだよ?」

「にゃ、にゃああん……き、キリハしゃんに言われると、嫌味にしか……にゃはぁあんっ!?」

「ほーれ、ほれほれ。ここがいいんか? ここがいいんか?」

「にゃはぁあん……にゃああぁぁぁ……そんな奥までぇ……にふぁぁぁ……」


 猫耳のみならず、顎の下やうなじを撫で付けられて甘い声を出す獣人受付嬢リリサ。

 口では嫌がりつつ自分の手を受け入れる彼女を、キリハは全力で撫で回す。


(ああ……やっぱりもふもふはいいねぇ……)


 よくフィクションに出てくる裏組織のボスが犬や猫を撫で付けているが、キリハの知っている裏社会の重要人物たちもペットを飼っていた。

 何しろ、舐められたら終わりの商売だ。外ばかりでなく、子分たちにも弱みを見せられない。そんな立場でストレスを溜めない人間などいない。だから彼らはペットを飼う。もふもふは癒やしなのだ。

 キリハも、一度野良猫を拾って大事にしていた。気の強いメス猫ではじめは警戒されたが、懐くとベッドどころか風呂場まで着いてくる寂しがり屋の可愛いやつだった。亡くなったときには随分と落ち込んだものである。

 

(しっかりとした身分と家を手に入れたら、また新しい家族を探してみようかねぇ)


 それまでは彼女で我慢だと、キリハは昔取った杵柄でリリサの猫耳へ快楽を注ぎ込む。

 そんな彼女らを、冒険者たちが慄然と見つめる。

 冒険者登録してから半月で様々な騒ぎを起こして一目置かれるようになったキリハだが、先輩冒険者たちが一番感心しているのが、堅物で真面目な猫耳受付嬢を陥落させたことだとは、当人だけが知らないことであった。


「ふぅ、満足満足」

「にゃ、にゃぁぁ……う、うう、もうお嫁にいけにゃいぃ……」

「だったらあたしの家へ嫁に来るかい?」

「けっこうです! ……はい、確認しました。以来達成報酬に追加討伐ボーナス含めて205万と300エラです」

「30万エラだけ貰うよ。あとはギルドの預金口座に振り込んどいてくれ」


 キリハはリリサから依頼達成書と報酬を受け取る。

 この国の貨幣単位エラは、1エラで単純に1円である。ゲームを基本設定にした世界らしい分かりやすさだ。ちなみにこの世界の時間設定も地球と同じ二十四時間三六五日である。こだわるところはとことんこだわるが、手を抜くところはとことん手を抜く制作陣だったらしい。クリエイターあるあるである。

 命がけでモンスターを狩って二百万円……高いか安いかは微妙だが、国からすればはした金であるのは確かだろう。


「そうだ、また薔薇通りからキリハさんの指名以来ですよ。次の日祭日に護衛を頼みたいと」


 薔薇通りというのは一種の隠語で、娼館が集まる区画のことだ。

 なにかとトラブルに見舞われやすい娼婦たちの護衛は、女性冒険者によく回ってくる仕事のひとつなのだ。


「メッシーナとパルマが遊びに出たいって言ってたからそれかな? 了承したとディアンヌ夫人に伝えといてくれ」

「畏まりました。……ところでキリハさん、あなたが彼女たちに供給しているという香りのいい石鹸、わたしにも頂けませんか?」

「リリサちゃんも女の子だねぇ。そんなひそひそ声にならなくてもお裾分けするよ」

「……年下にちゃん付けされるのは侮辱なはずなのですが、キリハさんは不思議と許せてしまいます。だから娼館の女性たちにも慕われているんでしょうか?」

「あたしはただ、話し相手になってやってるだけだよ。それじゃ、ご苦労さま」


 ひらひらとリリサに手を振り、酒に誘ってくる冒険者たちを軽く躱し、キリハは冒険者ギルドを後にした。

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