第七話  全部◯◯っとお見通しだ!

「もっとも、あなたがやってきたのは僕の想定外ですけど。まぁ、地球から魂を招くお膳立てをしたのは僕で間違いありません」


 キリハのカマかけに、あっさりネタバレするジェラルド。

 世界の管理者――とどのつまりは神様だと宣うジェラルドを、キリハはソファに寝そべったまま胡散臭そうに眺めた。


「ふぅん? 誰かをわざわざ招き寄せるってことは、何かやって欲しい事があるってことだろ? 神頼みならぬ人頼みとは、情けない神様もあったもんだ」

「確かに僕はこの世界の創造者ですけど、すべてを僕の一存で回しているわけじゃありません。僕の役どころはゲームマスターです。物語を紡ぐのはプレイヤーである人間自身。まぁ、管理者の仕事としてより良い物語(セカイ)になるようにテコ入れはしますけど」

「んで? その情けない神様は、キリハレーネお嬢様の身体に別人の魂を招き入れて何をさせたいんだ?」

「……この世界は地球の『乙女ゲー』を下敷きにして作った世界です。『この愛おしい世界に慈しみを』ってゲームなんですけど……知りませんよねぇ、乙女ゲー」

「ああ、女性向けの恋愛ゲームだろ? 女主人公がイケメンの高感度を稼いで落としてくヤツ。あたしはノベルタイプよりシミュレーションタイプの方が好きだけどね」

「……なんでヤクザ屋の社長さんが乙女ゲーを知ってるんです?」

「あたしも声優事務所とゲーム会社をいくつか持ってたから、概要程度は知ってるさ。タピオカで儲けた金をぶっ込んだんだが、いやぁオタク産業は儲かるよね。夏と冬になるとウチの若い衆も販売とスカウトで忙しくしてたもんさ。最近は企業政治で裏切られて不貞腐れてたラノベ作家を大量に引っ張ってきて、大手出版社に喧嘩を仕掛けたりしてたね」

「じ、自由すぎる……Tvvitterのマンガみたいだ……」

「けど、なんでよりによって乙女ゲーを下敷きにした世界なんて創ったんだ?」

「……人間の想像力って、すごい力があるんですよ。神が新たな世界を創造するに当たって、人間の想像力は大きな起爆剤になります。それが多くの人間が共有している想像なら尚更です」

「ふぅん? なら、7つの玉を集めたら龍が出てくる世界とかもあるのか?」

「ありますよ。何度も宇宙が滅びかけるんで、管理者はものすごく苦労しているみたいですけど」

「……ゴム体質の海賊が出てくる世界も?」

「ええ、もちろん。地球はそういった創造性を育む世界でもあるので、地球で名の知れた創作物はたいていどこかの神が利用しています」

「地球は神様の創造のための創作栽培所ってワケかい。でも、あんたは特に乙女趣味ってワケでもなさそうだけど?」

「そりゃあ、僕が楽をするためです」

「……乙女ゲーだと神様は楽できるのか?」

「乙女ゲーは基本的にラブ・アンド・ピースですからね。全体的に生温くて優しい、手間のかからない世界だと思ったんですよ。管理する方だってストレスレスな方が良いじゃないですか。血腥いのが嫌いなんですよ、僕」


 自信満々に、あまり自慢にならないことを言う神様。

 今ひとつ頼りがいのなさそうなジェラルドを胡散臭く見ていたキリハだが、今や完全に白けた眼を向けていた。


(こいつ、典型的なことなかれ主義の日本人じゃないか)


 仕事を振られて、毒にも薬にもならない書類を提出してお茶を濁すタイプだ。

 どこの職場にも必ず一人はこういう奴がいる。


「手間のかからない世界なら、神様が出張る必要はないんじゃないのか?」

「その筈だったんですけどね……バグというのは常に発生するわけで。特に今回は、特大級のバグが、一番バグっちゃいけない場所に発生しまして……」

「ははぁん? それって王子様の隣りにいた、清楚っぽいガワをした女のことだな?」

「ええ……ユリアナ・リズリットは、いわゆる乙女ゲーの主人公枠の少女なのですが……」


 ジェラルド曰く、世界の管理者が完全に意図しない転生によって、主人公枠――管理者がテコ入れをして世界をより良くする為の人物――の性格が歪んでしまったのだという。


「本来なら、ユリアナ・リズリットは、コンプレックスに悩む攻略対象を救い、このヴィラルド王国にさらなる平和と繁栄をもたらす筈でした。しかし、予期せぬ転生で彼女に宿ったのが……自分の為に他人を虐げて屁とも思わない、最悪の性格の女性で……」

「ああ、あれは他人を陥れるのが三度の飯より好きなタイプだろうね」


 どれほど上手く外見を取り繕うと、キリハはひと目で大凡の人物が判る。そうでなければ、こんな風に転生するよりもっと前におっ死んでいただろう。

 キリハの眼には、あのユリアナという少女が救いようのない下衆だと映った。

 時々いるのだ。

 ああいう、他人を食い物にしないと生きていけない人間が。

 

「公衆便所に流されず放置されたゲロみたいな臭いがしたよ」

「うっぷ……想像するだけでもらいゲロしそうな表現ですね……けどその通りです。あの邪悪に歪んだユリアナのせいで、アルフレッド王子をはじめとした攻略対象がメチャクチャにされます。本来ならアルフレッド王子は、父親へのコンプレックスを乗り越えるはずだったんですよ? けれど彼女がしたことは、コンプレックスを乗り越えさせるのではなく忘れさせること……一番タチの悪いやり方です」

「劣等感ってやつは乗り越えない限りは消えないからね。目を逸らして抱え込めば腐るだけ。腐った人間は自分の価値を上げるより、他人の価値を下げて自尊心を満たすようになる。人間のクズのいっちょ上がりだ」

「ええ……この身体になる前に神界でシミュレーションした結果、彼女によってこの国の屋台骨は軒並み腐ってボロボロになります。そしてジェラルド王国はこの大陸の東西の結節点というべき場所にある重要な国です。この国が揺らげば、大陸の東西の均衡も崩れてしまう……そして訪れるのは大陸全土を巻き込む長期の戦乱です」

「そいつははた迷惑なことだねぇ」


 唐の玄宗皇帝を骨抜きにした楊貴妃然り。

 周の幽王を微笑みだけで破滅させた褒姒然り。

 たかが女ひとりのせいで世が乱れるなど現代社会では笑い話だが、封建社会では度々起こる。それはこの世界でも変わらないようだ。


「あの女をどうにかするために、あの女と同じ世界の人間の機知が必要だってわけだ。けどそれなら、乙女ゲー素人のあたしみたいな人間を呼び寄せることもあるまいに」

「いえ、本当は別の人物を召喚する予定だったんでした。ちゃんとゲーム知識のある少女をね。ほら、あなたが死ぬ原因になった抗争で、あなたが庇った少女がいたでしょう? 本来なら彼女を喚ぶつもりだったんです」

「…………ほぅ」

「本来なら彼女が亡くなるはずだったんです。けれど死んだのはあなただった……知ったときには頭を抱えたくなりましたよ」

「…………ほぅ」

「けど、結果良ければ全て良し! ですね。最初の関門だった断罪イベントを上手くくぐり抜けてぐれぼぁ!?」


 右ストレートでぶっ飛ばされたジェラルドが家具を巻き込んで派手にぶっ倒れる。

 一瞬の早業で執事をぶん殴ったキリハは、能面のような顔になって目を回すジェラルドを見下ろした。


「な、なにを……」

「ケジメだ、ケジメ。あたしだから良かったものの、お前、ヤクザの抗争に巻き込まれて死んだ女の子を、一歩間違えたら人生の終わりまで幽閉されるか、身一つで知らない異世界に放り出されるような状況に放り込もうとしてたんだろ? そんなアホな真似をスルー出来るか」

「ぼ、僕にも止むに止まれぬ事情が……」

「あ?」

「ひっ……」


 さすがに本業のガン付けは迫力が違う。

 ジェラルドは殴られた頬の痛みを忘れてガタガタ震え出した。


「無関係の素人を巻き込むな……極道でも知ってる当たり前の道理だ。それを破るバカを、あたしはいつもこうやって教え込んできた。バカは他人の痛みが分からん。自分が痛くなるまで、他人の痛みなんて想像できん。お前、申し訳ないと思いつつ、仕方のないことだって思ってるだろ?」

「うぐっ!?」

「自分のケツは自分で拭け。その程度の常識も分からんバカなら、殴って思い知らせるしかないだろうが」

「……申し訳ありません……」

「他に言うことは?」

「……大変ご迷惑をおかけしますが、協力していただけませんか?」

「最初っからそうやって下手に出てればあたしも乱暴な真似をせずにすんだんだ。あんたは自分の不甲斐なさをもちっと自覚しな」

「う、うう……私、この世界の管理者(カミサマ)なのに……」

「あ?」

「すみませんすみません! 不甲斐なくてすみません!!」


 キリハの眼光一つでヘタれるジェラルド。

 出来る執事の雰囲気は微塵もなく、ましてや神様っぽい威厳など欠片もない。

 これが安易に異世界召喚した管理者の成れの果てであった。

 キリハはソファにどかりと座り直すと、借金取りに平謝りする債務者のようなジェラルドに話の続きを促した。


「んで、次は何をすればいいんだ?」

「あ、はい。やってもらいたいことは単純です。あの歪んだ乙女ゲーヒロイン、ユリアナ・リズリットの邪魔をして欲しいのです。あの少女がメチャクチャにするであろうこの国を、なんとか混乱させないように……」

「なんだ。そんなことか。それなら今更だよ」

「? どういう意味です?」

「あの女は、ほっといてもあたしに絡んでくる。自分の思い通りにならない人間が死ぬほど嫌いなんだよ、ああいう女は」


 キリハは会場を去る間際の、自分の背に注がれていた粘つく視線を思い出した。

 あの女は、自分以外の人間を餌か害虫としか思っていない。そして自分は、今回のことで確実に害虫と認識されただろう。


「ほっといても何か仕掛けてくる。なら、あたしは堂々と迎え撃つだけさ」


 キリハはニヤリと笑った。

 ヒロインが浮かべるものでも、ましてや悪役令嬢の浮かべるものでもない。

 ふてぶてしく強かな、女ヤクザの笑みであった。

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