第六話  断罪イベントのその後

 キリハがパーティ会場に使われていた王立学園の迎賓館を出ると、執事のジェラルドが待っていた。


「お疲れ様です、キリハレーネ……いえ、キリハお嬢様」

「キリハ、だけでいいよ。あたしはお嬢様なんてガラじゃない。背中が痒くなるよ」


 キリハはからからと笑った。

 腹芸は得意だが、得意だからといって疲れないわけではない。ましてや希望的に見積もって五分五分の博打を、この国の最高権力者を相手に仕掛けたのだ。前世だったら銀座の高級サロンで整体のフルコースを受けているところだ。

 ようやく地が出せるようになって、キリハの肩も軽くなる。

 寮の自室――実際にはちょっとした一軒家なのだが、貴族にしたら『部屋』くらいの感覚だろう――に戻るや、キリハはドレスを脱いでコルセットの紐を緩め、ドサッとソファに寝そべった。クッションに顔を沈ませ、ぐでっと身体を弛緩させる。


「……一応わたくしも男なのですが」

「主の下着姿に欲情するんじゃ執事失格だ。あんたはその程度の執事なのかい?」

「……わたくしのことではなく、キリハ様のお心のことを言っているのですが」

「それこそ今更だ。男に裸を見られて顔を赤らめるほど、あたしも初心な生き方をしちゃいないんでね」

「……それで『普通の女の子らしく』なんて、よく言えますね」

「女ってのはたくさんのスイッチを持ってるんだ。女の恥じらいスイッチをオンにしたら、ちゃんと普通の女の子らしく恥じらうからいいんだよ」

「そういうものですか……」

「そういうもんだ」


 ごろりとソファの上で寝返りをするキリハ。しどけない姿なのに……いや、しどけなくだらしない姿だからこそ、今の彼女には飾らない色気が溢れている。

 ジェラルドはさり気なく視線をキリハからずらし、誤魔化すようにごほんと咳払いする。


「……しかし、本当にその場のアドリヴとハッタリで切り抜けてしまうとは驚きでした」

「土壇場のハッタリに命を賭けてきたんでね。もっとも、どんだけハッタリをかまそうと、事前の情報がお粗末だったら意味ないさ。情報を教えてくれたあんたのおかげだよ」

「お褒めいただき恐縮です」

「ま、あたしがこうなったのもあんたのおかげなワケだが」

「………………何の話ですか?」

「何の話も何も、あたしをこの身体にぶっ込んだのはあんたじゃないか」


 空惚けるジェラルドに、キリハはニヤニヤと笑って断定する。

 視線をそらしていたジェラルドだが、やがて降参とばかりに両手を上げてキリハに向き直った。


「…………参りました。なぜ分かったのですか?」

「阿呆、分かるかそんなもん。ただのカマかけに決まってるだろうが」

「………………えぇええっ!? そんだけ自信満々に言い切っておいてハッタリだったんですか!?」


 真面目な顔を崩したジェラルドが驚愕の声をあげる。

 無理もない。

 キリハは、まるで推理ドラマの最期の十五分あたりの、解決パートの探偵役みたいな顔をしている。さも『謎はすべて解けた!』と言わんばかりの顔をしておいて、まさかハッタリだったとは……視聴者に石を投げられそうだ。


「……そんだけ見事なドヤ顔しといて、間違ってたらどうするつもりだったんですか?」

「阿呆、ハッタリでカマかけるのにドヤ顔にならずにどうするっていうんだ」


 キリハは鼻を鳴らしてジェラルドのツッコミを笑い飛ばした。

 間違っていたら黒歴史確定の場面で自信満々のドヤ顔を晒す……羞恥心をねじ伏せる大した胆力である。

 ハッタリに命を賭けてきたというキリハの言葉は嘘でも冗談でもなかった。命と比べれば、羞恥心などどうというものでもあるまい。

 彼女に掌の上で転がされたと知り、ジェラルドが深々と溜め息を吐いた。


「…………一応、探偵の義務として、推理のキッカケを披露してくれませんか?」

「キリハレーネお嬢様の人物評を聞くに、自力で呪いの魔導書を手に入れられる器量があるようには思えん。お前が入手してお嬢様に渡したんだろ? ま、そこまではお嬢様の意図をくんで実行したとして、だ。魂が抜き取られたお嬢様の身体にあたしが偶然入り込む……なんてのはあまりに出来すぎだ。何よりも、中身が別人に置き換わった、なんて与太話をあっさり受け入れること自体が怪しいじゃないか」

「いや、そこはファンタジーなんだって納得しましょうよ?」

「ファンタジーなんて存在しない。ファンタジーっぽい力がまかり通っていたとしても、人間の生き方がファンタジーになりゃしないさ」

「……ファンタジー系乙女ゲーの世界に、一番混入しちゃいけないヒトがやってきちゃった気がする……」


 ジェラルドは全面降伏するようにがっくりと肩を落とした。


「おっしゃる通り……僕が管理者の力を使って、あなたをこの世界に招きました」

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