第三話 秘技、断罪返し!
「さぁ、指を詰めてケジメを付けてください」
そして舞台は断罪イベントのパーティ会場へ戻る。
王子様の指を要求する霧羽改めキリハ。その口調は、昨日立て替えた昼飯代を返してね、というくらいの気軽さである。
その衒いのない気軽さが、逆に彼女の本気さを示していた。
アルフレッドは唖然としていたが、ハッと気を取り直すと猛然と反論する。
「何を言っている!? なぜ俺が指を切らねばならんのだ!?」
「? ケジメは指を詰めると相場が決まっているでしょう?」
「何を不思議そうな顔をするんだ!? 指を切るなど冗談じゃない! だいたいケジメをつけるのはお前の方だ! ユリアナに度重なる嫌がらせを行った悪辣な貴様こそが――」
「何を言っているんです? 下手を打ったのはアルフレッド様ではありませんか?」
「……なに?」
「貴族の男性なら、愛人の一人や二人、十人や百人抱え込むのは当然の嗜み。お家の存続のためにもばんばん種付けしてどんどん孕ませないと」
「あ、ああ……いや、年頃の娘が種付けとか孕ませるとか言って良いのか?」
「いいんです。良くないのは、アルフレッド様があたしにユリアナ様との仲の良さを見せつけてしまったことです」
「……それの何が良くないのだ? 愛する人との関係に、何を恥じ入る必要がある?」
「それですよ、それ。本妻に愛人の存在を知られてしまうなんて、男の不手際以外の何物でもありません」
「んなっ!?」
「本妻の嫉妬を買うような男に、愛人を作る資格はありません。愛人を囲うなら上手く囲わないと。それが男の甲斐性というものです」
キリハの言葉に、会場の少なからぬ男子生徒がうんうんと頷く。きっと、実家でその手の問題があって辟易していたのだろう。
一際強く頷く諸氏は、すでに愛人を囲っているのかもしれない。一部は婚約者らしき女子生徒に睨まれているので、後日追求を受けそうだ。上手く切り抜けて欲しい。
「愛人だなどと! ユリアナは俺に真実の愛を教えてくれた女性だ! 打算や計算などない真実の愛を教えてくれた彼女を、愛人なんて惨めな立場に出来るものか!」
「貴族の正室が誇らしいものだと? 嫁いだ家のために子供を生めとせっつかれ、嫌な相手との対応でもニコニコ笑って我慢して、連日のパーティで肌も内臓もぼろぼろ。家の奴隷みたいなものじゃないですか。それなら気楽な側室や愛人に収まった方がいいと考える強かな女性も多いと思いますけどね」
キリハの言葉に、少なからぬ女子生徒がうんうんと頷く。きっと、実家の母親の苦労を思い出したのだろう。
愛人のくだりで大きく頷く娘もいた。三女や四女といった、家の名の影響が少ない娘たちだ。どうか強かに生きてもらいたいものである。
「本当にユリアナ様を愛してらっしゃるなら、王妃なんて胃に穴が空くような立場は適当に選ばれた名ばかり公爵令嬢にでも押し付けてしまえばいいじゃないですか。まぁ、真実の愛なんてものがあれば、ですが」
「貴様ッ!! ユリアナの立場のみならず、俺との愛まで愚弄するというのか!?」
「真実の愛『だけ』の勢いで結ばれて子供を生んだ若い夫婦が子供をどう扱うようになるか知っていますか? 家も財産も投げ出して駆け落ちした貴族の子女の末路は?」
損得勘定の絡まない無償の愛は美しいとキリハも思う。
だが世間というものは、無償の愛だけで生きていけるほど綺麗でも優しくない。
愛も感情である以上、枯れもするし萎れもする。潤いがなければ愛とて腐り落ち、周りを不幸にするだけだ。
持続可能な愛には計算が、最低限の打算が必要である。
衣食足りて礼節を知る。そしてキリハはこうも思う――衣食足りて愛を知る。
「愛が幸せになるための行為ならば、愛には打算と計算があって然るべき。ましてや王妃……国の大事に関わる立場の女が、打算も計算も出来ないではお話になりません」
これはキリハの前世の友人たち――大組織の長を支える極妻たちを見てきた故の考えだ。
影に日向に夫を支える彼女たちは、言葉ひとつ、動きひとつに至るまで計算して動いていた。虫唾の走るような下衆に対して笑顔を崩さず、夫が怒りづらい身内を率先して嗜めた。時にはヘドの出るようなセクハラ野郎にもニコニコ笑って酌をした。
夫のために敵にも味方にも目を光らせる生活を、堅苦しいと見る向きもあるだろうが、彼女たちはそんな息の詰まるような生活を含めて夫を愛していた。
愛だけを捧げ愛だけを食むような女には、権力者の伴侶は務まらない。権力者を愛し続けるために、彼女たちは自分の愛に損得勘定を絡めるのを恐れなかった。狡くなるのを恐れなかった。
同性の自分も惚れ惚れするような佳い女たちだった。
権力者の伴侶とは斯く在らねばならない。斯く在らねば、権力者を愛することなど出来ないのだ。
「無償の愛は美しい。しかし、無償の愛を大事にするあまり損得勘定を汚濁と厭うなら、それは無能なロマンチストの戯言に過ぎません。アルフレッド殿下の仰る『真実の愛』が打算なき愛であるならば、そもユリアナ様に第一王子の正室になる資質はないと判断せざるを得ませんが?」
「ぐぬっ、ぬ……っっ!!」
アルフレッドは顔を真っ赤にして呻く。
このまま真実の愛を主張し続ければユリアナに正妃の資格がないと見られるし、損得勘定があると言えばそもそも主張が間違っているということだ。
肯定しても否定しても自分の首を締めるパラドックスである。
「というわけで、さっさと指を詰めてください」
「どれだけ指を落とさせたいんだ貴様は!」
何が何でも王子様の指を詰めようとするキリハに、アルフレッドは絶叫した。
「もういい! 貴様がユリアナに卑劣な行為を行っていたのは事実だ! その罪はきっちり償ってもらうぞ!」
アルフレッドが反論を許さないように叫ぶと、彼の学友たちも「そうだそうだ!」と声を荒げた。どうやら勢いで押し切るつもりらしい。
王子の取り巻きの中から騎士団長子息のオルドランド・ヴィル・グリーダが歩み出た。
「あら? 騎士団長の子息ともあろう方が、徒手空拳の乙女に乱暴をなさるので?」
「ほざけ、陰険女が。ユリアナを罵った口で乙女などとよく言えたものだ」
(……微温い。なんとも微温い殺気だ。こりゃ多分、童貞だな)
鍛えられ屈強なオルドランドが険しい顔で迫れば、婦女子はその威圧感に身体を竦ませるだろう。
だが、人切り包丁片手に強面の子分を率いて鉄火場を駆けてきたキリハだ。オルドランドから発せられる怒気などどこ吹く風だった。
童貞のそよ風みたいな殺気に、キリハはにやりと嗤い返す。
「それなら、第一王子様をはじめとした有力者のボンボンを誑し込んだどこかの誰かさんは、はてさて乙女と呼んでも良いものかねぇ?」
「っ! キサマァッッ!!」
(あ、やっぱり童貞だ)
この程度の煽りで我を失って突進してくるなんて、堪え性のない童貞特有の反応だ。
とはいえ、鍛えられているだけあって迫力はある。
パーティ会場の女子生徒たちが悲鳴を上げた。
「これ以上ユリアナを愚弄するのは騎士たる俺が許さ――」
ドタンッ!!
床が揺れた。
突進の勢いのまま仰向けに倒れたオルドランドは、何が起きたか分からず目を白黒させる。
「おやおや、大丈夫か?」
「き、貴様っ――ぁがっ!?」
起き上がってキリハに掴みかるオルドランド
キリハはひらりと彼の手を躱すと、ヒールのつま先を彼の足先にそっと差し出す。
突進の勢いそのまま、オルドランドは再度バタンと床に転がった。
「なっ、何が起きて……」
「熱烈なダンスの申込みはありがたいけど、これじゃあエスコート失格だね。女性のつま先を踏んづけて転がるなんて」
「き、ききっ、キサマァァぁぁああああああっっ!!」
再びキリハに掴みかかるオルドランドだが、キリハはひらりと躱してはオルドランドの足を掬う。
ドタン、バタンとオルドランドが転がる度、キリハのスカートがふわりと舞う。
オルドランドは真剣に挑みかかるのだが、彼が必死になればなるほど無様かつ滑稽に映り、軽やかに舞うキリハの優雅さばかりが目立つことになる。
「なんという華麗な足さばきだ……」
「あれは本当にキリハレーネ嬢なのか? オルドランドを完全に手玉に取っているじゃないか」
「教師でも勝てない学園最強を相手に……!」
パーティ会場の生徒たちが騒然とする。
オルドランドはけして未熟な男ではない。騎士団長の子息に相応しい、厳しい訓練を受けた優秀な騎士候補生だ。
そんな彼を未熟者のようにあしらうキリハに、学園の生徒たちは目を奪われる。
孔雀に野良犬が追いすがるような追いかけっこはしばらく続いたが、何十回目かの転倒で、とうとうオルドランドは立ち上がれなくなった。ぜぇはぁ荒い息を吐き、パーティ用の貴族服が汗でぐっしょり濡れぼそっている。
(……この身体、キレは良いけど体力が足りてないね。鍛えないといけないな、こりゃ)
キリハはといえば、彼女もさすがに汗を掻いて大きく胸を上下させていた。
しかしながら、汗で光る肌は彼女に健康的な色気を与え、上気した頬に張り付く髪の毛がいわく言い難い視覚的魅力を演出する。上下する度に柔らかにたわむ双丘は言わずもがな。
会場の視線は、麗しく屹立するキリハへ向けられている。
いつの間にか、この場の中心はキリハに移っていた。
「な、なんだこれは……」
アルフレッドは頭痛を覚えてよろよろと後ずさる。
公爵家の出だけが自慢の愚かな婚約者など、ちょっと脅しつければ簡単に放逐されるはずだった。
それが耳を疑うような要求で場の空気をかき乱したと思ったら、ぐうの音も出せない正論をぶち撒けて、実力者として知られる側近を片手間にあしらった。そして、パーティの主役であるべき自分とユリアナから、すべての注目を奪ってしまっている。
いったい、どこで間違ったのか……
「何事だ! この騒ぎは!!」
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