第二話 髪がドリルに!?
「…………んぁ?」
パチリ、と目を開き、霧羽は我ながら間抜けな声を出してしまった。
「……あたしは死んだ筈だが……」
頭を押さえながら起き上がり、ぼんやりする頭で記憶を整理する。
目を閉じる前、霧羽は敵対組織の残党に襲われ、何発も銃弾を食らった。
鉄火場で生きてきた霧羽だ。自分の受けた傷は致命傷だったと理解していたのだが。
「まさか死に際で見る夢か……んんっ?」
その時、はたと気付いた。
手に絡みつく自分の髪の毛が、いつの間にやら金色になっている。
身に付けているのは、映画に出てきそうな豪華なドレス。
しかも……
「……でかくなってる?」
ぽよんぽよんと胸を持ち上げる。人並みの大きさだった自分のおっぱいが、いつの間にやら持ち上げられるほどの大きさに成長していた。
「どうなったんだ、あたしの身体……?」
周りを見回す。
蝋燭の明かりで照らされるのは、カーテンを締め切った寝室のようだ。妙に時代がかった装飾の家具が、やっつけ仕事みたいに端の方へ退けられている。
「何処だ此処? どっかの組織に攫われて豊胸手術でもされたのか……うん?」
ぐるりと首を回すと、背後に人が立っていた。
二十歳そこそこらしい若い男だ。
黒髪に黒い瞳だが、日本人とは顔の作りも肌の色も違う。
そしてこれまた、時代がかった執事服を着ている。
「……誰だ、あんた?」
「……問い掛ける前に、おっぱいを揉むのを止めてくれませんか?」
「ん? ……おお、忘れてた」
いまだもにゅもにゅと揉んでいた自分の胸から手を離す。あまりにも揉み心地が良いので揉みっぱなしになっていた。
「そんで、あんた誰?」
「私はジェラルドと申します。何者か、という問いに答えるには先ず……あなたの現状を説明する必要があるでしょうね」
そう言うと、ジェラルドは懐から手鏡を取り出し、鏡面を霧羽に向けた。
「ん? んん? んんんっ?」
鏡に写るのは、見事な金髪の美少女だった。ちょっと切れ上がり気味の目付きが気の強そうな印象を与えるが、その手の趣味の男性諸氏にはおおいに喜ばれそうだ。
胸元まで流れる長い金髪は、何故かくるりと巻かれている。
「……なんであたしの髪がドリルになってるんだ?」
「そのお身体は、私の主人であるキリハレーネ・ヴィラ・グランディア公爵令嬢のものでして……」
ジェラルドの説明はこうだ。
金髪碧眼にドリルを装備したキリハレーネ嬢はこの国――ヴィラルド王国の王立学園に通う17歳。歴史ある公爵家の令嬢であり、さらに同じ学園に通うこの国の第一王子の婚約者だという。
だがこのキリハレーネ、かなり性格に問題があった。有り体に言うと、典型的な貴族の我が儘娘だったのだ。
第一王子が王立学園に特待生で入学した平民の少女と仲良く過ごしているのを目撃し、キリハレーネはその平民の少女に様々な嫌がらせを与えた。だがその少女は平民らしいへこたれなさを発揮して、むしろより第一王子やその側近たちとの距離を縮めていった。
一向に自分の思い通りにならないキリハレーネは、とうとう一線を越えた。
厳重に封じられた呪いの魔導書を入手すると、封じられていた悪魔を喚び出して少女を呪い殺そうしたのだ。
「呪いの魔導書ねぇ……」
胡座をかいてジェラルドの話を聞いていた霧羽は、すぐ横に落ちていた革張りの本を手に取った。
現代社会に生きていた霧羽だが、極道は験を担ぐことが多い。彼女もその縁で拝み屋や呪術師といった連中とも顔見知りだったが、この本からは『本物』の連中が発するのと同じ奇妙な気配がする。
「しかしながら、初級魔法の習得にも苦労するお嬢様に悪魔を御せるわけもなく……」
喚び出した悪魔にあっさり魂を喰われ、キリハレーネは魂の抜けた人形となって倒れた。
それを呆然と見ているしかなくどうしたものかとジェラルドが逡巡していると、魂が抜けたと思っていたキリハレーネが起き上がった。
そして、現在に至っているという。
「念の為に伺いますが……あなたはキリハレーネお嬢様ではありませんよね?」
「あたしは和泉霧羽。公爵令嬢なんて洒落たもんじゃないし、魔法なんぞとは縁もゆかりも無い世界で生きてきたしがない女だよ」
「和泉霧羽、様……」
ジェラルドがうむむと首を傾げる。
困惑している執事服の男を眺めながら、霧羽はなんとなく状況を飲み込んだ。
組の若いモンが話していた『異世界転生』というやつだろう。
いや、魂のない身体に入り込んだらしいから、転生ではなく憑依か?
いずれにせよ、地獄へまっしぐらと思っていた自分がこんな奇妙な運命に巻き込まれるとは、世の中とは本当に予想できないものだ。
――だが、まぁ、なっちまったものはしょうがない。
もにゅもにゅと新しい自分の胸を揉みながら、霧羽は頭を切り替えた。
生前の世界に未練はあるが、自分が死んだのは確かだ。いまさらあちらに戻るなんて出来よう筈もない。なら、この世界で、この身体で生きていくしかない。
まぁ、これはこれで第二の人生と言えなくもない。
おまけに意図せず若返ったのだ。以前は出来なかった普通の女の子を演じてみるのも悪くない。
「おい、執事。とりあえずこの国の歴史とか常識とかを教えてくれ。しばらくはこのキリハレーネお嬢様として過ごさなきゃならないからな」
「それが……そう悠長なこともしてられない状況でして……」
「うん? どういうことだ?」
「実は……三日後の学園の創立記念パーティで、キリハレーネお嬢様は王子様やそのご学友たちから断罪されることになってまして?」
「断罪?」
「件の少女は、すでに第一王子殿下と恋仲と言っていい関係でして……そして殿下は愛しい少女を虐めたお嬢様に激怒し、その咎を追求して婚約破棄に及ぶ計画を立てているのです。このままですと、霧羽様……いえ、キリハレーネ様……いや、やっぱり霧羽様……?」
「ややこしいからキリハでいいよ」
「キリハ様はこのままですと第一王子様から婚約破棄されたご令嬢として、極めてまずい状況に追い込まれるものと……」
「具体的には?」
「畏れながら、グランディア公爵家は没落した名ばかり貴族です。王家からの援助がなければ学費が払えずに学園から放逐されるでしょう。それにそんな娘を公爵様が庇うはずもありません。勘当の上で地の果てにあるような修道院に幽閉されることも……」
「ふぅん……放り出されても別に困らないが、地の果ての修道院で幽閉なんて第二の人生はお断りだね……しょうがない。なんとか三日後のパーティを切り抜けようじゃないか」
「しかし、キリハ様はこの世界とは別の世界からいらしたのですよね? 知識も魔法もなく、いったいどうやって……」
「そんなものはいらないよ。結局は同じ人間だろ? なら、やることは変わらない。知恵と勇気が最大の武器さ。ついでに、女の武器も用いれば完璧だね」
「女の武器?」
「度胸だよ、度胸。とりあえずあんたには、よく斬れる短剣を用意してもらおうか」
「短剣? まさか……」
「ああ、そのまさかだ。王子様には指を詰めてもらう必要があるからな」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
「聞こえなかったか? 王子様の指を詰めるための短剣を用意してくれって言ったんだ」
「…………あの、キリハ様? 失礼ですが、以前は何のお仕事を?」
「ああ、言ってなかったか? ヤクザの女組長をやってたんだ」
「…………」
ジェラルドは、そのまま顔文字にできそうな呆然顔で絶句する。
見た目はいいのに二枚目っぽい奴だなと、キリハは唖然とする執事を胡乱げに見返すのだった。
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