第3話

ガンドーラの王女は自室でイラついていた。枕やら食器やらをそこら中に投げ散らかしている。


『あいつ、なんなのよ!なんとか他の10人に説明をして状況は落ち着いたけど、予定からは大きくずれちゃったわ。もっと簡単に行くはずだったのに!』


『誘惑』と『誘導』のスキル持ちである王女は、急に転生させられ混乱している勇者候補に絶対的な権力、威厳を持って話すことで、この国に上手く取り込むつもりでいた。急に違う世界に送られて、王女と城という権力、安全の保証、生きていく上での知識、訓練を授ける事で恩を先に売り、その見返りに国の戦力となって貰うこと。国に対して敵意を抱かせない事。それを生み出せる最高のタイミングは俊一の言葉で吹っ飛んでしまった。あの時王女が俊一たちを無理に止めていれば残った10人に更なる疑心が生まれる事を恐れ、王女はあの3人を行かせた。それ以外に良い方法が見つからなかったからだ。


『私が嘘を付いているですって?なんで、あんな事が言えたのかしら。私はまだ何も言っていなかったのに。本当の所を話すつもりは無かったけど。あー!あいつのせいで誘惑も誘導も使えなかったわ!残った10人にはいつでも城から出れる選択を与えるしかなかった。そうでもしなきゃ、更に疑われちゃうもの。まぁ、良いわ。もともとの予定よりも多い10人もの勇者候補とその仲間たちがいるんだもの。じっくりと時間をかけて信頼を得て誘導してみせるわ!』


誘惑も誘導もスキルとしてはチート級であるが、その分制約も大きい。その制約の一番弱い部分、抜け道のようなタイミングが『初めて』もしくは状況に対して理解が追いついていない時である。人の性質を上手く使い勇者たちを自分たちの都合の良い方向に誘導しようとしたが、俊一の言葉で転生された者の頭は状況をより高い視点から見ることが可能となり、混乱の中ただ説明を受ける転生者は居なくなっていた。これにより王女は予定を変更して転生者たちからの信頼を時間をかけて得る事を余儀なくされた。それでも誘惑と誘導のスキルがあるので、そこまで時間はかからないだろう。


『あいつの名前すらも分からないけど、必ず見つけて処罰してやるわ!私を怒らせたことを公開させてやる!』


すぐに側近である、ソーマとソニアを呼んだ。彼らは二卵性の双子であり幼少期から特別な教育を受けている。彼らの重要性の一番はリーシャである。王女を守ることが彼らの使命であり、そのためであれば命を賭すことは容易い。リーシャはソーマとソニアに城から出た3人を見つけるように命令した。まだこの国から出ていないだろうと予測したリーシャは、街の外壁にある巨大な扉を閉めるようにも命令した。彼らが国からもう旅立ったのに気が付いたのは、それから数時間後の事だった。明朝に追っ手をだすが、リーシャがこの3人と再会するのは、かなり先の事である。






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森の中を馬車で移動していると、どうしてもモンスターから襲われる。当然の事ながら、ここは彼らの縄張りである。俊一たちが勝手にお邪魔しているのだ。俊一はなるべくモンスターの居ない道を進んで来たが、どうしても避けて通れないモンスターも居る。実験がてらに時間圧縮、高速演算、身体強化を同時に発動した上で、空間把握の範囲を狭め更なる詳細情報を得る。


『ピッガーね。豚みたいなモンスターだな。しかも食えるみたいだ。食べ物は沢山あるけど、とっ捕まえて食べるか?いや、解体が厳しいかな。…良し!』


素早く移動し、首元に手刀で衝撃を与えるとピッガーは気を失い倒れた。


『おし!こんなもんかな。最初だし、上出来だろ。』


「俊一さん、今のどうやって…?一瞬で移動したように見えたけど。」


馬車のなかから桃子さんが見ていたようだ。


「ああ、俺のスキルね。なんか早く動けるんだって。」


「早いとかのレベルじゃあないって。」


「まぁね。でもまだ不確定要素が多くて、使うの怖いんだよね。そうだ!鉄也さん!なんか魔法が撃てる銃みたいなの作れないかな?遠距離でこんな感じのモンスター倒せたら、問題なく進んでいけるし。」


鉄也さんが馬車から顔を出す。


「魔法銃…ですか?作ったこと無いので何とも言えませんが、馬車に揺られている間に考えます。桃子さんにも手伝っていただけると助かります。魔法陣とか。」


「もちろん、いいわよ。魔方陣ちょっと面白くなってきたのよ。さっき実験であれやってみたら…で、これと組み合わせたら…これになったのよ!」


「それは面白い発想ですね!銃ではないですが、これも売れそうですね。」


「いやー、お二人ともチート転生者やってますね~。じゃあ、銃の件お願いします。」


ピッガーは殺さず、その場に残して去ることにした。解体には時間もかかるし、上手くやらないと食材も駄目になってしまう。自分のスキルの事をあまり語りたくない俊一は亜空間収納庫で食材になり得るピッガーを収納せずに、それをその場に放置しまた馬車を動かす。


さらに進んだ後、俊一たちは見渡しの良い場所で昼食のため馬車を一時停止し、火を焚き始めた。串に肉を突き刺して焼くだけの簡単な料理だ。塩とスパイスを少しかけ食べる。食べ終わりゆっくりしていると俊一は気が付かない間に寝てしまった。気を張っていて疲れているのにも気が付いていなかったのだろう。ただ不運だったのは空間把握を使わずに進んで来て、スキルを起動せず、何も設定しないまま寝てしまった事だ。鉄也と桃子にはまだ能力の事をまだ話していない。話そうとは思っていたが、タイミングが無かっただけだ。


そんな事をしていると旨そうな肉の匂いに釣られて5体のゴブリンがキャンプを襲う。最初に気付いたのは桃子だった。ニタァと笑っているゴブリンを見て、体が硬直し声も出せない。その様子に気がついた鉄也は手元にあった串を持ち、今にも桃子を襲いそうなゴブリンに全力で走る。横から走ってくる鉄也を見たゴブリンは素手で応戦する。無我夢中で串をゴブリンの目に刺すと、ゴブリンは大声を出して後ろに下がった。それはゴブリンが他の仲間に助けを求める信号である。それと同時に俊一が異変に気付き飛び起きた。


ゴブリンは森の中に消えていった。後を追い確実に仕留めてもいいが、馬車や荷物のこともあるのですばやく片付けをし、その場を離れることにした。


「いや~、危なかったな。」

「はい。まだ心臓の鼓動がおさまりません。」

「わたしも。まだドキドキしてる。」

「鉄也さん、かなりやりますね!ゴブリンに串で突っ込むなんて。」

「いや、本当に無我夢中で、自分でも何が起こったのかわからないです。」


頬が少し赤みを帯びた桃子が言うドキドキは鉄也のものと違うものであるが、鉄也は気付いていないようだ。鉄也の勇気と行動に桃子さんがちょっと惚れたようだ。俊一はそれを見て微笑む。



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ガンドーラを出てから3日目、実は俊一は時空間魔法でかなり時間短縮していた。本当は4週間ほどかかる道のりだが、転生したばかりの2人に4週間のキャンプは厳しいだろうと、ちょくちょく馬車ごとワープさせていた。自身も含めて3人の準備期間として、あえてキャンプをし3日もかけて移動した。ようやく森を抜けて舗装された道に出る。そこからちょうど地平線のあたりに都市があるのが見える。


『あれがゴリアスか。かなり大きな都市だな。ガンドーラより二回りくらいでかいか。この大きさならリーシャって王女も簡単に手出しは出来ないだろう。』


「鉄也さん、桃子さん、街が見えて来ましたよ。今日中には着くと思います。」


「旅っていうのは、大変疲れますね。出来れば今日は寝床のある場所で寝たいです。」


「そうね。お風呂に入って、ベッドで寝たいわ!そういう意味ではちょっとだけガンドーラに残らなかった事を後悔したわ。帰りたいとかって言ってる訳じゃ無いけどね。」


「そうだね、俺も疲れてるし街に着いたら宿屋を探すか。...あぁ、そういえばなんか聞きたい事があるって言ってなかったっけ?」


「えっと、何でしたかね...。」


「何で追手が来るのかってのと、俊一があの状況で城を出ようと思った理由とかだったと思うわ。」


俊一は神との対話があった事で、心の準備は他の人たちより出来ていた事、ラノベのテンプレ的には真っ当に勇者転生をして魔王討伐を行う国もあるが、今回のはそれに加えて大きな戦力を持ち戦争を行う準備の一環として行っている事、俊一の能力の一部に人の嘘を見抜くようなものがある事を説明した。


「なるほどねー。どちらにしろ、あの城を出て良かったと思ってるわ。楽しいもの!」


「私も俊一さんと、桃子さんと行動が共に出来て良かったです。サラリーマン時代の白黒の世界から色鮮やかな世界に降り立った気分です。」


「それは良かった。城に残ってた方が良かった、とか言われたら凄い落ち込むからね。」


「ちなみに鉄也さんはサラリーマン時代は何をされていたんですか?」


こんな世間話をしながら街に向かっていく。森を抜けた後だったのでモンスターも出ず、無事に街に着いた。日も落ちかけていたので、3人は宿屋を最初に探し、部屋を取った。馬車を規定の場所に置き、必要な物を部屋に運んだ。宿屋で出される食事を堪能し、落ち着いてから俊一が話を切り出す。


「鉄也さんと桃子さんはこれからどうしますか?」


「そうですね、疲れているので、寝る準備をしてベッドに行こうかと。」


「私も疲れたから、今日はこのまま寝るわ。」


俊一は苦笑いを浮かべながら


「いやいや、そういう事じゃなくて、これからこの世界でどう暮らして行きたいかって事です。」


「はは。そうですよね。ん~、日本に居た時はこんな自由な行動をする事もなかったですから、具体的に聞かれると困りますが、この錬金術で食べていけないかな?とか少し考えてました。」


「私もこの3日間凄く楽しかった。でも、長いことキャンプみたいな事をし続けるのは少し荷が重いわね。出来ればどこか気に入った街で『自由』に生きてみたいわ。」


「二人とも『自由』に生きたいと。まぁ、自由の定義によるけど、2人で会社でも始めたら経済的には問題なく自由になれるんじゃないかな。鉄也さんが錬金術で形付けたものに桃子さんが魔法陣を付けると、たぶん魔導具とかアーティファクト的な感じで呼ばれている物が出来るからね。それを売ればいい金になると思いますし、日本に居た時の知識があればそれなりに面白いものが作れると思いますね。ただ…。」


「「ただ…?」」


「おせっかいかもしれないけど、物が売れれば、作り手の名前も有名になって、更にそれが錬金術と魔法陣をによるものだと言う事が知られれば貴族や王族に目を付けられる可能性があります。そうなれば直接依頼という形で色々作ってくれと言われることもあります。そのときの注文が武器や防具だったりする事もあります。その武器や防具が戦争に使われたりするって事です。それをどう考えるかは『自由』です。2人の能力はそれだけ凄い事だと言う事だけ覚えてくれたら俺は満足かな。大きな力には大きな責任が…ってスパイダーマンの映画で言ってましたし。」


「そうよね…。人が急にこんな能力を得たら、力とか権力とかに魅せられて悪い方向に行っちゃう人も居るもんね。」


「そうですね。かなり軽率に考えてました。もう一度ちゃんと何がしたいのか考えて見ます。ちなみに俊一さんはこれからどうなされるのですか?」


「とりあえず、冒険者という形でギルドに登録して、この街を中心に色々仕事をしてみるかな。情報収集が一番の目的だけど。やっぱ男として世界を見て回りたいじゃん?」


「女だって世界を見て回りたいわよ!ただ、ちゃんとした基盤と言うのかしら、家とか収入とかが安定してから旅に出たいわね。」


「桃子さんと鉄也さんの場合は能力を上達させていくと、簡単にそれが出来るようになるかもしれないですね。」


「え?どういうこと?」


「たとえば、家に固定された魔法陣に一瞬で戻って来れるような魔導具とか、魔法陣で作った空を飛べる絨毯で世界を旅するとか、亜空間を作って寝泊り出来る場所にいつでも行けるようにするとか。最初に言ったよね、二人の相性めちゃめちゃ良いって。」


「それいいわね!自由度が半端ないわ!鉄也さん、一緒に会社やりましょう!」


「私はかまわないのですが、さっきの責任の話は…?」


「…それもそうね。少し考えなきゃいけないわね。」


「さっきは色々言ったけど力を持つのが駄目とか、権力は悪だとかって言ってるわけじゃなくて、売れる前に色々と準備さえしておけば問題ないよ。…例えば、貴族とか王族よりも強くなって圧倒的な力でねじ伏せるとか、魔法陣付きの契約書を作って絶対に約束を破れなくするか、もしくは破ったらペナルティーが科せられるとか。まぁ、基本的にラノベの知識ですから、実際に出来るかどうかはふたりの実力しだいだけど。」


「問題解決ね!急にやる気が出てきたわ!」


「じゃあ、早速商業ギルドに登録に行きます?俺は冒険者用のギルドに登録に行くけど。」


「鉄也さん、行きましょう!善は急げって言うしね。」


「分かりました。行きましょう!」

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