2章 プロローグ デート

「え、何なんすか……?」

 嫌悪感を微塵も隠そうとしないその表情かおと質問に、ほんの少しだけ心が挫けそうになった。例の一件の後、一部の女子から向けられるようになった視線と態度に似ていたからだ。


「いやさ、師岡もろおかに聞いたらここでお昼ご飯を食べてるよって言ってたから」

「え、いや、え? だから?」

「だからこうして会いにきたんだけど、随分と他人行儀だなぁ」

 もちろん、怪人金属バットもとい譲原薫ゆずりはら かおるが笑顔で出迎えてくれるなんていう甘い考えは持ってはいなかったけども、それにしても、である。


「女子トイレに忍び込んで、隣の個室から身を乗り出して覗き込んでくるような人とは関わり合いになりたくないんですけどね……」

「いや、入る前にちゃんと入るぞ~って宣言したけど」

「宣言するのがそもそも恐怖なんですけど。変態すっ飛ばしてもはや妖怪の類ですよ。仮にここにいたのが私じゃなかったらどうするつもりだったんですか。確実に心的外傷後ストレス障害を負いますよ」

「大げさだなぁ」

 一応別人の可能性も考えはしたが、旧校舎の三階の外れにある女子トイレにわざわざ足を運ぶようなヤツは、譲原くらいだろう。ただでさえ立地が悪い上に、幽霊が出るなんて噂があるのだから、まっとうな人間は近寄りもしない。


「で、何なんすか?」

 膝の上のお弁当を見ていた俺に、譲原は続ける。


「二度と私の前には現れないで下さい、みたいなことを言って別れたと思うんですけど」

 そういえば病室でそんなことを言われたか。それを真に受けるのもどうかと思うが、どうやら本気だったらしい。


「そんなこと言ってるから友達がいないんだぞぉ」

「はぁ?」

 言いながら、唐揚げにピンク色の箸を突き刺した譲原に恐怖する。

 悪魔に憑かれていたことによる後遺症は幸いにしてなかったが、譲原に切り刻まれる悪夢もといトラウマは、今でも数日に一回の割合で俺を悩ませていた。


「いや、タンマ。殴らないでね」

「殴らないから早く用件を言って下さいよ」

 唐揚げを口に含んだ譲原に、俺は言う。


「デートをしよう」

 言い終わった途端、譲原が俺を睥睨する。途轍もない威圧感だった。悪魔と対峙したあの時よりも。とてもじゃないが、高校一年生の眼光とは思えない。


「それは、死ねって事ですか?」

「なんで⁉」

「なんではこっちのセリフなんですけど……」

「いや、デートっていうのはまあ冗談なんだけどさ。お礼がしたいなって」

 お礼、とはいっても出来る事は限られているが、ご飯を奢るとかその程度でもしておかないとダメだと思った。だって、譲原は俺の命の恩人で、俺の人生そのモノを救ってくれた人だから。

 朝、目が覚めて、その都度実感する。あの声が聞こえない。何をしても纏っていた悪魔の囁きがきれいさっぱり消え去っている。それがどれだけ自分を蝕んでいたのか、譲原に出会うまで気づきもしなかった。


「私は別にあなたを救った訳では――……、って何を言ったところで、きっとあなたは引き下がらないんですよね」

「まあ、首を縦に振るまで毎日現れるけど」

「……クソめんどくせぇっすね」

 苦笑しながら譲原は肩を落としてみせる。

 とんでもなく口が悪かったが、照れ隠しとでも受け取っておこうではないか。うんうん、と頷いていると飛んできたブロッコリーが額に当たった。


「明日の土曜日、お昼前に駅前のロータリーで」

 そうして譲原と俺はデートをする事になったのだ。まさかあんな出来事に巻き込まれるとは知らずに。

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