1章2話 怪人金属バット

 雨が傘を叩くその音に耳を傾けながら、あくまでも平静を装って帰路に就く。

 視線が痛かった。道行く人は必ずといっていいほど、傘と俺の顔を見比べて、そして見てはいけないものを見てしまったという風に、視線どころか顔を背ける。

 この傘の使用が許されるのは、小学生と師岡くらいだろう。



 それでも傘を差さない、という選択肢は不思議となかった。

 たぶん、師岡もろおかの厚意を無下にするのが心苦しかったからだと思う。そんな自分の性格が、嫌いだった。

 ろくでもない人間のくせに、中途半端に善人振るその浅ましさに、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。


 そぼ降る雨を睨み据える。その視界の先、三叉路に佇む人影が一つ。

 黄色い傘を差したその人物の右手には、黄金色の金属バットが握られていた。


 雨音が一際大きくなった。そういえば――と、師岡との会話を想起する。

 この町の都市伝説の一つに、怪人金属バットなるものがあるのだという。

 

 それは不自然な程に黄色い髪の毛と、猛禽類のような鋭い双眸の女で――、


「あなた。このままだと近々人を殺しますよ」


 すれ違いざまに耳元で囁かれたその声に、身の毛がよだつ。

 半ば飛び跳ねて、声の主から少しでも距離を取ろうと試みた。


 それは思考云々ではなく本能によるものだった。


 危険信号が灯り、警笛が轟き、俺の体を条件反射のように動かしたのだ。

 背中が冷たい。民家の塀に寄りかかっていた。


 路地に転がった師岡の傘を、黄色い髪の女が拾い上げる。

 つい数秒前まで視界の先にいたはずなのに、という疑問。

 不吉な予言じみたそのセリフ。俺は彼女と視線を交錯させたまま硬直した。



 少しでも目を離したら、その瞬間に殺される。まるで獣と対峙した時のような、そんな錯覚を抱いてしまっていたからだ。


「随分と可愛らしい傘を使ってるんですね」


 彼女は口端だけを歪めて鼻を小さく鳴らした。

 師岡の屈託の無い笑顔とは対照的だ。


「どうしたんですか? 早く受け取って下さいよ。腕が濡れるんで」

「あ、ああ――」


 蛇に睨まれた蛙とはまさに今の俺のような事を言うのだろう。

 伸ばした手が震える。頭を動かせない。瞬きができない。呼吸の仕方さえ忘れてしまった気がする。



「あまり使わない方がいいですよ」


 傘を受け取るその間際、手首を強く掴まれて手繰り寄せられた。

 彼女の顔が肉薄する。息が触れるほどの至近距離で、そう忠告された。


 まるで全てを見透かしているかのように。まるで軽蔑するかのように。俺に一瞥をくれることもなく、彼女は雨の向こうへと消えて行った。

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