第142話 食欲でしか

 時は昼前―


「エルス…少年達…気を付けて行けよ」


「お世話になりました!」


「行ってきます!お姉さま!」


「たびだち!なの!」


「ようやく新章のスタートだね。次は魔王城近くの国…。僕を必要としている人の声が聞こえるよ」


 一人妄言を吐いているやつもいるが、俺達は見送りに来てくれているアリアス様とメディロアさんに感謝を述べると手を振り別れを告げる。

 そしてエルクラウンの砦を抜け、ハルカイナ公国へ向か……


「……そろそろ馬車探すか」


「……そう言えばまだでしたね」


 完全に忘れていた案件だ。


 とはいえ近くには商人やギルドの管理下にある馬車が多数存在する。片っ端から声をかけていけば乗れないなんて事はまず無いだろう。


「えっと…まずどの馬車に……」


「あれなんてどうだい?」


 俺が迷う中、ハクヤがすっと指を差す。


 そう言われ目を向けた先には――


「……白馬」


 身体が透き通るように白く、スラッとした鬣を持つオスの白馬。綺麗な身なりを見るに相当お高めな馬ではありそうだ。


「確かに良さそうだな…。イブとエルスはあの馬で大丈夫か?」


「美味しそうなの!」


「馬は鬣の付け根部分が希少で美味しいって聞きましたよ!」


 聞くべき相手を間違えた。


「……ハクヤは本当にあれでいいんだな?」


「もちろんさ、食欲が湧くよ」


 これ俺が間違ってるのかな。


 食欲でしか会話の出来ない仲間を置いて俺はその白馬の飼い主と思われる男性の方へ向かう。


「すみません、ハルカイナ公国までお願いしたいんてますけど……」

 

 すると男性はこちらをチラッと見て、


「……構いませんがその…失礼ですが冒険者の方ですよね?」


「ちょっとだけ」


「!?!?」


「何でも無いです。冒険者ですけど何か不都合とかあるんですか?」 


 俺の心の中の旅人魂が一瞬現れたが余計なことをしている場合ではない。


「不都合と言うか、その…たまにいるんですよ。心無い冒険者が馬車を雇って降り際に御者を脅してお金を盗んで行くって事件が…」


「……俺ってそんなに野蛮に見えますかね?」


「いえいえ!そうは言っていません。ただ、貴方の場合は…お金を持っていなさそうで……」


 なるほど。俺の服装は別に大した物を着ているわけじゃない。たがこの格好でこんな高そうな馬車に乗ろうとすれば怪しまれて当然か。

  と、ここで俺が何か揉めていることに気付いたのかエルス達が合流する。


「何かありました?」

 

「ん?まあ…な。ちょっと俺が見窄らしかったみたいな感じだな」


「そんなの見れば分かりますよ」


 こいつ途中でモンスターの群れの中に捨てても罰当んないだろ。


「おにーちゃんにイジワルしてるならイブが懲らしめるの!」


 こりゃ野蛮。


「う〜ん、そうでは無いんだけど……。まあ、冒険者に対する偏見ってのがなぁ…」


「大方僕ら冒険者では白馬に見合わないとでも言われたんじゃないのかい?」


「そ、そうは言っておりませんとも!ただ、金額がお高くはありますので…」


「ふむ、いくらだい?」


「よ、4名様ですと、240000ギル程になるかと」


「ふっ、朝の食費レベルだね」

 

 どこのお貴族様だよ。


 と、ここでこれ以上揉めるのも面倒なので俺は懐から先程預かったお宝の類いを取り出す。

 そして一度は言ってみたかった言葉を再現。


「こんなんで足ります?」


「………っ!も、勿論ですとも!」


 一瞬目を疑っていた彼も脳が理解したようで先程と打って変わって態度が変わる。


「成金…」


「お金持ちなの!」


「そのセリフ、今度僕も使わせて貰うとするよ」


 仲間の反応は様々だが取り敢えず馬車の確保には成功。寸前までは俺達の他に腕利きの冒険者も雇う予定だったがこの馬車で行くならば流石に予算オーバーもいいところ。

 お金が足りる足りないの問題では無く、散財は良くないからな。


「ちなみにペット一匹って?」


「……大きさにもよりますが」


「金ピカのクワガタです」


「……?クワガタでしたら代金は結構です」


 少し変な目では見られたが雌豚も無事乗車。イブの頭の上にちょこんと座る。


(長い……道のり…だね……バパ…ママ…)


「そうだな、3日かぁ…」


「2回寝たら…なの?」


「その理論では昼寝をする僕は一足先に着くね」


 面倒くさいのが来たな。


 と、こんな調子でエルクラウンを出発。

 

 目指すはハルカイナ公国だ。

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