第119話 物理的な距離
冷たい風が当たる屋根の上。俺は険しい顔でハクヤとイブへ忠告する。
「いいか?これは危険なミッションだ。言わなくても理解しているだろうが決してふざけるんじゃないぞ?」
「だそうだよイブ。せめて僕の足は引っ張らないでくれたまえ」
「無様に落下死すればいいの」
断言するがこのような雰囲気のため、無傷ではいられないことは確かだろう。このまま屋根の上で喧嘩されていれば巻き込まれた俺が酷い目に遭うのは予測できる。
ならば、
「あのなぁ…喧嘩してる場合じゃないぞ。すぐにエルスを引っ張り出すんだろ?」
「……それもそうだね。売られた喧嘩は転売することにするさ」
俺に押し付けんな。
「イブもだぞ?イブはニコニコしてたほうが可愛いからな」
「……?分かったの!」
この後、ニコニコと可愛らしい笑顔でハクヤを襲うサイコパス少女が目撃されたが俺は関与していない。
もはや俺は全てを諦め一人でロープを屋根の上へ巻きつける。これが命綱であり侵入の糸口である。
「エルスの部屋は確か……」
屋根を渡り、先程譲り受けた協会の間取りを元にロープを垂らしていく。エルスはカーテンを閉めていたので先にバレる心配は無いだろう。
「後はロープに沿って降りて窓を蹴り破るだけってとこだな」
「蹴り破れるのかい?」
「ああ、メディロアさんみたいに一度大きく勢いを付けて行こうと思う。俺がぶち破ったらお前らも続いて入ってきてくれ」
そう言い残して俺はロープを掴む。何かの拍子に離せば大怪我……いや、それだけじゃ済まないかもしれないな。
気を引き締めていざ!
ロープを滑り落ちエルスの部屋の窓へ狙いを定める。壁を蹴って大きく身体を浮かせ力を込め
「おらあああああ!!砕けろおおお!!!」
足先が窓ガラスにヒットする。
ガンッ
ガンッ……?
「うぉっ!?」
当然のように弾かれた俺はギリギリロープの端をキャッチ。なんとか飛び降りでの自害を免れる。
「ハクヤ!今から上に――」
慌てて上へと戻ろうとする俺に聞こえたのは無慈悲なハクヤの声。
「続こうじゃないか!」
「違うッ!来んな来んな来んな!!」
「手柄は独り占めさせないよ」
「おにーちゃんはツンデレだって聞いたの」
反論する間もなく俺の頭の上には影が刺しハクヤのケツが迫りくる。更にその上からは新たにイブが飛び立つ様子が――。
「ばかああああああああああああッ!!!」
案の定ハクヤと激突した俺は体勢を崩し片手でロープの先端へぶら下がる。当然ハクヤも無事とはいかず、危ないところで俺の足へとぶら下がっている。
「……おにーちゃんが手を離したらみんなで落ちちゃうの」
「……反省しろよな」
どうやら続けて飛び出したイブは俺の背中にぶら下がっている様子。
「ふむ、それはそうと『おらああ!砕けろおお!』と威勢のいい声を聞いて降りてみれば随分綺麗な窓ガラスが目の前にあるね」
あー、傷口に塩塗るタイプね。
「よ、予想以上に硬かったんだよ!」
そんな絶体絶命のときにも争いが怒る俺達だが、ふと窓ガラスへ目を向けると妙に冷たい目線が……。
「そもそも聖女の家系が住む部屋の窓ガラスがそんなに脆いはずないと思いますけど…」
俺達を見てはあ…と息を吐いたエルスはゆっくりと窓ガラスを開ける。
「バレちまったら仕方ねぇな」
「部屋で俯いてたら外から絶叫が聞こえてくる私の身にもなって下さいよ!」
「なら部屋に入れろ!!」
「逆ギレはやめてください!」
何故この状況で言い合わなければいけないのか全くもって不思議でしかないが物理的な距離は縮まったはずだ。後は隙を見て――
「……ってなんだそれ」
「……断罪のオオバサミです」
この先の展開読めたけど。
「すまないが先に降りてるよ」
「受け身頑張るの!」
ははっ…、
あっという間に取り残された俺は命乞いをするも通用するわけもなくロープは切断され落ちていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます