第112話 正攻法

 『気分じゃないです』そんな紙を見て俺達は立ち尽くす。


「これはまずいな、昨日の夜は大丈夫だって言ってたんだが……」


「エルスがこんなことを書くとはね。相当気が滅入っているか、中にそれを超える顔をした人がいるかの二択だね」


 後者の場合を想像したくないんだが。


「……?扉を壊せばいいと思うの!」  


 脳筋が過ぎてお兄ちゃん悲しいよ。


 正直エルスがこのような状態になるとは予想がつかなかった。喧嘩とはいえ姉妹、てっきり時間を置けば大丈夫なものだと――。


 そんな反省する俺の耳に聞こえたのは複数人の女性の声。どうやら先にエルスの異変に気付いたシスターさんが他のシスターさんを呼びに行っていたようだ。


「エルス様!お気を確かに!」


「き、きっと良いこともあります!」


「お顔をお見せ下さい!」


 やって来たシスター達がそれぞれ声をかけているがエルスからの反応は無い。

 

「ま、当然だな。原因すら分かってない状態では無理に決まってる」


「そうだね、現状を鑑みるに正攻法は捨てるべきさ。ここは勇者である僕が見本を見せてくるとするよ」


「……ほどほどに」


 そう言うとハクヤは扉の方へ。苦戦しているシスターさんに混ざり声を上げた。


「エルス、君が出てこないと言うならばこちらにも策があるさ」


「策…ですか?」「策?」「一体どんな…」

 

 隣りにいたシスター達さんも気になったのかハクヤへと注目が集まる。


「始めよう。エルスの性へ――」


「ストップ」


「おや?どうしたんだいワタル」


「……何言おうとした?」


「今からエルスの性癖をシスターさんの前で暴露。更に作り話も混ぜて教会内で広めるつもりさ」


 追い詰め方ヤバすぎだろ。


「あのな…それでますます出てこなくなったらどうするんだよ」


「ははっ!それについては心配ないさ。彼女はナルシストに近いからね。自分を下げる噂は止めるはずさ」


 ナルシストがナルシスト相手にナルシスト呼ばわりをする謎の状況に陥っているが考えてみればそうだ。俺達の前では比較的オープンなエルスだが人前ではよく見られるよう演じている節がある。


「……すみません。ちなみにエルスって元々どんなやつだったんですか?」


 扉の横で心配そうにしていたシスターさんに問いかけて見る。


「エルス様は……とてもお優しい方です。頭も良く、才能もあり、欠点など存在しないような……家出してしまったのも不思議で―」

  

 もはや誰の話なのか疑わしいが俺の想像は正しいようだ。


「ハクヤ、少しやってみる価値はあるかもしれないぞ」


「任されたよ。エルス、出てこなければ君の所業をここで話そうじゃないか!」


 すると扉の中でガタッっと何かが落ちた音が聞こえる。若干気にしているのか効果は期待出来そうだ。

 

「エルス、君は宿で出たタイの活け造りに興奮して小さな声で『助けてほしいですか?』と呟いた事があったね。あれは引いたよ」


 部屋の中で何かが崩れる音がした。


 ざわざわと混乱の生じるシスターさん達にただただ扉から距離を取る俺。そして眠そうに首を傾げるイブ。


「……作り話だと分かってても少し怖いな」


「これは事実を述べたまでさ」


 怖すぎて当分忘れられねえよ。


 初っ端からインパクトのある話が飛んできたがエルスの事なので更に上があることも考えられるわけで……。

 聞いてみたいような聞いてみたくないような不思議な感覚に陥る俺だが、そんな考えはすぐに消えることとなる。


「……少しいいだろうか?」


 突然後ろから肩を叩かれたのだ。聞き覚えのある声に俺はすぐに振り向く。


「少し妹について話がある」


 そこにいたのは何かショッキングな出来事でもあったのか、顔色の悪い聖女アリアス様だった。

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