第86話 声を小さく
バフをかけられたことを知る由もない衛兵は首を傾げながら元の位置へ戻っていく。
「ほーら、後は少し待つだけで……」
数分後、バフをかけた方の衛兵が異変に気づいたのか表情が険しくなった。必死に足を上げようとするも動くことができない、と言ったところだろうか。
「よし、回り込め!」
「了解しました!」「了解なの!」
アサシンの如く衛兵の背後の草むらへと回り込むと残りの関門が見える。
「……もう片方はどうする?」
「一人なら何かで意識を逸らせば突破出来るかと」
なるほど。確かに片方が動けなければもう片方を一瞬欺きさえすれば突破は可能だ。
「ふっ…なら僕の出番の様だ」
「お、好都合だな。ちょっとあいつを挑発してそのままお縄に掛かってきてくれよ」
「縄で縛ったあとに蹴り飛ばすのはイブがやるの!」
「手段を勝手に決めて進めるのは辞めてもらおうじゃないか」
そう言うとハクヤは草むらから少し顔を出して辺りを確認した。
「……で、何すんだよ」
「まあ急ぎ焦る必要は無いさ。まずは僕の力をとくと見るがいいよ」
せっかちな俺対してに落ち着けと言いつつハクヤは近くの石を広い、腕を大きく振りかぶる。
「おいおいおいっ!まさかッ――」
「チャージスロー」
俺の約10センチ隣から放たれたその石は地面を這うように飛んでいき衛兵の目の前を通過する。
デメリットがかかった方の衛兵がすぐにその正体を掴もうとするも、もちろん動けはしない。そして、案の定その傍らに立っていた衛兵が異変に気付き石が飛んでいった方向へ首を傾げながら走って追いかけて行った。
それを確認した俺はすぐに行動へ移す。
「今だ!お前ら、足音立てんなよ。声を上げるのは以ての外だからな……」
「分かったの!!!」
これに関してはイブが返事をすると予測出来なかった俺の失態である。
「む、後ろに誰がいるなッ!出て来いッ!」
案の定デメリットがかかっており動けない方の衛兵に気付かれるが、彼はまだ振り向くことが出来ない。問題は無い。
俺は穴を指差し、極力声を小さくして誘導する。
「入っちまえば勝ちだ。もう一人が戻って来る前にさっさと飛び込むぞ…!」
未だ前を向いてプルプルしている衛兵を後ろをそろりと通っていく俺達。
平常心――平常心で…、
「やはり誰がいるであろうッ!」
「い、いないの!」
「―――――――ッ!?!?!?」
俺はイブの口を手で押さえ、抱え込むと、声にならない悲鳴を上げ穴へ駆け寄る。
そして、後は穴に飛び込むだけ。そこで事件は起きた。
「ワタルさん?どうしたんです?飛び込まないんですか?」
後ろに並ぶエルスが慌てる様に俺の肩を叩いて囁く。そして反応が無い事に不思議に思ったのか穴をゆっくりと覗く。
「……片足で済みます?」
済むわけねーだろアホ。
俺達が穴を覗くとそこに見えたものは茶色い地面。いや、そこは問題では無い。
「これ、着地したら足折れるよな?」
そうだ。穴に飛び込めば良いものだと思い込んでいたがよく考えてみれば俺達はルイのスキルで穴から脱出した。
つまり飛び込むような高さでは無いのだ。
「死ぬか頭から落ちるか……軽い方で済めば良いのですが……」
それどっちも死んでるけど。
「イブは平気だの思うの」
はい、例外。
「ふむ、こんな時で悪いが一つ忠告してもいいかい?」
「なんだよ…。ろくな事じゃ無いのは分かってるからさっさと言えよ」
「先程見せた僕のスキル、チャージスローは投擲スキル。武器を持たずとも石を投げることで戦える素晴らしいスキルさ」
「へえ、良いじゃねえか。それで?」
「囮として投げたんだが、このスキルには少し特殊な効果が付いていてね。実は投げた石が同スピードで戻って来る」
戻って来んなよ。
そう言い終えた瞬間、ハクヤは顔の前で何かをキャッチした。もちろん、先程投げた石である。
もはや冷や汗が止まらないがこの先の展開は容易に予想がつく。きっと石に釣られて戻って来た衛兵に顔を見られるのだろう。
ならば、
「……一か八かだ。ハクヤ、飛び込んだ瞬間に地面へ風魔法打ち込んでくれ。最低限死にはしないはずだ」
「……心得たよ。気張りたまえ」
少なくともイブとハクヤは余裕で着地するだろう。エルスは分からないが俺と同じだと仮定しても普通に飛び込むよりリスクは抑えられる事は間違い無い。
「よし…3数えたら行くぞ?さん…」
「ジャンプなの!」
そういう事じゃない。
そんな思いも届かず、腕を掴まれていた俺は一緒に落ちていくのだった。
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