第75話 せーので
「怖ッ!なんだよあれっ!ヒト型になって追いかけて来るとかホラーじゃねえか!」
スライムだからか口や目、鼻といった顔のパーツが無いのも気味が悪い。
「あんなのが近づいて来たら小さな子供は泣きますよ!
ごもっともだ。少し前を走っているイブが真っ青な顔して後ろを見つめているのが証明になる。あれは怖い。
とビビっている間にもメルトスライムとの距離は縮まる一方。もはや後ろを向く余裕が無くなってきた。
「イブ!スライムとの距離は!?」
仕方なく俺とハクヤより少し前を走るイブに確認してもらう事にする。
……と言うかタオルを巻いて走りにくいはずのイブとシスター服のエルスに俺達が追い付けていない事実の方が怖いような……。
現在位置としては戦闘がエルス、それに続いてイブ。最後に俺とハクヤだ。ハクヤは走るのが遅れたから仕方無いとしても俺はただ遅いと言う結果になる。誠に遺憾だ。
「――なの!」
「すまん!距離が離れてて少し聞こえづらいみたいだ!もう一回頼む!」
「す―――ろなの!」
ん?
「ハクヤ、聞こえるか?」
「勇者の耳を持ってしても厳しいね」
勇者の耳は特別だとでも?
「イブー!もう一度たの――」
「すぐ後ろなのー!」
「「はぅッ!?」」
急に心臓をガシッと掴まれたような感覚に陥る俺。少し振り向いて見るか?
いや、でも振り向くとスピード落ちるしそれが原因で捕まったらな…。
だが気になる事はとことん気になるものである。そして少し考えた俺は安定策を取ることにした。
「……ハクヤ、どの程度後ろにいるか少しだけ見てもらってもいいか?」
「……せーのでなら了承しよう」
可愛いのやめろ。
「ま、まぁ…それでいいけど…」
「決まりだね」
大きく深呼吸をした俺とハクヤは目を合図をし、息を合わせ、
「「せーのッ!」」
目が合った。いや、目が合ったと言うよりは目の前に目や口、鼻の無いヒト型スライムの顔があったが正しい。
それも僅か数十センチ先。
「……うん」「……ふむ」
ゆっくりと顔を正面へと戻した俺とハクヤは互いに真顔で顔を数秒間見合わせる。もちろん考えている事は一致しているはず。
「「……すぅ」」
息を吸う動作が被る。
「「ああああああああああああッ!!!」」
大絶叫でスピードを上げる俺とハクヤ。しかしスライムを突き放している気配は一切無い。
「おいハクヤ!餌になって時間稼ぎしろ!」
「スライムが餌として僕を食べる訳がないじゃないか!?」
「落ち着いて下さい二人とも!もう少しで上層へ続く階段が見えて……」
そう言ったエルスは先に一本道での曲がり角を曲がりいざ階段の見える場所へ行ったはずなのだが……急に立ち止まる。
「おい!何止まってんだ!」
「……無いです!」
「え、」
「階段が消えてます!」
「はああああああああああッ!?」
予想だにもしない答えに動揺を隠しきれない俺だが今はスライムから距離を取ることで必死。
エルスに続き、イブが止まったところを目指して走る。頭の中では混乱しているが体は勝手に動く。
そんな時だ。ハクヤが小さな出っ張りに足を取られ体勢を大きく崩す。
「しまっ――」
「ハクヤッ!……は何だかんだ大丈夫だな」
もちろん無視して走る。
「ワタルさんの鬼!悪魔!卑怯者!実は少しロリコン!」
おい、最後のいらねえだろッ!
ツッコミの間にも俺はエルスとイブの元へ走り着く。だが問題はハクヤの方で、
「ハクヤッ!無事かッ!?」
転んで起き上がろうとするハクヤの前にはメルトスライムが仁王立ちしている。走ってきた俺がとても助けられる距離では無い。
だがこの時、俺は忘れていた。
「ハクヤッ!」
「……大丈夫ですよワタルさん」
「いや、そんな落ち着いてる場合じゃ――」
「ハクヤさんは強いです」
そう、ハクヤは強い。
起き上がろうとするハクヤへヒト型の腕を振り下ろそうとするメルトスライム。もしこれがあと少し早ければハクヤに当たっていたのかもしれない。
しかし時すでに遅し。既にハクヤのデュソルエレイザーは輝いている。
「ゆゆゆゆ勇者の剣レベル2いいいッ!!」
多少……いや、とんでもなくビビり散らかしていた気がするがそんな事が頭から抜け落ちるくらいのエネルギーがダンジョン内から放出される。
そして、一本の光がダンジョン内に暖かな光が差した。
「……上層貫いたな」
「貫いたって何か卑猥ですよね」
お前だけ埋めて帰んぞおい。
呆然としながら会話をする俺とエルス。
そしてその視線の先にいるのは恐らくスキルの反動でひっくり返って目を回したハクヤだった。
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