第64話 死期が近付く

「貴様らッ!大人しくお縄に付けッ!」


「クソッ!感電して通れやしないッ!」


 階段の下はもはや阿鼻叫喚。登ろうとしては水に流され落ちていく冒険者や警察官の怒声が響く。


「いや〜これならある程度時間は稼げそうだな。今のうちに脱出方法を考えねえと……」


 領主の館での攻防な為、冒険者や警察官は館内で魔法を使用する事が出来ないのが大きい。近距離でしか攻撃方法の無い相手に対してならばこちらの有利は揺るがない。

 1つ心配事があるとすれば脱出する手段が1つも浮かばない事だろうか……。


「……翼生えねえかな」


「イブのお友達はおっきい羽で飛んで火を吐くことが出来るの!」


 ドラゴンさんによろしくお伝え下さい…。


「てかあまり自分の名前を呼ばないようにしような?名前バレたら顔見られなくても捕まっちゃうぞ?」


「捕まったらイブがエルスおねーちゃんと助けに行くから安心していいの!」


 罪を重ねるのはやめなさい。


「そもそも俺とハクヤだけが捕まる前提かよ……」


「の?」


「え?」


「ハクヤは囚人人生を楽しめばいいの。その方が皆幸せなの」


 鬼、悪魔、サイコ狂乱人でなし幼女ッ!


 一見微笑ましい会話にも見えるが、誇らしげに胸を張るイブを見つつもどこか俺は心の高鳴りを感じている。これは高揚感?

 いや―――


「危ないのッ!」


「え、」


 顔を上げる間もなく背中に衝撃を受け、俺は廊下へ倒れ込む。すぐさま起き上がると目の前では杖を取り出すイブ。


「痛ってッ!?臨戦態勢かよッ!」


 正体は窓から入って来たであろう冒険者のパーティー。それぞれが忍びの様な格好をしていることからシーフである事が分かる。

 

「スパークバインド!」


 一人の男冒険者によって床に電気を帯びた縄が広がるがイブはそれを断ち切ると俺の元まで下がってくる。


「よし、上行くぞッ!何でもいいから足止めしてくれッ!」


「ノヴァ・バスターッ!なのッ!!!」


 衝撃波は冒険者達の足元を捉え、床を吹き飛ばす。2階へ落ちていく冒険者を後ろに俺はイブの手を引いて上へ――


「……ってここ最上階でした」


「うっかりなの!」


「あああああああああああッ!!!逃げられねえじゃんかよッ!とにかく走れッ!」


 うっかりしてたものは仕方ない。とにかく今は遠くへ離れるしかない俺達は廊下を全力で走る。


(次……右……だよ……そしたら……左)


「おい雌豚、どこへ向かってるんだッ!?」


(いいから……付いてきて……)


「お、おう……」


 そんなやりとりを見るイブの目がだんだん曇ってきている気はするが今説明しても死期が近付くだけなのでスルーしたい。

 

「……そう言えばイブの卵見てないの」


 駄目でした。


「……ハ、ハクヤが茹でてた……ぞ?」


 最低な発言だがこの状況を考えれば神様もきっと許してくれるであろう……。


「次会ったら出合い頭に首を跳ね飛ばして晒し者にしてあげるの……ッ!」


 これ許されねえな、遺書を書かせてくれ。

 

 殺意を隠す気も無くなったイブをどうにかなだめながら雌豚に付いていく。


(次……右……広場に出る……よ)


「おう!」


 俺は長い廊下を右折し、広場へ滑り込む。


「よしッ!次は―――」


「ワタルさあああああああんッ!!!!」


 まったくの同時だった。俺が次の方向を訪ねようとした瞬間、反対側の廊下から見覚えのある二人組が必死に駆け込んでくる。


「バカ離れろッ!……ってお前ら反対側の階段はどうしたんだよ!」


 何か後ろでイブが斬り掛かるような音が聞こえたがそれは後回しだ。


「き、聞いてくださいよっ!領主を階段から転がしてハクヤさんが魔法で足止めってところまでは順調だったんです!」


「……その時お前は?」


「階段を登ろうとしては魔法で次々と落とされ呻き、苦しむ冒険者や警察官は見てて気持ち良かったです」


 感想を述べるな。


「で、何で逃げてきたんだよ」


「そ、そうでした!窓から登ってきた冒険者がいて……」


 こっちと同じか。そうなると向こうの階段も無理、俺達のいた階段も無理。

 マズいな……。


「とにかく無事で良かった。ひとまず脱出方法を考えながら移動するぞ」


 ハクヤに斬り掛かるイブを引き剥がすと俺は天井を指差す。


「屋根……かい?」


「ああ、屋根の上へ出る」


「屋根の上行ってどうするんです?私達空を飛べる訳でもありませんが……」


「地上からいけないなら一か八か上空から逃げるしか無いだろ?あとここからは名前を呼んじゃ駄目だぞ?」


「はあ、分かりましたけど……」


 これは賭けでしかないが、あくまでも地上から逃げるよりは屋根から逃げる方がまだ安全だ。肝心の逃げる手段が思い付かないのが欠点だが…。


「アクアランスッ!」


 天井を突き破り屋根へよじ登った俺達はゆっくりと下を覗き込む。


「うっわ……多すぎだろ」


「これ無理じゃないですか?今のうちに罪が軽くなる様に謝っておきます?」


「ま、待て、こんな時毎度何とかなるのが俺達だろ?」


 自分に言い聞かせるように吐いた言葉だが実際どんな窮地でも超えてきた。まずは落ち着いてハクヤへ聞いてみることにする。


「ハ――偽勇者は何か役に立つスキルとかあったりするか?」


「その呼び方は撤回してもらいたいがそうだね……ランダムゲームがある」


 名前が不穏すぎるッ!?


「実際は一度訪れた所ならば何処でも移動出来るようになるゲートと言うスキルなんだが何故かランダムで選ばれる事からこの名前にしたのさ。センスが光るね」


「安直かよ。でもいいや、この際逃げられるなら何処だっていい」


「ワ――リーダー気付かれましたッ!」


 名前を禁止したが為に窃盗団っぽくなってしまったのが残念でならない。


 後ろでは下を覗いていたエルスが慌ててこちらへ逃げて来る。

 冒険者達の動きは早く、俺達の突き破った天井からも追手が登ってくる。


「急げッ!アホ勇者は優勝ゲート準備ッ!」


 冒険者が詰め寄って来ているが今更追いつけはしない。

 サンダーで威嚇射撃をするとイブを抱き上げゲートへ走る。


「よしッ!飛び込めッ!」


 魔法使いの冒険者から何かが飛んできているがあとは祈るのみッ!


「間に合えッ!!!」


 火球が頭の上を通り過ぎる。だが俺の体は既にゲートの中、足は新天地―――


「俺の勝……って地面が無えじゃん」


 そして斜め下から聞こえたもはや聞き慣れたヘラヘラとしたハクヤの声。


「ちなみに地上にゲートが開くとは僕は言ってない」


「バカああああああああああッ!!!!!」


 何がともあれ脱出は成功である。

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