第63話 立派な犯罪者

「逃げられそうかい?」


 窓から外を覗いたハクヤがにやりと笑う。


「いや、裏も囲まれてるだろうしキツイな」


 どんなにひっそりと逃げようとも全方位が囲まれている以上、何処から逃げても衝突は避けられない。

 だが、そんな俺がそわそわと歩き回る中、エルスは更に恐ろしい事を言った。


「まだ個人は特定されていないでしょうし顔はバレたくありませんよね……」


「げっ!?そんな事も考えなきゃいけねぇのかよ……」


「当たり前じゃないですかっ!まだ通報の段階なので私達だとバレてはいないでしょうが対面したら間違いなく特定されて冒険者ギルドから追放ですよ!」


「追放……懐かしい響きだ。勇者に追放は付きものだからね。この際自首しよう」


 こいつだけ捕まらねえかな。


「ああああああッ!!クソッ!どうすんだよこの状況ッ!?俺達別に悪い事して無……くは無いけどあんまりだろ!」


「不法侵入、器物損壊等々警察にお世話になる要素はたんまり持ってますからね……領主の事を話しても裏から手を回されたら……」


 権力にも弱いのが冒険者の悪い所だ。基本冒険者は日ごとの収入が多く、金にものをいわせて嘘をでっち上げられれば対抗は出来ないのだ。

 ましてやこの町の警官が領主の言う事に逆らえるはずも無い。


「こうなったら顔を最低限隠して正面突破するしか――」

 

「なのなの」


 俺が覚悟を決めようとしていると、イブ背中を突っついてくる。


「ん?どうしたんだ……ってそれ…」


 イブが持っていたのはごく普通…と言って良いのか分からないが黒い目出し帽。


「さっきメイドさんに貰ったの」


「は……?さっきっていつ?」


「みんなが逃げていくときなの」


「な、なるほど?」


 イブによると先程ボイド達が撤退する途中にメイドから渡された物だと言う。


「顔は見たか?」

 

「ないの!」


 首を振るイブ。


「そっか……まぁ、でも気味は悪いがせっかくあるんだ、有効活用させてもらうか!」


 目出し帽は大人用が3つに子供用のが1つあり合計4つ。こんな偶然あるだろうか?

 いや、その謎のメイドが誰がすらも分かっていない今、そんな事考えても無駄か……。


「よし、これで顔は良いとして……おい、他に役に立ちそうな物はあるか?」


「さて……?でもこの領主なら何か知ってるんじゃ無いですか?」


「わ、儂が知るわけ無いだろうッ!」


(嘘……だよ……)


「しゃぁっ!話せこらッ!」


 役に立つペットを持つと幸せだな。

 俺は縄で拘束された領主の前に立つとにやりと笑いハクヤの持つデュソルエレイザーをチラつかせる

 イブが雌豚をじろじろ見ているが気にしなければ問題は無い。


「いいのか?もう利用価値の無いお前が出来ることなんて限られているが……」


「ひいいいいっ!?分かったからそんな物を近付けるなッ!ほれ、これをやるっ!」


 デュソルエレイザーをハクヤへ返すと領主は一呼吸。そしてその直後、領主の前へ見覚えのある杖が出現した。


「……これって」


「見覚えがあるね」


「あ、これ『多分ギジンカして美少女になる杖』じゃないですか!どうして……」


「どうしたもこうしたもあるかッ!冒険者大会で報酬を?そんな金あるわけ無いではないか!あの大会は全部儂の印象操作の為の大会なのだからな!」


「うわぁ……ドン引きです」


 領主から支援を貰ってギルドが主催しているあの大会ならではの話だな。

 ギルドには大会優勝者に渡す武器を支援と言う形で送り、領主側はSランクの冒険者を雇い大会で優勝させる。

 すると武器は返ってきて領民からは優勝者武器を提供してくれる優しい領主だと印象だけが残る……か。


「って事は今回雇われたのはリドルさんだったってことだな。俺もツイてねえな」


 やれやれと思いながらも杖を拾う。


「でもこれでワタルさんも装備一式揃ったんじゃないですか?」


「まあ、そうなるな。魔力盾は宿に置いてきちまってるけど……」


 ここから宿まで逃げ切れるかも分からないからな……もしかするとリュックの荷物は置いていかなきゃならないかもしれない。


 その時、窓の外では動きがあった様で雇われた冒険者やら警察官やらが門を開け、中へ入って来るのが見える。


「よし、取り敢えずあいつらが上の階へ上がれないように階段封鎖するか」


「ですね!私はもう利用価値の無いこの領主を階段から突き落として来ます!」


「なぬッ!?話が――」


「目出し帽付けてからいけよ〜」


「は〜い!」


 元気な返事をして領主を引きずりながら反対側の階段へ向かうエルスを目で追いながらも俺は目出し帽を付けてみる。


「……犯罪者感増したな」


「おめでとう、君は立派な犯罪者だよ」


 さっさと目出し帽付けろバカ。


「そうだ、お前はエルスに付いていってやってくれ。あいつ有用な攻撃魔法無いだろ?」


「それもそうだね。僕が行ってさくっとフォローしてくるとするよ」


 にやにやとしながらもエルスを追っていくハクヤは気持ち悪いが実力がある以上無駄に頼もしくて困る。

 そして残った俺とイブはもちろんこの入口から最も近い階段をどうにかする訳だが……


「おにーちゃんはどうするの?」


「安心しろイブ!作戦がある」


「の?」


 だが、そんな呑気な会話も束の間、玄関が破られたようで1階から怒声の様な声が聞こえて来る。


「よし、すぐやるぞッ!イブ、下がってろ」


 イブがとことこと後ろへ下がると満を持して俺は多分ギジンカして美少女になる杖を構える。


「ウォーターショッ―うおッ!?」


 杖から初級魔法とは思えないほどの水球が階段へ飛ぶ。水球は階段を包み込むと大きく破裂。辺りを水浸しにする。

 

「凄えな……初級魔法でこれかよ…」


 名前は酷いが多分ギジンカして美少女になる杖のポテンシャルは凄まじい。


「あとはこれでッ!サンダーッ!!」


 雷が飛び階段へ命中。予め水浸しにしておいた階段は電気を纏う。


「いたぞッ!上だ……って何だこれは!?」


 警官達が登ってこようとするが、準備は整っておりもう遅い。濡れた階段を踏めば感電する。もはや俺がこれを繰り返せば登ってくる事は出来ないだろう。

 そしてそれが何をもたらすか……そう、


「どうした?お、来ないのか?あ、来れないのか〜〜!!!」


「なの〜!!!」


 完全に調子に乗った俺達の誕生だ。  

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